Tsuji Kunio

今週、辻邦生のご命日ということで、Kindleであらためて読み返しました。

やはり、人気作品であり、高校の現代文の教科書に採用されたということもあって、素晴らしい作品なのは、これまでも書いてきたとおりです。

「夏の海の色」

特に、夏の白い光の中に静かに沈む城下町の風情は、我々にとっての日本の原風景の一つです。以前も書いたかもしれませんが、自分たちの親の世代の風景が、原風景となるのではないか、と思い、そういう意味では、いま働き盛りの方々にとっては、戦中戦後の風景が原風景になるはずです。

それにしても、この城下町の風情の中には、戦国や江戸の記憶も残っているわけです。剣道の師範の黒川が藩の家老だったり、あるいは、主人公が宿泊する田村家に、天草島原の乱で先祖が褒美として得たというキリシタンの墓石がある、といった故事は、なにかめんめんと受け継がれる日本の歴史をも含んだものなのでしょう。

また、キリシタンという要素は、なにか「天草の雅歌」で取り上げられた問題、つまり、江戸期において、日本のグローバルなうねりが失われたという歴史的経緯を思いおこさせるものです。

また、田村家の当主が元陸軍少佐で、部下に思想犯を出したため退役した、という記載もなにか時代を感じさせるものです。いつもは柔和なのに、ときおり厳しい表情を見せるという描写も、なにか暗い時代の空気や匂いを感じさせるものです。

原風景は原風景として、そこに郷愁はあったとしても、戻るわけには行きません。次の世代は、我々のような働き盛りとは違う原風景があるはずです。そうした良き原風景を作るのが、世代世代の責任なのではないか、と考えています。

さて、明日も全国的に熱暑でしょうか。明日はお昼にかつてお世話になった方々と会う予定があります。個人的には、人生における原風景のようなものをもう一度見ることになるのかもしれません。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。