「作品が湛えている美に触れることは、その後の生き方を決定的に変えてしまう」──辻邦生

「作品が湛えている美に触れることは、その後の生き方を決定的に変えてしまう。美とは本来そういうものだし、またそういう形で美に触れなければ、真に作品を見たとは言い難い」

辻邦生の言葉。

美とは、本当にそういうものです。私も、何度かそういう経験をしました。ゆえに生き方が変わりつつあるように思います。

美のもつ秩序Orderこそが、世界を拡散から守り、一つの体系へと統べているのではないか。

それは、西田幾多郎の言う統一力のようなものではないか、と思います。

意識を離れて世界ありという考より見れば、万物は個々独立に存在するものということができるかも知らぬが、意識現象が唯一の実在であるという考より見れば、宇宙万象の根柢には唯一の統一力あり、万物は同一の実在の発現したものといわねばならぬ。

西田幾多郎「善の研究」より

バラバラな意識や考えも、説明できないなにかで繋がっています。間主観性とか、集合意識とか、言語ゲームとか、そういう言葉で語られるのかも知れませんが、『美」が持つ目的を超えた合理性に世界に秩序を齎す秘密があるのでは、と思うのです。美とは、それ自体に目的や機能はなく、ある意味無償の価値でありそれはアガペーにも通じるものがあります。辻邦生が『春の戴冠」で美に神的なものを見ようとしたのも肯けます。

そうした美のもつ秘密を解き明かしたい、という思いに、このところ囚われています。美がもたらす秩序を見て、なにがどうしてこうなるのだろう、という不思議を感じるのです。

そんなことを考えながら、今日は帰宅しています。コロナで少なくなったひと握りの乗客を乗せて夜の通勤列車は進みます。

みなさまも良い夜を。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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