最近、深夜に帰宅してから映画を観ることが日課になっています。NHKで放映された映画を1.2倍速でクイックに観ています。2日に1本ぐらいのスパンで観るのですが、現世を忘れ、癒やされて、次の日の仕事に向かう原動力になります。
先日観たのが「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」。1992年の作品で、アル/パチーノ主演。
苦学生チャーリーは、友人たちが学校で犯した悪戯を目撃していたが、校長にその友人たちの名前を白状するか悩んでいた。その週末、退役将校スレードをアルバイトで面倒をみることになった。スレードはかつては大統領の側近を務めるほどの軍人だったが、過ちを犯し視力を失い退役し人生を悲観し気難しい男になっていた。スレッドはチャーリーを連れてニューヨークへ赴き、ある計画を遂行しようとしていた。チャーリーは、週明けの懲罰委員会で、友人たちの名を告白するか苦悩していた……。
最初はあまり期待することなく見始めましたが、中盤に挟まれたすさまじい場面に衝撃を受けましたのです。スレードが、人を待つ若い女性ドナを誘ってタンゴを踊るシーン。夜中でしたが、いや、夜中だったからなのかもしれませんが、観た途端に「これが美だ」という直感とともに、涙が溢れ出し、その涙に困惑しながらも、そのうちに涙に身を任せて、ただただスレードとドナが踊るタンゴを観るだけになってしまったのです。
視力を失った退役将校を演じるアル・パチーノは、瞳を全く動かすことはなく、ドナを演じるガブリエル・アンウォーも、当初戸惑いながら踊り始めますが、そのうちにタンゴに没入していく感じ。カフェで突然踊り出す二人の様子を、カフェの客たちもスタッフたちも徐々に意識し始め、最後にはカフェにいる全員が彼らの踊りに引きつけられていく。一滴のインクが水の中で拡がっていき、最後にその場が美で満たされるいく感覚。さらに「ポル・ウナ・カペサ」という曲の持つ柔和と鮮烈のコントラスト。
なぜ、これが美だ、となったのか。
インクが拡がるように、物語世界のなかで、タンゴという美的なものが空間を支配していくプロセスを見たから、でしょうか。
視力を失ったスレードとドナがタンゴを通して心を通じていく様をみたからでしょうか。
「ポル・ウナ・カペサ」の鮮烈なサビのフレーズに心をつかまれたからでしょうか。
要素要素は思いつきますが、総体的なマテリアルが美を感じさせた、ということなのでしょう。こればかりは、頭でわかって書いてもなにか空疎なものに入れ替わってしまいます。
先日から、何度何度も観て、観るたびに涙がでていましたが、20回ほどみてようやく落ち着きました。分析的に見始めたことで、当初見たときの感動が失われていったのだとおもいますが、なにか寂しくおもいました。
この映画、最後の懲罰委員会のシーンも実に感動的で、おすすめです。まだまだ世界にはたくさんの美しいものがあります。
そういえば、金曜日の夜みた消防車のナンバーが1992でした。そのときは、辻邦生「ある生涯の七つの場所」を読んだ年がちょうど1992年だったな、と思ったのですが、実はこの映画が公開された年でした。1992年は思い出深い年です。
それでは、みなさま、よい土曜日の夜を。おやすみなさい。