Opera,Richard Strauss

ザビーネ・マイアのことを調べているうちに、Apple Musicでなぜかシュトラウスの《影のない女》を聴いてしまい、いや、本当にいい曲だわ、と。

Die Frau Ohne Schatten
Die Frau Ohne Schatten

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Warner Classics (2011-10-10)
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シュトラウスは本当に素晴らしい。

サヴァリッシュ盤だと、ルネ・コロの皇帝が聞けるんですね。シノポリ盤やショルティ盤とは違う味わいです。それから、結構重い演奏だったというのも驚きでした。のっけから、長大で驚いてしまいました。

サヴァリッシュって、今から10年ほど前に、ミュンヘンでシュトラウスの全オペラ公演をやっていたはず。と思いましたが、記憶違いで、1988年のことのようです。

http://www.sueddeutsche.de/muenchen/bayerische-staatsoper-dirigent-und-pianist-sawallisch-ist-tot-1.1607986

https://www.staatsoper.de/staatsoper/geschichte/bayerische-staatsoper.html

こちらの音源の発売は1988年となっています。おそらくは、このミュンヘンでの全オペラ公演と関連したものなんだと思われます。

http://www.allmusic.com/album/richard-strauss-die-frau-ohne-schatten-mw0001966009/releases

いろいろ調べてみると、こんな記事が。どうやら、当時の音楽評論のようです。中盤部分に《影のない女》についての記載がありますが、皇帝はRobert Schunkが歌っていたようで、ルネ・コロではないようです。こちらによれば、サヴァリッシュの指揮は、力強く、色彩豊かで、ドラマティックで響き渡るような感覚をもたらすものだったようです。

http://articles.chicagotribune.com/1988-07-21/features/8801160527_1_guntram-wolfgang-sawallisch-frau

というわけで、しばしミュンヘンのことを思い出したりして。。バイエルン州立歌劇場での「利口な女狐の物語」と「ボエーム」のセッティング風景です。

IMG_0111

東京地方は、急に寒くなりました。いやはや、寒暖の差が激しいですね。日経平均も激しい動きのようです。

では、皆様おやすみなさい。

Richard Strauss

リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリンソナタは、なかなかの難敵で、まだまだ聞く余地があるのですが、Apple Musicで色々探すと、こんな名盤を見つけました。

Franck/Strauss: Violin Sonatas
Franck/Strauss: Violin Sonatas

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Franck Dumay Lortie
Onyx Classics UK (2013-03-12)
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デュメイとルイ・ロルティによる録音。2012年発売の音源でした。

デュメイの音の甘さと豊かさには、本当に驚かされるばかりでした。弦をこするかすかな音にさえ、甘みが満ちているのには驚くばかりです。

私は、このアルバムにも収められているフランクのヴァイオリンソナタを、デュメイ、ピリスの音源で親しんでしましたので、なんとも言えない懐かしささえ感じました。

フランク:ヴァイオリン・ソナタ
ピリス(マリア・ジョアン) デュメイ(オーギュスタン)
ユニバーサル ミュージック クラシック (2007-09-05)
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実のところ、ドイツ音楽を、フランスやイタリアの音楽家が演奏するのが好きだったりするので、このアルバムは本当に正解でした。

今週は、この曲ばかり色々な音源で聴いているのですが、オケとは違う楽しみです。

おまけ。

こちらの本、この面白さと興味深さは半端ないです。最近の読書傾向としては、色々な本を並行してゆっくり読む、という感じになってます。もう二週間も前に買ったものですが、まるで連続ドラマを観るような感じで、読んでいる感じ。学生の頃のように、徹夜して読む、なんて頃が懐かしいです。

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)
クリストファー・プリースト
早川書房
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今日のところは、内容には触れません。ネタバレになりそうなので。

それでは、皆様お休みなさい。グーテナハトです。

Richard Strauss

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今日の東京地方は、急に寒くなりました。コートを着込んで、落ち葉を踏みながら散歩をしたり。いよいよ冬の始まりですね。しばらくは天気が悪いようですが、その後は、きっと冬の蒼天が訪れることでしょう。

今日はこちら。

NHK-FMのきらクラを聞いていたところ、シュトラウスのヴァイオリンソナタが紹介されていたので、Apple Musicで早速聞いてみました。

選んだところ、アラベラ・美歩・シュタインバッハーのアルバムが出てきて、ちょうど、今日、北ドイツ放送管弦楽団の演奏会で、シュタインバッハーがメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトを弾いているのを見ていたこともあって、様々なシンクロニシティを楽しみました。

きらクラでは、第三楽章を三舩優子さんが絶賛しておられたんですが、いや、本当にいい曲です。

ソナタということで、ヴァイオリンとピアノで演奏されているのですが、音数が多く、ピアノ四重奏かあるいは、ヴァイオリンコンチェルトを聞いているかのような気分になってしまいます。

室内楽を極度に拡張したもの、とされていますが、これ以降は、シュトラウスは室内楽を締めくくり、交響詩やオペラへと進んで行くことになります。

作曲されたのは1887年から1888年にかけて。23歳から24歳にかけてです。天才です。

しばらく、繰り返して聞きたい曲だなあ、と。エマニュエル・アックスとイツァーク・パールマンの録音もApple Musicにあるようですし。

明日からまた平日ですね。世界の変化も激しいですが、私の周りも変化がたくさん起きています。まあ、やるべきことを淡々とやるだけです。

それではみなさまおやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

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今日も余韻に浸りながらこちらを聴いていました。パンフレットには、《ダナエの愛》は「秘曲」と書いてありましたが、たしかにそうかも。こんなにいい曲が舞台形式では日本初演とは。もったいないです。

今日で東京二期会の公演が終わりましたのでネタバレでも良いですかね。。そして、観た方にしか分からない内容だったりしますが、仕方ないです。

深作健太さんの演出、本当にいろいろな仕掛けがあって面白かったです。

ゼメレ、オイローパ、レダ、アルクメーネの四人ともミダス王のが金に変えたという装飾を持っているのですが、白鳥とか雲とか牛の形をした金色のオブジェを持っているわけです。これは、御存知の通り彼女たちを誘惑した時にユピテルが変身した姿なのですね。

オイローパは牡牛に姿を変えたユピテルに誘惑され、レダは白鳥、アルクメーネは自分に球根していたアムピトリュオーン。ただ、ゼメレは探しましたがよくわかりません。《ダナエの愛》の中では雲だったでしょうか? ですが、雲に姿をかえたのはイオーの時だったという情報もあり。

ともかく、そうしたギリシア神話が取り込まれつつ、昨日も触れたように、この4人はクリムトの文様の服を着て、コミカルな演技をしていました。イケメンモテモテのユピテルは神話の世界よりも楽しそうでしたね。

それにしても、第三幕はいろいろと刺激的な演出でした。えーっと、これは大丈夫? と思うほど。アフタートークでは、「幸い止められなかった」とご本人も言っておられましたが。まあ、こういう心配してしまうというのもなかなか難しい問題ということなんでしょうけれど。

でも、そうした世界のなかにあって、ユピテルとダナエの対話の後に、ダナエが渡した黄金の薔薇が、ユピテルの手で薔薇の花に変わったり、あるいは、ダナエが植えた植木に花が咲いたり、と荒廃した世の中にあって希望が残されているという演出でした。観ていた方の多くが、あの「風の谷のナウシカ」の最終場面で腐海の下で人知れず芽吹いた植物を思い出したのではないでしょうか。

それにしても、面白かったのは一幕で登場し、三幕で本物の薔薇に変わる、あの金の薔薇です。あれは、《ばらの騎士》のパロディのはずで、小さい男の子がでてくるんですが、あれは《ばらの騎士》の小姓なんだろうなあ、と。《ばらの騎士》では銀の薔薇なんですが、《ダナエの愛》は、黄金がモティーフですから、黄金なのです。小さい子が出てくるだけで、会場がドッとわくのはいつものことです。可愛らしい子でした。お母さんにとってもいい思い出になったと思います。

あのユピテル、演出のなかではさすらい人ヴォータンの姿をしていました、私、あれはほとんど権力の権化としか思えず、おそらくは当時の文脈においてはヒトラーなんだろうなあ、と思いました。これは、演出の読み替えで感じたものなのか、あるいはシュトラウスのスコアからそう感じたのかはわかりません。ですが、権力、経済などをダナエが選ばず、というのは、なにか戦時中にあってシュトラウスが考えたことに合致するのでは、とも思ったのです。

ですが、権力と経済を選ばない、というストーリーを考えたのは、シュトラウスやグレゴールなんですが、当然ふたりとも男ですよ。男が考えた女性の選択です。これ、本当かなあ、と。女性は、まずは子どもの安全を考えるのではないか、と。普通なら、権力と経済を選んで、生まれ来る子どもの安全を確保しようとするはずなんですが、どうでしょうか。数ある芸術は、その多くが男性が作ったものですので、そういう視点を汲み取りにくいのではないか、とも思ったり。

というわけで、今日もなにか思いつきをダラダラと書いてしまいましたが、誰かと話している気分で。もっとも、こんなことをダラダラ話すのは、イマイチです。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

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上の変な写真になってしまいましたが、行ってきました東京二期会公演の《ダナエの愛》。東京二期会は、意欲的な演目をやりますが、今回は本当に運良く行かせていただいた感じです。

いや、本当に面白かったです。演出も最高だったし、なによりオケが素晴らしかった。歌手の方々も。10年以上前にもやはり同じ団体の別のオペラを東京文化会館で観たことがあったんですが、そのときよりも全体に底上げされている!、と本当に思いました。

今日は短信にとどめますが、深作さんの演出は、シュトラウスが指環へのオマージュとして《ダナエの愛》を書いた、と思わせる演出になっています。神々から人間へ世界が渡される、というテーマを色濃く描く演出で、これはもうほとんど指環の世界観でした。第三幕のユピテルは、全くもってさすらい人ヴォータンでした。シュトラウスのパロディ精神をすくい取っているなあ、と感動です。

演出の深作健太さんのアフタートークも聴きましたが、いや、本当にオペラが好きで演出をやりたくて夢を掴んだ、ということだったようです。

というか本当に面白い演出でした。

<ここからさき、ネタバレ&ご覧になった方しかわからないはずです。すいません>

ざっと、思いついたことを書きなぐってみます。ブログじゃないな、これは。本当なら、誰かと話したいところですが、そういう知り合いがいない。。

演出の深作健太さんが登壇したアフタートークでは、深作さんがコンヴィチュニーに影響を受けているというコメントがあり、それを受けて、今回の公演についても聴衆の質問の中からもコンヴィチュニー的な演出だ、というようなコメントが有りました。たしかに、コンヴィチュニーの《ばらの騎士》など、未来の暗い世界が舞台になっているということもありますし。

最初は、第三幕が急激に現代劇になってしまい、あまりの唐突感に驚いたのですが、劇が進むに連れて、第一幕から第二幕がダナエの夢で、第三幕が現実なのだ、という解釈なのか、というところで、なるほど、と思いました。

クリムトはダナエを題材とした絵を描いています。ミダス王は触れたものを黄金に変えるということで、このオペラのなかに通底する黄金のイメージ。ここから、クリムトの「ダナエ」につながり、クリムトが好んでつかった金のイメージに繋がり、ということで、クリムトのデザインが衣装に採用されていました。これも少しやり過ぎもあったんですが、その衣装を着ているのが4人王女で、彼女らは《トゥーランドット》のピン、ポン、パンのような位置づけですので、そうしたパロディ精神も面白いなあ、と思いました。

で、この四人の王女は、実際には三重唱なんだそうです。四人いるのに。私なりの持論はあるのですが、今回は一旦は伏せておきます。

また、第三幕最後において、ダナエが懐胎しているという読み替えなんですが、この衣装とメイクは完全にボッティチェリの「春」をモチーフにしています。これ、辻邦生の「春の戴冠」においては、懐胎しているシモネッタをモデルに描かれたもの、とされていますので、ここもとてもおもしろかったです。

短信になっていませんが、半分メモ的なエントリー。

で、指揮・オケ最高でした。シュトラウスは本当に素晴らしい。明日ももう少し書くかも。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

Richard Strauss: Die Liebe der Danae
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うーん、いいオペラだなあ、《ダナエの愛》。シュトラウスらしい、濃厚な音楽世界で、時間を忘れますね。折り重なる転調の織り目とか、あるいは華々しい金管の方向とか、深く味わい深いうねるような弦とか、本当にシュトラウスらしい音楽です。

今日、明日、明後日と東京二期会の公演が上野であります。そちらに幸運にも行くことができそうです。私は明日の会です。指揮は準メルクル。楽しみですね。

これが戦争中に作られたということ。1940年6月28日がその完成の日だそうです。そうした意味を考えながら、明日は観に行ってみようと思います。

それにしても、体調を整えていかないと、オペラは理解できませんので、そのあたりも気をつけないと。

それではまた明日。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

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こちらを引き続き。さすがに手強い。だが美しい音楽。本当に終わることのない甘美な音楽の連続ですが、全体をつかむにはまだまだ時間がかかりそうです。感想を書くのはもう少し先かも。

《ダナエの愛》ですが、初演は1952年とされていて、シュトラウス存命中の公演はかなわなかったようですが、実際には、1944年にゲネプロだけは行われていたのですね。ハンス・ホッターがユピテルを歌い、指揮はクレメンス・クラウスだったようです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Die_Liebe_der_Danae

ザルツブルク音楽祭での公演の予定だったようですが、ヒトラー暗殺未遂、戦局の悪化やシュトラウスがナチスに不興を買っていたなどが原因のようです。

ヒトラー暗殺計画は、7000人が逮捕、200人処刑、ロンメル元帥に自殺を強いる、という過酷な結果に終わったようです。

そんな時代に《ダナエの愛》が演奏されようとしていたとは。なんとも皮肉というかなんというか。もちろんオペラなので政治的な意味も隠されているはずですが。

こちらにいくらか当時の事情が書かれていました。ただそれが真実かどうかは知る良しもありません。

大作曲家 R.シュトラウス

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それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

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驟雨のあと。空気も秋めいてきて涼しくなってきた気が。

いよいよ、夏もおわりつつありますね。早いものです。

それにしても、なんなんすかね、この忙しさは、みたいな。

今週やっと3時間だけ自分の時間が取れそうで、それもあと30分でおわってしまいます、みたいな。

今年は、ワークライフ・バランス推進の役割を仕事場で担っているんですが、どうやら、仕事人間だったみたいで、まだまだ頭を切り替えられません。ムダに深読みするクセもあるみたいでして、本当にワークライフ・バランスしていいのか分からないのです。

「効率あげて、仕事の成果を変えずに早く帰ろう!」が趣旨なはずですが、「効率上げて、仕事の成果を増やそう!」が趣旨のダブルスピークではないか、と深読みしてしまうのです。趣旨を腹で理解できていないということですので、意識を変える意味でももっと勉強しないと。

今日はこちら。

コヴェントガーデンでの《ばらの騎士》。ライブ録音なので、子役の子どもたちの声なども入っています。トモワ=シントウ、クルト・モル、バーバラ・ボニーなどおなじみのメンバーが集っております。1995年の録音です。あのクライバーの録画の数年後ですね。Apple Musicのせいか、なにか音作りがライトな感じで、室内楽的に聴こえます。トモワ=シントウは円熟といえば円熟です。カラヤン盤《ばらの騎士》でのトモワ=シントウの素晴らしさとは違う円熟でした。蔵出しな音源という感じです。

詳細はこちら。

http://www.opusarte.com/details/OACD9006D#.Vdnjk3hxE69

明日は涼しい一日になりそうです。皆様お身体にお気をつけて。おやすみなさい。グーテナハトです。

Richard Strauss

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凄烈な夕空でした。これは夕暮れの東の空です。夕焼けといえば西空ですが、反対側の東空を振り返ってもなかなかの風景があります。

Capriccio
Capriccio

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Karl Bohm
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今日はカプリッチョ。グンドラ・ヤノヴィッツの心あらわれる声を楽しみました。意外とテンポがダイナミックで驚きました。最近良く聞いていたのがシルマーなので、なおさらそう思ったのかもしれません。

オペラにおいては、詩か、音楽か、いずれが優位なのか? あるいは演出は? という問いを投げかけるオペラです。この問いを、伯爵夫人マドレーヌが、詩人オリヴィエと音楽家フラマンのいずれを選ぶか、というラヴストーリーになっているというのがなかなかおもしろいのです。私は、きっとマドレーヌは音楽家フラマンを選ぶと思いますが。

このオペラ、作曲されたのが、第二次大戦まっただ中なのです。初演は1942年です。まだ戦局は一進一退のころです。何を思ってこうしたオペラを書いたのでしょうかね。
ユダヤ人排斥のなかにあって、台本作家ツヴァイクとオペラを作れなくなったり、ナチスとうまく行かなくなったり、大変な時期だったはずです。

がゆえに、こんな、あるい意味他愛もない世間ずれしたオペラを書いたんだと想像してしまいます。

そういえば、オーウェルの「1984」の二重思考を思い出しました。。これも二重思考なのかもしれません。「戦争は平和なり」とか、「自由は隷従なり」という「1984」に登場する「二重思考」の言葉のように、この他愛のなさがあまりに不気味です。「1984」では、イングソックという社会主義的政権がアメリカやイギリスを支配しています。そこでは「2+2が5」とされていれば「2+2は5」と言わなくてはならず、「2+2は4」と言えない世界なのだそうです。先日書いたショスタコーヴィチは、交響曲第5番に隠されたメッセージを込めているという話のように、シュトラウスも、ナチス政権下にあって、言いたいことを言えなかったが故に、なにかを込めたんじゃないか、という漠然とした想像をしてしまうのですが、どうでしょうか。

それではおやすみなさい。グーテナハト。

2014/2015シーズン,NNTT:新国立劇場,Opera,Richard Strauss

すべての写真-1753

新国中庭のパノラマ写真を撮ってみました。首都高速の騒音をブロックするための外壁に囲まれた水庭は本当に素敵です。

《ばらの騎士》に政治的意図はあるでしょうか? ヴェルディオペラだと、そこに政治的な意図がたくさん仕込まれていますので、いろいろと面白いのですが、シュトラウス=ホフマンスタールでそうしたことを考えたことがありませんでした。

もちろん、第一次世界大戦前の時代が変わりゆくことへの漠然とした不安のようなものがながれているのはたしかでしょう。爛熟の次に来る破局への予感のようなものでもあります。18世紀のフランス革命に向けたフランスの状況などを想像していたのかもしれません。

あるいは、現代においてもやはり、バブルの次に来る崩壊をなにかそこはかとなく感じていて、例えば、今のアベノミクス相場はもちろんのこと15年前のITバブルも、なにかそうした威勢の良さのあとに来る破局への漠然とした不安を感じるような気がします。

現実と乖離しているような株価の高騰が、日銀や年金機構が政策に基づき株を買い続けているという状況で、創られた株高状況とも言われているようです。

インフレ・ターゲットが設定されてはいますが、それに連動して、給与が上がっている実感がない、という話はよく聞きます。

(ですが、こちらのデータでは、2013年度においては、平均給与は2%とはいえませんが、それでも上がっている、とされていますので、面白いですね)

なにか、こういう爛熟の美と、次に来る破局の感覚、というのは、日本的とも言えるのでしょうかね。というか、辻邦生の「美と滅び」とか、太宰とか、三島の感覚とよく似ているなあ、と思います。それは、実はマンなのかもしれないですね。

ホフマンスタールの《チャンドス卿の手紙》は、なにか大人の諦念のようなものを感じるのですが、それがこのオペラの魅力だとおもいます。

というのは、ある程度人生経験を積んだ人の意見になると思いますが、きっと若い方々にはオクタヴィアンとゾフィーの恋愛成就ハッピーエンド物語になるのでしょうね。第二幕でさっそうと登場するオクタヴィアンは、きっと若い方にとっては、卒倒するほどのかっこよさです。

年代ごとにその魅力が発揮できるようになっているのかも、なんてことを思いながら観ておりました。

それでは取り急ぎ。グーテナハトです。