宇宙へ


「正しく思考する」技術を磨く 立花隆の「宇宙教室」



立花 隆 岩田 陽子
日本実業出版社
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先日読んだ「幼年期の終わり」。あの最後の場面、地球のとある未来が本当に強烈で、あれ以来、地球の未来のイメージを科学的に知りたくて、少しばかり調べているのですが、そんななか図書館で見つけた本がこちらでした。

かなり短い本なのでざっと読めました。なかなか刺激的で、やはり立花隆も同じ問題意識、つまり地球の未来において人類が地球に住めなくなるという可能性を視野に入れた思考、というものを持っているということがわかりました。温暖化とか、破局噴火とか、そういう議論もありますが、太陽や地球の寿命という観点でもやはり永遠に地球に住めるわけでもなさそうです。そこで、我とわれらの子孫のために、少しずつでも宇宙へ向かうベクトルを育てなければならないのです、というのが趣旨。これを小学生への授業の中で学んでもらう、というのが趣旨でした。宇宙それ自体の話も興味深いのですが、小学生が少しずつ理解していく様子や、いろいろな柔軟な発想を提示してくるのも面白くて、自分が小学生だった頃の、ゆらゆら揺れる思いつきでどんどん話し合いや授業が進んでいく感覚を思い出し、なかなか懐かしかったです。

もっとも宇宙事情に関して言うと、前半の立花隆と研究者の対談が面白く、系外惑星や、はやぶさのミッションの話が実に興味深かったです。

いずれにせよ、人類はまだまだ「幼年期」なのかも。これからどんどん進んでいくのでしょうが、傍観者としてぼーっとしていると、取り残されて機会喪失に陥りそうです。いろいろ吸収して世界と一緒に走らないと、と思う今日この頃。どうすれば良いのか。迷う日々。

それではみなさま、おやすみなさい。

チェネレントラの思い出

連休最終日。今朝は、少し早めに起床。東京地方は曇り空でしたが、午後からは晴れたようです。ただ、今日は家の中で過ごさなければならないので、太陽の恩恵には与れず。どうも、太陽の光への偏愛が強いようで、進んで太陽の光にあたって過ごします。日の入り時間はピーク時より15分ほど遅くなりましたが、日の出時間はまだ一番遅い頃です。早く夏にならないかと待ち遠しいです。
今日はこちらをCDで。


La Cenerentola


La Cenerentola

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RCA Victor Europe (2006-09-28)
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ロッシーニの《チェネレントラ》。ヴェッセリーナ・カサロヴァがフュチャーされたアルバム。で、私は、2009年に新国立劇場でこのカサロヴァが歌う《チェネレントラ》を聴いてまして、今日、このCDを聴いて、その時の思い出がよみがえってきました。もう7年半前になりますが、ロッシーニの美しさとか愉しさとか、それが故の難しさとか、そういうものが何か本当に懐かしく大切な思い出としてよみがえってきた感覚です。最近、オペラやコンサートになかなか行くことができず、代わりに本を読みAppleMusicを活用する日々ですが、やはり実演にもいかないと、と思います。が、いつになるやら。熱が冷めないように気をつけないと。

今年は、連休が少ない一年。次の連休は春分の日。建国記念日は土曜。天皇誕生日も秋分の日も土曜日です。頑張るところを考えて過ごさないと。

それではみなさま、おやすみなさい。

時よ止まれ、か。

連休二日目。久々の雨の日に屋内に滞留してしまった一日。

で、ビデオに録っていた紅白歌合戦の復習を。日頃あまりテレビを見ませんし、日本の一般的な音楽の状況をおさえてはいませんので、ほとんど音楽ハイライトを見るような感じで見ています。正直、ピコ太郎とかも、十二月に入って初めて知ったような状況でして。。

でこちら。椎名林檎「青春の瞬き」。


青春の瞬き


青春の瞬き

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Universal Music LLC (2014-05-14)
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うーん、なんだか、すごいパフォーマンスだったと、改めて。何度も何度も見返してしまいました。

ベースの亀田誠治さんとか、ギターの浮雲さんとか、巧すぎて卒倒するし、アレンジも抜群で、エンディングに向けてピアノのリフがどんどん転調していくところとか、本当に素晴らしい。途中、「時よ止まれ」の場面でブレイクするところも、ありがちなんだけれど、バックの映像と相まって本当にかっこいい。椎名林檎の声は少し消耗気味なんだけれど(それは本当にそうなのかもしれないしそういう演技をしているかもしれない。椎名林檎のパフォーマスは字義通り受け取ってはならない、と思ってしまう)、その少し病的な声質でさえ、何かこのパフォーマンスを構成する一つの重要な要素であるかのようにも思えてしまう。

繰り返しになりますが、映像美も素晴らしい。都庁で中継しているんですが、かなりの人数のエキストラを動員し、加えて、合成映像で自在に背景の都庁が揺らぎ、煌く。ダンサー二人が都庁の上から降りてくる、という設定もなんだか空恐ろしい。椎名林檎とダンサー、バンドメンバー含めておそらくは喪服と思われる衣装を着ていて、それは何かしらの事案を想起させるもので(ここには書きにくいことなので書きませんが)、あのストーリーをそこに読み取ることで、歌詞の意味が際立ってしまいます。ダンサーはほとんど冥界から蘇ったような風情すら醸し出していて、生と死の間際のような、儚さ、悲しさ、危なさのようなものを感じるわけです。司会は「夢の世界をどうぞ」と言っていましたが、それは夢だとしても、決して初夢のようはものではなくて、悪夢すれすれのものであるとすら言えるのではないか、とも。もちろん、東京オリンピックに向けた映像も流れるのですが、何か断絶のようなものも感じたり。もう勝手な解釈なのですが、それもやはり世間に放たれたパフォーマンスが背負うものなのでしょうから、ここには述べない限りにおいて許されることと思います。

とにかく、紅白歌合戦で見られるパフォーマンスとしては、本当に本当に感動してしまい、今日だけで、6回ほど繰り返し見て、その後もAppleMusicで繰り返し。ただ、AppleMusicの音源では、ギターソロがなく、やはり紅白のバージョンのライブならではの感覚が素晴らしいかと思いました。

久々の雨の夜。寒く静かです。昔見た夢にこんなのがありました。芸術を志した者のうち、選ばれたものが100年間自由な時間を与えられ、再び戻ってくることができる。まるで時を止められるように。神童とか天才とかは、そうやって神童とか天才になるのかも。

それではみなさま、おやすみなさい。

自由な演奏とは?


今日は実に良い天気。明日から下り坂とのことですが、今日の晴天を味わうことができました。

先日から読んでいる森有正の「生きることと考えること」について。

森有正はオルガンを弾く方で、バッハ演奏のことも書いてあるのですが、曰く、自由に演奏するようなことはなく、自分を殺し、あくまでバッハを弾く、ということが書かれていました。確かに人は自由に弾きたくなるものですが、そうではなく、バッハの意図のとおりに弾く、という立場でした。バッハ、あるいはクラシック音楽の難しさ、だとも思いました。演奏者に許されるものは何か、ということで、なんだか冷や水を浴びせられたような気分でした。自分が演奏するときに、どこまで何を考えているのか、と。確かに、私はアマチュアであり、演奏するのはジャズのサックスであり、という違いもあり、バッハの演奏と単純に比較できないにせよ、何か思うところはありました。それは、作曲と演奏が分裂している音楽ならではの問題なのかもしれません。

今日は早めに就寝。明日も充実した1日になりますように。おやすみなさい。

つれづれ

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タイトルは「つれづれ」ですが、全くもって徒然ではありません。どうも最近早く起きて仕事場に行くようになってしまいました。早く働き始める時間をあてにして仕事を組み立てている感さえあります。仕事場にいる時間が増えれば増えるほど仕事は増えていきます。早く終わらせるために、早く仕事場へ、というのは淡い期待のようです。

日本の会社は、組織で結果を出しますので、個人個人が何をやるのかというのは明確にはなっていません。皆でカバーし合いながら働くことになりますが、そうすると、個人個人へ歪みのような負荷がかかるケースがあります。まあ、そうやって高度成長を成し遂げたのですから、そういうものだとは思いますが、難しい問題です。

今日はこの辺りで。みなさま良い週末をお過ごしください。

本二冊

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仕事始め二日目。ずっと画面を見つめていたら、ひどい肩こりに。

そうは言いつつ、帰宅しながらこちらを引き続き。


生きることと考えること (講談社現代新書)



森 有正
講談社
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今日の感想は以下のようなものでした。

言葉の定義というものを、標準的な哲学的な定義にとらわれることなく考えているのだなあ、と思いました。哲学の議論において、話をするためにはタームとしての言葉の相互理解が必要ですが、そうした枠組みにはまらない言葉の使い方を、それをそうと意識して、という前提ですが、しているのだなあ、と思います。経験、とか、体験、という言葉を使いますが、私が使いイメージする経験や体験とは少し違う意味で、語っていて、それを自覚的に説明しながら語っているというのが、きちんと聞き手の地平に降りてきている感じで、興味深いものでした。この、経験、体験という言葉も、体験は凝固した変化のない過去のものであるが、経験とは未来に向けた発展する経験である、ということを言っていて、まだ理解が深まらない感じではありますが、例えば、戦争を仕掛けたドイツ皇帝やヒトラーは体験的だが、逆に仕掛けられたその戦争で勝ったアングロ・サクソンは経験的だ、という書き方、あるいは第二次大戦中の日本の軍というものは体験的だという書き方から、帰納法的に考えてみると、どうやら、それは経験を活用して発展していくような、動きのある枠組み、というふうに捉えました。ビジネスでいうとPDCAサイクルをまわす、というようなことをよく言いますが、そういうことでしょうか。

それから、印象的だったのは、「日本には自然がない」ということでした。というのも、すべての「自然」はすべて名付けられている、というわけです。富士山もすでに「富士の高嶺に雪は降りつつ」といったような文化的な表現によって名付けられている。二見浦もやはり、それだけではなく、しめ縄が飾られ日がそこから昇る、というように語られている前提であるから、それはもうすでに自然ではない、といいうようなことが書いてありました。

やはり、フランスに出かけていることもあり、日本社会に対する問題意識を強く感じるものでした。この場でそういった問題を書いたり考えたりするのは難しく、どちらが良いとか悪いとか言えないのですが、それでもやはり、社会問題となっている様々な事案のことを思い浮かべた時に、やはりそうした森有正のいう問題意識(個が確立されていない、など)に翻ることもまた必要と思いました。

あわせて今日読んだのが「春の戴冠」。


春の戴冠〈3〉 (中公文庫)



辻 邦生
中央公論新社
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先日から「暗い窖」という春の戴冠に登場する言葉がどうにも気になって、読み進めているところです。今日読んだシーンでは、プラトン・アカデミアでの読書会をリアリストのトマソが「まるで目に迫る危機を見ないふりをしているようだ」というようなことを述べるシーン。確かに、生きるということ、あるいは厳しい国際情勢などを見ぬふりしていいのか、現実の問題を直視ししなければならないのではないか、という問題意識のようにも思いまいたが、「春の戴冠」は物語ですので、一部分だけを切り取っても何も意味はありません。ただ、すぐそこにある危機やリスクを見ないというのは、一般的な問題としてはあるものですから、自分はそうではないと思いつつも、やはり何か胸に手を当てたくなるような気分でした。

明日で金曜日。正月明けの連休は本当にありがたいです。ただ、今年はかなりの祝日が土曜日に当たり、休日は少ない一年だったりしますけれど。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

思いつく日々とラプソディ

仕事始めでしたが、初日から色々と。何かしらの「思いつき」のようなものにこの数日間苛まれる、あるいは恵まれていて、少々あぐねているというか、高揚しているというか。

今日はこちらを聞きながら帰宅。


CHICK COREA/TRIO MUS


CHICK COREA/TRIO MUS

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Universal Music LLC (1986-11-24)
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I hear rhapsodyが、好きで、それを聞くためだけに、聞いているような感じです。それって、My One and Only Loveを聞くために、Now He Sings Now He Sobsを聞く、というのと似ています。後半は変幻な曲で仕事帰りには少し厳しい。

このアルバムを知ったのは、私の先輩が、I hear rhapsodyを弾いていて、感動したのですが、その方はChick Coreaの影響のものと弾いていたということで、入手。で、セッションで、サックスをChickのリフっぽく吹いたら、別の先輩に「Chick Coreaそのまま」と言われました。なんというか、とぎすまされた演奏だと思います。何か、もの哀しいラプソデイを胸が張り裂けそうになりながら聞いているイメージ。

ちなみに、素敵なMy one and only loveが収められているNow He Sings Now He Sobsはこちら。


Now He Sings Now He Sobs


Now He Sings Now He Sobs

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Chick Corea
Blue Note Records (2002-06-13)
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そういえば、とあるところでチャンドラーの「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」という言葉を見かけました。結局、優しさというのは、努力の結果強くなり、そのご褒美として振る舞うことができるもの、なんてことを思いました。これも一つの「思いつき」かも。ただ、小説の一箇所を取り出してもあまり意味がなく、恣意的な解釈は忌避すべきものです。ということは、チャンドラーを読まないと、ということになりますかね。いくら時間があっても足りません。

それではみなさま、おやすみなさい。

商品券の列で森有正を読む。


生きることと考えること (講談社現代新書)



森 有正
講談社
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今日で年末年始休暇は終わり。朝、開店前の近所のスーパーに並んで、割引商品券をゲット。

並んでいる時に、森有正の新書を読んだのですが、これがなかなか面白いです。まだ最初の方なんですが、パリが感覚の街だ、というようなことが書かれてあって、東京にはセクシャルな情報があふれているが実体はないが、パリのセクシャルは実体がある、というようなことが書かれていて、なかなか面白いなあ、と思ったり、実家の樫の木への憧憬のようなことが書かれていて、毎回歌詞の木を見るのを楽しみにしている、ということに共感したり。まだ思想を語る部分の前ですが、明日もこちらを読む予定。速読でざっと読んでみようと思ったのですが、速読というわけにはいきませんでした。まあ、なんというか、文学的には、そういうエピソードのようなものの方が興味深く、牧師の父親は病弱だったが、非常に厳しく、話をしたことがない、というような話の方が何かいろいろなことを考えたりしました。

夜はETVのニューイヤー・オペラコンサートを。新しい実力派の方に驚いたり、常連の方の歌が素晴らしかったり。

今日はそんな1日でした。明日からお仕事。来年のお正月が待ち遠しいです。

それではみなさま、おやすみなさい。

 

BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」を観て。

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今朝の東京地方は曇り空で、あれ、天気予報と違う、と思いましたが、その後お昼に向けて雲が切れて行きました。写真は、ちょうど雲が切れ始めて快晴へと向かう時間帯のもの。
昨夜は、少しばかり飲みすぎまして、まったく懲りないものです。気を使う場だとついつい飲みすぎてしまいまし。正月休みということでお許しを。
この年末年始休暇は自分の時間をとることはなかなかできませんでしたが、家事をしながら、「紅白歌合戦」を含めて、テレビを見ていろいろ情報を得ました。

で、こちら。

BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」

オペラ「沈黙」を新国立劇場で2回見ていて、映画化の情報も聞いておりました。この春にロードショーだそうです。録画を仕掛けていたのですが、家事のあいまで最後まで見てしまいました。

「沈黙」について語ることそうそう簡単なことではありません。ですが、自らの信仰、自らの価値感、自らの美意識を捨てる、と言うことは、キリスト教禁制下におけるキリシタンだけが直面する問題ではない、ということにあらためて思い至りました。

また、遠藤周作は、「沈黙」に登場するような弱き者たちを沈黙の灰から救い出すことこそが文学の仕事だ、ということを言っていた、とされていました。常々思っていることは、文学の仕事というのは、学問的な客観的必然性や普遍的妥当性がなかったとしても、そこに何かしらの真実を求める営為です。それは、ともすればPostTruthの文脈で語られるような安易な感情的な振りかざしになりがち、ありはそう思われることもあるのでしょうが、作家はそこに客観的必然性と普遍的妥当性を当為としてあるように書くことで、政治や歴史にはできない仕事をしているのだと考えています。遠藤周作の言っていたことは文学の使命として、ある種の作家に向けた一つの指針のようにも感じました。

さて、明日で正月休みは終わり。明後日からまた五時起きの毎日が始まります。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

あけましておめでとうございます。

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新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。皆様にとりまして幸多き一年となりますことを願っております。

昨年末に「セッションでチック・コリアをやらないか?」と言われたりしまして、チック・コリアを聞き始めたら、なぜかとらわれてしまいました。

今日はこちら。「不思議の国のアリス」をモチーフにした1978年のアルバム。


マッド・ハッター


マッド・ハッター

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チック・コリア ゲイル・モラン エディ・ゴメス ジョー・ファレル ハービー・ハンコック スティーブ・ガッド
ユニバーサル ミュージック クラシック (2005-03-30)
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チック・コリアの音楽は、何か、70年代のオプティミズムのようなものが含まれているような気がしてなりません。20世紀のSFに描かれたオプティミズムのようなものと通底するものとも言えます。科学の発達が人類を栄光の未来へと導いていくというもの。あるいは、世界は歴史の流れにおいて必然的に発展し様々な問題は一つに収斂していく、というもの。それは、チック・コリアの来歴を知っているという要素はあるかもしれませんけれど。

今年は(あるいは今年も、と言いたいですが)、限りある時間を意義あることにきちんと使っていく年にしたいと思います。自分にとって意義あることは何か。それは不惑を過ぎていますので、定まっていますので、あとは時間を作ってやるだけです。

お仕事をされている方もいらっしゃると思いますが、みなさまもどうか良いお正月をお過ごしください。

※今年はスマホで初日の出をとってしまいまして、こんな感じになってしまいました。来年はちゃんとカメラで撮りましょう。