北の岬の記憶

そういえば、むかし稚内に行ったことがありました。

本当は海外に行きたかったのですが、同時多発テロの時期で、海外旅行は危険と思われていました。それじゃあ、日本の最北端に行ってみよう、と思ったのでした。

羽田から札幌へはボーイング777で。札幌で一泊し、翌朝、雨降るなかバスで丘珠へと向かい、YS11で稚内へと向かいました。YS11は機材繰りの影響で1時間以上遅れて丘珠を離陸しました。最初で最後のYS11でした。その記憶といえば、窓のすぐそこに回るプロペラと、帽子入れと称される座席の上に設えられた薄い荷物入れでした。
稚内では、ちょうど港近くのホテルに泊まりましたが、どうやら繁華街は南稚内という隣駅だったようで、なにかうら寂しい雰囲気を感じたものです。

高台の公園へと散歩していると、東京から直行してきたボーイング767が低く市街地へと進入してくるのが見え、この最北の街も東京とつながっている街なのか、といくばくかの感慨のようなものを感じたのを覚えています。また、「稚内は日本で一番ヨーロッパに近い街」という看板があり、ロシアがヨーロッパだとすると、たしかにそう言えるとも思うわけですが、そこになにか、日本の最北端のさまざまな難しさを感じたりもしたものです。
わたしの勝手な記憶のなかに、稚内の街を歩き回っているときに、木造の民家が修道会のものだあることを示す古びた木の標識を見つけた、というものがあります。それは、夢なのか、あるいは辻邦生の「北の岬」を読んだ印象が作り出したものなのかはわかりません。ただ、あ、もしかするとこういうところに、「北の岬」のマリー・テレーズが住んでいたのかも、と思った記憶もあって、何が本当なのかはわかりません。検索すればわかる問題かもしれませんが、差し当りは夢かうつつかわからないことにしておきます。
この「北の岬」は、Kindleで読めるようになりましたので、先日買ってしまいました。


北の岬(新潮文庫)


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北の岬は、もう20年近く読んでいませんでした。こうした恋愛小説はもう読めないなあ、と思ったりしたので敬遠していた気がしますが、今回再読してみた次第です。やはり、普通の恋愛小説な訳はなく、形而上学的な光の差し込む品格のある小説だなあ、と改めて思いました。

明日以降のもう少し書いてみようと思います。

取り急ぎおやすみなさい。

Finziな日々

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優先順をつけてことを運ぼうとしますが、たまにその優先順を間違ったり、あるいは、優先順位に従って行動できない場合があります。まあ、人間なので、機械のように常に合理的に動くことは難しいものです。結局、そうした優先順が妥当であればあるほど人生は幸福なのだと思います。もちろん、その優先順は人それぞれ。優先順が本当に自分にフィットしてれば、人生は幸福ですね。もっとも、優先順が間違っていたとしても、気づいた時に修正すれば良いのかも。

今日も、優先順を修正して難を逃れたような気がしないでもないですが、まあ、失敗したのだろうなあ。

今日もFinziな日々。


Clarinet Concerto


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なぜか、こちらを買って読み始めてしまいました。英語なので時間がかかります。


Gerald Finzi: His Life and Music


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なぜか日本のAmazoneで「人気」となっています。私が買ったのが貢献しているのかも。なーんて。
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それではみなさま、おやすみなさい。

園芸家ジェラルド・フィンジを聴く


昨日のNHK-FMの「きらクラ」。やはり、ラジオはいいです。最近知ったいい曲はほとんどがNHK-FMです。スクリャービンのピアノ協奏曲もこの番組で知りましたが、今回知ったのはジェラルド・フィンジ。イギリスの作曲家で、1901年に生まれ1956年に亡くなりました。今年没後60年。ヴォーン・ウィリアムズよりふた回り、ベルクよりひと回り下の世代です。
昨日はオンエアされたのは、《牧歌(エクローグ)》という作品。Wikipediaによれば、初期のピアノ協奏曲の断片をもとに作成されたもののようです。


Centenary Collection


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なんというか、エンニオ・モリコーネの《ニュー・シネマ・パラダイス》のような雰囲気を持った作品で、懐かしさと優しさに包まれる曲です。

聴いていると、なにか悲しみさえ覚えてしまうぐらいです。なぜなら世の中とはまったく違うものなので、その存在が幻想であるということがわかってしまうので。願わくば、こういう世界が現実であればいいのに、と思うのですが、それは能わないことがわかっていますので、悲しみを覚えるわけです。
最期、調性は短調で暗くなるのですが、本当の最後はピアノの長調の和音で静かに終わり本当に良かったです。これが短調で終わってしまうのはあまりに悲しすぎますので。
ジェラルド・フィンジという方の人生も劇的で映画になりそう。ホルスト、ヴォーン・ウィリアムズ、ボールトとの親交を結び、田舎でリンゴを育てる園芸家でもあった。余命10年を告げられ、自作の初演をラジオで聴いた翌日に生涯を終える。なんという人生なのかと思います。映画のシーンが勝手に現れてきます。ヴォーン・ウィリアムズとか出てくるんだろうなあ。きっと、フィンジの楽曲がふんだんに使われた映画になるはず。

こういったボックスも発売されるようです。今年アニバーサリーだからでしょうか。


A Finzi Anthology


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幸運な巡り会いに感謝しつつ、おやすみなさい。

 

 

辻邦生ミニ展示をもう一度。

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昨日、何とか予定を立てて、もう一度辻邦生ミニ展示を観に、目白の学習院大学史料館へ。前回は23日の講演会のなかだったのでずいぶん混み合っていたのですが、昨日はゆっくり見ることができました。

今回も「春の戴冠」のメモをずいぶんと眺めいりました。メモを取るのも忘れてしまった感じ。ただ、自己を棄てるということに美がある、といったことが書いてあったような気がします。誤解される表現かもしれませんが、生死を超越したその先にある価値のようなのかも、と思います。

今日も「春の戴冠」の最後の部分を読んでみたのですが、謎は深まるばかりです。

もっともそういう感覚が、最近よくわかるようななってきたので、少しずつ辻文学が理解できるようになりつつあるのかも、と思ったりしています。

文学は人生論ではありませんが、辻文学は語られる哲学であるはずで、おそらくは哲学の主題は人生である以上、辻文学を読んで自らの人生を考えるということも許されるのではないか、と思いました。

今日は取り急ぎ。おやすみなさい。グーテナハトです。

短い夏休み

週末は実家にて短い夏休みでした。すべてを止めてみたのですが、まあ、やっぱりオフは必要なのかも、とあらためて。

これからの計画表を作ろうとしたのですが、それもやめて、夜は早く眠り、早めに起きてみたりしました。夏の日差しを避けて、夕方、涼しくなってから散歩をして、蝉の鳴き声が、クマゼミのそれからツクツクボウシのそれに変わりつつあるのを知り、酷暑の中に秋の気配を感じたり。散歩の途中で驟雨に襲われ雨宿りする場のない畑道で行き場を失ったり。
今日は仕事場で溜まった仕事を片付けながら、いろいろ悟ってしまい、まあ、なんとなく大きな流れに中にあるから流れのなかでベストを尽くそうと思ったり、あるいは、世界は悲しみの中にあるがゆえにそれを肯定することから始まるのだ、と思ったり。

今日はこちら。


ブルックナー:交響曲第7番「テ・デウム」



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チェリビダッケのブル7。ブルックナーの交響曲の中でもっとも優雅な美しさを持っていると個人的には思います。チェリビダッケの指揮は、今聴くと、昔のような重さをあまり感じず、むしろのびやかなはばたきのようなものを感じます。

ちなみに、題名はこちらのパロディです。内容を思い出しただけで涼しい。。


長い冬休み (アーサー・ランサム全集 (4))



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それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハト。

チェリビダッケのブラームス

先日、クライバーのブラームスを聴いたと書きました。颯爽としている、と書きましたが、そうではないブラームスも聴いてみたくなり、そういう意味では、誰だろう、フルトヴェングラーかクレンペラーか、みたいな想像をしたのですが、ふと思いたってチェリビダッケのブラームスを。

ミュンヘンフィルではなく、もう少し若い頃のシュトットガルト放送管時代のもの。これ発売された時は嬉々として買ったのですが、いまはAppleMusic で聴けてしまいます。

今日はブラ4を。それにしても陰影の濃い演奏。テンポが異様に遅いというイメージを持たれがちですが、この演奏はそんなことはありません。また、結構あっさりとした表現もあって驚きます。


Conducts Brahms-Sym 1-4


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それにしても、暑い毎日。こんな日にスーツを着て外出するのは辛いです…。ますます暑くなっているというのに。

今年からはクールビズは9月までらしく、10月からはネクタイが必要だそうです。裏の事情があるよのではないか、と思ったり。とにかく、今年は残暑がないことを願うばかりです。

それではおやすみなさい。

颯爽としたブラームス。

昨日は近場に出張。パターンが違うと本も音楽も読めませんでした。しかも蒸し風呂のような天気。

今朝は、遠雷の音で目覚めました。どうやら東京南部や神奈川で随分雷がひどかったとのこと。交通機関も乱れたようで大変だった方もいらっしゃると思います。

今日は、いつものように仕事場に向かいましたので、久々に音楽をじっくり。クライバーのふるブラームス交響曲第4番。なぜかブラームスが聴きたくなり。。


Brahms: Symphonie No. 4 / Carlos Kleiber, Wiener Philharmoniker



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なんだか、クライバーのブラームス4番は、本当に颯爽としています。私のデフォルト音源はショルティだったのですが、そちらもやはり颯爽としているのですが、クライバーもやはり颯爽としています。それはそれで素晴らしいブラームス。確かに、夏に聴くには良いのかも。

ですが、もしかすると、秋や冬になるともっとどんよりとした黒々としたブラームスを聴きたくなるのかもしれない、などと思ったりもしました。

明日も暑い日が続きそうです。夏バテしないように気をつけながら過ごしたいと思いますが、皆様もどうかお気をつけてお過ごしください。

それでは、おやすみなさい。

つれづれ

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梅雨が明けて、夏が本番ですね。青い空。その向こうに積乱雲と夕立が見えます。日差しは強く本当に素晴らしい天気。

これで暑くなければ最高なのですが、うだるような暑さの1日でした。今日は、はやめに起きてきになる仕事をぐいぐいとやりました。

明日から8月で、いよいよ夏も本番ですね。私はすでに夏風邪を体験しました。みなさまも体調にはお気をつけください。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。

 

 

 

辻邦生の日本的な側面によせて


西行花伝 (新潮文庫)


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嵯峨野明月記 (中公文庫)



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昨日、「浮舟」について書きましたので、それに関連したことを。

私は、某大学の国文科を受けました。一次試験は通りまして、面接を受けたのですが、まあそこで落とされましてた。面接に際して、試験官に「大学に入ったら、辻邦生の研究をしたい」といったところ、試験官に「最近は、日本のものを書いているようですね」言われたのです。確かに、当時、ちょうど「西行花伝」が連載中でした。ですが、わたしはまだ「西行花伝」に到達しておらず、「そうですね、『嵯峨野明月記』とか、『江戸切絵図貼交屏風』とかですね」と答えたはずで、それが理由かどうかはしりませんが、二次試験で落とされたというわけでした。

まあ、辻邦生の研究室をしたいのなら、フランス文学か哲学をとったほうが良いと思いますし、実際通った哲学科で触れた西欧的な教養や西田哲学のほうが辻文学の理解の助けになっていると思います。

そういうわけで、国文学には縁がなかった?ので、おそらくは「西行花伝」は難しい部分があるのです。あの幽玄な和歌の世界は、さすがに私のリテラシにはないもので、ほんとうに理解できているのか、と思うことがあります。「西行花伝」に現れる西田哲学的な要素は理解ができるのですが。まあ、確かに、古文は苦手科目でした(文法の暗記ばかりだったのと、先生と馬が合わなかったから?)。だから国文科の試験に落ちたとも言えます。

辻文学のすごいところは、西欧的な要素に加えて、日本的要素が多分にあるところだと思います。「嵯峨野明月記」に現れる豊かな語彙は、おそらくは、「背教者ユリアヌス」や「春の戴冠」とは異なる古文的な語彙群で形成されています。また「風越峠にて」のなかに現れる万葉集の解釈は本当に素晴らしく、古文の教科書を超えた小説家の想像力が花開いたものだ、と高校生ながらに感動したものです。

数ヶ月前から「西行花伝」を、もう一度読もうとしながら、なかなか進むことができないのは、時間が取れないということもありつつ、わたしのリテラシの問題も、あるのかもと思うのですが、私も齢を重ねましたので、そろそろ国文学の機微がわかるようになり始めているかもしれず、あきらめずに読まないと、と思います。

そういえば、辻邦生のエッセイの中に、日本の古文書を読むのに苦労する、といったこととが書いてあった記憶がよみがえりました。活字化されているのは問題ないが、草書の古文書は難しい、といった内容だったでしょうか。

今日もいろいろと書きましたが、やはり、読む方も頑張らないと、と思いを新たにいたしました。

今日は辻邦生のご命日「園生忌」でした。

辻邦生のご命日である7月29日が今年も参りました。

あれから17年ですか。毎年どんどん遠くへ来ているような気がします。

17年前の新聞の切り抜きも、随分と古くなりました。

写真 1 - 2016-07-29

今日は学習院では「遠い園生」の朗読会があったようです。平日ですので、さすがに今日は参れませんでした。

今年の学習院大学史料館の展示で、嵯峨本の「うきふね」が展示されていました。嵯峨本は、もちろん「嵯峨野明月記」に登場しますし、「浮舟(うきふね)」は、もちろん「西行花伝」の次に描かれる予定だった小説で、源実朝が主人公の小説です。

この辺り、詳しくは辻佐保子さんの「辻邦生のために」に経緯が書かれていますし、「微光の道」冒頭の「地の霊 土地の霊」にも記載があります。特に「辻邦生のために」に書かれたドキュメンタリーのような内容は、手に汗を握るものです。先ほど改めて読み直してみて、何か気が遠くなる思いでした。

もし「浮舟」が書かれたら、ということを、先日の展示を見ながら思っていました。

17年も経ちましたが、きっと永遠になっているのだと思います。

それではみなさま、おやすみなさい。