
日曜日に近所の神社で見かけた三毛猫。最近は、いわゆる野良猫をあまり見ないので、おや、と思いました。夕暮れの日の光を眩しそうに眺めていました。
人間には何といろいろな啓示が用意されているのだろう。地上では雲も語り、樹々も語る。大地は、人間に語りかける大きな書物なのだ。…… 辻邦生


日曜日に近所の神社で見かけた三毛猫。最近は、いわゆる野良猫をあまり見ないので、おや、と思いました。夕暮れの日の光を眩しそうに眺めていました。
アメリカとイスラエルがイランを攻撃というニュースが昨日の夜あって、その後も、様々な情報が流れています。個人の立場で二次情報を見ながらあれやこれやいうことはできませんが、少なくとも、歴史のなかにいることを感じさせることでしかありません。ついつい情報を探しに行きますが、得られる情報は限られます。ただ、感じたことを記録することぐらいができることなのかもしれません。そして、言えることは、過度な悲観に陥らず、目の前の仕事を粛々とやるだけだと思います。
Keep calmとGPTに聴いたら以下の絵を作ってきました。第二次大戦の英国の標語でした。

それでは。

今日はさすがに疲れていたようで、早起きできず。
それでもしかし、早起きを希求しないと。
こちらの絵は、ピサロっぽい「早起きの楽しみ」という絵。今回はNano Banana に書いてもらいました。
プロンプトはこんな感じ。右下に、ピサロの署名が入っていますが、その上にGeminiのマークがついているというのも一興。
早起きの楽しみ、という題材で、ピサロ風の絵を描いてください。南仏の夏の朝の輝く光、土の道には、木々の間から差し込む太陽の光が文様を作っている、そんな風景でお願いできますか?
一応、太陽の傾きも一定あるようで、朝っぽい風情を醸し出しています。こんな南仏に行ってみたい。
それでは。

若さ、混沌、伝統、文化、芸術。
いろいろと混じり合った素敵な街だと思います。

明日はなぜか外国の人たちと朝食をとるという機会があります。日頃の鍛錬が足りないので、頑張ってみよう、ということで、想定される単語や文章をGPTに作ってもらい、それをNotebookLMに入れて音声で聞けるようにしました。
国内会社にいると、こうした機会がないとやれることもありませんので、いい機会だと思って取り組んでいます。チャンスは生かさないと。

割と、英語のやり直しをこの歳になってやらないといかんな、と思っています。以前にも書きましたが、辻先生の教えは、外国語はやっておこう、でした。英語の勉強方法はいろいろありますが、この歳になってもまた不自由感あるのは、自分にあった勉強法が分かってないからかも、と。
追い込まればなんとかなりまして、昨年、インドの空港で手荷物検査に引っかかったときは、20分くらい英語をまくし立てて通過したことがありました。
できないわけではないと思うんですが、もう少し運用能力を上げないといけないのです。。
振り返ると役に立った英語の勉強は。。
という感じでした。
GPTにこうした傾向をインプットしてみると
あなたの課題の本質
最近の発言から見ると:
- 「英語の聞き取りが少し苦手」
- 「英語ができない感覚」
つまり問題は文法や語彙ではなく、
抽象度の高い議論を英語で即応できないこと
思考速度と英語処理速度のズレです。
とのことでした。
確かに、日本語と同じスピードで英語を話せるわけではなく、そうしたところが、割とフラストレーションだろうなと思いました。
本当は英語の構文を暗記して覚えるのが良いのかもしれませんが、その気力と体力がないのが辛いところで、AIと会話をしたり、英語で話す機会を増やそう、など、英語の強化をちょっと考えてみたいなと思います。長い闘いです。。
とうとう、6時半に会社に行って働くまでに。
3月は、4月以降の計画を立てるのでいつもきついものがあります。しかし、結局、仕事というのは、社会における立ち位置確認でもありますので、ありがたいことでもありますし、いろいろな人生模様を見るのも興味深いものがあります。いつかは、このような経験がいきることもあるでしょう。
それでは。

この「二人だけの秋」では、エマニュエルの親族が持つ城館で、深くなってゆく秋を過ごすことになりますが、時に寒くなる時期に暖炉のぬくもりが広がっていく感じが、なにかとても印象的に感じます。
エマニュエルはいつも謎めいてはいながらも深いフレーズを話します。主人公とエマニュエルの会話は、ジャズのインプロバイズのように、転調しながら続くような気もします。
この会話の感じは、同じ選集に収められている「サラマンカの手帖から」に登場する二人とよく似ています。
二人は、夫婦のようでもあり、恋人同士のようでもあり、しかし、なにか学術に関する仕事をしているようにも思います。
その二人が、スペインを旅してサラマンカに行きつきます。灼熱のスペインの荒野を走る列車に乗りながら、おそらくは冷房のない熱い車内をレモンの果汁を口に含みながら旅をして、サラマンカに行きつき、深夜の食堂で魚のフライを食べて、ジプシーの娘の踊りを見る。
それはもしかすると辻夫妻が欧州を旅した会話にもよるのではないか、とも思いますが、もちろん現実がそのまま書かれているわけでは全くなく、イマージュへと昇華し、全く別のものに鋳なおされているように思います。
「サラマンカの手帖から」の最後、主人公はこういいます
そうだ、オレンジを齧るんだ。裸足でね。そして何かにむかってゆくのさ
この言葉、いつも感動します。しかし、私も、裸足でオレンジを齧ることができるのでしょうか。
それでは。

辻邦生の短篇選集を手に取りました。つまみ読みしてみました。「ある生涯の七つの馬車」から、「二人だけの秋」。主人公とエマニュエルは、秋に城館で過ごしているのですが、そこで起きる失踪事件とその背景を知ることになります。
というと、なんだかな、という感じですが、この後ろには二つの物語があるわけですね。一つはスペイン内戦にかかわる物語。もう一つは主人公とエマニュエルの物語。この短編を読むだけでは、その二つの物語はわかりませんが、100編の短編を読むとわかるようになっているはず、です。ただ、分厚い文庫本7冊を読み切るのは時間もかかりますし、記憶も薄れます。私もスペイン内戦にかかわる物語は一本の筋で見ることはできていない気がします。
しかし、主人公とエマニュエルをめぐる物語は何か一貫した筋書きのようなものが表れている気がします。この「二人だけの秋」は、100の短編の終盤に配置されているものですが、実は、主人公とエマニュエルは、一時期別生活を送っており、再会に際しての緊張感のあと、なにか関係を取り戻していく過程においての短編が「二人だけの秋」であり、そこに現れるなにか、主人公とエマニュエルの間で交わされる、美しく豊かな言葉のコミュニケーションを読むと、静謐な安堵があり、それは混沌から秩序へと移る物語構造の完成への道程を感じさせるものでもあったりします。
その安堵と構成美を感じることで、何か私も、この短篇を読んで、とても幸福な気持ちになりました。
あすもつづくかもしれません。
それでは。