Johannes Brahms,Music

これは、もう、私の直感でしかないので、どうしようもないのですが、最近は、「善き音楽」を聴くことの必要性を痛切に感じています。

音楽という芸術に、倫理的な「善」という言葉を当てはめること自体、なにか偏狭な感覚を持ったと思います。

自分が善いと思う音楽を聴くことによって、自分も善い方向へ向かうだろうし、もしかすると、それにつられて世界も善い方向に向かうのではないか、という感覚をもつのです。「善き音楽」はこれまでも善きものとして扱われていたのであろうから、これからもきっと善きものであり続けるのではないか、という感覚です。

これからは、時の許す限り、善き音楽を聴こうと思います。 この音粒ひとつひとつが花となり実となり 宙へと舞い昇りを満たすのような、そんな感じです。

ということで、今日はこちら。アバドのブラームス。憂愁が流麗に描かれことこそロマン主義的と思いました。私はアバドが振るドイツ音楽が本当に大好きなのです。純粋ドイツのロジカルな構築美ではなく、なにか遊びや緩みがあって、なおその遊びや緩み自体が美と愉悦の源泉になっているのです。これは、アバドのベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ワーグナーを聴いていつも感じることです(マーラーはまたちょっとちがうんですよね……)。

このロマン主義的、という感覚ですが、ロマン主義とは理性偏重、知性主義、啓蒙主義からの反動で、直截的感情が分析的知識より重きを置かれたというもの。となると、「善き音楽」という私の直感もロマン主義的です。

世界は波のように揺れ動きます。中世、ルネサンス、啓蒙主義、ロマン主義…。それは個人の考えにおいても同様だなあ、と。

そんなことを思いながら、12月の年の瀬を迎えようとする11月最後の週末の夜を過ごしています。どうかみなさまもお身体にはお気をつけください。

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Miscellaneous

先だって、少し離れた山麓に泊まる機会を得ました。夜中の2時頃、ふと目をさまし窓の外をみると、文字通り満天の星空が。あれ、こんなに星を見たのは、久しぶりだ、という感覚でした。

早速カメラを取り出して、あれやこれや工夫をして、写真をとると、オリオン座がくっきりと。左に見える一等星はおそらくはシリウス。右上の赤っぽい星はアルデバランかな。

アプリを使っていろいろと星を探して、本当に懐かしいひとときでした。ぎょしゃ座のカペラ、こいぬ座のプロキオン…。双子座の双子星も見えたし。

北天を見上げると、あれ、北斗七星ってこんなにおおきかったっけ、と。おそらく40年ぶりの北斗七星のような気がします。

少しぶれた写真ですし、写真だけで、その大きさを実感することはできないですが、ああ、こんなに大きいのか!と驚きしかありませんでした。

で、しばらく星空を眺めていると、シリウスが点滅しているわけです。これが、いわゆる星の瞬きで、空気の揺らぎがその原因であるということはわかっているにせよ、実際に見てみると、本当に感動的なわけです。

東京では、こんな星空を眺めることはできませんので、本当に感動しかないです。いつもこういう星空を眺めておられる方には、あまり驚きはないのかもしれませんが、夜空を見上げる暇もなく、また見上げたとしてもネオンや街灯、自動車の灯火で照らされる東京の空には、こんな星は見られないわけで、感動的なのです。

古代の人々は、この星空をみて、さすがに様々なことを思うだろうなあ、と考えます。あのオリオン座の三つ星が、偶然であったとしても、均等に三つ並んでいるのをみると、そこに意味を見いだそうとするのは、想像をむねとする人類にとっては、必然です。本当に、月並みで古くさい感想ですが、この星空が数千年にわたって、人類の頭上に変わらず輝いていることの奇跡的な意味を感じずにはいられませんでした。

で、どこへ行ったのか? は、またこの場でご報告したいと思います。

今日はこのあたりで。おやすみなさい。グーテナハトです。

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Miscellaneous

ブログ、という言葉が最初に登場したのは、私の記憶では2003年頃だったはず。当時は、Web日記なんていうのがあって、WeblogとWeb日記は同じか違うか、みたいな論争があった記憶があります。

私も、HTMLで記事を書いて、せっせとFTPでアップロードするということをやっていて、なんだか不便と思っていましたが、Weblogの本を立ち読みして、これだ!と思った記憶があります。当時は、一人一人がメディアを持つのだ!というコンセプトが打ち出されていて、ああ、これで市民一人一人が自分の意見を公開することができて、ジャーナリストでなくても、情報発信が簡便にできるようになるのだ!という、期待のようなものがありました。

それは、なにか、フランス革命レベルの革命的なことのように思えたものです。

実際には、そんなことはなくて、あまたのブログが乱立し、ブログという言葉が、いつしか流行語となり、消えていったわけです。その後、TwitterやFacebookが出てきたのはご存じの通り。

そんな今日でも、ブログを続けるのは、奇特なことのように思えますし、あるいは、はてなブログやAmebaを使わないのも、さらに奇特なことです。

翻ってみると、どうも、商用ブログの著作権に抵抗を覚えたのだ、と。書いた文章が、商用ブログ側に著作権があるという情報を得まして、私の書いた文章は私のものだ、という至極真っ当な感覚から、自分の文章は自分で面倒を見ることにして、時前でブログシステムを立てたのだ、ということだと思います。

2003年からはMovableTypeを使い、一時期FC2を試しつつも、再度Movabletypeに戻り、WordPressに引っ越してきたわけです。

もともとはMovableType仕様で、記事のURLの付け方もMovableTypeにならったもので、それをパーマリンクとして使ってたのです。

ところが、先日、WordPressの仕様が変わったようで、タイムスタンプだけをもとしたパーマリンクは無効となり、その影響でコメント欄が表示されない、という事象がおきていることがわかりました。コメントをいつもくださっている方からの連絡でした。

このところなかなか文章を書く間もなかったので、最近コメントないなあ、などと思っていたり、コメントくださる方も、Facebook経由でくださったりしていて、なんでブログのコメントがつかないのかな、と思っていたんですが、システム障害だったわけで、申し訳なく思います。。

昨日から対応策を調べ始め、ようやく片付けました。デザインのアップデートが必要で、配布されているデザインを適用して、かつてのデザインに近づけていますが、全く同じとはなりません。時間のあるときに見やすくなるようにカスタマイズしないと。

スマホやタブレットからは少し見やすくなるかもしれないなど、改善されることもありますので、また是非お越しいただければと思います。

予告ですが、先だって辻邦生先生ゆかりの場所に行って参りました。その報告を書こうと思っています。

それでは、みなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Wolfgang Amadeus Mozart

数年前に撮った秋らしい写真。どこだったか…。

秋が深まり、日が短くなりました。日没がもっとも早まるのは11月末です。この前まで19時ごろまで明るかったはずなのに、なんて。

時間が経つのが早い、という感覚を通り過ぎて、時間の前後もなくなり、時間がひとつに重なっているような気がします。量子コンピュータの重ね合わせのような感覚。

こんな迷妄のときに聴くのは、決まってジェフリー・テイトのモーツァルト。

特に、32番と35番が思い出深く、何度となく聴いています。この清澄な感覚は格別。

かつてEMIボックスで買って、iPodに入れて聞いていました。最近はAppleMusicで。

何か辛口の白ワインを飲む感覚のモーツァルト。草原でピクニックをするときに、飲む白ワインのような。太陽の光を浴びながら、飲む白ワインは格別だろうな、と想像します。一度もやったことがありませんが、多分、そういう爽やかな愉楽を感じるモーツァルトだと思います。

安息の日々は安息の先取りから。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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Miscellaneous

今日の東京地方の予報は曇天でしたが、実際には、豊かな日差しが降り注ぐ良い一日でした。少し自転車で遠出をする用事があったのですが、近所の農地の中を自転車で走るのはずいぶんと気持ちが良いものでした。波打つように拡がる農地を横目にみて、日差しを浴びながら、冷たくなった風を頬に感じるのは、なにか日々の芥を洗い流すような気分になりました。

空は完全に秋空。うろこ雲に満ちています。東京地方の日没は16時40分。冬至まであと一ヶ月と少し。秋も深まり冬へ突入しますが、その先の春と夏の何かしらの予兆をなんとか感じようとしている、そんな感じです。

この2020年という年は、世界が大きく変わる年でしたが、2020年が終わりに近づくにつれて、なにか先行きのようなものが見えてきた気がします。個人的にも、なんだか、長いあいだトンネルの中を歩いていたような気がしますが、ギアが入り始め、歯車が正回転を始めた、そんな感じがします。できることは、せっせと本を読んで音楽を聴いて文章を書くことのはずです。あまりできていませんでしたが、また始めないと……。

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Gustav Mahler

文化の日は晴れの特異日だったはずですが、東京地方は曇り空で、寂しい文化の日でした。もはや文化の日という新鮮味も感じられない茫漠とした感覚にさいなまれていましたが、こんな時には音楽を聴かないと、と思い、思いついたのがこちら。

マーラー交響曲第10番嬰ヘ長調クック版第三稿。

10年ほど前、マーラーの死に至る道程にとても興味を持ち、体調を崩してニューヨークからウィーンに帰り着きそこで息を引き取るというストーリーが映画のように思えたことがありました。

雨の降りしきるニューヨーク港に馬車でやっとの事でたどり着き、傘もさせずに、雨に打ちぬれながらタラップにようやくたどり着き、助けを借りながらようやくとタラップを昇る姿が目に浮かんだものです。

マーラーの最後の演奏会は、カーネギーホールでニューヨークフィルを振っているのですが、その演目ははブゾーニの「悲劇的子守歌」。母親の棺によりそう男の子守歌、ですからね……。

マーラーは51歳で亡くなっていますから、まあそろそろその気持ちもわかってくる時分になった気がしています。勝手な想像ですけれど。

ともかく、最近、世界の見え方がこれまでとは劇的に変わります。相転移ともいえる状態。ベルグソン的に言うと創造的進化。今が妥当なのか、遅すぎるのか、早すぎるのか。やれやれ。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。

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Miscellaneous

いつのまにか11月。

なんだか、1ヶ月ほど書けない状況でした。何かしらの調子が崩れたのだと思います。そのあいだも淡々と仕事していましたが、書くという活動は難しかったのです。書くことが、生活に結びついていない以上、致し方ありません。

そして、なにか、精神的には、冷凍睡眠の状態だったような気がします。ただただ、目の前を流れ去る景色を見ているだけ、のような、そんな感じの一ヶ月だった気がします。

まあすべては波です。波とは円運動が進行したものですから、これも太陽なのか月なのか、何かの天体の動きと関係があるのかもしれないです。

2020年も余すところあと2ヶ月。みなさまもどうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

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Johannes Brahms

今日は久々にリモート勤務。これまでとは違うワークスタイルにはなかなか慣れませんが、実のところ、かつてから憧れていたワークスタイルだったことに気がつき、またひとつ願いが叶ったんだなあ、と思いながら過ごしました。

自宅で仕事する最大のメリットは音楽を聴けるということ。今日はティーレマンのブラームスを合間に聞きながら、仕事をしました。

アーティキュレーションに斬新さを感じたりしながらも、安心しながら拡がりのあるサウンドを楽しんだ感じがします。とにかく音楽を聴いている瞬間は幸福でしかありません。

最近思うことは、どうも音楽を聴くとき、あるいは泳いでいるとき、あるいは文章を書いているときの幸福感が人生ないしは世界を支えているのではないか、という直感があります。こうやって人生と世界を支えることで、人生も世界も少しずつ良くなっていくのではないか、と思います。それは錯覚だとしても害のない良い錯覚なのでしょうから、現世を忘れ、ただただ今に打ち込むためには、そうした幸福感が必要なのだと思います。

いまこの瞬間、この刹那に集中すればするほど、どうやら人生がうまくいくのではないか、という直感を得ている気がします。この瞬間に永遠が宿っているような、気もするのです。なんだか、禅のような話ですし、若い頃哲学科にいたころは、全く共感できなかった議論で、教授からはそういう「体験」を戒められていた記憶もあり(勝手な記憶ですが)、封印してきたような感覚もありますが、実のところ、かつて読んだ西田幾多郎やリッケルトの哲学本に書かれていたことを今まさに体験しているのではないか、とも思います。感慨深いです。

とにかく、四つの交響曲を聴き通した感想として、ブラームスは幸福です。厳粛な第一番、典雅な第二番、悲愴な第三番、神聖な第四番。そんなことを考えられて、よかったなあ、と思います。

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Miscellaneous

ふと、思い立ち、祖父の名前をGoogleで調べてみた。会ったことのない祖父。わたしが生まれる何年も前に亡くなった。思い出話を聞くこともあり、写真もみた記憶はあるが、それももう何十年も前の話だ。そして、祖父を知る人たちも少しずつ少なくなっている。そんななかで、Google検索結果に忽然と現れた祖父の名前は、とある雑誌の編集者としての名前だった。

早速、その雑誌を古書店から買い寄せてみた。その雑誌は、戦後数年後、新制教育のなかで戸惑っているであろう若い人たちへ向けた雑誌だった。編集者の祖父が書いた文章は、それとわかる署名はない。だが、おそらくは編集後記は祖父のものだろうし、編集者が筆名を使って文章を書くのは通例だから、筆名と思しき不自然な名字が署名された文章は、祖父のものであってもおかしくはない、と感じる。

その文体は、戦中戦後のまだ生活文に格調が残っていた時代のもので、旧字体の活版活字で印刷されたその文章は、活字の不規則にばらつき、あるいは活字が必ずしも品質の良くない紙にインクだけでなく凹みをも刻んでいて、なにか、今の時代には味わえない、まだ、書物が人の手に近いところにあるものであることを感じさせるものだった。

この雑誌を書いたとき、祖父は何歳だったのか。微かな会話の記憶から、祖父が同い年だという有名人の生年を調べ、年齢を推定した。そうすると、どうやら、今の私と変わらない年齢だということがわかったわけだ。

そういえば、なぜ、祖父の名前をGoogleで調べる気になったのだろうか、というと、夜の部通勤電車に乗って暗い窓の外を眺めていたときに、ふと祖父のことを思い出したのだった。さらに、何か、祖父に話しかけられるような気がしたということも否めない。それは、勝手な自己問答だったはずだが、ふと思ったのは、誰しも孫のことを愛するだろう、ということだった。たとえ、会うことはなくとも、もし、その魂というものが不滅だとしたら、おそらくは、その魂は、孫をやはり愛するだろう、ということだった。そうだとすると、それが、わたしの自己問答で錯覚だとしても、そのうちのいくらかは真実なのではあるまいか、と想像したわけだ。

たしかに、8年ほど前にもやはり祖父の名前をGoogleで調べたことがあったが、その時とは検索結果は異なっていた。かかる雑誌は当時は検索結果に表示されなかったのである。同じ歳になった私に祖父がその姿を見せて何かを伝えようとしたのではないか、などと考えても良いだろう。

混迷の季節が終わり、さらに秋は深まり、なにか、全てが収まるところへと進んでいる感もあるときに、祖父のことを思い出し、祖父の出版物を手にするのは、なにかの縁(えにし)だろうか。この世に偶然はなくあるのは必然のみである。そうだとすると、この必然はなににつながるのだろうか。運命の糸はどこへ向かうのか。それは、分かっていることだが、その顕現までにはなお待つことになるだろう。

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Movie

先日書いた「アリスのままで」のエントリーのなかで、最終シーンで語られる挿話について書きました。その挿話の出所がわかり、うれしく思っています。

この挿話は、もともとは劇作家トニー・クシュナーの手によるものとのこと。

私の心を打った最後の部分の原文もありました。

Nothing’s lost forever. In this world, there’s a kind of painful progress. Longing for what we’ve left behind, and dreaming ahead. At least I think that’s so.

永遠に失われるものなどないのだ。たしかに、この世において歩みを進めるということはある意味苦しいもの。過去を恋しく思いながらも、将来に夢を見る。つまるところ、そういうものなのだ。

(私家訳)

永遠というのは、時間を超えて過去にも未来にもあるもの。時間と空間という形式において存在する世界において、その時間の中で歩みを進めると言うことは、戻らぬ過去を振り返りながらも、まだ来ぬ定められた将来を夢見て想像し、あるときは希望を抱きあるときは不安を抱く。瞬間瞬間の時間において生きる私たちにとっては、そうとしか生きられないと言うこと。

記憶を失うということは、過去も未来も失うのだが、つまるところ、今この瞬間を生きると言うこと。過去も未来も我々が創っているものである以上、存在しているのは「今ここ」だけなのではないか。

辻邦生の言う「今ここをに生きる」「今ここに打ち込む」ということが、最近さまざまなところで気づかされます。


10月に入り、いろいろなものが動き始めた気がします。年末に向けて頑張らないと。どんどん涼しくなる季節。どうかお気をつけてお過ごしください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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