辻邦生「西欧の光の下で」から──混沌=現実との闘いこそが西欧、か。

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まるで息継ぎをするように、お昼に建物の外に出ることが多いです。昔読んだ本に「必ず日中一度は外に出よ」と書いてあって、ああ、なるほど、と思い実践している次第。で、出典の本を開いて探しているんですが、見つかりません。幻でしょうかね。。

先日読んだ、「西欧の光の下で」。

私は先日以下の文章を引用しました。

「お前が、どのような動機であれ、よそに、すでに出来上がったものを求めにいったのは、間違ったことだった。精神が、他の精神にふれうるのは、それが生みだしたものを通して、いかにそれが現実と闘い、そのなかから自らの糧を汲みだしたかに注意するときだけだ」

辻邦生全短篇1195ページ

あるいは以下の様な文章。パリの町並みが夕日に照らされた瞬間にこういうことが考えられたのです。


私はそこにただ町の外観のみをみたのではなく、町を形成し、町を支えつづけている精神的な気品、高貴な秩序を目ざす意志、高いものへのぼろうとする人間の魂を、はっきりと見出したのである。そこには、自然発生的な、怠惰な、与えられているものによりかかるという態度はなかった。そこには、何かある冷静な思慮、不屈な意図、注意深い観察とでもいうべきものが、鋭い町の輪郭のなかにひそんでいた。自然の所与を精神に従え、それを人間的にこえようとする意欲があった。

辻邦生全短篇1 194ページ

曲解なのかもしれませんし、辻先生の本当に言いたかったこととは異なるのかもしれませんが、私は、この「西欧の光の下」を思い出して、次のような考え方を持ったのです。

おそらくは、西欧の精神というのは、このように、秩序=真理を求める無限な営為でした。ヨーロッパには二つの真理がありました。一つは聖書の真理。もう一つはギリシアからの論理による真理。この二つの真理をつかった営為だったというわけです。これで世界の秩序を解き明かそうとしたのです。

さらに、人間というものの発見をしたのも西欧の精神なのでしょう。ルネサンスからのヒューマニズムは、おそらくはフランス革命へと繋がり、基本的人権という現在のグローバル(と思われる)な規範を他のどの文明よりも早く形成したわけです。

おそらく、ここにある「自然の所与を精神に従え」という一節は、その後のエコロジーとの関連で噛みつかれることもあるのかもしれません。私は、ここでいう自然は、いわゆるnatureではなく、混沌Chaosに近いような意味と捉えています。

そうした混沌=現実との闘いこそが西欧である、ということ。実は、それは、余りに現実と闘い、真摯に真理を求めたがゆえに、自壊していったとも言えるわけです。

もう少し書くべきことがあります。続く予定。

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ちなみに、以下の本を電車で読んでいたんですが、これが今回の考えの端緒かもしれません。こちらがそのきっかけとなりました。なぜ、大学当時にこの本を読まなかったのかがわかりません。あの頃は、モダン=近代をもっと勉強しなければ、と思っていたのです(実際は楽器ばかり吹いていたのですが)。フランス近代思想のファッションのようなものに、相容れなさを感じていたのかも。なにか、デリダ、フーコー、アルチュセールという人名がカッコイイ時代でした。

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では、おやすみなさい。グーテナハトです。

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