どうしても学校教育で教わる歴史というものは、人類が少しずつ進歩して、現在があって、そしてなお進歩を続けていく、という考え方になっています。私が小学校の頃、大人になると宇宙旅行が普通になっていて、宇宙ステーションや月面基地があって、という想像をしていました。これは、おそらくは今の40代や50代の方ならそうなのだと思います。
実際には、そううまくいきませんし、あるいは想像しない便利な時代になったとも言えます。ドラえもんのひみつ道具も幾つかは実現しています。
とはいえ、やはりなんだかおかしな方向に進んでいる向きもあって、今回のイギリスのEU離脱もそうしたことなのかも、と思います。もちろん私が「おかしな」と言っていること自体、学校教育で教わった人類の進歩とは合わない方向、という意味です。学校教育では、漠然と、戦争を乗り越えた世界が、共に協力して発展していくという、いささか素朴な世界観のようなものがあった気がしますから。
今回のイギリスのEU離脱の件もそうですし、アメリカ大統領選挙もそうかもしれませんが、エリートが政治を担うという考え方に対するある種の批判のようなものにも感じました。日経新聞で識者の方がコメントを寄せていて、同感でした。少し引用します。
こうした急進政党が欧州で勢力を伸ばしている背景には、大衆のエリート層、エスタブリッシュメント(支配階級)に対する反発がある。有権者は既存の政党が自らの声を代弁していないと感じている。それゆえ、極右や極左政党はエリート層を非難する同じ方向に近づきつつある。
仏国際関係研究所特別顧問 ドミニク・モイジ氏
離脱派と残留派の対立は、米大統領選で候補指名を確実にした民主党のヒラリー・クリントン、共和党のドナルド・トランプ両氏の支持者間の分断に似ており、多くの先進国に共通して見られる。近代的なコスモポリタン(世界主義)の社会が心地よいと考える人々と、伝統的な地域の価値観が脅かされていると感じる人々との間の深い溝だ。
英王立国際問題研究所 主任研究員 トーマス・レインズ氏
おそらくは、近代というものは、18世紀からの啓蒙の時代があって、世界市民の理想(あくまで欧州視点のものとも言えますが)、があり、フランス革命が成立し、反動や社会主義革命、二つの大戦と冷戦を乗り越えここにたどり着いた、ということなのでしょうか。ポストモダンという言葉がありましたが、アンチモダン、という言葉をふと思いついてしまいました(ニーチェのように)。
啓蒙というのはエリートが引っ張っていく世界で、エリートはノブレス・オブリージュの元に引っ張っているはずだったのが、実はそうではなかったということが、インターネットで市民が情報に直接アクセスできるようになったり、スノーデンの暴露やパナマ文書の流出などで疑われるようになってしまった、ということなのでしょう。もちろん、それは本当かどうかはわかりませんが、可能性だけでも流布してしまうと、ハレーションは大きくなります。。啓蒙がトリガーとなった近代自体が疑われてしまいます。
先日読んだ「ワーク・シフト」という本にも、政府や大企業が信頼を失い続ける未来が描かれていました。
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
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エリートもそうですし、我々市民もそうですが、理性的な判断ができるようになるといいのですが、理性自体が近代の所産ですので、近代が終わるようにも見える昨今においては、そういう「XXできるようになるといい」という言い方すらできないのかもしれないです。
今日はこちら。いやあ、ジェシー・ノーマンのイゾルデは、船の上から真っ青な海の底を覗き込む時のように、ぐいと引き込まれてしまう恐ろしさがありました。そういえば、ワーグナーもやはり近代の担い手だった時代もありました。
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