ぐずついた天気が続きます。一ヶ月前、あんなに晴天に恵まれていたというのに、なんだか別の星に来てしまったようです。
休憩中にTwitterをのぞいてみると、辻邦生のホテル評をまとめたページに行き当たりました。
辻邦生とホテルというとこんな思い出があります。
辻先生がイタリアを旅する旅行記である「美しい夏の行方」で、フィレンツェのホテルの話が出てきます。「レオナルド・ダ・ヴィンチホテル」に泊まろうとした辻先生は、その風情に大変失望したようでした。
細長い切り抜き文字の看板が縦に「LEONARDO DA VINCI HOTEL」と出ていた。しかし隣の建物の正面がそれよりもすこし前に迫り出しているため、車がそばに近づくまでは見えなかった。(中略)ぼくはこの正面の印象だけで、いやな予感がした。金属パイプの手すりのついたコンクリートの階段にしても、なんだかあまり実用一点張りで、場末の水族館の入口とか、さいはての空港建物の屋上への登り口とかを連想させる。(中略)夜食事まで部屋に休んでいると、時々スピーカーでアナウンスの声がする。そして汽車が通ってゆくらしく、建物がぐらぐら揺れる。僕は思わず椅子から飛び上がって、二重窓を開けて覗いてみると、そこは駅なのであった。
私は、かなり前にフィレンツェに行ったことがあります。夕方、遅い時間にフィレンツェ空港に到着し、中央駅へとバスで向かいました。駅に着こうとするときに、窓からHOTEL LEONARDO DA VINCIが見えたのでした。私は、この「美しい夏の行方」の挿話を覚えていましたので、とっさにバスから写真を撮ったのです。
Google Mapで確認すると、確かに、このホテルは駅のそばです。
https://g.page/hotel-leonardo-da-vinci-firenze?share
私の記憶通りでした。
辻先生の記述と、看板では、HOTELの位置が違いますが、ここが辻先生が泊まったHOTEL LEONARDO DA VINCI なのでしょうか。おそらくは立て替えられたりして印象は違うのかもしれませんが、確かに、駅から遠くはなく、レオナルド・ダ・ビンチの名前を関したホテルということですので、関連がある可能性がたかいのだろうな、と思いました。
ただ地図をみると、線路からは少しだけ離れていて、「二重窓を開けてのぞいてみるとそこは駅なのであった」という表現はあてはまるのかどうかはわかりません。
まあ、ここは、もしかすると、イマージュのなかで、辻先生が作り上げた「現実」なのかもしれない、などと思いました。必ずしも、文学作品は、我々が普通に見聞きする現実に忠実である必要はなく、文学作品の中に立ち現れる「現実」においてリアリティがあればよいわけです。「美しい夏の行方」と、私が実際に見て写真をとったHOTEL LEONARDO DA VINCIは一致する必要せいもなく、あるいは辻先生が実際に泊まったLEONARDO DA VINCI HOTELと、「美しい夏の行方」に描かれるLEONARDO DA VINCI HOTELは同じものである必要もないわけです。
文学における「現実」というのは我々が思う現実とは違うものなのだ、ということを考えさせられる、私のフィレンツェの思い出、でした。
というわけで、久々に辻先生のことを書くことができてほっとした感があります。
どうも「現実」ということを考えないといけない時期に来たようです。
ということで、みなさまどうかよい夜を。時季外れというべきか、梅雨前線による大雨が心配されています。どうかお気をつけください。
おやすみなさい。グーテナハトです。