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今日も相も変わらず「トリスタンとイゾルデ」を聴いています。第二幕ばかり聴いている気がします。聞き所満載なのでまだまだ飽きないのです。でもそろそろ別の曲について書かないとこのブログに飽きてくるところだと思いますので、ちょっと考えないと行けませんね。

明日は仕事は休みですので、都内に出て用事を二つ三つ済ませる予定です。まあ、用事のなかに家でやる仕事というのも入っていますが、そちらはスターバックスにノートPCを持ちこんで進捗させる予定。それも午前中に一気に片づけたいというのが目標です。頑張ります。

それで、明日はタワーレコードに寄るかもしれません。ここのところCDをほとんど買っていませんね。5月以来買っていないと思います。もう三ヶ月ですね。よく我慢していると我ながら感心しますが、もう限界です。ベームの「トリスタンとイゾルデ」とか、レヴァインのマーラー全集とか、喉から手が出るほど欲しいCDがありますね。最近では大人買いをすると自己嫌悪に陥るので自粛してはいるのですが、やはり理性を突き動かす衝動に苛まれそうな予感。

仕事の方ですが、まあ、忙しいんでしょうけれど、こういうときこそ笑顔を忘れてはならないのだそうです、と、ある有名な料理人の方がおっしゃっていました。

今日も短めですが、ここまでです。また明日書きたいと思います。今日も読んでくださいましてありがとうございました。

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こんばんは。
今日は食事をしていたら遅くなってしまいましたので短めです。
相変わらず「トリスタンとイゾルデ」を繰り返し聞いています。特に第二幕。トリスタンの登場のシーン、二重唱の部分、マルケ王の独白の部分、本当に印象深い曲の連続でまだ聞き飽きません。どうして今まで気づかなかったんだろう、という感じ。昔、聴いたときはこんなにも印象深かったとは思わなかったのですが……。特にマルケ王の独白。いいですねー。クルト・モルさんのCDを集めたいなあ、と思うぐらい。というか買ってしまいそう……。


夜は予定通り友人達と夕食を。また昔話に花が咲きました。友人Aは、もう20年近く前のことだというのに、鮮やかにその当時の出来事を当意即妙に披露してくれるのには毎度毎度驚かされます。そして同じエピソードだというのに毎回可笑しくて可笑しくてたまらないのが不思議ですね。これが歳をとると言うことなのでしょうか。

というわけで、少々遅めの更新でした。明日に向けてがんばります。読んでくださいましてありがとうございました。

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IEでレイアウト崩れが発生していたようです。原因はボッティチェルリの「春」を載せたことによるもの。横幅サイズが500PXだったのですが、今のCSSだと、レイアウト崩れを起こしてしまうようです。
ちがいました。そもそもCSSがおかしかったみたい。数ヶ月前に少し手を入れたんですが、そのとき以来おかしかったのでしょう。FIREFOXでは大丈夫だったのですが、IEだと右サイドバーが下に行ってしまっていたようでした。ああ、なんと言うことでしょう。もう数ヶ月間はこの状態だったのですね。
しかも悪いことにいつも使っているFirefoxでは何ともなかったので気づくのが遅れてしまいました。というわけで、「春」の画像サイズを小さくしてみました。これで大丈夫だと思います。春の画像は元の500PXにもどしてみます。

本当にIEユーザーの方にはご迷惑をお掛けしました。

これからは、定期的にIEでもチェックしないと駄目ですね……。無念。

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いやあ、今日はさんざんでした。iPodを家に忘れてしまったのですね。それで、やむなく本を読むだけの通勤でした。

春の戴冠 春の戴冠
辻 邦生 (1996/02)
新潮社

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辻邦生師の「春の戴冠」の上巻やっと読了。物事というのは予定通りに進むことは少ないのですが、やはり少し手間取りました。原因は、今回は「スロー・リーディング」で読んでみたと言うことです。以下の本を参考にしました。確かに読む冊数とかスピードとかが受容なのではないよなあ、と。でも頭のいい人なら早くきちんと理解できるんだろうなあ、とか……。まあ、妙に焦るようなことはなくなりましたので、良かったとは思います。

本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書) 本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)
平野 啓一郎 (2006/08/17)
PHP研究所

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それから、塩野七海さんの「ルネサンスとは何であったのか」と「わが友マキアヴェッリ」を間に挟んで読んだこと。

ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集) ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 (2001/04)
新潮社

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わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集) わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 (2001/10)
新潮社

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これは「春の戴冠」の背景知識を知る上で本当に役立ちました。特に「ルネサンスとは何であったのか」は、ルネサンスを巨視的にとらえるには最適な本だと思います。対談形式でわかりやすいですし。「わが友マキアヴェッリ」もおもしろいですね。舞台は「春の戴冠」の後半に始まり、「春の戴冠」のその後を知る上ではとても役立っています。

でも、本を読めば読むほど、読みたい本が出てきて困りますね。そうやって読みたい本リストを作っていっても良いのですが、あまりに厖大で手に負えないリストができあがってしまい、読めないこと、読めていないことに悩むようになるので、リストはあえて作らない方が良いかな、などと考えたりして、でも気づけばリスト作ってたりして……。みたいな感じです。

明日からは「春の戴冠」の下巻に入ります。上巻では、ボッティチェッリの「春(ヴィーナスの統治)」ができあがり、シモネッタが息を引き取る場面で終わりました。「春」の解釈を語り手フェデリゴが行うのですが、とても興味深いです。左端のヘルメスはジュリアーノ・メディチがモデルだったり、登場人物が9人なのは三位一体×3なのである、などなど。絵を見る上での前提知識を得られて大満足でした。もちろん、この本の価値はそれだけでは決してないのですが。

 Spring

というわけで、「春の戴冠」については、明日に続きます。

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Capriccio Capriccio
Richard Strauss、 他 (2005/09/13)
Deutsche Grammophon

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なんだか疲れているみたいで、家に帰るとすぐに寝入ってしまう感じです。とはいえ、通勤復路には久しぶり(といっても一ヶ月前には聴いているのですが)にカプリッチョを聴いて心を休めました。ヤノヴィッツさんの"Morgen mittag um elf !!"が良いなあ、なんてぼんやりしながら聴いていました。

読書の方はというと、塩野七生さんの「わが友マキアヴェッリ」と辻邦生師の「春の戴冠」を交互に読みながら通勤中。ああ、「窖」のこと、かけていませんね。今週はかけるといいのですが、少しずつ読み直しながらノートを取らないとかけそうにはないようです。

しばし苦しい時期が続きそうですが、こういうときこそ音楽を聴いて気持ちを奮い立たせなければ!

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今日もあまり音楽聴けませんでした。シュトラウス先生の「カプリッチョ」の終幕の場をベーム盤で聴いて少し心を休めたぐらいです。あとは、図書館で借りてきたデル・モナコの歌う「マノン・レスコー」などなど。「マノン・レスコー」は録音時代が古いので少し古めかしい雰囲気が出ているように思います。

先だって、「葉っぱに埃がついたので水をかけて払ってやったでちブログ」さんのコメントに「色眼鏡を書けないように、耳にフィルターをかけないように音楽を聴きたい」と書かせて頂いたのですが、頂いた返答に「人間は色眼鏡をしているものだから、そうであることを忘れてはならない」という旨、書いてありました。そうなのです。その通りなのでした。色眼鏡は皆が皆かけていて、外すことは出来ないのです。かつてそう習ったことがありました。その通りです。しまった、と思いました。

ですが、それでも色眼鏡がない、という状況を求めようとする何かあるような気がしてならないのです。

それで二つを分けて考えると、

  1. 色眼鏡をかけていることを認識した上で、認識する
  2. 色眼鏡をかけないように認識しようと意志する

という風に表せるのかな、などと、事務室で仕事をしながら考えてしまいました。

おそらく前者が認識論的方法で後者が形而上学的方法なのかなあ、などと分類してみたりして。どちらがよいとも言えないのですが、1番は近代的で、2番が古典的、と言った感じでしょうか。

いずれにせよ、普通は色眼鏡をかけて認識していますので、そのことを念頭に置くと言うことがスタート地点になると言うことは言えると思います。

もう少し考えてみたいと思います。

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今日はフォーレの弦楽四重奏曲を聴ききながら辻邦生師の「春の戴冠」を読んでいました。今日は騎馬試合の模様で、ジュリアーノがパッツィ家のロドルフォと闘うシーン。騎馬試合の祝祭的な雰囲気を豊に響く言葉が色彩豊かに織り成すさまは圧巻です。もう騎馬試合のシーンを読んだだけで満腹です。素晴らしい。「窖」についての考察は週末にやれればやりたいと思っています

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今日は金曜日。会社はやっと今日でおしまい。

 Rosen

新国立劇場から、クラブ・ジ・アトレが届いたのですが、表紙の写真は、あの感動的な「ばらの騎士」第一幕からではないですか! ニールントさん、ツィトコーワさん、格好良すぎる。感動です。中には12月のバレエ「くるみ割り人形」の先行予約の申込用紙が入っていました。「くるみ割り人形」、チャイコフスキーの三大バレエのなかで曲的に一番好きなので、聴きに行ってみようかなあ、などと。オペラに比べてもリーズナブルですしね。

今日もあまり音楽は聴けずじまい。どうも疲れているようです。明日、また山に行って調子をもどそうかな、と思っています。というのも、6月30日に登山をしたのですが、7月2日からの一週間、本当に体調が良かったのです。明日登ることが出来れば、良い気分転換になるのではないか、と予想しています。やはり自然の力は偉大だなあ。

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ほんとうにごめんなさい。今日も短めです。最近調子が悪くて書く時間がありませんね……。

今日もナクソス島のアリアドネでした。本当はベーム盤を聴く予定だったのですが、聴けずじまい。明日こそはベーム盤を聴こうと思います。

後一日で会社も終わりですね。今週末はゆっくり過そうと思います。やることはたくさんあるのですが。

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今日も短めになってしまいます。ごめんなさい。

いつものように6時半に起床して会社へ。担当しているプロジェクトが思うように進まなくて難儀しています。なかなか上手くいかないのが世の常ですので、あまり気にしていません。

それから、今日、ある人が「ものをなくしたら、厄が落ちたと思っている」という風に言っていました。僕の後輩のブログにも先日同じようなことが書かれていました。そういえば、僕もものをなくしたら(ボールペンとか)、悪い運気がなくなった、といって自分を落ち着かせたことがあったなあ、と思い出しました。ものをなくしたり落としたりする、というマイナスな事象を、厄が落ちた、というプラスな事象として認識するという方法の威力にあらためて目から鱗が落ちた気分です。ポジティブシンカーにまた一歩近づけたような気がします。

Strauss: Ariadne auf Naxos Strauss: Ariadne auf Naxos
Richard Strauss、 他 (2001/09/18)
Deutsche Grammophon

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今日も「ナクソス島のアリアドネ」を聴きました。マーラーよりも曲想は明るく、時に荘重でもあり、時に愁いを帯びるわけですが、終幕部でアリアドネとバッカスが結ばれる訳で、祝祭的な雰囲気の内に幕を閉じるわけですので、調子のあまり良くないときでも聴くと救われる気分になりますね。そう言う意味で言うと、シュトラウスのオペラで悲劇的に終るものは多くはないなあ、と言うことに気づきました。落としていたら指摘して頂きたいのですが、悲劇的結末を迎えるオペラは、有名なところでは、サロメ、エレクトラぐらいでしょうか?

これだけですと寂しいですので写真を載せようと思います。昨日と同じく、昨年訪れたドレスデンの写真です。アウグスト強王の黄金の像です。

Augsut