Alban Berg,Classical

先々週からベルクのヴァイオリン協奏曲しか聴いていないです。ブーレーズ、ズーカーマン、ロンドン交響楽団のコンビで、CBSソニーから発売されたCDを図書館から借りてきたのですが、HMVとアマゾンで同じCDを探したのですが見つかりません。画像のCDは、おそらくは音源が同じだと思われるCDです。

もう何十回と聴いているので、違和感なく曲が入り込んできますが、やはり調性音楽ではないので、口ずさむことができるという具合にはなりません。ただ聴いているといろいろな発見があって、マーラー的な部分とか、ベルクの「抒情組曲」の旋律が聞こえてきたりと、実に刺激的です。

ズーカーマンのヴァイオリンはいいですね。瑞々しく張りのある音ですばらしい。系統的に聴いてみたくなる感じです。

ヴィリー・ライヒの著作「アルバン・ベルク 伝統と革新の嵐を生きた作曲家」を入手して読んでいるのですが、楽曲解説の部分は、楽理に通じていないとお手上げです。またもや壁が。この壁を乗り越えたいのですが、いつ超えられるか。

ライヒはベルクの弟子であったと言うことで、ベルクのエピソードがライヒの眼を通じて語られます。ですが、刊行が1963年ですので、まだベルクの婦人ヘレーネ存命中ということで、先日触れた、マリーとの情事やハンナ・フックス・ロベッティンについての記載はない模様。このあたりはシェルリースの著作「アルバン・ベルク」において宮川尚理氏が追記として記されています。

 

さて、現在のところ 近年まれに見る忙しさ。いつもなら、会社の昼休みにブログの構想を練るのですが、昼休みも仕事していました。さらに追い打ちを掛けるのが、切羽詰まってきた英語。今週は珍しくブログをなかなか書けず。いけませんね。

 

 

 

Alban Berg,Classical

先週の木曜日頃から執拗にベルクのヴァイオリン協奏曲を聞いています。もう何度聞いたことでしょう。30回はくだらないでしょうか。しかし、聞けば聞くほど、わかるところはわかるのですが、わからないところはわからない。ただ、この曲の叙情性や美しさといった面を感じるようになってきたのは確かです。

1935年2月(ベルク死の年)、アメリカのヴァイオリニストのルイス・クラスナーからヴァイオリン協奏曲の作曲依頼を受けることになります。そのころ「ルル」の作曲を行っていたベルクは、「ルル」だけは夏までに作曲を終わらせたかったのですが、ナチスによりドイツでの作品演奏が禁止されたこともあって、経済的に厳しい状況だったということで、依頼を引き受けてしまうのです。 なかなか作曲が進まなかったのですが、アルマ・マーラー=ヴェルフェルと建築家グロピウスの間に生まれたマノン・グロピウスが小児麻痺に罹患し闘病の末に亡くなってしまうという出来事がありました。ベルクはマノンのことをかわいがっていて、マノンへのレクイエムとして、ヴァイオリン協奏曲の作曲にあたることになったのです。

ここまではとても有名な話なのですが、この曲にはマノンに加えて二人の女性の姿が登場します。ベルクと女性とのかかわりが実に興味深いのです。

まずは、17歳の頃にベルク家で女中をしていたマリー・ショイフル(この方もやはりマリーだ!)との間にアルビーネという娘をもうけていますし、あるいは、アルマ・マーラー=ヴェルフェルの夫フランツ・ヴェルフェルの妹であるハンナ・フックス・ロベッティンと恋愛関係にもあったわけです。

このヴァイオリン協奏曲には、1)マノン・グロピウス、2)マリー・ショイフル、3)ハンナフックス・ロベッティンという三人の女性が登場するわけです。1)のマノンは言わずもがな。2)のマリーは、ケルンテン民謡において現出しています。マリーはケルンテン地方の出身でした。3)ハンナは、H音(ハンナ)とF音(フックス)において現出しています。いわば、ベルクの女性回顧録的な状態です。

Classical,J.S.Bach

修理に出かけていたiPodが無事に戻ってきました。今回は液晶が壊れましたので、プラスチック製の透明なハードカバーを発注中。届いたらレポしてみます。

ベルクのヴァイオリン協奏曲を研究中です。この協奏曲では大バッハのカンタータ第60番からの引用があると言うことで、くだんのカンタータのCDを物色中ショッキングなものを発見してしまいました。

HMVでiPodが売っているのです。それも中にバッハ全集が入っているというのです。しめて68800円。バッハの全集に120GBのiPod Classicがついているというわけですよ。これをCDで買うと、172枚40キロで97171円。CDで買うより安いのですか……。しかも、iPod付きで、iPodに入れる手間もなし。

マジですか……。

それだったら壊れたiPodを修理しないで、このバッハ全集を買いたかったかも。というか、ボーナスで買いたいかも。

一生かかっても聴ききれるかわからない大バッハの作品を文字通り手中に収める時代が来ようとは。

説明を読むと、どうやらDVD-ROMに12GB程度の楽曲データが入っていて、iPodにインストールするみたい。ということは、待っているとこのDVD-ROMだけ発売される、なんてことがあるかも? いや、あってほしい! あったら即買いです。

 

Miscellaneous

コメントができないという障害が発生しておりました。原因はCGIファイルのパーミッションの問題でした。

Coreserverでは、CGIについては、パーミッションを700にすることが推奨されていますが、とあるCGIファイルについては、パーミッションを変更しなければならないようです。パーミッションの変更により、個別記事画面へ遷移し、コメントの受付が可能となりました。

 ご迷惑をおかけいたしました。ご指摘いただいた、rudolf2006さん、ありがとうございました。

 

Classical

いつもなら早く起きれるはずの朝なのですが、この2,3日は起き上がれないのです。おかしい。何かがおかしい。季節が変わったからなのか? すこしお疲れなのか? 平日もせめて3時間ぐらいは自分の時間を持ちたいと思っていますので、最近は少々厳しい。こういうときはやらないことを決めて、ばっさりと切り捨てることで時間を作るのがいいとはわかっているのですが、なかなかそれも難しい。

ともかく、今朝のベルクの「七つの初期の歌」を聞くのですが、これは本当に素晴らしいですよ。オーケストレーションについてもシュトラウスの色が濃いです。

会社でTOEICがあるというので、勉強しているのですが、あれだけ受験のときに勉強した文法知識がばっさり抜け落ちているのに気づいてがっくり。文法の練習なんて、もう十何年やっていませんからね。ですが、思い出すとなんだか若返った気分になるのが不思議。昨日は助動詞+過去分詞の用法。今日は仮定法。懐かしすぎます。 高校のころから英語は得意とはいえませんでしたが、大学入試に向けて激しくとりくんで某大学に何とか滑り込みました、という記憶がよみがえってきます。あのころはともかく勉強をすることで自身を補強して行っていましたが、最近は貯金を使い果たしたというところです。 

さて、昨日の昼さがり、何気なくつけた衛星放送でマリア・カラスのドキュメンタリーに見入ってしまいました。カラスと大富豪オナシスの関係に軸がおかれていて、カラスの苦悩の日々がつづられていました。

どんなに素晴らしい芸術家であったとしても、一人の人間であるということは間違いないわけですが、人間である以上、誰かに認めてもらいたいという欲求を多かれ少なかれ持っている。カラスはもちろん歌手としては絶大な人気を誇っていたけれど、一人の女としても愛されたかった。だが、相手が悪かった。カラスが国籍を変えてまで結婚したかった当のオナシスは、ケネディ未亡人のジャクリーンと結局再婚しますからね。

オナシスを心底愛していたカラスでしたが、その思いのすべてがオナシスに伝わっていたというわけではなかった。オナシスもオナシスで、ジャクリーンの腹の底を見て、カラスに再び惹かれていくのだけれど、先にオナシスは死へと旅立つ。すれ違いだったわけですね。

カラスは葬儀に出ることすら許されなかった。あとは孤独のうちに死を待つだけになってしまった。 人生はボタンの掛け違いの連続ですが、マリア・カラスの人生ほど劇的で哀切に満ちたものはないです。

冒頭のCDを早速と聴いてみたのですが、巧すぎますね。特に高音域のコントロールは驚異的です。ピッチコントロールはすばらしいのですが、少々ピッチが低く感じるところがあるのは気のせいでしょうか。

カラスが歌うトゥーランドット姫はすばらしいのですが、先日の新国立劇場でのオペラトークでは、ドイツ系の歌手が歌うことの多いというトゥーランドット姫の役柄を歌いこなしているということは、ワーグナーを歌うと凄いのでは、と思いましたが、現に、冒頭のCDでは愛の死の場面のイゾルデを歌うカラスを聴くことができます。誇りと威厳に満ちたイゾルデです。こちらもすばらしい。

Alban Berg,Classical

今日もベルク。飽きもせず本当に楽しいし刺激的です。どこまで分かっているのか分かりませんが。

ともかく、今日はアシュケナージがベルリン・ドイツ交響楽団を振ったベルク曲集。このCDの白眉は、あの「初期の七つの歌」をオーケストラ伴奏版で聴けると言うこと。「七つの初期の歌」は、オッターさんの以下のアルバムで聴いてはおりました。ピアノ伴奏版ですが。

Berg/Korngold/R. Strauss: Lieder
Alban Berg, Erich Wolfgang Korngold, Richard Strauss, Anne Sofie von Otter, Bengt Forsberg
Deutsche Grammophon ( 1994-03-21 )

 

それはそれですばらしいのですが、オケ版だとどうなるのだろう、と思って聴いているわけです。

 
ところが、これがすばらしい! 
 
シュトラウスの「四つの最後の歌」的な流麗で甘美な音のうねりです。
 
「七つの初期の歌」はベルクが二十歳の頃に書いた作品で、それだけでもすごいのですが、1928年(四十三歳)の時にオーケストレーションが施されて初演されています。ちなみに、オケ版の出版は死後20年がたった1955年です。そういう意味では、シュトラウスの「四つの最後の歌」(1948年作曲)よりも20年も前にこのオケ版が成立していたことになります。ベルクが進んでいるととらえるか、シュトラウスが保守的だととらえるか。たぶん後者なのだと思うのですが、あとから味わうものにとって、それが何年もののワインであろうとも、旨ければいいわけですので、前後関係を過度に評価しても意味がないのではないでしょうか。
 
ただ、ピアノ伴奏版においてもシュトラウスの影響を受けていることは確かなようです。私はシュトラウスの歌曲系についてはまだ抑えられていないのですが(また課題が見つかりました! うれしいものですね)、ベルクの歌曲とシュトラウスの歌曲の聴き比べなどをしてみるのも面白いかもしれません。
 
ともかく、オケ版の「初期の七つの歌」はすばらしい。しばらくは私の癒しの音楽になることは間違いないでしょう。
 
 

Miscellaneous

 保守作業のため、一時的にコメント・トラックバックの受け入れを停止いたします。

(Movable type のセキュリティ向上のためアップグレードします)

Alban Berg,Opera

相変わらずベルクを聴く頻度を増やしています。日曜日から今日にかけては、メッツマッハーの「ヴォツェック」を聞いています。何度も聴かないと難しいです。

マリーの子守歌のところは、アバド盤よりテンポを落ちていて、耽美的で惑溺的で情感的。 アバド盤がどんなに冷静な演奏だったのかが分かります。 少々ハーモニーが乱れるところがあるけれど、そうそう気にはなりません。

しかしマーラーの影響が大きいですね。マーラー的すなわち悪魔の舞踏にも思えるレントラー。あるいは「ばらの騎士」のオックス・ワルツのフレーズさえも聞こえてくるような気もしますね。カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」のような男声合唱が入りますし。ベルクの音楽が過去や未来とどれだけつながっているのか、という感じです。

それにしても、マリー役のソプラノのアンゲラ・デノケAngela Denokeさんが強力。アバド盤のベーレンスさんに迫る勢い。サロメもレパートリーのようですが、意外にも「ばらの騎士」のマルシャリンも歌っておられる。1997年のザルツブルク音楽祭では、アバドの指揮でもヴォツェックのマリーを歌っていらっしゃるようです。

週末は穴を開けました。こんなに穴を開けたのは久しぶり。少々疲れているらしく、いつも書いている時間に睡眠を入れざるを得なかったりして、ついつい、というところ。今日から復活予定です。

Miscellaneous

送信者 For Blog

会話とは難しいものですね。なかなか言うことが伝わらない。それが日本語であろうと英語であろうとも。 というのも、今日(土曜日)は人と話をすることが多かったからです。

「英語」といったのは、意を決して英会話に通うことにしたので。近所に数年前に英会話教室ができたのですが、ようやくと重い腰を上げて、という感じ。もっと早く行っておけばよかった。

今日からスタートだったのですが、まあ、簡単な完了形の練習で「このアドヴェンチャーやったことある?」みたいな感じで、ダイヴィングや、サーフィンといったスポーツをお互いにたずねあっていく。

イギリス人の講師の彼が
「サーフィンやったことある?」
とたずねて来たので、
「ないよ」
と答えてみる。そうしたら、
「やってみたい?」
とたずねられたので、
「いいや、やりたくない.」
と答えてみる。
「なんで?」
というものだから、
「いやあ、サーファーの方々と話す自信ないので……」
みたいな感じで答えると、講師は大笑いをして
「僕もそうだよ、キャラがちがうんだよねえ」
ってかんじで、二人で大盛り上がり。

彼は、歴史が好きで、ノルマン・コクェストに興味があって小学時代にフランスのノルマンディ地方に行ったことがあるらしい。ロシアに行って警官にパスポートを取り上げられて、賄賂を要求されたりとか。 結構気が合うかんじでめずらしく予定時間オーバー。でも、残念なことに来週でその講師は転勤してしまうのだそうです。残念至極。

近々会社でTOEICのテストがあるらしいので、がんばります。英語のヒアリングをしているもので、クラシック聴く時間が少し減ってしまうのが痛いのですが。

 

週末はバッハやブルックナーも聴きました。土曜日の6時からのNHK-FMで、ブランデンブルク協奏曲第6番を18世紀カメラータの演奏を聴いたのですが、こちらは清浄で無垢なバッハ。涼やかで心が休まりました。ブルックナーは、第8交響曲をブロムシュテットの指揮で。それから某ピアニストの演奏で、バッハのピアノ(チェンバロ)協奏曲を聴いたのですが、こちらは少々とっつきにくかったです。