Miscellaneous

半年ぶりぐらいに、たどり着いてしまいました。この半年はいったい何だったのでしょうか、という感じ。仕事で、アメリカと韓国に行きましたし、いろんな施策の立ち上げや整理をしていて、よくわからない状態。家族の状況もあり、やむなく自動車を買ったり、そうすると世界が広がったりもしますし、サックスも何度か吹く機会がありました。機会がないのは、演奏会に行くことですが、これも仕事の関係で来月チャンスがありそうでもありますが。

それにしても、2023年(正確には2022年11月なのですが)から世界は変わってしまいましたので、この先どうしたもんかな、という感じは強く持ちます。仕事もAIとやるようになりまして、楽になったのか大変になったのかよくわかりません。まあ、大変になったのでしょう。Copilotの画面をいくつか開いて、並行して作業させたりすると、結局はこれまでよりも短時間でやることは増えますので、成果は上がりますが、頭は割と疲れます。報告用の資料も、たとえば、メモを流し込んで指示をするとパワーポイントのスライドにさっとまとめてくれるので、レポートするのも割と楽になりました。メモをマンガにして報告すると理解してもらいやすくなったりもしますので、今までにはない使い方ができます。

人間も思考力はどうなるかというと、これは質が変わっていくんでしょうね。。今までは、論理的構造的にアウトプットしないいけない、という思いもありましたが、まずは、思いつきをAIに渡すということに注力できるようになりました。この辺りは、今も試行錯誤ですが、思いつきを渡せば、構造的に整理してくれるので、発想の速度は上がるかな、と思います。ただ、油断するとAIは脱線していきますので、その辺りは手綱をしっかり持ってないといけないわけで、その辺りが人間に必要とされる能力なのかな、と思います。

この文章は、あえてAIを使わないで書いてますが(昔は当たり前ですが)、AIを使わないで文章を書くというのも、昔で言うと、手書きで書かないと心が伝わらない、と言うことで、あえて手書きで書いていた時代もありますが、今後は、AIを使わないで書く、と言うのが、心が伝わる文章の書き方、と言われる時代になりそうです。ただ、進化の速度はこれまでと同じではありません。技術の進化という話と、進化の速度自体が進化しているという、二つの進化に人間は適応して、新たな生き方を見つけていかないといけない時代になってきそうです。

あまり音楽の話はかけませんでしたが、一旦はここまで。本当の徒然でした。

Johannes Brahms

ご無沙汰ですが、この1ヶ月ぐらいは、ブラームスの交響曲第1番をわりと比較していたなと思います。

アバドがベルリン・フィルを振った盤がとても好きで、そればかり聴いている感もあるのですが、その他の録音はどうかなということで、Apple Music でいろいろ聴き比べてみました。

好みの問題なのでいいとか悪いとか言うつもりはありませんが、以下のような録音がなんとなく私の好みに合ったかなと思います。

当然アバド盤。

もう1つはムーティ盤ですね。

さらには、チェリビダッケ盤

さらにはサバリッシュ盤も面白かったと思います。

あとは意外とレヴァイン版も好印象でした。

特に良かったのがチェリビダッケの録音でした。ミュンヘン・フィルの録音で、速度が遅いという話はあるのですが、それ以上にとにかく音が美しかったですね。ビートで演奏する方々の大変さも本当によく分かりますけれども、よくここまで統制されて美しいなというふうに思います。

私の好みとしては、なんとなく勢いとか気合いとかそういう演奏よりも、何か統制された演奏が好きな感じはします。なんとなく、オペラ指揮者として有名な方が多い気もしますが、まあその他の演奏を指揮している方もオペラ演奏されていると思いますので、気のせいでしょうか。

しかしオーケストラ演奏の好みというのは不思議だな、と思います。小学生の頃は、曲の違いしか認識できませんでしたが、社会人になって、同曲異演を聞けるようになり、さらにはAppleMusicで膨大な録音を聴き比べができるようになると、同曲異演がわかるようになり、そうすると、なんとなく感覚で、フィットするしないがわかるようになってきますので、自ずと選ぶ音源も前述のような指揮者に収斂して行きます。

ちなみに、私なシノポリも好きなんですが、現時点では、ブラームス交響曲第1番の音源は見つけられていません演奏していたとしたらどんな演奏なのか、ちょっとリサーチしてみようと思います。

それでは。

Miscellaneous

この半年で世界は大きく変わってしまった気がします。特にルネサンスの話もありますけれど、AIでやるのが非常に有力であったり、そうしたものが主流になりつつあります。

物の生み出し方、描き方、そして知識の生み出し方というものが、かなりドラスティックに変わってしまったような感じがあります。

ハイデガーの『芸術作品の根源』という本についてGPTに教えてもらったのですが、なんとなく概要が分かった感もありまして、これで哲学の本が分かったということはないにしても、何か分かった気になってしまうという不思議さ、難しさ、恐ろしさのようなものを感じました。

芸術作品において真理が開かれるといったような解釈が出てきまして、これが「書くこと」において意味的なものを表出するということで、辻邦生の作品とも似ているなと思いました。ただ、ハイデガー的な晦渋な感じというものも何かGPTの文章から読み取れて、それが辻邦生の作品の明澄とした感じとやはり違うなあ、と思いながらも、両者には何かしら似ている部分もあるように思え、確か、この「芸術作品の根源」は辻邦生のブックリストにも載っていたことから、そこに連なる、道筋のようなものを感じたりもしました。

こういう知識の得かたが正しいのかどうかはわかりません。しかし、こうやって知識を得るというやり方は、おそらく若い人たちは普通にやっていくようになるのでしょう。それは、まるで「手書きじゃないとダメだ」と言われたり「紙の本じゃないとダメだ」と言われたりしていたのと似ていて、「AIじゃなくて自分で読まないとダメだ」というのも、何か少し古い感覚になってくるような、そんな感じがしています。テクノロジーの世界で言うと、おそらくプログラミングをAIがやることになり、人間はプログラミングはやらないことになります。この文章も、半分くらいは音声入力と生成を組み合わせて書いていたりします(最近、五十肩の影響でキーボードを打つのが辛くて…)。

こういう時代にあっても、結局のところ、人間が一番大事で、自分を最も大切に思う、ことなのかもしれません。

それでは。

Miscellaneous

仕事では、生成AIで文章を校正してもらうようになり、AIを使わないと怒られたり、あるいは、AIマウントと言うようなこともあるようで、こうして、手書きで文章を書くのは、昔で言うと、手書きで手紙を書くのと同じようになってくるんだろうな、と思います。言葉が世界を作るのだとしたら、その一部がAIという集合知によってなされることは、世界が平準化してしまうことになりますので、少し残念ではあります。世界は、一瞬の閃きで出来上がることもありますので。逆に言うと、人間の価値は、発想と閃きと意思でしかないのだと思います。あるいは文学や音楽が力を持つ時代が来るのかも知れません。

写真は先日の満月。雲と絡むと満月は美しいですね。

それでは。

Miscellaneous

この週末に八重桜を撮りました。それにしても、1ヶ月弱、書くことができない感じが続きました。とくに何か重篤なものがあったわけでもありませんが、年度始めの慌ただしさとか、仕事場の重めの会議が続いたり、と言うことが続いたということなんでしょう。

今年度のテーマは、もしかすると海外なのかも、と思いました。割と諸々抱え込んでいますけれど。

今日はマーラーの交響曲10番。ラトルの指揮にて。

AIで、世界の変化の速度は加速度的ですが、こんな時にもやはり音楽を聴くと思うのは、古くて今も残っているものに価値があるということなのかも、とあらためていつも思います。

それでは。

Miscellaneous

この歳になり大変恐縮ですが、サッカーに初めて来てみました。スポーツに行くなら、コンサートに行く方が多かった気がします。日差しが気持ちよく、初夏のようでもあり、広々としたピッチを見渡すだけでも気分転換になりました。人間は緑色を見るのが良いそうで、そういう意味でもいいのかな。試合はベルディべザーレで、勝利。ヴェルディは緑という意味でしたか。。

それでは。

Jean Sibelius

しかし、先週後半は札幌、土日挟んで福岡、そして昨日はビッグサイト、と、北から南へと飛び回って情報収集活動をしてきまして、さらに決裁通したりと、割と痺れる毎日でしたので、何を聞こうかな、と思って思いついたのがこちら。

こういうときに聴くシベリウスは最高です。心が休まることこのうえありません。

隙間時間でも、なんでもできる時代になりまして、最近一番生産性が高いのは、歩きながらの音声入力になってしまいました。時代はガラガラと崩れて、また組み上がっているように思いますが、そんな時こそ、ときには、トラディショナルなものに戻るのも良いでしょうか。まあ、シベリウスもたかだか100年ぐらい前のものですけれど。

最近は、古ければ古いほど、残っているものは価値があるもの、と思うようになりましたし、自分に直接関係ないものに何が埋まっているようにも思いました。

そんな感じです。

最近、このブログも穴が空いたので、当時の記録から穴を埋めて行こうと思います。

それでは。