ハイティンクのワルキューレ、引き続き。

ハイティンクのワルキューレ、今日も聴いてます。まあ、CD4枚組なので、時間がかかります。

ちなみに、わたしは通勤時間のみ音楽が聴けますので、iPhoneX にBOSEのQuiet Comfort35をBluetoothで接続し、iCloudミュージックライブラリにアップロードした音源で聴いています。

どうやら、Apple Musicには、ハイティンクのリングはないようで、アップロードした音源が使われているのでは、と推測しています。

ですので、音響的に、結構条件が悪いのでは、と思うのです。

ですが、それでも、音がしていいなあ、と感じる時があります。音の良し悪しは、主観的なものである場合もありますので、私が、良いと感じた瞬間があった、というぐらいです。

なんでかなあ、と思った時に、思い当たったのは、録音場所です。この深く豊かなリバーヴ感。自然で豊かな倍音を含んだ瑞々しい残響の感覚。録音場所は、ミュンヘンレジデンスのヘラクレスザール。

バイエルン放送管弦楽団の本拠地。録音もここでやっていることが多いはず。

http://www.muenchen.de/veranstaltungen/orte/139991.html

ウェブサイトによれば、クラシック以外でも使われている模様。

ミュンヘンは、数ヶ月ぐらい滞在してみたい街です。毎日ピナコテークに行って、毎日オペラかオケを聴く、というのが夢です。

夢は叶うかも。

さて、明日から、祝日ですね。皆さま、どうか良いお休みを。

おやすみなさいませ。グーテナハトです。

リングの思い出。ワルキューレ第二幕を聴きながら。

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このブログ、どうやら、2007年ごろから書いてたようで、さまざま書き散らしております。

カテゴリごとの件数がわかるのですが、今日時点で、ワーグナーが一位で161エントリーで、シュトラウスが二位で156件となっています。このエントリで一つ増える見込み。

意外とワーグナーが多いのは、2009年、2010年に新国立劇場で上演されたリングを聴いた頃に、ワーグナーにハマったからです。リングの謎解きは、当時の私にとっては本当に刺激的でした。

リングに貴族の没落と資本家の興隆のメタファを見出したことや、あるいはニーベルング族と「ユダヤ人」の連関性に自ら思い当たってしまったときの名状しがたい苦味のことなども、昨日のことのように思い出されます。

あるいは、幼い頃、登ることのできない高峰に見えたリングを通しで観た達成感もあったなあ、と思います。

そんなこともありながら、やはり、あらためて、音楽的にも素晴らしいなあ、と思いながら、ワルキューレ。今日は第二幕。音楽は身体に染み込んでいるので、懐かしいなあ、と思います。

しかし、前の新国立劇場のリングは8年前なんですね。新制作のリングは観に行けていないのですが、また違う解釈の愉しみがあるはず。もうしばらくして、リングに行けるようになるのが楽しみです。それまで頑張ります。

久々にワーグナー二枚

休む間もなく心身を使うなか、音楽が聴けなくなりつつあるのですが、さすがに仕事場を離れて③日目の午後にようやく音楽を聴く気になりました。ワーグナー。それもリング。この、重層的な不協和音の濁りのなかに吸い込まれていってよかったです。全曲聴くわけにも行かないので、さしあたり、ワルキューレの第一幕を聴いてみました。多分、一番好きな幕です。そういえば、フンディングを歌わせると、クルト・モルが素晴らしかったなあ、なんていう懐かしいことを思い出したりもしました。この盤では、マッティ・サルミネンが歌ってます。

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ついでにこちらも。リオバ・ブラウンのワーグナー歌曲。
ヴェーゼンドング歌曲集のなかの「Schmerzen」で感動してしまいました。このアルバムの指揮はペーター・シュナイダー。かつて、シュナイダーの指揮に圧倒されたことを思い出しました。11年前のお話。

さしあたり、連休の前半は終了。とにかく、ヘトヘト。明日からまた頑張ります。

やめられないペーター・シュナイダーとリオバ・ブラウンのアルバム

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夕暮れ。冬晴れの関東の美しさは奇跡的です。雪に閉ざされる冬ではないのがありがたいです。

最近やめられなくなってしまった、こちら。リオバ・ブラウンとペーター・シュナイダーのアルバム。

よく知られているように、歌詞は、当時不倫関係にあったとされているマティルデ・ヴェーゼンドンクによるもので、そうした不倫関係が《トリスタンとイゾルデ》につながったといいます。この歌曲集は、《トリスタンとイゾルデ》の作曲時期と重なっていることで、曲想が非常に似ています。

「ヴァーグナー大事典」によれば、「夢」「温室にて」の2曲が《トリスタンとイゾルデ》を先取りしているそうです。

ですが、私は第4曲「悩みSchmerzen」が《トリスタンとイゾルデ》の和声の感覚にマッチしていると思いまして、繰り返し聴いてしまいました。どんどん続いていく転調めいた旋律が、人間なのかあるいは世界なのかわかりませんが、永遠の流転を表しているように思うのです。音楽というのは本当に恐ろしいものです。世界と直接繋がり、人間の心に直接アクセスしてきますから。

それから、《パルジファル》のクンドリのパートも入っていて、先日も触れたように、こればかりはもうたまらない美しさと悲しさと優しさと妖しさなんでしょう。クンドリはパルジファルを誘惑する際に、この歌の中でパルジファルの母親の記憶をパルジファルに喚起させようとしますが、その妖しさ。母親を使い男を誘惑するという恐ろしさ。ワーグナーは文学と音楽の両面における天才だったということがよくわかります。

なんだか昨今いろいろと世界認識が変わっているのですが、そうした気分になったのもこのアルバムを聴いたからだと思いました。

今朝は早起きでやっと書けました。今日いちにち良い日でありますように。

憂愁のワーグナー

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うーむ、なんだか色々ありすぎる毎日で、息をつく暇もありません。毎日書きたいこのブログも、なんだか1種間以上休んでしまいました。でも、今日はこちらを聴いて癒されました。

リオバ・ブラウンの歌うワーグナ。指揮はペーター・シュナイダー。この二人のワーグナーは本当に素晴らしいです。憂愁とタイトルに書きましたが、筆舌に尽くしがたいものがあります。何か、古くて品のある日本家屋が雨にうち濡れているような感じとでもいいましょうか。おそらくはそこには着物の女性がいて、外を見やっているような、そういう感じ。特に、《パルジファル》のクンドリが歌う例の歌は、パルジファルを誘惑する場面でありながらも、そこに品格があるような、そういう世界でした。本当のことがない世界において、ごまかしがきかないこういう世界ばかりだけが真実だなあ、と思いました。

12月に入って冬本番です。みなさまお身体にはお気をつけください。

それではおやすみなさい。

今日の《トリスタン》はクライバー

今日はこちら。カルロス・クライバー盤です。

ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
コロ(ルネ) ライプツィヒ放送合唱団 プライス(マーガレット) ファスベンダー(ブリギッテ) モル(クルト) フィッシャー=ディースカウ(デートリッヒ) ゲッソ(ベルナー)
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この盤はもう語りつくせないものがあります。何度も書いている気もしますし、と思って調べてみると、あまり書いてないですね。9年ほど前に書いた記事が出てきたぐらい。

バレンボイムの重みのある演奏を聞いた後に、クライバーを聞くと、切れ味のいいナイフで紙を切るような感覚を覚えます。こう言う洒脱さというのは、本当に天才のセンスなんだろうなあ、と思います。聴いている方が、何かトリスタンとイゾルデの、切迫した気分に染まってしまうような気がします。恐ろしいことです。

ちなみに、iCloudミュージックライブリで聞いていたのですが、マッチングがおかしいものを見つけてしまいました。私はこのCDを持っていますが、Apple Musicにも収録されているので、別のMacで聞き時には、マッチしたApple Musicの音源をストリーミングで聞くことになるのですが、驚いたことに2枚目を聴いても1枚目が流れるという不思議さなのです。

iCloudミュージックライブラリの方は、もう少し使い勝手が良くなるといいですね。

人生いろいろだなあ、と思った1日でした。このいろいろな人生の波にうまく乗っていかないと、と思ったり。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

深く重い酩酊──バレンボイムの《トリスタンとイゾルデ》

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なんか、急に重い《トリスタンとイゾルデ》を聴きたくなりました。重くて甘いのはバーンスタイン盤ですが、あいにくApple music で聴くことができないので、別の思い演奏を、と思い、バレンボイム盤を。

そういえば、私、バレンボイムの来日公演で《トリスタン》を聴いているんですが、あまり記憶がないわけでして、覚えているのは、ルネ・パぺの素晴らしいマルケ王のことばかりでした。ひたすらに、NHKホールのSprawl な会場のシートに身を沈め、聴いたのですが、それはそれは体調が悪かったなあ、と…。

ワーグナーは聴く人の体調を要求するなあ、と。誰しもが思うことですが、あれは修行に他ならないです。

でこの演奏もやはり、重い。フルボトルの重く濃密なワイン。酒石の結晶を含んだ濃厚なワインのような。この演奏、多分、聴きすぎると二日酔いするほどのもの。その場は甘美だか、少しずつ少しずつ、高揚と引き換えに理性を奪われ身体を明け渡していく。そんな感じ。危険。それが、人間の本性だとしたら、極めて危険。だが、そうだからこそ、この曲は、後世を二日酔いにして、まだ、そこから醒さない。酔った男は数多。

そんな演奏に思います。

ただ、こうした音楽に対する感想というものは、どうしても主観的で、必ずしもわかりあうことができないものなのではないか、という疑いを感じずに入られません。定量化のできない、まさに個々人に取っても主観的な判断であり、その時々の体調によっても左右されるような、そんなゆらぎはかない判断を書くことに何の意味があるのでか。確かに、反省的に考えると、バレンボイムが重い、というのはもしかすると私の臆見かもしれません。バレンボイムの弟子であるエティンガーの降った《こうもり》の重さの記憶があるからです。

ですが、それにしても、さらに演奏に耳をすますと、このテンポの緩め方は本当に重厚なものです。ひどく重い感覚を呼び起こすのです。まるで、足かせをはめて歩くような。ですがこの重みこそ、何か重いものを持ち上げたり、あるいは重いものの上に横たわったりするときに感じる安心感のようなものをさえ感じるわけです。それは恍惚としたもののような高揚で、繰り返すのも憚られるものの、それでも繰り返すとすれば、それは、明らかに静かで深く重い酩酊でしょう。深く重い酩酊。そのまま眠りにつけば、そこで命を奪われるような。

なんか変な感じになってしまいましたが、つまるところすごい演奏でした、ということです。しばらく《トリスタン》を色々聴き比べてみたいなあ、と思いました。

酔って書いているわけではありませんが、長々とすいません。おやすみなさい。グーテナハトです。

夏休み6日目──IKEAへ

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いや、ほんとうにすいません。夏休みシリーズということで、普段行けないところに行っているのですが、今日は関東某所のIKEAに行ってきました。

2年ほど前にも行ったことがありますので、今日が2回目。

で、建物の中に入ったとたんに妙な感動が。

えーっと、ドイツの空港の匂いがするのですね。これ、なんですかね。ドイツっぽい匂い。むんむんくる、ドイツの匂い。

この匂い、べつにビールの匂いでもなく、ザワークラフトの匂いでもなく、塗料とか接着剤とか、そういう化学的な匂いなのです。

それだけで、もうテンションが最高潮に沸騰してしまいました。

レストランでもハイテンション。なんだか、ドイツの美術館とか、大学のメンザの雰囲気がさく裂していて、無駄にたくさん注文してしまいました。でも2年前に行ったときに比べて、食事の値段は上がったような気が。円安ですから仕方ないのかなあ、と思っています。

売っている品も、なかなかおもしろくて、美術館を見ているようでした。ちなみに、いつものように、家族はどんどん先に行ってしまい、私だけじっくり見る、というパターン。これも、美術館に行った時と同じパターン。

しかしなあ、IKEAは商売がうまいですよ。順路が固定されていて、その順に歩いていくと、購買意欲がどんどんそそられていくのですから。最初に、部屋のコーディネート例をいくつも見せられるのですが、これが本当におしゃれで、狭い空間を本当にうまく使って、しゃれたコーディネートができますよ、というプレゼンテーションになっているわけです。その後、そこに使われていた製品順路上に何度も何度も登場します。フロアもまさに美術館のように順路で構成されていて、IKEAの意図通りの順番で商品を見て回るということになるわけです。

(ちなみに、抜け道がいくつかあるので、それがわかるとなお面白いのですが。)

先ほども言ったように、順路に従って歩いていくと、いろいろな商品が繰り返し登場するのですが、子供向けのぬいぐるみなどは、アクセントのように随所に現れ、子連れ客はその都度その都度対処が大変そうでした。全然関係のない売り場に突然ぬいぐるみが売っているコーナーが出てきますので、サブリミナルのように、何度も何度も子供に刷り込まれるという感じ。食器売り場のぬいぐるみにご執心になってしまった子供に困ったお母さんの独り言がみみにはいってきたのですが、「ここで売っているわけじゃないのかな、あ、でもバーコードついてるから、買っても大丈夫そうだね」なんてことを言ってました。

極めつけは、展示フロアの2階から、倉庫のある1階へ降りたとき。そこにも、なぜか子供向けのおままごと道具がディスプレイされていて、「あれ、買い忘れてません?」というIKEAのメッセージを感じたりしました。

この繰り返し繰り返し現れるというのは、まるでワーグナーのライトモティーフのよう、なんて。いやいや、欧州人はそういう構築美には長けていますから、共通するものがあったりして。

でも、ホスピタリティは十二分だと思います。素晴らしいなあ、とおもいました。やはり、二度来てもらうためには、お客を楽しまさなければなりませんし、失礼があってもよくないわけで、そういう意図はいろいろと感じて、さすが!、と思いました。

というわけで、北欧にちなんだ楽曲を。といっても、ワーグナー。

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スウェーデンの生んだ名歌手、ビルギット・ニルソンによる≪トリスタンとイゾルデ≫。まったく化け物のような楽曲なんですが。今日は、そこから最後の愛の死を聞いています。やっぱり、巧いのですが、なにか醒めた冷静さのようなものも感じたり。ベームもベームらしい雄大なもの。古き良き欧州って感じです。

それではまた。おやすみなさい。グーテナハトです。

CD発売前にApple Musicでラトルの《ラインの黄金》を。

リヒャルト・ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」序夜「ラインの黄金」[2CDs]
ミヒャエル・ヴォッレ クリスティアン・ファン・ホーン ベンジャミン・ブルンス ブルクハルト・ウルリッヒ エリザベート・クルマン バイエルン放送交響楽団 サイモン・ラトル
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現在、新国立劇場では《ラインの黄金》が上演中ですが、理由あり、行けるかどうかわからない状況です。

ですが、そう言っても予習はしておかないと、と思い、Apple Musicで調べたら、あれあれ、こんな音源が。

というか、これって、CDの発売は10月28日ですが、もうApple Musicでは聴けているという。

こちらがハイティンク盤。私の持っている盤とはジャケットが違いますけれど。

Das Rheingold
Das Rheingold
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R. Wagner
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バイエルン放送交響楽団のリングといえば、私の大好きなハイティンク盤があります。本当はこれを聞きたくてApple Musicで探したんですが、ラトル盤が出てきてしまったのです。

こちらです。 → https://itun.es/jp/PhJi-

2015年4月24日から25日に録音。録音場所はヘラクレスザールです。ハイティンク盤と同じ。当然。で、やっぱり音はハイティンク盤ととても似ています。本当にクリアでくっきりとした音響です。これは良い音源です! 明日も聴かないと。

フライアを歌うアンネッテ・ダッシュとか、ファーゾルトのペーター・ローズとか、新国立劇場に登場された方も参加されていて、なんだか新国も世界とつながっているなあ、と思ったり。

でも、ああ、やっぱりワーグナー聴くと落ち着くなあ、と思いました。5年前の東京リングであんなに聴き倒した指環ですので、ほとんど身に染み渡っているような感覚を覚えました。

オペラは実演で聴くのが一番。でも、一度実演を観ておくと、いろいろな音源を聴いても、なんとなく場面が想像できて、音源だけでもかなり楽しめます。

さてさて、今年度も折り返していますが、なんだかやらないといけないこと、やりたいことができずじまいな毎日です。少し前にも書いた気がしますが、何かを変えるためには「時間配分を変える、家を変える、付き合う人を変える」しかないそうです。

で、できることといえば、「時間配分を変える」しかないなあ、と思ったり。ふむふむ。前と同じことを書いている。それで一応実践中ですけれど、どうなることやら。もっと変えたりして。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

《さまよえるオランダ人》と《アラベラ》が似ている。。

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1月の新国立劇場は《さまよえるオランダ人」でしたね。

飯守泰次郎さんの指揮が素晴らしかったです、緊密というか、Solidという言葉を思いだしながら聴いていました。前回のパルジファルと同じく、微細なテンポコントロールが見事で、ダイナミズムや重厚さを表現していたと思います。

で、なんだか変なことに気づいてしまいました。

《オランダ人》は《アラベラ》と似てますね。オランダ人もマンドリーカも父親が連れてきた花婿で、あまり世間なれしていない男。で、ふたりとも妻となるべき女性の素振りを誤解して、すねてしまうという。《オランダ人》にも《アラベラ》にもそれぞれ、エリック、あるいはマッテオという、ヒロインに片思いを寄せる男が出てきますし。

2010年新国立劇場《アラベラ》のマンドリーカも、今回のオランダ人もどちらも、トーマス・ヨハネス・マイヤーで、私は強い既視感を覚えまして、こんなことを思いついてしまいました。もちろん、トーマス・ヨハネス。マイヤーの歌唱はやはり素晴らしかったのです。この方の《ヴォツェック》は忘れられないですね。

でも、この考え、意外と図星かも。同じことを考えている方がいらっしゃいました。「頭がいい人、悪い人の話し方」を書かれた樋口裕一さんです。

http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-283f.html

リンク先は、その2010年の《アラベッラ》についての感想を書いておられます。もう4年も前の話ですね。

それにしても、いろいろ興味深いです。もう少し考えてみないと。

なんだか今日も世界の波にのまれるような一日でした。いろいろありますが、良いことばかりではありません。

ではグーテナハトです。