ベルリンの記憶、そして未来へ

昨日、私は「竣工直後のライヒスターク」と書きました。1999年に修復されましたので、それは大きな間違いではありません。私が写真を撮ったのは、1999年だったと記憶していますから。

本来的には、1894年に完成したのですが、1933年に炎上しました。国会議事堂放火事件というもの。これがナチスがドイツを掌握する直接的なきっかけとなりました。コミュニストに対する弾圧の口実としても使われました。

その後、1938年11月9日は水晶の夜と呼ばれる反ユダヤ主義暴動がありましたね。

で、この11月9日という日付は、ベルリンの壁崩壊の日と同じなのだそうです。

そういう暗い記憶と華々しい記憶が交錯するのが、このベルリン界隈だと思います。

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逆光ですが、そのブランデンブルク門。

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ベルリンの壁の跡地。

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チェックポイントチャーリの跡地にて。

ナチスドイツの禍々しい記憶が今後の世界においても尊重されることを願ってやみません。今日もパキスタンで悲惨な事件があったようですし。

今年の夏に、倫理学の先生と話をする機会がありました。世界においては、様々な価値観があり、そうしたなかでは、たとえば人権といったものを軽視するような価値観もあるわけです。そもそもそれが人権として語られないのでしょうから。

それをどのように理解するべきか、ということを問いかけたのですが、その答えは「イデオロギーと真理を混同してはならない」というものだったと記憶しています。

この「真理」というもの。もしかすると他の言葉を先生は語っていたようにも思いますが、この真理という言葉を信用できなくなってしまったのが、現代なのではないか、とも思うのです。先日もすこし書いたフーコーの件とか、レヴィ=ストロースの議論とか。西欧の進歩史観のようなものですら、局地的で一時的な一つの価値に過ぎないのかもしれない、などと思うわけです。

価値相対主義は、多様な価値を認めるものであるべきではありますが、どこまで価値が拡散していくのか。

そんなことを思いながら、過ごす今日このごろです。

ではグーテナハトです。

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