Miscellaneous

仕事の会議。15時からの会議を始めたときに、向かいに座る相手が、「今日は3月11日か」とひとりごとを言いました。私もやはり、時計を見て、ああ、あの時はあんな感じだったな、と思いをめぐらせました。当時は、神奈川が職場で、外に避難していると、低空を旅客機が轟音をあげて通過して行きました。空港が閉鎖され、行き先を探している航空機だったのだと思います。

とあるビルには弔旗が掲げられていまして、ただただ悼むことしかできないな、と感じます。敗戦と並ぶ近代日本の悲劇なのだと当時直観したのを思い出しました。

これからも地震は起きますが、それが日本の宿命だとすると、もはや、頼るべきは、なんなのだろうと、途方に暮れます。それが地球に住む人類のさだめなのでしょうか。

それでは。