Béla Bartók,Classical


バルトークの《かかし王子》というバレエ音楽があります。バルトークの中でも特に叙情的な美しさを持った名曲と思います。
私は、この曲を聞いてドビュッシーやラヴェルを思い出しました。ウィキによれば、冒頭部分はワーグナーの《ラインの黄金》に影響が見られる、とありましたが、まさにあの始原の和音を聴くことができます。また、ストラヴィンスキーの影響もあるとか。特に《ペトルーシュカ》だそうで、あちらもこちらも人形がモティーフということになりますし。
特に、こちらにのせた第4舞曲の華麗さは特筆すべきものがあります。先ほどドビュッシーやラヴェルと書きましたが、そうしたフランス的な和声の素晴らしさに、リヒャルト・シュトラウスのようなオーケストレーションの華やかさや壮麗さが加わり、オケ音楽の醍醐味を十全に味わう事のできる名曲となっています。
この曲を実演で聴けると本当に良いのですが。
私が聴いていたのはブーレーズ盤です。記事の頭に載せたYoutubeの音源もブーレーズ。色彩の豊かさが実に雄弁です。素晴らしい演奏と思います。

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もう少し続きます。
今日は公休。平日なんで、カラオケボックスが安いわけですので、楽器を吹いてずいぶんとストレスを発散しました。
今使っているリードはヴァンドレンV16の2番です。当初は2半でしたが、アンブシェアが落ちたので、2年ほど前に2番に変えたのです。ですが、どうも薄いです。やはり2半に戻ろうか、と思ってます。最近はリードも値上がってるんですかね。。
では、グーテナハト。

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ショルティの《カンタータ・プロファーナ》

さて、今日もバルトーク。昨日聞いた《カンタータ・プロファーナ》をショルティ盤で聴いてみました。
* テノール タマス・ダラクジー
* バリトン アレクサンドル・アガシュ
* ハンガリー放送合唱団
* ブダペスト祝祭管弦楽団
* 指揮者 サー・ゲオルグ・ショルティ
1997年6月にブダペストで録音された、ショルティ最後の録音です。
ブーレーズ盤よりもまとまりがあって、私的には好感度は高いです。音価の拡大解釈によるもたり感などは、ショルティですのでそうそうなく、さらにいうと堅実に作られたものと思います。80歳過ぎた最晩年の演奏で、使い古された言葉で言うと「円熟の」ということになるのでしょう。それぐらい安定した演奏だと思います。
それから、譜面まで確認できていませんが、テノールの高音域で難しい曲だと思います。今まで聞いた3バージョンとも、苦労して歌っているのを感じます。

家に帰ることができたショルティ

感動的な逸話を見つけました。
ショルティは格別の思いをこの《カンタータ・プロファーナ》に持っていたようです。ショルティはハンガリーを離れ海外で活躍した指揮者です。つまり、家を離れて森のなかで生きたわけで、ショルティ・ギエルジィからサー・ゲオルグ・ショルティとなったわけです。《カンタータ・プロファーナ》のなかで人間から鹿へと姿を変わってしまった9人の息子たちと同じ境遇です。
ですが、最晩年に故郷の村を訪れました。つまり、《カンタータ・プロファーナ》の鹿が出来なかった、自分の家への帰還を果たしたということになります。これができるようになったのは、政治体制の変革といった外的要因もあるでしょうし、ショルティの内面の変化などもあったのかもしれません。
鹿が家に帰れなかったのは、角が大きすぎて戸口から入れなかったからです。ですが、ショルティの家は、その大きすぎる角が通れるぐらいに戸口が大きくなった、ということになるのでしょう。
これは、ショルティが最後の録音に際して語った内容です。以下のサイトで紹介されていました。ちょっと感動する話です。
http://www.ne.jp/asahi/mi/mi/hibinokatte-text-99.02.htm
では今日はこの辺りで。日付変わりましたがグーテナハト。

Béla Bartók,Classical

カンタータ・プロファーナを聴く

昨日から聞いているカンタータ・プロファーナ。プロファーナというのは世俗カンタータという意味です。
こんなあらすじの歌詞がついています。

9人兄弟が、森へ狩りに行くが、魔法の橋を渡った途端に鹿に姿を変えられてしまう。息子たちを探しに出かけた父親は、森で出会う鹿を息子たちとは知らずに、弓矢を向ける。だが、鹿は自分たちが鹿に変えられたことを父親に告げる。驚き帰ってきて欲しいと父親は言う。母親も息子たちの分9本のグラスにワインを注いで待っているのだから。だが、息子たちである鹿はこう答える。もはや、角が邪魔をして家に入ることも出来ないし、グラスからワインを飲むことができる姿にはない。ただ、清らかな泉をのむことしかできないのだから。

あらすじは私の超要約です。あしからず。。
いろいろ解釈はあるようです。例えば、これは自然回帰を象徴している、であるとか、逆に、帰るところに帰れない状況を現しているとか。返信の不条理感でいうと、カフカ的でもありますが、むしろ不条理というより前向きさを感じるかもしれません。悪い変化の肯定的受容という意味では「砂の女」的かもしれない。
これも「父・バルトーク」を読んでから感じたことですが、バルトークの一つにテーマが自然回帰なんでしょうね。物質主義的資本主義を嫌悪していて、大量生産品ではなく手作りの家具を愛したり、アルプスの自然を愛したりと、エコロジスト的側面を持っています。また、民謡収集で地方を回った経験なども影響しているのでしょう。
多分、鹿のように自由に自然を謳歌したかったのかなあ、などと思います。決して鹿になったことが悲観的に思われていないように思うのです。悲しんでいるのは両親だけ。それは自分たちの子どもを失ったというある種利己的な理由に過ぎません。息子たちは森のなかで、両親とは違う世界で自立したと捉えられるはずです。広大な森で自由に生きる。ある種のユートピアを自然の中に見ていたのではないか、とも思います。
ですが、バルトークは二重三重に意味を重ねている気がします。きっと複層的に重なっているのでしょう。

フレンチク盤について


今日はいつもお世話になっているNMLでのなかから、こちらを聴きました。ヤノーシュ・フレンチクがブダペスト交響楽団を振った演奏。合唱もオケもいい感じ。かなり引き締まりながら、迫力のある演奏です。合唱がよくまとまっていて、パワーや気迫が迫ってくる感じがします。ブダペスト合唱団という団体によるものです。まあ、母国語で歌えるというのが大きなアドバンテージですよね。それは大きいでしょう。それからなにかしらの思い入れのようなものもあるのでしょう。
指揮者のヤノーシュ・フレンチクは、ハンガリーにとどまり指揮活動をしたハンガリー楽壇の巨匠指揮者のようです。恥ずかしいことに最近まで私は存じませんでした。
テノールのヨージェフ・レーティも高音域のピッチが少し気になりますが、ずいぶんのびのび歌っていていい感じでした。この方は、ハンガリーの方です。やはり歌い方が自然な気が。。48歳という若さでなくなっておられるようです。日本語はもちろん英語のウィキもないので、ドイツ語からなんとなく固有名詞と年代を拾って理解しました。http://de.wikipedia.org/wiki/J%C3%B3zsef_R%C3%A9ti
私は、この曲をながいことブーレーズ盤で聴いていましたが、実際はこのフレンチク盤のほうが好みです。

おわりに

どうも今日は体の調子がおかしいです。昨日、サックス吹いて、オーボエリードをピーピーならしていたから疲れたのかも。まったく。今日は早めに帰宅し、明日の仕事に備えました。
それでは、また明日。グーテナハト。

Béla Bartók,Concerto

短いエントリー。毎日バルトークばかり。困ったもんです。

今日のバルトークの言葉

バルトークは、ヨーロッパにおけるナチスドイツの台頭に聴きを抱き、1940年にアメリカに亡命します。ですが、バルトークは、経済的な問題を抱えてしまったのです。印税はイギリスとアメリカで二重課税され、ほとんどが税務当局に吸い上げられました。白血病にかかり、ピアニストとしての活動も行えませんでした。
第一次世界大戦は金を蓄えることの無意味さを教えてくれた。第二次世界大戦は何も蓄えるべきでないと教えてくれた。つまり、日々生きるのに必要以上に働く価値はないということだ。
せっかく収集した資料が戦争で破壊されたり、貨幣価値が下落したり。二つの大戦はそうした価値の破壊をもたらしたのです。
今日の世界においても同じなのではないか、という澱んだ不安に苛まれました。

今日のバルトークの音楽

今日もヴァイオリン協奏曲。シュテフィ・ゲイエルという女性ヴァイオリニストに献呈されたそうですが、生前はその存在を隠していたようです。ゲイエルの死に際して、パウル・ザッハーに遺贈されたそうで、パウル・ザッハーによって初演されたそうです。
パウル・ザッハーは、バルトークとも親しかった指揮者です。製薬会社令嬢と結婚したことで大金持ちとなり、その資産を活かして音楽家への援助をしました。現在もパウル・ザッハー財団というものが有ります。バルトークもパウル・ザッハーからの委嘱をうけて「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」を作曲しています。
今日は、ショルティ&チョン・キョンファの音源ばかり聴いていました。これはこれで素晴らしいですが、少し硬さがあるかも。

帰宅してからギーレンが南西ドイツ放送交響楽団指揮し、クリスティアン・オステルタークと録音している盤をNMLで見つけました。この音源の叙情性はショルティ盤を上回ります。これは、相当にドライな甘さです。

では、これから楽器練習します。みなさま、グーテナハト。

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「父バルトーク」の映画化

昨日、「父・バルトーク」を映画化するべき、と書きました。

きっと単館系。もしかしたらあえてモノクロ映画に仕立てられたりして。ニューヨークはモノクロなんだが、バルトークの回想に現れるブダペストの風景だけカラーみたいな。《タンゴ・レッスン》とか《オズの魔法使い》あるいは、《バンカー・パレス・ホテル》みたいな。浅はかですいません。でもだれか撮らないかな。

吉松さんがとらえるバルトーク

いや、でも同じこと考えている人はいるはず、と思い、ググってみると、いらっしゃいました。
その方は畏れ多くも。作曲家の吉松隆さんでした。
“http://homepage3.nifty.com/t-yoshimatsu/~data/BOOKS/Thesis/bartok01.html":http://homepage3.nifty.com/t-yoshimatsu/~data/BOOKS/Thesis/bartok01.html
このバルトーク論では、様々な諸相からバルトークを解釈していて、視界が開けた感覚です。
特に、リズムのストラヴィンスキー、無調のシェーンベルク、和声のドビュッシーのいずれもを取り入れていたという解釈は素晴らしくわかりやすかったです。
バルトークのわかりにくさというものは、つかみ所のなく、聴き手をどんどん先回りしているような感覚があります。あ、こういう曲なのか、と掴みかけたところで、ふっと全く違う曲に変貌してしまうというような。
あるいは、この部分、ベルクだなと思うほどの無調の感覚があると思ったら、ラヴェルのような色彩豊かな和声の世界が広がっている。リズミカルなところは、ストラヴィンスキーにそっくりでいながら、リヒャルト・シュトラウスが聞こえてくる、といった感じです。

もう少し突っ込んでみると。

吉松さんのバルトーク論から、以下の箇所が引用してみます。

根底にあるのは祖国ハンガリーの土着の民族音楽なんですけど、それにR=シュトラウスやドビュッシーの近代和声とストラヴィンスキーの原始主義的リズムの味付けが加わり、さらにシェーンベルクの十二音に対抗するかのような知的作曲法がその上にかぶさってる。

 この、まるっきり異質で本来は混じり合いっこない素材3つに固執した挙げ句の個性こそが、バルトークの面白さであり、わけの分からなさなんですよね。

1つめは、民謡の5音音階と西欧の全音音階を組み合わせた新しい旋法と和声の開発。2つめは東欧の民族音楽の舞曲などから導きだされたリズムの素材化。そして3つめはそれらの素材の黄金分割やフィボナッチ数列などによる数学的処理。

なるほど。たしかに。バルトークのつかみ所のなさはこういう全方位的な、あるいは全てを包括する方法論によるのかもしれない、などと思いました。
この延長で吉松さんは、ストラヴィンスキーはロックに、ドビュッシーはジャズに、シェーンベルクは現代音楽や前衛音楽に、と位置づけてます。吉松さんは「独断」といいますが、私は吉松さんに賛成です。
そういう意味ではバルトークは全てを視野に入れていたということですか。これが本当のフュージョンなのかもしれない、などと思います。

おわりに

というわけで、今日も頭のなかはバルトークのことでいっぱいです。
昔、ベルクの弦楽四重奏だけを一週間ずーっと聴いていたことがありました。今は、それぐらい集中して聞いている感じです。そうするといろいろわかってくるはずです。充実してます。
ではみなさまグーテナハト。

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「父・バルトーク」
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以前から紹介しているこちらの本。映画化したほうが良いのではないでしょうか。それぐらい美しい父と子の物語です。
この本では、バルトークの写真が多数紹介されています。私はその写真群に目を奪われてしまいました。そのどれもが笑っていません。その点についてもすこし言及されています。バルトークは愛想よく笑ったりするようなことはなかったそうです。愛想笑いといった不誠実なことはしたくなかったということのようです。ですがそれ意外にも理由があるのではないか、と感じています。
また、愛想のない顔つきでありながら、その眼差しの中になにかしらのシニカルな目線を感じます。世界を斜めから見つめ、本質を見出そうとし、あるいは世界の虚飾を見破り、笑い飛ばしているかのように見えます。
この本の表紙でも、幼い息子を真剣に見つめる姿を見ることができます。これが本気なのかユーモアなのか。
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さてと。明日からはまた社会復帰をしなければ。
それではグーテナハト。

Béla Bartók

先日から読んでいる「父・バルトーク」。

二度目を読みながら色々考えています。
この本に通底するテーマというのは、もしかすると、戦後のアメリカナイズされた物質主義への抵抗の物語なのではないか、と考えました。
私は、当時の歴史を読むにつけて、あらゆる面で、1945年8月で世界が断絶したように思っています。
それは、例えばロマン主義の鬼っ子であるナチスドイツが崩壊し、19世紀的帝国主義に遅れてしまい、富国強兵に失敗した明治政府の終焉した、ということなのでしょう。19世紀的なもの終焉。それ以前と以後では世界が全く違う色に染まったのが1945年であるように思えるのです。
バルトークはもちろんそれ以前の人間です。大量生産品を嫌悪し、手作りの品を慈しむ姿は、ティピカルな19世紀人とも言えますが、それが今の私には実に魅力的に思えます。
バルトークが生涯をかけて失われつつある民謡を収集したのと同じように、19世紀的ロマン主義も失われました。そしてそのバルトークも、戦後すぐ、1945年9月にはその生涯を終えるのです。
もっとも、こうした見方もひとつの可能性に過ぎません。もう少し考える必要がありますけれど。
それからもう一つ。私がまだできていないのは、バルトークの音楽からまだ「物語」を読み取るということなのです。それにはもう少し時間がかかるような気がします。
というわけで、今日も《カンタータ・プロファーナ》と《かかし王子》を聴きました。ブーレーズ版ですよ。
ちなみに、オーボエリードケースを買いました。次はマンドレルを買うか?
明日も午後出張。ではグーテナハト。

Béla Bartók,Classical

けだるい一日。ですが、タスクはほぼ完了。
今日も「父・バルトーク 〜息子による大作曲家の思い出」を読み続け、別資料として「バルトーク物語」もすこしつまみ読みをしました。
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バルトークは二度結婚をしています。二回目の結婚は弟子のパーストリ・ディータと結婚します。ディターは大変に才能のあるピアニストで、バルトークとともに舞台に上がったりしていた模様。ディターとの間に生まれたのが「父バルトーク」の著者であるペーテル・バルトーク氏なのです。この二度の結婚の顛末がどうなったのか知りたいのです。「バルトーク物語 」においては、前妻が身を引いたことになっているんですが、実際はどうだったのか。バルトークの生真面目な性格に何が起きてしまったのか。
というわけで、今日はピアノ協奏曲三曲を2回ずつ聴きました。
私が好きなのは第二番です。特に第三楽章。
今日聞いたのは、ブーレーズがベルリン・フィルと演奏しているもの。ピアノはレイフ・オヴェ・アンスネス。後述のシフ盤を知らない時はこれがベスト。

探していると、バルトークがアンセルメと一緒に演奏している音源を見つけました。音質はかなり劣悪で寿司、SP盤をつなげているようで、音が途中で切れます。しかし、ダイナミックで激しくテクニカルな演奏には脱帽です。バルトークのピアノ演奏技術は相当で、学生時代には誰も弾けなかったリスト編曲の《タンホイザー序曲》を、彼だけが弾けたらしいですから。

こちらもかなりいい。第三楽章の破壊的パワーはブーレーズ盤をはるかに上回ります。全員ハンガリー人の演奏家だから? あまり関係ないと思うけれど、なにかしらの共鳴があるのかな、などと思います。今のところワタシ的にはベストかも。

明日もバルトークな一日になりそう。
ちなみに、沿線私鉄が遅れまくってました。理由は「多客」だそうですよ。乗客が多すぎて電車が遅れたり運休になったり。なんともかんともご苦労さまです。
ではグーテナハト。

Béla Bartók,Book


これは、あまりにも美しすぎる。美しすぎる小説なのかもしれない。
そう思います。
今年の8月に出版されたバルトークのご子息ペーテル氏による「父・バルトーク 息子による大作曲家の思い出」です。
今日から本格的に読み始めましたが、素晴らしすぎて時を忘れました。まだ初めの4章ほどを読んだだけですが、戦前から徐々に顕になっていく物質主義の足音への抵抗や、一生の仕事に必死に向き合う真摯な姿など、我々が日常の社会生活の中で忘れなければならないことを思い出し少々落ち込みました。
そして、私にとっては価値のあるバルトークの考えがこちら。

ラジオやレコードプレーヤーがあると人は自分で演奏しようとする意欲を失い、たとえ未熟でも自分で演奏することで得られる満足感が得られなくなる

なるほど。来週はサックスを持って沿線にジャムセッションに行こうと思います。
明日も読む予定。この本についてもしばらくたってからまとめて発表の予定です。
ではグーテナハト。

2013/2014シーズン,NNTT:新国立劇場,Opera,Wolfgang Amadeus Mozart

前回に続き10月26日《フィガロの結婚》のことを。
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シルマーの素晴らしさと、九嶋さん、マンディ・フレドリヒの素晴らしさは前申し上げたとおり。でも思いこすほどのにマンディ・フレドリヒの熟成感は凄いと思う。昨年デビューとは思えないです。今後恐ろしいことになりそうな予感。
さて、今日はまずは男声陣から。
フィガロを歌ったマルコ・ヴィンコ。大柄な体格を活かした演技は素晴らしく、この雰囲気はやっぱりあちらの方は素晴らしい、と思います。そして歌も素晴らしい。たしかにすこし豊かさに書けるかもしれないけれど、全くはずさない巧さがありました。
アルマヴィーヴァ伯爵を歌ったのはレヴェンテ・モルナールでした。歌詞を文脈の中で捉えてきちんと咀嚼し表情をつけていて、今回のパフォーマンスの雰囲気作りの中心を担っていたと思います。歌も最高。声もバッチリ豊かな感じです。この方が今回のパフォーマンスを引っ張っていたのだろうな、と思います。
ケルビーノのレナ・ベルキナ。前半はすこしセーブ気味だったですが、後半にむけてどんどんカッコよくなっていきました。いや、ホントうまい。
素晴らしかったのはバルトロの松位さんです。松位さんは最近何度も新国立劇場に登場しています。《魔笛》、《オテロ》、《さまよえるオランダ人》などなど。いつも思うのですが、この深みのある声はどこから出てくるのだろう、と思います。ヨーロッパで鍛えられた声なのでしょうか。どっしりと落ち着いた演技でした。
関係ないんですが、フィガロの出生の秘密が明かされたところで、カツラを取りましたが、スキンヘッドになっていました。そしたら、なぜか故市川團十郎に似ておられることに気づいてしまいました。
それから、マルチェッリーナの竹本さん。竹本さんのようなメゾ・ソプラノがいらっしゃると舞台が引き締まります。竹本さんは、たしか《アラヴェラ》に出ておられたはず。
新国の《フィガロの結婚》では、バルバリーナを歌うのは素晴らしい人であることが多い気がします。今回は吉原圭子さん。巧いですよ。深みのあるソプラノです。
本当に楽しく素晴らしい演奏でした。最後は、シルマーがタクトを下ろす前から拍手が始まりましたからね。普通はタクトを落とすまで拍手するのはご法度なんですが、この素晴らしさと楽しさなので、全然納得です。私もつられて拍手しました。
でも、意外なことにカーテンコールは一回だけ。みんなそそくさと席を立っていきました。こんなに素晴らしかったのになぜ?
帰ってカミさんと話しをしたのですが、多分地震のせいではないか、と。土曜日の未明に東北で少し大きめの地震がありました。東京でも震度3を記録しています。年配の方々にとっては、地震で帰宅できなくなるのではないか、というのが結構ストレスになっているらしいと聴いたことがあります。私の母もやっぱりそうで、二年前の地震以降はなかなか都心に出るのが億劫になったと言っていましたし。
私はずーっと拍手していたかったんですが、まあ仕方がないです。
ともかく、今回の公演では、ウルフ・シルマーの素晴らしさを再認識しました。そして、新国立劇場のレベルの高さも。プレミエが2003年ですから、ちょうど10年前でしょうか。あのころに比べてどんどん素晴らしくなっていきます。
次の演目は《ホフマン物語》です。たしかこれもプレミエは2003年だったはず。カーテンコールにフィリップ・アルローが登場して場内がどよめいたのを記憶しています。次も変わらずたのしみ。
では、こんどこそ本当にグーテナハト。