Opera,Richard Wagner

行って参りました。新国立劇場「神々のたそがれ(神々の黄昏)」。
14時スタートで、終わったのが20時15分頃。そのあとバックステージツアーで、新国を出たのが22時頃。都合8時間半以上は新国にいました。
詳細は明日。書きたいことが山ほどあります。
あ、カーテンコールが凄かったです。エッティンガーには、ブーイングとブラボーの両方が盛大にかかった。あと、わたくし、初めて、「ブラヴォー」と「ブラーヴァ」と叫んでみました。テオリン様には絶対声かけたかったので。
あと、残念なニュースは、N響アワーでは、ロットのカプリッチョは一瞬取り上げられただけでした。残念至極。
ではまた明日。

Opera,Richard Wagner

いよいよ今日は「神々の黄昏」です。14時から20時過ぎまで6時間、初台にこもって堪能してきます。イレーネ・テオリンが一番楽しみ。もちろんクリスティアン・フランツもですけれど。
写真は昨年のバイロイトでのテオリン様。私の中では、いまのところ最高のワーグナーソプラノ。そしてお美しい!

私はあえて、トウキョウリングの演出についての記事は読まないようにしています。先入観があるといけませんので。また、あの、キース・ウォーナーのキッチュでアグレッシブな演出に触れることができるなんて楽しみ。
で、リングをこうやって聴いてくると、4作品のうちでどれが一番好きか、みたいなことを考えてしまうのですが、どうでしょうかね。
まず、少なくともいえるのは、「ラインの黄金」はちょっと苦手かも。なぜ苦手なのか? それは女声の活躍が少ないから、でしょうかね。少し前から分かっていたことですが、私はどうにもソプラノ大好き人間らしい。「ラインの黄金」の主人公はバリトンのヴォータンです。女声の登場は、フライア、フリッカ、エルダという脇役たちだけです。なので、ちょっと泣けない。[1]
で、先月までは「ジークフリート」も苦手だったんです。だって、第三幕まで女声の登場はほとんどないですもの。かろうじて鳥の声が登場するだけ。でも、これも申し訳ないですが脇役ですし、ワーグナー自体、鳥の声はボーイソプラノにする予定だったと言いますしね。まあ、エルダの登場もドラマティックなものとはいえません。
ところが、やっぱり第三幕最後のブリュンヒルデの登場は予想以上のものでした。オセロゲームで一気に黒が白にひっくり返るみたいな感じです。もちろんDVDではみたことがあったんですけれど、実演に触れると想定外の感動でした。イレーネ・テオリン様の強力なソプラノにしてやられた、ということもあるのでしょうけれど。なので、「ジークフリート」も私の中で昇格。
「ワルキューレ」は、かなり好きなほうです。理由はジークムントとジークリンデの悲恋があまりに切ないので。音楽面で言っても。ジークリンデが一大決心するところとか、ジークムントの切々と語るところとか、大好き。カラヤン盤のジークリンデはヤノヴィッツなんですが、あそこ、白眉だよなあ。
「神々の黄昏」は、ストーリーとしてはきわめて不条理なんですが、合唱の導入があって厚みを増しているのと、ブリュンヒルデの強烈な歌唱があるので、大好き。ハーゲンの不気味なライトモティーフが縦横無尽に入り乱れて、ハーゲンの悪の意志がすべてを狂わせていくのがよく分かる。まあ、ストーリー的にはジークフリートがあまりにふがいない[2]ので、ちょっと興ざめみたいなところはある。
ただ、私、今すごく不安です。イレーネ・テオリンはバイロイトでも歌うベテラン実力派ソプラノですが、やっぱりライヴは怖いですよ。何があるか分からないですので。私はお恥ずかしながら)オペラにどうやら66回は通った勘定になりますし、それ以外のコンサートも数知れず、ですのですが、事故を何回か目の当たりにしています。ライヴに完璧はないとは分かっているので、テオリン様といえども、なんだか不安を感じてしまうのです。でも、きっと、そうした不安は杞憂に終わるのが常なんですけれどね。
今日は14時からおそらくは20時過ぎまで新国にこもります。「ジークフリート」の時は携帯を忘れましたのでTwitterできませんでしたが、今日はちゃんと持って行きます。幕間でTwitterしますので、よければウォッチしてみてください。
“http://twitter.com/Shushi":http://twitter.com/Shushi
fn1. すでに、「泣かないと元とったと思えない」と信じ切っている証左です(笑)。
fn2. ジークフリートって、本当に無邪気な英雄。もう少し頭の切れる人だとよかったんだけど、それじゃあ、ストーリーは成立しませんね。っつうか、「ニーベルングの歌」やら、ワーグナーが下敷きにした伝説の中でジークフリートの位置づけを考えてみないとなあ。

Opera,Richard Strauss

いやあ、昨日もだめなわたくし。
通勤バスで「ばらの騎士」最終部三重唱を、ハイティンク盤 + クライバー@バイエルン + クライバー@ウィーンでなき濡れ。昼休み、急に「月光の音楽」が頭に浮かんだだけでうるうるしちゃって、シルマー&フレミング映像で激しく落涙。うーん、なんでこんなに感動するんだろう。訳がわかりません。
でも、昨日は、久々に仕事が楽しかった。若い人とテレビ会議で議論したんだけど、いろいろ意見したら(まあ放談とも言えますが)、最後に「勉強になりました。ありがとうございました」って言われた。ちょっと嬉しかった。いろいろあるけど、まあこういう良いこともあるんだなあ。
さて、「カプリッチョ」の最終部分で、リフレインされる以下の歌詞がとても気に入っています。もともとは、第三場近辺で伯爵と伯爵夫人が踊りながら歌う場面で出てくる歌詞なんですが、結構重要です。

*Heiter entscheiden – sorglos besitzen. Glück des Augenbliks – Weisheit des Lebens!*

NHKの放送では「明るく決心し、心配なく保つ。幸福の瞬間こそ人生の知恵」と訳されています。もちろん、字幕ですので限られた字数の中で表現するのはきわめて難しいです。私は、ちと以下のように意訳してみました。

なにごとも陽気に明るく、心配事なんて忘れて、生きていこう。ひと時ひと時の幸福を味わうことこそが、生きていく上で大切なんだから

まさに、この映像見ている瞬間の幸福とか、「ばらの騎士」を聴いて泣き濡れている瞬間があるからこそ頑張れるんだろうなあ。これ、辻邦生師の言う「戦闘的オプティミズム」と通じるところがある。自虐や自嘲に甘えちゃいかんのですよ。
リブレットでは、最終幕でこの台詞を歌った伯爵夫人が直後に Ach! Wie einfach! (なんて単純なことかしら!)と少しシニカルに歌うんです。これ、伯爵が女優のクレロンとひと時の恋を楽しんでいるのを皮肉っているんですよね。でも、単純なことほど難しいはず。その後、伯爵夫人は、フラマンとオリヴィエの間で逡巡を続けるわけですので。
しかし、このシルマー&フレミングの映像、すごいなあ。昨日触れた「メタ」構造の件ですが、一番最後でもう一回ひっくり返るんですよ。ここはあえて詳しくは書きません。見てみてください。すごく不思議な気分になります。それから、すごい歓声。最後は手拍子に変わって鳴り止まない。この映像、iPod に入れて本当に良かったです。
youtubeにフレミングのカプリッチョがあったので、載せます。私、今、泣いてます。


DVDからiPodへの画像の入れ方はこちらからの二つのリンクが参考になります。
“http://www.ideaxidea.com/archives/2008/07/handbrakedvd_catalist_freedvdi.html":http://www.ideaxidea.com/archives/2008/07/handbrakedvd_catalist_freedvdi.html
“http://www.tools4movies.com/":http://www.tools4movies.com/
えーっと、フリー版で十分大丈夫です。それから、私の環境だと、なぜか普通に終了できず、いつもタスクマネージャで強制終了させてます。。

Opera,Richard Strauss

映像は単純にオペラ公演を録画したものではありません。いろいろ趣向の凝らされた編集で、実に楽しいのです。録音舞台はおそらくはガルニエ宮ですかね? でもこの大きさはバスティーユかも? 

私はバスティーユオペラには行ったことがあるけれど、ガルニエ宮のほうは、入口近くの売店でオペラグラスを買っただけで、中には入っていない。ああ、2002年にパリに行ったとき、無理してでも「チェネレントラ」を見ておくんだった。ガルニエ宮は「失われた時を求めて」にも登場しますし。あー、パリ行きてー。プルースト読まないと。。。
で、この演出、すごくて、オペラにメタ・オペラがかぶるんですよ。この作品の意味的白眉は、伯爵が、「俺たちのオペラ談義自体をオペラにしちまおうぜ」という最終部にあるんです。それはオリジナルのリブレットにある内容です。
昔、哲学科に入学したとき、新入生合宿みたいなものがあって、6人ぐらいのグループに別れて、それぞれ寸劇をやらないといけない、という決まりになっていました。僕たちのグループについて頂いたのは、ギリシャ哲学を専門にしておられた凄くやり手の教授と、3年生の先輩のお二人でした。それで、どんな寸劇をやるか、アーダコーダとうなっていたんですが、教授がこうおっしゃったんですよ。
「そうだ、この寸劇を考えている場面自体を劇にしちゃおう!」
って。
先輩は「すごい! メタをかけるんですね!」っておっしゃった。メタ、って形而上学というか方法論というか、一個上というか、まあそんな感じ。メタフィジークは形而上学ですので。それで、僕らは、「どんな寸劇をやろうか」とみんなでアイディアを出し合って、最後に助教授が「そうだ、このプロセスを劇にしよう!」という台詞で終わる劇を作り終えたのでした。あんまり受けなかったけど……。
「カプリッチョ」での伯爵のアイディアは、あの教授のアイディアと一緒。これって、ギリシア悲劇的なのかしら。シュトラウスはギリシャ悲劇に造詣が深くて、どうやらそれはギムナジウムの頃からのことだったそうですし、「ナクソス島のアリアドネ」とか、「ダフネ」、「ダナエの愛」なんていうギリシア神話に基づいたオペラを書いていたりしますし。もちろん、この「カプリッチョ」にもギリシア神話のエピソードがちりばめられています。
で、話を戻すと、普通の演出だと、そのまま最終部に突入するんですが、この演出だと、プロンプターのトープ氏(モグラという意味です)がプロンプターボックスから現れるところから、なんだか様子がおかしくなる。あれ、僕たちの観ているオペラって、オペラの中のオペラなの? みたいな。これって「ナクソス島のアリアドネ」とも似ている。
それで、月光の音楽から最終部に至るまでは、伯爵夫人と執事だけが、舞台に登場する。もちろん伯爵夫人はフレミング。でもですね、その舞台を伯爵夫人フレミングがバルコニー席から見ているんですよ。フ伯爵、フラマンもオリヴィエもラ・ローシュも、バルコニー席からオペラグラスで舞台上の伯爵夫人マドレーヌを見ている格好なんです。合成映像なんですよ。


これで、月光の音楽以降が、オペラ内オペラとしてハンドリングされるという仕掛けです。
以下の写真がその場面。舞台上には伯爵夫人を演じるフレミング。そして、右上のバルコニーにいるのも伯爵夫人のフレミング。秀逸だ。

これを初めて見たとき、本当にやられた! と思いました。ロバート・カーセンの演出は素晴らしい。

Opera,Richard Strauss

さて、今朝の通勤電車は、シルマー&フレミングの「カプリッチョ」の映像をば。うーむ、また泣いてしまった。で、何でこんなに感動するのか、いろいろ考えてみました。
その秘密はのひとつとしては、おそらくはこの激しい転調にあるのではないか、と。「月光の音楽」の後半部分のところ、弦楽器のフレーズが(おそらく)短三度でどんどん転調上昇していくんですが、ある瞬間でその転調が止まり、そこで、もどかしさを覚え、最後に一挙に開放されたように、さらに和声解決するんです。この開放感に絶えられない。こらえていたものが一気に開放されて、涙腺が緩むという寸法、でしょうか。ちょっと考えないと。ほかにも謎や仕掛けがたくさん隠されているはずなんだが。いい加減ユーロがあがらんうちにスコア買わないと。
昼休みはベーム盤「カプリッチョ」で、ヤノヴィッツの伯爵夫人を楽しみました。この録音も本当にすごいよなあ。先日も書きましたが、ミュンヘンのゾフィーエンザールというところでの録音でして、ハイティンクの「リング」録音と同じ場所です。オケはバイエルン放送管弦楽団。これもハイティンクの「リング」と同じ。ヤノヴィッツ、あまりに清らかで罪のない声で、天使様です。
ではちょっとフレミングDVDの映像をすこしばかり。詳しくは後日。


この方、どなたかわかりますか?

明日は、ドレスデン奇想変奏の第二回の予定です。

Dresden2006,Opera,Richard Strauss

昨日も今日も実に良い天気です。近所の早咲きの桜は、もう満開に近い状態です。あと二週間で4月ですね。近所の学校は今日が卒業式でして、スーツやら袴を着込んだ学生達が街に溢れています。

今日からはしばらく「カプリッチョ」とドレスデンのことを書いていこうと思います。というのも、昨日のフレミングのアルバムの「カプリッチョ」に触発されて、NHK-BSで録画したフレミングの「カプリッチョ」映像をiPodに取り込んだから。今日一日で書き終わる予定でしたが、あまりにもむくむくといろんなものがわき上がってきて止めどがないのです。このオペラ、凄く思い出深いのですよ。

っていうか、来週は新国で「神々のたそがれ」なんで、そっちも考えないといけないんですけど。まあ、とりあえず続けましょう。

「カプリッチョ」を初めて聴いたのは、2006年だったと思います。それまで知らなかったのはお恥ずかしい限り。サヴァリッシュ盤をタワレコ新宿店で買いました。伯爵夫人マドレーヌはシュヴァルツコップ。若き日のフィッシャー=ディースカウやニコライ・ゲッダ、ハンス・ホッター、クリスタ・ルートヴィヒも参加しているEMIの歴史的名演です。ただし、モノラル録音ですけれど。

この曲、最初はよく分からなかった。今なら大泣きしてしまう「月光の音楽」だって、まだよく理解できず、ただただホルンの美しい旋律に心が反応しただけ。

それで、ネットで「シュトラウス&カプリッチョ」と検索してみると、旅行会社のウェブページにたどり着きました。なんでも、ドレスデンでの上演を見るツアーがあるとのこと。なんとまあ。それで、突然ドレスデンに行こうと思い立ちました。

奥さんはたまっていたマイルで行くことにしていたのですが、僕の仕事とあいているフライトの日程が合わなかった。それで、一日早く奥さんだけドレスデン入りしたんですね。

僕は翌日のルフトハンザでミュンヘン経由でドレスデンに向かいました。隣に座った方は僕より少し若い男性で、ドイツ語が堪能な方。コットブスに行くんだ、とおっしゃっていました。ミュンヘンまではエアバスA340にて。長さ的にはA340-300型と思われます。


ミュンヘンでの待ち時間は2時間ほど。で、空港のバーで(医者に禁止されてたけれど)ビール飲んで本を読んでいたんですが、なかなか時間にならない。

いつ見ても18時10分。ちなみにボーディングは18時55分。まだまだ時間あるや、と思っていたんですが、ふと気付いたら、時計が止まっていたんです。。。祖父の形見のロードマーヴェルだったんですが、ねじを巻き忘れていたんですね.

慌てて、Palmの時計を見ると18時55分。危なかった。それで、真っ暗なエプロンに降りて、ドレスデンと書かれたバスに乗せられオープンエプロンへ。4発のイギリス製コミュータージェットのBAe146アヴロRJに乗り込みました。

機体は、ミュンヘンからほとんど変針せずにドレスデンへ一直線へ飛んだのだと思います。おそらくはチェコ領空を通過したはず。シェンゲン条約というか、EU加盟国だからなのか。ジェットルートを調べてみると、やっぱりチェコ領内をかすっているみたい。

(なんで、こんな画像、僕が持ってるんですかねえ。秘密です)

まあ国内線とはいえ国境は関係ないんだなあ、と思った次第。

で、ドレスデンに到着。

なんだか、ドレスデン旅行記になってきました。それはそれでいいか。

それではまた明日。

カプリッチョについては、こちらも。
“https://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php":https://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php

Opera,Richard Strauss

わたしは、もうだめっすよ。
今週は「ばらの騎士」聴いて泣きっぱなし。何でこんなことになっちゃったんでしょう。西田敏行化計画は完全に成功しています。
奥さん曰く、「疲れてるんじゃない」。
まあ、この数ヶ月、仕事でいろいろあったし、決算&人事異動を控えて、これからが佳境なのでもいろいろありそうだし。
ともかく、昨日引用した自分のこの記事読みながら、フレミング&ボニー&グラハムの三重唱聴いていたら、あのときのことを思い出して、滂沱。
今朝も、今も。
いかんいかん。
というわけで、写真また載せちゃいます。これは、新国の2010/2011シーズンの案内パンフの表紙です。ここにもニールント様とツィトコーワ様の麗しきお姿が(宣伝しているわけではありませんけれど)。

さて、フレミングの「シュトラウス・ヒロイン」というアルバムには、「ばらの騎士」、「アラベラ」、「カプリッチョ」のそれぞれの主役ソプラノの聴かせどころが収録されています。
1. 「ばらの騎士」第一幕最終部分。
2. 「ばらの騎士」第三幕最終部分
3. 「アラベラ」最終部分
4. 「カプリッチョ」「月光の音楽」以降「ソネット」含め最終部まで
「ばらの騎士」では、フレミングは当然マルシャリンを歌いますが、オクタヴィアンはスーザン・グラハム、ゾフィーはなんとバーバラ・ボニー。指揮はエッシェンバッハで、オケはウィーンフィル、録音場所はウィーン楽友協会大ホールにて1998年収録。いやー、すばらしい。
エッシェンバッハのタクトはかなりたっぷりと歌わせる感じで、比較的遅いテンポ。しかし、こういう歌手名義のアルバムだと、テンポ取りなんかのイニシアティブは誰がとるんだろう? エッシェンバッハなのかフレミングなのか。
フレミングの声は、すごく柔らかく優しさに溢れていて、母性愛を感じます。フェリシティ・ロットがある種貴族的上品さを持っているのに比べて、もうすこし僕らの目線まで降りてきてくれている感じです(ロットがお高くとまっている、ということを言いたいわけでは絶対にないのです。ロットも大好きですよ。でないと映像観ても泣かないですよ)。
フレミングは、ワーグナー歌い的ではないですし、シュトラウスオペラにあっても、エレクトラやサロメは似合わないです。プッチーニオペラでも似合う役があるだろうか?? アマゾンをザッピングしてみても、やっぱり、ヴァーグナーは録音していないみたい。Wikiには、ムゼッタを歌ったことがあると書いてあるけれど、ムゼッタ的じゃないよなあ。もっと大人な女性の役が似合います。
それにしても、このアルバムは僕にとっては本当に理想的です。「ばらの騎士」と「カプリッチョ」を一挙に楽しめるのですから。
ばらの騎士のあらすじも書きたいなあ。。

Opera,Richard Strauss


ばらの騎士。最近、私がずっと泣いているオペラ。
これまで聞いた実演をまとめてみると…。ちょっとお恥ずかしいのですが。
1. 2003年7月20日:二期会 @東京文化会館
2. 2007年6月9日:新国立劇場@オペラパレス
3. 2007年7月2日:チューリヒ歌劇場@オーチャードホール
4. 2007年11月23日:ドレスデン国立歌劇場@NHKホール
5. 2009年1月25日:ペーター・シュナイダー&東京フィル@オーチャードホール(ばらの騎士組曲)
6. 2010年1月3日:ニューイヤーオペラコンサート@NHKホール(最終部三重唱のみ)
7. 2010年1月10日:尾高忠明&N響@NHKホール(ばらの騎士組曲)
「ばらの騎士組曲」や最終幕三重唱のみも含んでますが、どれも私にとっては重要なのであえて。
一番感激したのは、2007年6月9日の新国立劇場公演です。あれを超える体験をこれからできるかどうかわからない。ないかもしれない。ポイントは4点。
1. ペーター・シュナイダーの絶妙なタクト
2. カミッラ・ニールントの歌唱、演技、容姿
3. エレナ・ツィトコーワの深く濃い声と、ボーイッシュで精悍なオクタヴィアンの演技
4. ジョナサン・ミラーのフェルメールのようなオランダ絵画的淡い色調にまとめられた舞台と演出。
トップの写真は、マルシャリンのカミラ・ニールントと、オクタヴィアンのエレナ・ツィトコーワ。お二人ともすばらしかった。
当時の記事を読み直してみると、
https://museum.projectmnh.com/2007/06/09221553.php
相当感動してます。いま思い出しただけで涙が流れてきた。BGMはフレミングですけど。フレミングについてはまた明日。

Opera,Richard Strauss

このところ食事しながら音楽番組を見る感じになっています。昨夜見たのは、クライバーの振るあの「ばらの騎士」です。ウィーンで振ったほうですね。もうおなじみ。何度取り上げたことか。
* 指揮=カルロス・クライバー
* 管弦楽=ウィーン国立歌劇場管弦楽団
* マルシャリン=フェリシティ・ロット
* オクタヴィアン=アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
* ゾフィー=バーバラ・ボニー
* オックス=クルト・モル
ばらの騎士で私が好きな場面を上げてみると
# 第一幕:序奏部からオクタヴィアンが朗々と歌い上げる場面まで
# 第一幕:マルシャリンが嘆きを見せる最後の場面
# 第二幕:ばらの献呈
# 第二幕:献呈後からオックス登場までの、オクタヴィアンとゾフィーのダイアローグ
# 第二幕:オックスのワルツ
# 第三幕:最終幕の三重唱以降
いまのところはこんな感じでしょうか。もちろん、ここ以外もすばらしいんですがね。
ともかく、「ばらの騎士」は、僕にとっては、何度も観たり聴いたりした大切なオペラです。
今回演奏をつまみ食いして見聞きして発見したこと。なんども思っていることですけれど。
カルロス・クライバーの指揮姿って、すごく格好が良い。もちろんオケを牽引する力は並大抵のものではない。この、豪華絢爛であまりに難易度の高い楽曲を手中に収め、美的価値が極限まで高める力は真の芸術家だなあ、と。洒脱で名状しがたい酩酊感をともなう国宝級の演奏です。
それから、バーバラ・ボニーのすばらしさといったら! 私は何人かゾフィーを聴きましたが、この方ほどのゾフィーはそうそういらっしゃらないのではないでしょうか。そうですね、清らかな若々しい声は、高音域まで豊かな倍音を含んでいて、ばらの献呈の場面の最高音域にあっても音の勢いが減衰することなく高いレベルで持続しています。
それでは、感動的な場面をいくつか。
まずはばらの献呈の場面。シュトラウスの数ある美的極地のひとつに数えても良いでしょう。オッターもボニーもすごい集中力と緊張感で、本当にすばらしい。

続いて、最後の三重唱。ロット、オッター、ボニーの歌唱と演技には脱帽。ここで私は泣いたわけです。

それで、昼休みに「ばらの献呈」からオックス登場と、最終幕の三重唱以降までをiPodで観ていたんですよ。で、また、涙出てしまった。会社なのに、お恥ずかしい。職場みたいなある種戦場にあって、なんだか、現実と夢の境を超えて、その落差におののいたのかもしれない。
というわけで、また西田敏行状態。2009年末の紅白でも絢香の歌を聴いて泣いてましたよね。奥さんは、西田敏行が泣きキャラだということ知らなくて、感動していたらしいのですが、あとで西田の泣きキャラ具合を聴いてすこし興ざめだったみたいです。最近、男、特に中年男が泣くのがはやってます?? 徳光和夫も、「ボエーム」を観て泣いてたしなあ。

Opera,Richard Strauss

今朝も朝から大忙しです。なんだか最近4時ごろに目が覚めちゃう。寝るのは23時前なんですけれどね。もう少し眠らないと体に悪いとわかっているんですが、なんだか起きちゃう。悪夢を見るわけでもないのですが。いや、悪夢ではない現実的な夢だからこそ悪夢より悪夢的で、きっとそこから逃避しようとして起きているに違いない。最近、そう思うようになりました。

さて、年末に注文していたホルスト・シュタインが振るシュトラウスの「カプリッチョ」をiPodに入れましたので、大好きな最終場面をまずは聞いてみましょう。伯爵夫人マドレーヌはアンナ・トモワ=シントウ。カラヤンに多く起用された大歌手でして、私もカラヤン盤「ばらの騎士」や、カラヤン盤「4つの最後の歌」でお世話になりました。

この方の声の特徴としては丸みを帯びた豊かな声なのですが、少々ビブラートが強い感じです。昨年イレーネ・テオリンのビブラートに共鳴して以来、ビブラートへのアレルギーは徐々に薄れていきました。今回聞いたところでは、以前よりもあまり違和感を感じずにすみました。

むしろ、シントウの歌い方は、実に感情的です。ルネ・フレミングの伯爵夫人はすこし気取った、気高い感じでしたし、ヤノヴィッツの伯爵夫人は清らかな感じでしたが、ここでのトモワ=シントウの伯爵夫人は実に情感たっぷりに歌っている。まだ、詩をとるか(つまりオリヴィエ)、音楽をとるか(フラマン)、本当に決め迷っているというふうに聴いて取れます。

そして、最後のソネット。今日もまた泣いちゃおう。なんでこんな曲を書いたんだろう。昨日友人の日記にもコメントしましたが、もう、ほとんど西田敏行的な泣き上戸になってしまっている。っつうか、実演で涙が流せなかったら、元取れてない、と思っちゃうぐらい。

昔から、コンサートの最初で弦楽器がなるたびに背筋がゾクゾクしていたんですが、まだ泣くにはいたらなかった。最初に大泣きしたのは、新国立劇場の2003年の「ラ・ボエームで、有名な「私はミミ」の前にあるロドルフォのアリアのところ。あそこ、本当に泣きました。あれが、初めて。アルフレード・ポルティーヤのテノールでした。

今回のシントウの伯爵夫人もうっとり。伯爵夫人マドレーヌが、詩人オリヴィエからの求婚を受け入れるのか、作曲家フラマンからの求婚を受け入れるのか、本当に迷っていて、どうしようかどうしようか、という切迫感を感じさせます。かなり感情のこもった熱唱です。

シュタインの指揮もたっぷりとための入った豪華なもの。完全に掌握して放さず、それでいて失速しない、という、私がいつも書いている指揮者への賛辞が当てはまります。

来年のMETでは、「カプリッチョ」があるようです。伯爵夫人はフレミング。2011年4月ですが。これは絶対に落としてはなりません。