ローマ紀行2008 その24 バスからバスへ

ローマのバスにも大分と慣れてきた感覚。微細な地図をクリアフォルダに入れて、路線を追うことができるようになってきて、なんだかうれしい。ローマのバスを乗りこなすのはとても大変だと聞いていただけに。

というわけで、リエンツォ通りでのおみやげものの物色を終えると、いちどリソルジメント広場に戻って、81番のバスでポポロ広場に戻る。サンタ・マリア・デル・ポポロ教会でベルニーニの彫像を見ようと思ったのだが、あいにく工事中でシートに覆われている。残念。

気を取り直して、同じ81番のバスにのってコロッセオに行ってみようということに。道端のガソリンスタンドの並びの停留所から81番バスに乗り込む。というか、ローマのガソリンスタンドって本当にこじんまりしている。

81番バスはコルソ通りからヴェネツィア広場へいたり、マルチェロ劇場通りを南下、マッシモ競技場通りを東進し、サン・グレゴリオ通りを北上してコロッセオへ到着。

あいにく空は雲に覆われていて、少しくらい雰囲気。雨も降ったのだから無理もない感じ。 残念ながらコロッセオの入場時刻はとうに過ぎていて中には入れず。やむなく81番バスに再び乗り込みヴェネツィア広場へ。84番バスに乗り換えてナツィオナーレどおりを北東へ向かい共和国広場で下車。

ここで、またみやげ物を物色しようとローマ三越へ入るのですが、なんだかいろいろ複雑な心境とともに店を退散。

あとは歩いてテルミニ駅まで戻り、いつものスーパーマーケットでピザを買い込み部屋に戻る。今日のピザは、酢漬けのミニキャベツで、ちょっとチャレンジ精神を発揮しすぎた感じ。

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ローマ紀行2008 その23 エスプレッソ

ポポロ広場から地下鉄フラミニオ駅に向かい、二つ先のオッタヴィアーノ駅にて下車。リソルジメント広場からリエンツォ通りへ向かい、頼まれたお土産を物色して回る。

旅も中盤に差し掛かり、大分と疲れている感じだったのだが、なんとかついていく。カストローニという食料品店がガイドブックに載っていて、いいお土産はないかと店内に入る。

うずたかく積み上げられた世界中の食材がたくさん。もちろん醤油だって売っているのだ。 店内にはカウンターがあって、エスプレッソを飲むことが出来る。バールっていうやつ。ひとしきり考えて、どれエスプレッソでも飲んでみようか、ということでカウンタに向かうのだが、店員がレジのほうを指差す。どうやら、レジで会計をして、レシートをカウンターに持ってこなくてはいけないらしい。ということで、0.8ユーロ弱の値段のエスプレッソを飲んでみる。

マジですか!

疲れたからだの隅々にまで神経が行き渡って、とたんに元気になった。四肢に力がみなぎり、体がしゃっきりして目が覚める。エスプレッソはすごい効果だ。日本ではドリップコーヒーしか飲んでいなかったけれど、エスプレッソの効き目がこんなにあるとは思いもよらなかった次第。某大臣も記者会見前にエスプレッソを飲んでいればよかったのに。 というわけで、旅の後半は疲れたと見るや、バールを探し出してエスプレッソをいただくのが癖になりました。

日本に帰ってきてエスプレッソを飲もうにも、結構高いなあという印象。イタリア的には、おそらく100円以下の値段で供されている印象だからなあ。日本にもぜひエスプレッソ文化を! 会社もエスプレッソのベンダーマシンを購入して各部署に設置するべき。きっと生産性高まります。

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ローマ紀行2008 その22 トレヴィの泉もお休み

71番バスに乗って、マッジョーレ教会からトレヴィの泉へ向かうのだが、ついたとたんに意気消沈。なんと泉からは水が抜き取られていて作業員が清掃をしているではないか……。集まった観光客もため息を漏らしながら次々と去っていく。きわめて残念。近くの有名ジェラートショップも昼前にならないとあかないというし……。

というわけで、早々に退散してスペイン階段へ向かう。「ローマの休日」で有名な場所だけれど、行ってみるとなんだか思ったより小ぶりな印象。なんだか残念。

スペイン階段から西へと向かい市街中心部へと向かうのだが、ここでなんとマルタ騎士団の旗を掲げる建物に出会う。これが騎士団本部のかあ、という感じ。マルタ騎士団は、たしか独自の切手やナンバープレートを持つことが出来ていて、国連にも加盟している。国家ではないけれど、国家的な取り扱いを受けているのである。

商店街の文房具屋をのぞいたり、食事を取ったり。午後になってポポロ広場に向かうのだが、空は曇りポツリと雨が降り出す。

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ローマ紀行2008 その21 マッジョーレ教会

旅行も5日目。月曜日ということもあって、美術館は閉館である。というわけでこの日はトレヴィの泉や教会めぐりをしようということに。

まずは、テルミニ駅から近いサンタ・マリア・マッジョーレ教会へ。ここは、ラテラノ教会と同じく、バチカン市国の治外法権となっている教会。教会内は国際法上はイタリアではないということになる。

この教会を訪れた理由は、なによりあの天才ベルニーニの墓があるということ。天才といえども死からは逃れることは出来ない。主祭壇の右手にベルニーニ家の墓標が床に埋め込まれている。しばし沈黙。

堂内には、いくつもの木彫りの懺悔室があって、中に神父が手持ち無沙汰に待っている。懺悔室、ブースといってもいいと思うが、プレートがはめ込まれていて、担当神父が操れる言葉が書いてある。イタリア語Italiano、英語Englishといった具合。両翼に並ぶ副祭壇ではミサがとりこなわれているのだが、ここにもミサで使う言葉が書いてある。ヨーロッパが地続きであることを痛感する。

教会脇の売店には、ベネディクト16世のキーホルダーといったヴァチカングッズが置いてある。いすが床に転がしてあって、何だろう、と思ったのだが、どうやら床石が剥がれているので注意せよ、ということらしい。

教会を出て、トレヴィの泉へ向かう71番バスを待つのだが、なかなか現れない。教会広場を取り巻く道路は激しい交通量だ。

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ローマ紀行2008 その20 夏のローマの結婚式

なんだか、一昨年のフィレンツェといい、昨年のローマ(っていうか、ローマ紀行、年明けてしまった……)でもやはり結婚式に何度も出くわす。フィレンツェでは市庁舎での結婚式だったけれど、ローマでは教会のそれ。観光客にとって残念なのは結婚式中は教会に入れなくなってしまうこと。でもそれよりも、モデルのように美しい花嫁の姿を見たり、参列者の粋な格好を見たりするのも楽しいもの。

先だって我々が上り間違えてしまったアラチェリ教会へと続く長い階段に車がつけられて、真っ白く輝いたおそらくシルクの花嫁衣裳に身を包んだ、日に灼けたで髪の毛の黒いたおやかな、いやそれでいて、芯の強そうな花嫁に出くわす。エスコートする父親もうれしそうだが心中いかばかりか、というところ。観光客が周りと取り囲みカメラの砲列が花嫁を取り囲む。そして、アラチェリ教会への長い階段を上りだした花嫁と父親。

しかし、この階段、さすがに急で長いから、途中で休みながら少しずつ上っていく。空は真っ青で、階段は日に当たり白く輝いている。驚くべきことに、花嫁を撮影するカメラマンは、カメラバッグの中に重いレンズを詰めたまま、階段を駆け上がっていくではないか。なんとも畏怖すべき体力。カメラマンは体力勝負でっせ。

はるか丘の上の教会の入り口には、参列者たちが待ち受けていて、階段を上る花嫁と父親の姿をにこやかに待ち受ける。おそらくは花嫁は何度も立ち止まり上を向いて、また上り始める。その繰り返しなのだ。いままでもこれからも。

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ローマ紀行2008 その19 ヴェネツィア広場から

バルベリーニ宮を後にした私たちは、メトロに乗って一旦テルミニ駅を戻る。ローマに来る前は、メトロの治安状況に不安を感じていたのだが、初日に車内で物乞いの女性に出会った以外、特に変わったことはなかった。家人が女性の足を踏んでしまったということがあったけれど。 テルミニ駅から40番バスに乗車してヴェネツィア広場へ向かう。茶色い外壁に白枠の窓がいくつもはまったヴェネツィア宮殿が立っている。その名の由来はヴェネツィア共和国の大使が使っていたということだが、ムッソリーニもこの建物を使っていたのだそうだ。

ヴェネツィア広場の正面にはヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂が威儀を正して鎮座している。その大きさは想像以上で、いわゆるカンピドリオの丘のふもとからいただきまでをひとつの白亜の記念堂としてしまったもの、といえばいいだろうか。 私たちが向かおうとしていたのはそのカンピドリオの丘の頂上にある美術館だったのだが、丘に登る大きな階段を上り始め、灼熱の太陽にやかれながら登りきったと思ったら、美術館よりも高いサンタ・マリア・イン・アラチェリ教会に到達してしまった。美術館よりも余計に階段を登りつめてしまったのだ。

 家人を誘って、教会堂内に入てみると、絢爛たる教会堂に感嘆する。金色の装飾、極彩色のステンドグラス、幾重にも連なるシャンデリア。深く沈んだ静けさで、堂内の観光客もいきおい口数が少なくなっていた。ところが、堂守りの若い男が観光客を追い出しにかかるのだった。理由は後でわかるのだが。

追い出されるままにアラチェリ教会を出て、裏手に回るとそこがちょうどヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂のテラスにつながっていて、白い大理石の敷石を踏みわたって行く。途端に視界が開けるとローマの街並みを見下ろす格好になって、、ローマ時代の遺跡が残るフォロ・ロマーノの先にコロッセオもみえたし、左手に回ればジャニコロの丘やヴァチカンのクーポラが、市街地の屋根の波間から顔を出しているのがわかる。

とはいえ、とにかく暑いし、疲労が両足を溶かし始めているのがわかっていた。昼食も食べなければ残り半日を乗り越えることが出来ないだろう。一緒にガイドブックを覗き込んで、カンピドリオ美術館にカフェテリアがあることを突き止めた私たちは、ともかく急げとばかりに階段を降るのだが、大理石の階段は太陽の光を受け止めて白く輝いていて眩しくてたまらない。ヴェネツィア広場に降りきって、再びカンピドリオ美術館へつながる長い階段を登りはじめる。

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ローマ紀行2008 その18 バルベリーニ宮

昨夜は1時前にホテルに戻って、そのまま眠りほうけてしまう。疲れているので当然。なので少々寝坊気味。今日は日曜日ということもあって、疲れていたとはいえ美術館へ出かけることに。というのも、美術館は月曜日が休館になることが多いので。

ホテルを9時ごろ出発。バルベリーニ宮へ。この美術館の門は、あの映画「ローマの休日」で、ヘプバーン「王女」の大使館の門として撮影に使われたもの。確かに面影はそのまま。ミーハーなので、とりあえず証拠写真を撮っておく。

館内は人も少なくのんびりと鑑賞できた。レーニとカラバッジョが印象的。ベルニーニの彫刻があまたと展示されている。ほとんどが胸像なのだが、その精緻なリアリティに驚かされる。ラファエロもあるのだが、この絵の背景が木々の枝葉であることにはじめて気がつく。鬱蒼たる叢林がわき上がっているとは。印刷ではきちんと判別できていなかったのだ。やはり絵に関しても実物に接してみなければ本当のところはわからない。

これは昨年ボッティチェルリを見たときに感じたことと同じ。一生に一度は本物に触れないとだめだなあ。それも若いうちに。若いときのほうが受ける衝撃は大きいはず。とはいえ、まだあきらめんぞ、と。

美術館の外を出ると、夏の盛りで、青い空には雲ひとつなく、バルベリーニ宮が輝いている。疲れてはいたが園庭を見て、日本人と白人のカップルと写真を撮りあって、という感じ。時のたつのが緩慢で、なんだか夢の中に入り込んだかのよう。

バルベリーニ家は教皇ウルバヌス8世を出した名家。紋章に蜂が用いられているので、美術館の入り口の扉には蜂の彫刻があしらわれている。

なんだか、宮崎アニメの一風景のような気がする。

 

 

 

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ローマ紀行2008 その17 シエスタ

ボルゲーゼには二時間半ぐらい滞在したのですが、疲労がピークとなり、たっていられないぐらい。日ごろウォーキングなどをして体を鍛えていたつもりなのですが、やはり外国に来たということで緊張していたのでしょうか。ともかく午後の予定をキャンセルして休むことに決めました。夜は夜でアイーダを見に行く予定でしたので。

ところが、例の910番バスのバス停がまったく見つかりません。街路には一方通行が多いらしく、せっかく見つけたバス停も逆方向のバスしか止まらないものだったりと大変な苦労を。結局小一時間炎天下を歩き続ける羽目に。9月20日通りまで歩いて、バスに何とか乗ってテルミニ駅に到着。地下のスーパーマーケットでピザを買って部屋に戻りました。

昼食を取って、午睡を。とにかく疲れていて正体なく4時間ほど眠ってしまいました。17時ごろ起き出して、今晩の野外オペラツアーの待合せ場所のホテル・レックスに向かいました。 集合時間は18時30分でしたが、日本人ガイドの方がいらしたのは18時45分ごろでした。大分と待ったので、少々不安でしたが、周りにはやはりオペラに行くと思しき日本人の方々が集まっていて、みな不安げでした。 ガイドの方が、半地下の事務所に入れてくださって、資料をもらったり説明を受けたり。ちょっとした闖入者もあったのですが。 ともかく、徒歩で近場のレストランへ向かい、プランに含まれた夕食を。カルボナーラのペンネにポークソテー、ポテトが山盛り。さすがに食べ切れませんでした。

ガイドの方は、ローマ在住の日本人の方で、声楽をやっておられるそうです。こちらに来て12年とのこと。いろいろご苦労があるようでした。ともかく、その方は日本語を忘れている感じで、「インターホン」という単語が出てこなくて困っていらっしゃいました。イタリア語は弾丸のようにしゃべっておられてすごかったです。

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ローマ紀行2008 その16 ベルニーニの彫刻!

ボルゲーゼでは徐々に棒のように硬直し始める足と痛みを増し続ける腰との戦いにあけくれました(翌日のバルビリーニ宮でも同じ戦いをしたのです)。

その疲れを吹き飛ばしてくれたのが、天才ベルニーニの彫刻でした。

「アポロとダフネ」は、シュトラウスのオペラ「ダフネ」で描かれている世界そのまま。アポロに求愛されて、オリーブに変身することで逃れようとするダフネ。アポロがダフネに近づいた瞬間、ダフネはオリーブへと変貌を遂げるわけですが、変貌の瞬間をカメラで捉えたかのような臨場感にあふれる作品。足首からは根が生え始め、手先からは枝が溢れるように茂り始める。おそらくは痛みとともに。それでもアポロから逃れようとするダフネ。一瞬の永遠を捉えた彫刻で言葉が出ません。

「プロセルピナの略奪」もすごかったです。もう昔から散々言われていることですが、大理石を彫ったとは思えない。やわらかい肌の感じまで再現していて、まさに「神は細部に宿る」の世界でした。 しかもこれらを作ったのが20代前半というから驚きます。頭が良くて相当とんがった若者だったのでしょう。何も言わずただひれ伏すのみですが、ひれ伏さないように努力することも必要ですね。難しいですが。

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ローマ紀行2008 その15 ボルゲーゼ美術館へ!

ローマ三日目は5時台に起床。朝食を楽しんでから、テルミニ駅のバスターミナルへ向かう。 ちなみに、CISという7日間有効の市内パスを購入。16ユーロ也。

  • 1日有効券(BIG)が4ユーロ。
  • 3日有効券(BTI)が11ユーロ。
  • 75分券が確か1ユーロ(だったはず)。

滞在は7月18日から5日間だったので、

  • BIG×5=20ユーロ
  • BTI+BIT×2=11+8=19ユーロ
  • CIS=16ユーロ

ということで、ちょっと無駄な2日間が出てしまうのですが、CISを買った次第。ローマのバスや地下鉄を乗り倒したのでまあ元は取れたかな、と思います。

ボルゲーゼへはかねて調べてあったとおり、910番のバスで向かうのですが、先日も書いたように、ジャコモ・プッチーニ通りの工事のために、路線図とはまったく違うルートへと進んでいきました。曲がるはずのない交差点で右折されたときには、どうなるかと思いました。必死に地図を見て、ボルゲーゼに一番近いと思われる停留所で下車。本当にドキドキしました。

ボルゲーゼ美術館のチケットは日本で予約して行きましたが、並ぶのがいやだったので、開館の一時間前には美術館前に到着。どうやら早すぎたようで一回の入り口も半地下の入り口もしまったまま。あれ、あそこにい黒いジャンパーを着た若い男性は、910番のバスで一緒だった人ではないか、と気づきます。彼は僕らよりもずっと前に別の停留所で降りていきましたので、ルート変更をすでに知っていたと言うこと。おそらくは観光客ではなく、地元の人ではないか、と思いました。男性はしばらくすると、建物左の通用口から入っていきます。どうやら美術館のスタッフのようですね。

半地下の入り口が開いて、チケット売り場にて、予約していることを告げると、すぐに発券してくれました。クロークに向かうと、さっきの黒いジャンパーの男性が荷物を預かってくれます。クロークの方だったのですね。 半地下のチケット売り場の奥にある階段に人が並び始めました。どうやらここから展示フロアへあがるようです。

まずは二階の展示フロアへ。ここで異変が。足が痛い。棒のように疲れきっています。マジですか。昨日のサンピエトロ大聖堂のクーポラがきいたのか、あるいは朝早くつきすぎたからか……。ここからは辛い鑑賞時間が始まりました。せっかくの名画を従前に楽しむことができなかったのは本当に悔いが残ります。

 

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