消耗しそうな時はこちらを──シノポリのブル7

いやあ、しかし、世の中色々あるものです。思うように行きません。そんな時、自棄になっても意味がありません。自棄は、自分を消耗させますので、生きる上では全く無駄なコストです。

そんな時がもしあったとしたら、お気に入りの音楽でもきたほうがよいです。私がもしそうなったとしたら、として、こちらをきいてみました。


ブルックナー:交響曲第7番



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ブルックナーの7番。シノポリが振る7番は初めて聞きました。もう歌わせています。第二楽章など、本当に静謐。勝手な想像ですが、夜明けの蒼い光に照らされるイタリアの古都のようです。青い光に石造りの家や壁や道路が照らされて薄く静かに輝いている感じ。ドレスデン国立歌劇場のオケの美しさは特筆すべきものです。弦のたおやかな繊細さ。素晴らしい。オペラ的なドラマティックな感じもあって、第四楽章を聞いて、あれ、アイーダみたい、とか思ったり。完全に、シノポリを聞いている、という先入観によるものなのですけれど。

明日もまた戦いへ。どうなることか。

それではみなさま、おやすみなさい。

今年の学習院大学史料館の講演展示情報

今年の目白参りの季節まであと4ヶ月。早いものです。
学習院大学史料館の講演や展示会のお知らせがTwitterで掲示されていました。

講演


2017年7月22日14時 学習院大学創立百周年記念会館
加賀乙彦氏による講演「辻邦生の出発──『夏の砦』」

展示


7月18日(火)から8月11日(金・祝) 学習院大学史料館
永遠の光─辻邦生「夏の砦」を書いた頃

今年もまた行かないと。講演の日はきっと展示会は混むと思いますので、別の日の静かな夏の午後にでも行きたいなあ、と思っています。

今日は取り急ぎです。きょうは振替休日。あすからまた仕事場へ。
それでは、みなさまおやすみなさい。

書店の匂い

しあわせ…。

会社帰りに本屋に寄りました。何も買わなかったのですが、なんだか、すごく幸せな気分になりました。書店の匂い。糊とか、紙とか、インクとか、そういう匂いが立ち込めていて、引き込まれる感覚。本の一つ一つに巨大な物語世界が収められているのか、と思うと、本の背表紙に手を触れるだけで、痺れを感じる気分でした。

週末は自宅で様々なことをやらなければなりません。少し忙しそうです。

それではみなさまも良い週末を御過ごしください。

しばらく小説は読めないのか。

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なんだか、しばらくは小説は読めそうもありません。騎士団長にやられました。次の小説の次の世界には入っていけないかんじ。まだ、早いです。騎士団長にずいぶんのめり込んでしまったようです。

それにしても「騎士団長殺し」、おもしろい小説でした。私は、もっと読みながら、これはスティーブン・キングだなあ、と思ったのです。非現実的で非論理で、ただそれだけだと全く意味をなさないことであっても、圧倒的な筆力で、リアリティとイメージを腕力で積み上げていくような。

物語は閉じることなく、解決されないまま終わるというのも、まあ当然といえば当然なんですが、たくさんの仕掛けが残されていて、読んでいる時も、読み終わった後も、ずっと考え続けているという状態です。先日も書いたように、演出家が先進的な演出をしたオペラを見て、その後ずっと考えている感じに似ています。

じゃあ、何を考えているのか、という話ですが、古くからの村上春樹ファンを差し置いて、何かを語るというのは何か気がひけるのですが、一点。

(ネタバレ注意)

メタファー界の旅路は、まさに擬似的な死と再生=リバース= Rebirthだなあ、と思います。川を渡り(三途の川)、狭い洞窟を通る(出産)。そして石造りの由来不明の祠の裏の穴は女性のメタファーとされています。

ですが、なぜ主人公が再生しなければならないのか、はわかりません。そして、「まりえ」の不在があまりに現実的というのも引っかかります。主人公の体験と比べるとあまりに普通で、肩透かしでした。その意味はなんなのか。男と女の違いなのか、など。そこにもなにかいみがあるはず。

ただ、そうした謎の解決は、おそらくは読者の専権事項です。人それぞの解釈なんだと思います。

今日は早めに帰って、仕事に使う資源を調達。明日は早めに出ないと。

それではみなさま、御休みなさい。

《ばらの騎士》つれづれ

「騎士団長殺し」を読み終わり、忘れられないのは、作中に《ばらの騎士》が登場したこと。題名の騎士団長が、モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》から取られたものであるということもあり、何かオペラとの関連を強く感じつつ、ショルティの振る《ばらの騎士》が何度か登場するということもあり、先週来、なんども《ばらの騎士》を聞いています。
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《ばらの騎士》を3バージョン。

左は、カルロス・クライバーがウィーンで振ったもの。フェリシテ・ロット、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、バーバラ・ボニー。伝説なんですかね。私はこれをNHK-BSの放送で初めてみて、卒倒しました。当時はビデオで撮ったんですが、もうみられなくなってしまいました。そこでDVDを買った次第。映像でいうとこれが一番すきかも。


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右上は、私が最近一番好きな《ばらの騎士》。ハイティンクの鮮やかでスタイリッシュな音作りが聞けます。ハイティンクは本当に素敵です。


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右下は、「騎士団長殺し」に登場するショルティの《ばらの騎士》。これは、これまではあまり得意とする音源ではなかったので、もう少し聞いてみないと。


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ちなみに、実演で最も感動したのは、新国立劇場2007年のパフォーマンス。ペーター・シュナイダーの溶けるようなたゆたう美しい指揮に、カミッラ・ニールント、エレナ・ツィトコーワのコンビで、ジョナサン・ミラーの心の底から美しく思えるフェルメールのような淡い色彩の演出に、3時間ほど泣きっぱなしでした。あれから10年。早いものです。

夜更かしをして、現実を忘れました。明日も頑張らないと。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

自分のために書かれた小説ではないか、と思う、ということ。


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編



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騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編



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ようやく「騎士団長殺し」読み終わりました。第2部の後半は少しスピードアップして読んでしまいました。良いのか悪いのか。

たぶん話し始めると1時間も2時間もかかるネタなんだろうなあ。この感覚は、オペラを見たあとに、その演出をめぐる解釈をひたすら考える感覚と似ています。ですので、読み終わりながら思ったことは、本当にオペラ演出のように解釈多様性のある小説だったなあ、と思います。

個人的には、住んだことがあったり、行ったことのある土地がいくつも出てきて、描写に表れる対潜哨戒機も何度も満たし、小田原近辺で正午になるチャイムも聞いたことがあったりと、イメージが目に浮かびました。こういう読み手の共感を呼ぶポイントが多くあるのが人気のひみつなんだろうなあ、とも思いました。つまり、みんなが自分のために書かれた小説ではないか、と思うということ。それが、小説の価値なんだろうな、と思います。

今日はこちら。気だるい夜。


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それではみなさま、おやすみなさい。

穴の底に潜り込んで、静かに思いを巡らす感じ

いや、しかし、全く、いろいろなことがあるもので、なんだか「騎士団長殺し」の世界にいるような感じです。長い髭をたくわえたバス運転手を見たその日の夜に、長い髭をたくわえた老人が家の近所を歩いているのを見たり、とか。今となっては、記憶が曖昧になっているので、二人は同一人物ではなかったか、などと思ったりします。そうしたたくさんの不思議な兆しが、何か関係あるのでは、というふうに思ったりしてしまうような。全ては、自分自身の世界の見方の問題であることはわかっていますが、そこに不思議さを見出す、あるいは不思議さを作り出すということ自体が、不思議でもあります。掘り下げれば掘り下げるほど、何かがでてきてしまうかのような。

まあ、本の読みすぎかも。でも、まあ仕事場への通勤時間は何かハリのある時間になっている気はします。

で、夜はこちら。何か、気だるいジャズを聴きたくなって聞いています。あれ、昔はバップが苦手だったはずなのに、みたいな。


Dig


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夜の静寂の中に、マイルスとロリンズ、ですか。気だるくて、力を抜いている感じ。本来的には、緊張感のあるパフォーマンスであるというのに。言えることは、暗い夜の静寂に本当にフィットしているということ。何か、穴の底に潜り込んで、静かに思いを巡らす、そういう感じです。

まだまだウィークデーは続きます。今日はそろそろ眠らないと。みなさまもお気をつけて。おやすみなさい。グーテナハトです。

平坦な毎日の中にエーリッヒ・クライバーの《ばらの騎士》を。

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それにしても、いろいろなことが起きるこの頃。まあ、平坦な世の中なので、何が起きても何も変わらないものです。先日も書いたように、大切なのは、その中で現れる燦きのような個人的な感動だけだと思います。そういう感情的なものが確実なもので、大事にしなければいけません。こればかりは、他者によって規定されるものでなさそうです。何か内向きなら考え方にも思えますが、外界との闘いのなかで得た方法論的な処世術なようにも思います。
今日はこちら。エーリッヒ・クライバーの《ばらの騎士》。


R. Strauss: Der Rosenkavalier


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「騎士団長殺し」では、第2部でも《ばらの騎士》が登場します。この盤はざっと聴いた印象だと、洒脱と豪華の中にもスタイリッシュな背骨がくっきりと浮き上がるような芯のある演奏です。

それにしても「騎士団長殺し」の世界のように、けだるい午後に、安い白ワインを飲みながら、《ばらの騎士》を聞くというのは贅沢な楽しみだなあ、と思います。いつかそんな日が来る予感がしますが、そればかりだときっとつまらないのかもなあ、と思ったりもします。結局仕事が好きみたいです。

今日も仕事場で数字合わせを丸一日やりました。明日からもまた数字あわせ。加えて、年度末に向けたたくさんの仕事をこなす予定。書類仕事もあれば、そうでない仕事も。

花粉もひどくなってきたようです。皆様もどうかお気をつけて季節、仕事、学業の変わり目をお過ごしください。グーテナハトです。

読み方のくせ

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先日から書き続けている「騎士団長殺し」ですが、昨日の夜に第1部を読み終えました。はっきり言って遅いです。先週金曜日の歌に読み終えたかたもいると思います。なぜこんなな遅いのかを考えてみました。先日も書いたように、短篇を読むときにもそうなのですが、なにか奔流のように流れ込んでくる作品世界をじっくりと咀嚼したいということなんだと思います。あまり、早くどんどんと結論を出すタイプでもないのかも。寝かせると、いいものがたくさん出てくるということなんだと思います。それは、まるで、何か投資のようなもので、時間がたてばたつほど複利効果で価値がます、というものに似ています。
先日、このような記事を書きました。

短編を読んだ記憶。

確かに、短編とは違う感覚はあります。長編の牽引力という斧はありますが、それにしても、やはり物語世界の意味の重みや圧のようなものは短編とは違う激しさがあります。ストーリが長いだけに、考えることも多くあります。時間をかけて考えているうちに、いろいろな発見を得ることもあります。

物語というののはスピードや効率では測れないものなのかも、と思いました。それ以外の実用本は速読が可能です。ですが、物語は、読み手の持つ決められたスピードを超えてはいけないのでは、などと思ったりしました。が故に、流し読みがやりにくいKindleは、むしろ物語(小説)に向いた媒体ではないか、と思ったりもしています。

さて、明日は仕事場の山。そして、土曜日も仕事場の山。それが火曜日ぐらいまで続きます。さらにその先も幾重にも連なる山が。でもいつものように登ることになるでしょう。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

リヒャルト・シュトラウスを味わう一枚。

村上春樹「騎士団長殺し」で、ショルティの《ばらの騎士》が取り上げられていました。

リヒアルト・シュトラウスがその絶頂期に到達した至福の世界です。初演当時には懐古趣味、退嬰的という批判も多くあったようですが、実際にはとても革新的で奔放な音楽になっています。ワグナーの影響を受けながらも、彼独自の不思議な音楽世界が繰り広げられます。いったんこの音楽を気にいると、癖になってしまうところがあります。

152ページ


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編



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おっしゃる通り、どうやら癖になってしまったようで、今日もシュトラウス。しかし、この退嬰的で懐古主義だが、奔放な音楽であることを1枚で味わえるアルバムを聞きました。


Strauss Heroines


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アメリカのソプラノ、ルネ・フレミングがシュトラウスを歌った一枚。これを聞けば、《ばらの騎士》のようなシュトラウスのオペラを味わうことができると思います。もちろん、シュトラウスは《ばらの騎士》のようなオペラだけではなく、若い頃はいくつもの長大な交響詩や交響曲を書きましたし、《サロメ》や《エレクトラ》といった当時の前衛オペラも書きました。あるいは、《インテルメッツォ》や《ナクソス島のアリアドネ》のような洒脱なオペラも。ですが、やはり《ばらの騎士》とか《カプリッチョ》のような豊かで甘い音楽がリヒャルト・シュトラウスの魅了を占める部分であることには間違いなく、このアルバムだけ聞けば、それの多くを理解できるのではないか、と思うのです。また、演奏も他の演奏に比べて、一層甘くて豊かで、指揮するエッシェンバッハも、オーケストラをかなり分厚くゆったりと官能的に鳴らしていて、それが何か少しやりすぎのような気もする場面もあるのですが、そうはいっても、これが西欧の甘美な豊かさなのだ、と説得されてしまうような感覚があるのです。

このアルバムを聴いて、仕事場への行き帰りを終始しました。なんだかいい気分でした。

明日は木曜日。気がつけば、木、金、土と、三連続で山が連なっています。なんとか乗り切らないと。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。