子ガモの楽しみ

昨日は、とある事情で公立病院へ。

病院の中庭に夏草が生い茂っていて、ああ、財政難で夏草を刈ることもできないのか、などとネガティブなことを考えてしまったのです。

で、何気なく中庭を眺めていると、カモがいました。たしかに近所にカモが住む池がありますので、なるほど、そこから飛んできたのか、とおもったのですが、よく見ると、子ガモも何羽もいるわけです。どうやら親子でこの中庭にすんでいるようでした。

検査を受けるために、検査室を回っていると、貼り紙があって、読んでみると、中庭の草刈りをしていない理由が書いてありまして、巣を構えるカモを外敵から守るために夏草をあえて刈らずにそのままにしてある、とのことでした。カラスが子ガモを襲うこともあるのでしょう。

なるほどね、と思いましたが、はて、ほんとうかな?とも思ったり。大人の悪知恵の匂いを少し嗅いでしまった気もしたのです。

ただ、子ガモたちは、楽しそうに夏草の茂みの中に駆け込んで行くのが見えました。親ガモも満足そうに子ガモを眺めているようでした。

不合理が時に合理となり、合理が不合理となることもままあります。世界は一筋縄ではいきません。だからこそ、面白みがあり、チャンスがある、ということなのだと思います。

暑い日が続きます。みなさま、どうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

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辻邦生「西行花伝」を読んで思う森羅万象の滅び

辻邦生「西行花伝」を読んでいて、このような文章を読みました。

人はこの世の森羅万象がすべて滅びのなかに置かれているのを、心底から澄んだ気持ちで知ることができる。

だが、この不変と思える山も、永遠に波を打ちよへる海も、旅人の眼には、限りある生命に見えてくる。山の終わり、海の終わりがそこに見えるのである。

この想いが私の身のうちに染み込んできたとき、私は、死にゆく幼児を見守る親の眼ざしで、この世を眺めているのを感じた。

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私は、永遠というものは、物質界にはない、と思うのです。いつかは、太陽は燃え尽き、地球に太陽エネルギーは供給され無くなります。そうなると、木々は生きられないのでしょうか。海はなくなるのでしょうか。やはり海も山も限りある生命ではないでしょうか。

いつかは、この日本の美しい自然も、なにもかもなくなってしまう、ということは厳然とした事実です。

それを感じたのは、アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」の最後のシーン、つまり地球崩壊のシーンでした。この世界がいつかはなくなってしまう、というのは、避けられません。辻邦生がそういうことを考えていたかは分かりませんが、引用した西行のモノローグを読んで、そういうことを思ってしまいました。

美と滅びの感覚、という辻文学を表すこと僕がありますが、滅びとは、世界の終わりまで指し示している、ということに思い当たりました。永遠はない、ということは、本当に悲しいことです。その悲しみを我が子の死になぞらえるというのは、本当にすごい感覚だと思います。

今週末の日本は猛暑とのこと。復旧活動の方々は本当に大変かと思います。読んでくださっているみなさまもどうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

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夏つれづれ

まずはじめに、昨日から今日の朝にかけて、このブログのドメインが停止していました。アクセスできない状態で、私も最初はかなり驚きました。管理会社に確認をしたところ、サイバー攻撃がサーバーにあったらしく一時的に停止していたとのことでした。

アクセスしてくださった方、申し訳ありませんでした。まだこのブログは続きますのでどうか今後ともご愛顧ください。

さてわ気づくともう7月も6日になってしまいました。今日の東京の日没は19:00。まだ夏はこれからです。

先週末の夏っぷりといったら、この上ないものでした。

土曜日の炎天が本当に素晴らしく、輝く太陽の光を浴びて幸せでした。ただ、歳をとったせいか、炎天にの中をしばらく歩くと目眩を感じるようになってしまいました。日射病なのか、それとも、べつの理由?

子供たちは、炎天下の公園で走り回ってました。かつての夏、私もきっと同じだったんだろうなあ、と少し懐かしく思いました。

今週は、豪雨で大変な地方が多いようです。雨のひどい地域にお住まいのみなさま、お気をつけください。

おやすみなさい。

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《短信》夏が来た!

どうやら梅雨があけてしまったようです。

朝起きると夏の日差しでした。

今日は仕事は休みで、所用で新宿へ行ったのですが、素晴らしい天気で、心が躍ってしまいました。

嬉々として炎天下を歩いていたら、気分が悪くなり、日射病かもね、などと。

良い夏となりますように。

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大阪へ。そして東京へ──ペーター・シュナイダー《トリスタンとイゾルデ》そして辻邦生「西行花伝」

大阪を離れて25年になりました。もちろん、生まれたときから大阪に住んでいたわけではないのです。さまざまな街に暮らしましたが、中学から高校までの多感な時期を過ごしたと言うこともあり、少し思い出のある街でもあります。住んでいたのは高槻市でした。先日の大阪北地震の震源地です。いまでは連絡をとる知り合いもいなくなってしまいましたが、母が当時のご近所さんに電話をしたらしく、幸い私の住んでいた地域には大きな被害はなかったとのことで、ホッとしているところです。

25年前に離れたのは東京の大学に進学したからですが、実家もやはり大阪を離れましたので、大阪に行くところはもはやありません。長い間訪れることもなかったのですが、昨年末からなんどか出張で大阪を訪れる機会を得ています。新幹線から眺める北摂の山々の稜線はどこか記憶の片隅に残っていて、懐かしさを感じるのですが、新幹線のまどから眺める街の風景のなかに、青いビニールシートを屋根に書けた家がいくつか見られて、地震の被害が確かにあったことがわかりました。それも、高槻付近の限られた地域だけでしたので、本当に揺れが大きかった地域が限定されていたのだなあ、ということを実感しました。

その大阪へ向かう新幹線の中で聴いたのがペーター・シュナイダーがバイロイトで振った《トリスタンとイゾルデ》。DVDも発売されているようです。

私は、ペーター・シュナイダーが降ったオペラを何度か観ています。いまから思えば信じられないことですが、ドレスデンでシュトラウスの《カプリッチョ》を観ました。たしか2006年のことです。その翌年、2007年には初台の新国立劇場で《ばらの騎士》を聴き、同じく新国立劇場で2013年に《ローエングリン》を聴いています。とくに印象的だったのは、2007年の《ばらの騎士》で、あまりに感動しすぎて、最初から最後まで泣きっぱなしでした。オペラ中ずーっと泣いてました。幕間で涙を拭きながら、息をついたのを覚えています。素晴らしすぎたのです。もう11年も前のことになりますが、あれほどの音楽体験はそれ以前もそれ以降もあまりないのでは、と思います。

それで、今日聴いた《トリスタンとイゾルデ》でもなにか決定的な経験をしてしまったようなのです。新幹線の中で、ただ音楽を聴きながら、一体、私はこの先何を望むのか、という少し大仰なことを考えていたのですが、どうやら、そのとき、《トリスタンとイゾルデ》の前奏曲の高揚が始まっていて、殴られたような衝撃を受けたのです。この美しさはなんだろう、と。ですが、その次に訪れたのは激しい悲しみと落胆でした。《トリスタンとイゾルデ》から150年が経ち、《トリスタンとイゾルデ》というあまりに美しい芸術作品が世界に現れたというのに、人間は何も変わっていないのではないか、という悲しみと落胆。しばらく呆けたように口を開けて放心してしまいました。

ちょうど、昨日、辻邦生の「西行花伝」を読んでいました。

出家をする佐藤義清(西行)が、鳥羽院に別れを告げるシーンでした。義清(西行)は、鳥羽院が虚空に経っているというイメージから空虚な浮世を歌で支えると言いました。これは、美が世界を支えるという辻邦生のテーゼによるものです。こうした、なにか美が世界=浮世を支えるという考えが頭の中に入っていたので、《トリスタンとイゾルデ》の美しさと世界の関係を過度に感じいってしまったのでしょう。

それにしても、忘れられない体験でした。二時間半も一人で過ごすという経験がなければ、こうした思いにとらわれることもなかったはずです。出張とはいえ、旅は、人を変える力があります。

今、東京へ戻る新幹線。豊橋へとむかっているところです。明日は仕事を休むことになっています。来週に備えます。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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辻邦生「西行花伝」にみる「捨てしをりの心」

西行の味わい深い歌を。

捨てしをりの 心をさらに 改めて 見る世の人に 別れ果てなん

「世」、をどうとるか、によって、さまざまにとることのできる味わい深い歌です。

その心境を「昂ぶった、晴れやかな、勇気に凛々と満ちた心」と西行花伝には書かれています。「世を捨てる」とは、浮世を捨てて、浮世から外に出ようと決心した瞬間で、身体がみるみる大きくなり、巨人のようになり、小さな浮島のような現世をじっと見つめているのだ、と。

なにか、新しいことに取り掛かろうとする気持ちが漲っている感じ。

(辻邦生の和歌の解釈はいつも素敵です)

所詮、浮世は浮島のようなもの、という比喩が「西行花伝」の中で語られます。あるいは、沢山の浮世があって、人々は小さな浮島の中で、喧々諤々としているだけなのかもしれない、と思います。

今日も浮世でいくばくか

果ても知らずに

思うこと多々

 

明日も浮世でひとつの山を迎えます。山越えは厳しい。

みなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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辻邦生「西行花伝」にみる小説形式のアドバンテージ

辻文学を読んで、小説形式ってすごいな、と思うことが何度かあります。もちろん、そのほかにも類例があるのかもしれませんが、「西行花伝」のなかに、ああ、小説はすごいなぁ、と思うシーンがあります。

小説がほかの芸術形式と異なるのは、視覚的要素がない、ということです。絵画や映画と違い、一つ一つシーンを描写をすることになります。それはそれで一つの価値です。シーンの描写をコントロールすることでさまざまな効果を得ることができます。

【ネタバレ注意】

 

 

 

西行花伝で、そうした描写のコントロールが効果的なシーンが、四の帖における義清(西行)と待賢門院が初めて顔を合わせるシーンです。

四の帖においては、待賢門院に関する描写がかなり長い間続いていて、義清=西行もやはり流鏑馬や競い馬で活躍し、待賢門院の印象に残るようなことになっています。さらには、西行が亡き母みゆきの前の思いを汲んで妻を迎えるシーンが描かれています。

そのなかで、競い馬で活躍した義清(西行)が、待賢門院に目通りするわけです。最初は御簾が降ろされていて、義清(西行)は待賢門院の顔は見えません。ですが、その声が亡き母みゆきの前に似ているというのです。

義清(西行)は、待賢門院に「御簾を上げて欲しい」と望みます。御簾が上がると、待賢門院はみゆきの前の生き写しのように、よく似ていた、というわけです。

義清(西行)の驚きは、われわれ読者の驚きでもあります。

私は、最初に読んだとき、このシーンにさほど心を奪われませんでしたが、二度目に読んだとき、声を上げて驚いたのです。待賢門院がみゆきの前に似ていたという事実ももちろん、待賢門院のことがこれまでたくさん描かれていたのに、顔の描写だけされていなかった、ということに気づくわけです。やられた……と。

映画や漫画ではこれはできません。映像表現ができない弱点をアドバンテージに変えている、と思いました。有名な手法なんでしょうけれども、個人的には、なんだかグサリと刺されるぐらいの衝撃を覚えましたので、書いてみた次第です。

帰宅時に小説を読むと決めてから、いろいろと気づきがあり、とても勉強になり充実します。

さて、さまざまなことが起きたこの3ヶ月、いや、この1年。考えることさまざま。まあ、できないことはできないし、できることはできます。諦めと方向転換が大切です。

今日は暑い一日でした。みなさま、どうかお気をつけてお過ごしください。

おやすみなさい。

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大阪で地震がありました。

大阪で地震がありました。

私も昔大阪に住んだことがあり、お世話になった地名も出てきました。知り合いがSNSに無事を投稿しているのをみてホッとしたりいたしました。

いつもはテレビを見るのはなるべく避けていますが、今日ばかりはニュースの録画を見ました。心が本当に痛みました。

昨日も書きましたが、日本は地震や火山の国です。これはもう致し方がないので、やれることはやりながらも、さらには祈るということなのかも、と思いました。

今日はこちら。こういうときはバッハを聴きたくなります。

ラファウ・ブレハッチ。2005年にショパンコンクールで優勝したポーランドのピアニスト。発売は2017年2月です。

おそらくは30歳ぐらいの録音でしょう。この若さでこの心安まるサウンドは何だろう、と思いました。

どうかみなさまもおやすみになれますように。

おやすみなさい。

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玉前神社参拝

毎年恒例の玉前神社参拝。今年は少し早めに行ってまいりました。

朝7時18分に新宿出る新宿わかしお号で上総一宮へ向かうことにしました。昨夜のうちにえきねっとでチケットを確保して、駅の券売機で発券しようとしたら、券売機が停止するトラブルに見舞われました。係りの人が四人がかりで券売機の中を探したんだけど、チケットが出てきません…。6分経ってやっと出てきて、特急になんとか間に合いました。

新宿から上総一ノ宮までは、1時間20分ほど。中央線と総武線を使うので、京葉線経由より少し時間がかかるようです。先行列車を待つシーンがいくらかありました。

上総一ノ宮駅には8時34分に到着。降りた途端に空気の美味しさを感じます。いくらかの湿気と緑の匂いとあるいは微かな潮の匂い。

玉前神社へは駅から歩いて5分ほど。

朝9時からのご祈祷に一番乗りでした。除災招福を祈願しました。もう、困った時は謙虚に神頼みです。

人間が頑張るところは頑張りますが、どうしようもないこと、それは、運とかそういうレベルから、地震や火山なども含みます。天災に見舞われることの多い日本では、謙虚に人智を超えたものはただ祈るしかないのではないか、それが日本の宗教観で、欧米の一神教文明との差異ではないか、と思うわけです。

ご祈祷は本殿に昇殿して。爽やかな風が吹き込み、大麻のさわやかな音、神楽の鈴の音に心が洗われた気がいたしました。

参拝を済ませて、玉砂利の敷き詰められた「はだしの道」を裸足になって三周しました。一周目で無垢になり、二周目に気を入れて、三周目に気を満たす、だそうです。お陰で足裏がジンジンとしていてよく眠れそうです。

で、今回もおみくじを引いたのですが、大吉でした。2014年から4年連続で大吉でして、どういうことなんだろう。大吉しか入っていないのか、運気が相当強いのか。きっと後者のはずです。

その後、いつもお世話になっている辻文学ファンのDさんとお会いし、様々お話をしました。玉前神社を初めて訪れてからもう8年ぐらいになるでしょうか。地元の方でないと知らないことを教えていただき、美味しいお店に伺えて、本当に素晴らしいありがたい時間でした。

東京へは12時34分のわかしお号で。今回も素晴らしい旅でした。

明日からまた気分一新、新たな方向へリスタートいたします。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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