日常からの解放を夢見て──辻邦生「地中海幻想の旅」を入手

もともとはレグルス文庫から出ていた辻邦生のエッセイ集「地中海幻想の旅」が中公文庫から再刊されました。

買ってしまった辻邦生新刊。日常から解き放たれていきたい。 #辻邦生

私の記憶では、この本を見つけたのは1993年初冬、神戸の小さい本屋でした。まったくその存在すら知らなかったので、まるで夢を見たかのように驚き、その後湧き上がる喜びを感じつつレジに向かった記憶があります。確か、本棚の高いところに置いてあったような記憶も。いまから25年前の記憶ですから、かなり改竄されていることでしょう。

 

ともあれ、今回、中公文庫からでたのは本当に嬉しいです。表紙も実に美しいです。

フィレンツェにせよ、ローマにせよ、ヴェネツィアにせよ、一度その魅力にひきこまれた人は、終生そこから逃れることはできない。

イタリアの特色は、ローマにすべてが集中しているのではなく、とくに芸術的、歴史的な見地から見ると、ほとんどすべての町々が、その豊かさを分有しているという点にある。

冒頭読んだだけでも、心を奪われる文章で、しばし電車の中で遠くを見てしまいました。

この辻文学の世界もやはり、「一度その魅力にひきこまれた人は、終生そこから逃れることはできない」というものなんだと思います。

この豊かさの分有と言う言葉、おそらくはイデア論の文脈における分有と言う言葉で、美そのものが個物において現れているということを指すものと思います。「春の戴冠」における桜草のようなものでしょうか。美も含めた豊かさそのものが、イタリアの諸都市において表出しているという文脈で捉えました。

まだ最初しか読んでいませんが、仕事場の机にでも置いておいておくと、一瞬でも日常から解き放たれ、心が晴れるかも、とおもいました。

さて、あと5回寝るとお正月。たこあげもしないと思いますが、今年の正月はあまり出かける予定も組めそうもないので、出来る範囲でこの先についていろいろと考えを深めたい、と思っています。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

2+

淡い霧に包まれて──ハーディングの振るマーラー交響曲第10番

連休があけてきょうは仕事。掛け値なしに毎日大変です。心労という言葉がありますが、心の労働をしているという気もします。まあ、適宜やるのですが。

で、今日見つけたのが、ハーディングがウィーンフィルを振っているマーラーの交響曲第10番。ラトルがベルリンフィルを振ったバージョンと同じく、クック版第三稿第二版。2007年の録音。

まだ一度しか聞いていないので、語る資格はあまりありませんが、いやあ、これは本当に、淡い霧に包まれた街を眺めるような、そんな気分になります。ビロードかシルクのようになめらかで光沢のあるつややかなサウンドだなあ、と感じます。ウィーン楽友協会での録音。2007年10月23日だそうです。

しばらくは、この音源を聴いて、理解を深めてみようと考えています。指揮者の違い、オケの違い、ホールの違い。いろんなことが分かるはず。

さて、あと1週間で2018年も終わり。なんだかいろいろあった一年間ですが、あと1週間、出来ることをやろうと思います。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

1+

前世の記憶の錯角とともに──マーラー交響曲第10番

先日、マーラーの10番の第1楽章を聴いて、全曲版が気になり始め、さしあたりApple Musicで聴くことのできるラトル&ベルリンフィルのバージョンを聴いています。まだまだ、なにか理解は足らないですね。これまでも何度か聴いたことはありますが、その他のマーラーの交響曲に比べるとあまりに聴いた記憶が少ないです。

それで、このところ、クラシックと言えばほとんどこの曲ばかり聴いています。何度聞いても「果てしなさ」しか感じません。つまり、まったく分かった気がしない=飽きないのです。終わりを知ることなく、ただただ酩酊するだけ、と言う感じです。今日も大掃除をしながら何度も聞いていました。聴けば聴くほど新鮮な発見があるのです。神学の文脈における霊性という言葉が、なぜか心に浮かびます。この曲に彼岸を感じるというご意見を聞いたこともありますが、なにか、宗教的な文脈での死のイメージを強く感じるのです。

もちろん、この曲が書かれた背景というものもあって、妻であるアルマの不倫がマーラーを苦しめた時期にこの曲が書かれたなど、さまざまなのですが、そうした背景にとらわれずに聴いてもそこに何らかの意味を見いだしてしまうわけです。バスドラムとチューバの陰鬱なフレーズは、解説によれば、不倫相手が訪れたときの心のショックと言うことになっていますが、私にはどうにも天国の入り口でをノックして、裁きを受ける時の判決を知らせる音にしか聞こえませんでした。

それは、もしかするとすでに見知った前世の記憶なのかも知れません。ほかにも見覚えのある街を思い出す気がするのです。濡れた石畳とか、曇りきった港から出港する大西洋航路の客船とか。あるいは、マーラーのほかの交響曲の一節が聞こえたり、あるいは後代の作曲家であるベルクを思い出したり。

ウィキペディアによると、このラトルの演奏はクック版第3稿第2版を使っているとのこと。そうか、10番の補遺版はこんなにあるのか、と、ウィキペディアの記事はなかなか興味ぶかい情報が満載でした。マーラーも死に際して、扁桃炎にかかっていた記載も見つけまして、先日ひどい急性扁桃炎で苦しんだこともあり、すこし親近感を憶えたりもしました。

さて、今日は冬至。もう一息で正月ですか。早いものです。明日からは夏にまっしぐら! 早く夏になれ!と思います。

それでは、みなさまどうかよいクリスマスを。おやすみなさい。グーテナハトです。

1+

夕映えの記憶とともに──マーラー交響曲第2番「復活」

昨夜からの雨は、今朝もまだ残っていて、自宅をでるときもやはり傘を差す必要があった。冬の雨は、夏の雨のように激しく降ることはなく、ただ、静かに、冷たく、地面を打つのみだった。

今朝から聞いているのは、やはりアバドが振るマーラーの交響曲第二番。

幼き頃(といっても12歳になったかならないかの頃だと思うが)、NHK-FMのエアチェックで、この曲を初めて聴いたときの記憶は忘れられない思いがある。第5楽章の最後の場面、これでもか、というほどに高揚する終幕部は、当時聴いたことのない音楽だった。こんな音楽があるものなのか、と、激しく驚いた。バーンスタイン振る音源だったはずだ。

あの高揚、何百回ときくうちに、初めて聴いた時の衝撃は蘇ることはなくなってしまい、かすかに衝撃の残滓が記憶に残るだけになった。記憶の海を縦横無尽に行き来することができるにせよ、衝撃体験はどう追想されどう再現すべきなのか。体験それ自体ではなく、体験が存在したことだけが記憶に残っているだけなのか。そんなことを考えながら、帰宅の電車の中で、衝撃を再現しようと何度も何度も第5楽章の最終部を繰り返し聞いてみた。

そういえば、今日の夕映が、仕事場の窓から差し込んでいた記憶があった。湾岸の海が輝いていて、金色の光が窓から差し込んでいた。時に夕映えは見事だが、感動は失われ、感動の記憶が残る。あるいは、その感動は変質する。二度と帰らないその場その場の感動に打ち込むことの重要性、一回性のアウラ、なんだと思う。記憶も複製とすれば。

1+

冷たい雨の降る夜に──マーラー交響曲第10番

冷たい雨の降る夜に、何か、暗鬱な曲を聴きたくなりました。

ショスタコーヴィッチなどはその最たるもの。リヒャルト・シュトラウスでいうと、サロメやエレクトラ。マーラーでいうと、昨日聞いたから交響曲第5番の第1楽章、第2楽章、あるいは交響曲第9番第4楽章。何か、人間の本性のようなものなそこに表出しているように思うのです。

それで、きわめつけは、おそらくは交響曲第10番の第1楽章だなあ、と思います。これもやはり昨日と同じく、蒼くぬれた夜道を思い出します。

やはり、アバドの指揮で。このボックスは、20年前に買いましたが、いまではAppleMusicで聞けてしまう、という。寂しいような嬉しいような。

やれやれ。20年前に山野楽器で結構高く買ったのだが、今はAppleMusicで聴けてしまうのだ…。

今日も、なんだか大変な一日。一日一日をドキドキしながら過ごしている気がします。

今日は短めに。おやすみなさい。

1+

暗く蒼い闇の中で──アバドのマーラー交響曲第5番

冷え込んだ朝でした。とにかく、久方ぶりの冬という感じでした。とはいえ、いつもの冬のおとずれより随分と遅き感じです。

とはいえ、どうやら明日から日の入りの時間は早くなるようです。今日の東京の日の入りは16時27分。明日は16時28分です。代わりに、というわけではないですが、日の出の時間はまだまだこれから遅くなります。

本当に夏が楽しみです。ただ、この秋にかならず身体を壊すというのは、広義の夏バテではないか、と疑ってるもいます。気をつけないと。

で、寒い朝、仕事場に向かう電車て聴いたのが、アバドの降るマーラーの5番。

この曲、さまざま解釈があるのだと思いますが、アバドの演奏から痛烈に感じたのは、官能と死という言葉でした。愛情とはそういうものなんでしょう。結局、最後は、何かしらの死で終わるわけです。最近読んだ辻邦生「黄金の時刻の滴り」を読んで、何か感性の間口が広がってしまったようです。人間の原初的なものを、特に第1楽章と第2楽章に感じた気がします。恐れ、妬み、悩み、苦しみのような感情が、直接心臓に差し込んできたのでした。第3楽章以降は明るい色調に徐々に彩られつつあるのですが、今は、それよりも第1楽章と第2楽章を聴きたいです。

アバドの指揮は、この退廃とも言えるような、暗く蒼い闇の中に冷たく光る石畳と銀色の街灯が連なる街の風景を思い起こさせました。あるいは夢の中に出てくる見知らぬ街の記憶なのかも知らないです。もう一人の自分が住む街とも言えそうです。

明日の夜から東京は雨のようです。冷たい雨になりそうです。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

2+

ケルンでもウィーンでもなくパリ

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寒い一日。

体調を戻すため、昨日も今日も家で過ごしました。

夕方、少し時間が出来たので、聞いたのは、キース・ジャレットのパリコンサート。

1988年10月17日の録音。30年前の録音ですか……。キース・ジャレットのソロコンサートと言えば、ケルンコンサートが一番有名だと思いますが、私はパリが一番好きです。ウィーンもケルンもスカラも好きですけれど。

何か、儚い美しさを感じる演奏、と思います。パリはパリでも、雨に濡れるパリという感じ。パリに行ったことはありますが、パリは雨だったかどうだか。マレ地区の安いホテルに泊まって、夜道をバスティーユオペラに向かったことを覚えています。

今日の東京の日の入りは16時半。17時になると藍色の水の中に沈んでいる感じがします。きっと雨のパリも、藍色の水に浸っていて、街路を行く車のテールランプの赤い光が、まるで魚の群れのように見えるのでは、と思います。

さて、明日からまたウィークデー。みなさまもお気をつけてお過ごしください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

1+

辻邦生創作の秘密が満載──辻邦生「黄金の時刻の滴り」

12月に入りましたが、寒さもあまり感じることなく過ごしていましたが、そろそろ寒くなりつつあるようです。

実は、今週も関連事案で体調の急変があり療養しました。経験のないことなので、医師の言うことを聞くだけでした。夜間の救急外来など、これまで経験の無いことばかりで、とてもたくさんのことを学びました。ですが、これからが大変で、今はただ途方に暮れています。これからどうやって復旧しようか、という感じです。

とにかく、病が去ると、次に来るのは疲れですね。先日も、リハビリにと思い、洗濯物を干したのですが、それだけでくたびれて臥せってしまうという感じ。病院で座っているだけで辛い感じでした。本当に健康は大切ですが、どんなきっかけでなにが起こるか分からない、ということも感じました。もうあまり無理は出来ないのか、と想うと、寂しさを感じます。やるべきことを早くやらないと、とも思いました。

それで、夜もなかなか眠れませんが、そんな時の楽しみで見つけたのが、Kindle Paperwhite(2014年購入)を布団に持ち込んで読むということです。おかげで少し読書が進みました。

で、こちら。辻邦生「黄金の時刻の滴り」です。

Kindleではまだ半分と少しだけしかです。リルケ、カフカ、ヘミングウェイ、マンなどの文豪をテーマにした短編集です。

物語的にもとても面白いのですが、実のところ文学に関する考察が小説の中に含まれています。あとがきで辻邦生も書いていますが、文学論では書けない小説家(つまり取り上げられた文豪たち)の世界が描かれている、といえそうです。

ですが、小説家の世界を書いているのは辻邦生ですから、辻邦生が「自問自答」しながら書いているということになり、辻邦生の思う小説家の創作手法が書かれていることになります。

例えば、モームをテーマにした「丘の上の家」では、フィレンツェを舞台に、推理小説の組み立て方が描かれています。

また、カフカをテーマにした「黄昏の門を過ぎて」では、カフカのドッペルゲンガーが、コンサートや図書館、娼家で目撃されるという設定になっていて、小説家(=芸術家)が、人間のグロテスクな悲劇、奇怪な、不条理な、滑稽ないかがわしい生というものに形を与えるのだ、というようなことをカフカに語らせるのです。それは、なにか辻邦生の創作の秘密を文豪に語らせているようにも思えるのでした。

それにしても、Kindle Paperwhite 、ほとんど使っていませんでしたが、先日の療養生活以来、愛用しています。このあたりの話は、また機会があれば。

それでは皆様、良い土曜の夜をお過ごしください。お休みなさい。グーテナハトです。

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急性扁桃炎で療養

はじめに

11月23日のエントリーで「風邪気味」と書いておりましたが、風邪どころか、急性扁桃炎でして、入院寸前のおおごとになってしまいました。

どなたかの参考になるかも知れませんので、以下記録して書いておこうと思いました。あくまでわたしの個人的な経験ですので、参考にとどめていただきたいと思います。医療機関で診察を受け指示に従ってください。

言えることは、とにかくいつもと違うことがあれば、すぐにお医者の診察を受けるべし、です。

11月20日(火)

明け方、軽い喉の痛みを感じました。いつもの風邪の前兆のように感じました。やれやれ、今年は何度も風邪をひくな、と思い、マスクをかけて出掛けたのでした。夕方、出張先の会議中、悪寒と熱っぽさを感じました。翌日、打ち合わせ予定だった後輩に「明日、風邪で休んだら悪いね」と冗談を言って帰宅しました。

11月21日(水)

特に喉の痛みは変わらず、37度近辺の微熱のみ。これでは仕事場を休めないね、と思い出発。今から思えば、朝の電車で、嫌な汗をかいていたのがいつもの風邪とはちがう点でしたが、微熱のせいだと思っていました。で、変わらず、仕事。帰宅すると、37度5分ほどで、風邪薬を飲んで就寝。

11月22日(木)

朝、熱は36度台に下がっていたので、まあ、また仕事に行けるね、ということで、出発。この日は肉体的には少しハードでした。午後、出張で外出し、また仕事場に戻って打ち合わせ、という感じ。少し疲れていましたが、まあ、なんとかこなして帰宅。熱はそんなに上がっていません。

11月23日(金)

23日は勤労感謝の日。祝日なので、かかりつけ医はおやすみ。で、午前中は外出し、午後は昼寝。ただ、そろそろ喉の痛みが激しくなっていて、食事が食べにくくなってきたように感じました。

11月24日(土)

明け方、喉の痛みが激しくなり、どうにも眠りが浅くなる感じ。仕事場で論争をする夢を見たりしました。で、朝一にかかりつけ医(内科)へ。

喉が痛く、微熱が続く、と言って診てもらうと、扁桃炎ですね、という想像していなかった診断でした。かつて父からは、「患者は病名を言うな。病名を言うと医者から嫌われる」と言われていましたので、この日も「風邪をひきまして」と言いそうになるのを控えて、よかったな、と思ったり。

で、溶連菌の検査。どうも、腎炎になる可能性や、他の人にうつる可能性があるとのこと。結果は陰性。ペニシリン系の抗生剤と痛み止め、うがい薬、トローチを出してもらい、帰宅。これで、なんとか週末に良くなりそう、とホッとして、帰宅。さっそく、抗生剤を飲んで、痛み止めを飲み、休ませてもらいました。ですが、どうも良くなる気配はありません。熱も37度前後を行ったりきたり。

食事も喉を通りにくく、おかゆを食べるのみ。痛み止めがないと、唾液すら飲み込めない状況。鎮痛剤が切れた夜は本当につらい状況でした。

11月25日(日)

明け方、酷い喉の痛み。たまらず指定以上に鎮痛剤を飲まざるを得ません。熱も38度近くまであがってしまいます。

おかしい。何かがおかしい。

夜になると、熱は38度を超え始めます。口の中をみてみると、口蓋垂付近が酷く腫れ上がっていて、いままで見たことのない状態に。

身体を横たえると、腫れ上がった口蓋垂が気道を塞ぐらしく、呼吸が出来なくなる状態。痛みは、鎮痛剤でなんとかするにせよ、呼吸が出来ないのは本当に問題。救急車を呼ぼうか迷いました。熱も38度を超えていて、つらい状況。

11月26日(月)

かかりつけ医へ朝一番で駆け込みました。喉の中をみた途端、内科では埒があかず、耳鼻咽喉科、それも総合病院の耳鼻咽喉科へすぐに行けとなりました。看護師さんがいくつかの総合病院に電話であたってもらいましたが、なかなか診てくれない感じ。すこし遠い総合病院でようやく診てくれることになり、バスを使って1時間ほどかけて病院に到着。

血圧と心拍を看護師に測ってもらうと、いつもより高いです。Apple Watch の高心拍警報も出続けていて、やれやれ、と言う感じ。

耳鼻咽喉科の先生、まずは水が飲めるか、と聴かれ、飲めます、と答えました。次に、口の中を覗くなり、「これから喉の検査をしますが、検査次第では、入院することもありますがよろしいか?」とおっしゃる。実際のところ、昨夜の感じだと、入院しかないな、と思っていたので、承諾。で、検査は、鼻からファイバースコープを通して、気道が確保されているかを確認。それから、喉頭に腫れが生じていないか確認。ここで問題がなかったので、さしあたり入院は免れました。

後から調べると、喉頭(食道と肺をつなぐ)が腫れて気道が確保できないと呼吸困難となり気管切開(首に直接穴を開ける)ことになるらしく、それを確認していたものと思われます。

で、抗生剤を増量しつつ、腫れを抑えるステロイド剤が追加されました。翌日に診察の予約。腫れが広がっていないか確認したい、とのこと。

で、帰宅し、安静に過ごしました。夜は、少しだけ、楽になった感覚はありましたが、やはり寝ていると、喉が塞がれる感覚があって、身体を起こして眠ったり、頭を高く持ち上げて眠ったり、と、なかなか落ち着いて眠れませんでした。

11月27日(火)

朝起きて、口の中を診てみると、少しだけ腫れが収まっているように思いました。医者の予約は9時30分から。9時過ぎに病院に着くとすぐに診察開始。腫れは喉頭には達しておらず、想定通り、と言うことで、投薬を継続とのこと。

仕事に行って良いか、尋ねると、「若いし、食事もとれてはいるけどね……」というフレーズを二回繰り返される。で、「まあ、入院を迷うぐらいだから、自宅安静で」と言うことになり、仕事場へ行くのは次の診察までは諦めました。

それにしても、とにかく、喉が痛いです。鎮痛剤を飲まなければ、水を飲むのことも出来ません。

11月28日(水)

明け方は、まだ2時間おきに目が覚める状況。喉の痛みと呼吸のしづらさがその原因。昼間はひたすら安静。ロキソニンを昼間飲んでしまうと、夜はカロナールで乗り切るしかないのですが、カロナールは、効果のある時間がロキソニンより短いので、夜がつらくなるわけです。

で、この日から、昼間はカロナールを使い、夜はロキソニンを使うことにしました。21時過ぎにロキソニンを飲んで就寝。夜中の2時半頃、喉の痛みが激しく起きたタイミングでロキソニンを飲んで、また眠る、という感じ。そうすると、睡眠時間が4時間程度はまとまってとれるようになったというわけです。この日を境に、治るかも、という実感がわきました。

11月29日(木)

ひたすら安静。このあたりから、のどの腫れがおさまりはじめ、眠りについてもなんとか呼吸が出来るようになってきた感じがしました。

11月30日(金)

午前中に診察。腫れも引いており、もう大丈夫です、とのこと。若いと治りが早いね、というコメントもあり。なるほど、若いのか、と勝手に納得。若いという評価もあくまで相対的なものでしかありませんが。

診断書を書いてもらい、晴れて放免。ただ、抗生剤は飲みきること、とのこと。Webなどを検索して呼んでいる中で分かったのは、抗生剤を勝手にやめると、再発リスクがあるらしいです。

午後は粛々と安静に過ごしました。ただ、妙な疲れを感じました。病気疲れなのか、あるいは薬の副作用か。

12月1日(土)

久々に長い時間眠れました。痛みも少し減って、食事もずいぶんとれるようになってきました。しかし、疲労感が半端ないです。おそらくは抗生剤の副作用ではないか、と想像しています。

就寝後、夜中に身体が気持ち悪くて起きてしまいました。シャワーを浴びると身体に発疹が。これはおそらくは抗生剤の副作用かと思われます。

さしあたりおしまい

きりがないのでここまで。おもったより長くなってしまいました。

とにかく、つらい一週間でした。今は、痛みがなくなりつつあり、なにか喉元過ぎれば熱さを忘れる、という感も否めませんが、薬の副作用も出始めていて、やれやれ、と言う感じです。週明けからはたまった仕事もあるし、など。

結局は、風邪をずいぶん引き続けていたところに、疲労が相まって、かかってしまった、と言うことなんでしょう。毎年この時期に風邪は引きますので、きをつけているつもりですが、思ったより疲れていたと言うことなのかな、と。こちらの文脈では、もう若くはないので、ということになるのだと思いました。

みなさまもどうかお気をつけください。

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シノポリが振るシュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」を聴く

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東京は、快晴。寒い一日でしたが、日光を浴びるだけでも元気になります。

10月から、風邪を断続的に引いています。なおったとおもったらまた風邪を引く、という感じ。今週も、やはり微熱と喉の痛みが続き、食事を取るのがつらい感じ。やれやれ。

今日も午前中に出かけましたが、午後はさすがにダウンし、午睡をとり、あれ、しかし仕事をしないとと思い、起き上がったときに聴いたのがこちら。ジュゼッペ・シノポリが降る《ツァラトゥストラはかく語りき》。

 


シノポリの指揮になにか雄大さを感じるのですが、それは、あれ、こんなところで? というところで、テンポを緩めたりするからです。私、実は、今日CDを聴いたときに、これマゼール?と思ったりもしました。マゼールもやはり意表をつくテンポどりをみせてくれることがあります。もちろん、全体として、テンポが緩めで、それが雄大さを感じさせる、ということもあるでしょう。

いつも思うのですが、私はイタリア人が振るドイツ音楽が好きだなあ、ということ。アバド、ジュリーニ、シノポリが振る、ブラームス、シュトラウス、ブルックナーを好んで聴いてます。チェリビダッケもルーマニア系ということで、ラテン系と言えるのかも(これもかつてブログに書いた記憶あり)。

それにしても、シュトラウスは本当に素敵です。複雑に絡み合った旋律が空に舞い上がっていくさまは、ゴシック教会のようでもあり、あるいは近代高層ビル群のようでもあります。その美しさは、美しさそのものというよりも、洒脱さや皮肉も含まれていて、実に興味深いのです。この《ツァラトゥストラはかく語りき》もどういう意図で作曲されたのか……。

ちなみに、この曲は私が小さい頃(3歳頃)、一番お気に入りの曲だったそうです。この曲を流しながら、図鑑を二冊重ねた上に乗って、鉛筆を振り回していたとか。指揮者のマネごとをしていたようです。いまでははみだしサラリーマンですが、三つ子の魂百まで、ということでしょうか。

今日は、日本は冬型の気圧配置だったそうですが、みなさまもどうかお風邪など召しませぬよう。おやすみなさい。

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