辻邦生のリアリズム
先日書いた、フォニイ論争の件。辻邦生を始めとした4名の作家を「フォニイ」とした論争だったようです。
ですが、なにか違う位相で、辻文学は現実と戦っていたのだと私は思うのですがどうでしょうか。
私は文学史はあまり興味がありませんでしたが、すこし調べてみると私小説とは、リアリズムの極地とされているようです。反対に、歴史小説は、現代の現実に則したものではないので、通俗小説と取られるということでしょうか。
よく言及されるトーマス・マンのように現実の市民生活を維持しながら芸術作品を産み出すという立場は、現実と乖離しない立場だと思います。社会的生活を維持しながら芸術を生成するという主人公は、例えば「雲の宴」にでてくる詩人の郡司などがそれにあたりそうです。普通の市民生活を維持しながら芸術を生成するというのは、逆に言うと極めて厳しい道のように思います。
フォニイ論争があった1973年のちょうど同じ頃に発刊された學燈社の「國文學」が辻邦生特集ということで、20年ほど前に古本屋で手に入れました。この中に、フォニイ論争の当事者の一人となった平岡篤頼氏による「辻邦生における異国の意味」という論文があります。
その中に、「生きることと書くこと」の対立という議論が登場します。「生きることは書くことよりも早く経過し、書くことは生きる時間をいちじるしく削減する」とあり、この矛盾が「あらゆる文学の根底に横たわる重大問題」とされます。大概は、生きることか書くことかどちらかを選択することになるのだが、辻邦生は「この二つが対立するものではなく、相関的かつ相補的な関係にある」といいます。
書くこと=芸術活動と、生きること=現実の活動を一つにまとめようとした文学ではなかったか、と思うのです。
また、辻邦生はトーマス・マンの市民的生活を模範として、破滅的な生活ではなく、規則正しい市民生活を送りながら活動をしていたはずです。
そうした意味からも、文学活動の源として、現実世界と向きあうということを課していたのではないか。が故に、大学で教え、サークル活動で学生と交流したのではないか、と思うのです。
(こうした記憶は、20年も前にいずれかのエッセイで読んだものですが、さすがに歳月の流れには抗えず、出典を探すのに苦労します。当時からノートをつけたりカードに記録していればよかったのですが、さすがにそこまではできておらず、というところです。)
先日、NHKの番組で、藤子不二雄Fのドキュメンタリーを見ました。そこでは、常に市民と同じ目線を忘れない、ということをモットーにしているということが語られていました。もしかすると、辻文学もそうした現実世界との密接な関わりを忘れないようなとっかかりが常にあったのではないか、などと思うのです。
辻文学は決して、現実と一切乖離したロマンではなく、現実と対峙するリアリズムなのだ、と私は思っています。
明日からまたウィークデーの始まり。お盆休みの皆様も多いかと思います。きっと、朝の電車は空いていると思います。読むべき本が多いのですが、最近は時事問題もかなり重要で、ついつい電車の中で新聞などを読んでしまいます。まあ、先日も書いたように、大事な時期ですので、そうした新聞を読むことも大切なのですが、通常の読書が進みにくく、難儀です。
それではおやすみなさい。グーテナハト。
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