American Literature,Tsuji Kunio

「老人と海」。高校三年の読書感想文の課題でした。あの時は、半世紀前の翻訳が家にあったので、そちらを読んだのですが、ずいぶん苦労したおぼえがあります。

で、こちら。先月、Kindle版の半額セールをやっていたので買っていたのでした。

老人と海 (光文社古典新訳文庫)
光文社 (2014-09-19)
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読み始めると、これがもうなんだか本当に面白いのですね。

まだ半分ほどしか読んでいませんが、本当に巨大な小説だということがわかりました。

辻邦生の「ある生涯の七つの場所」で、主人公の私とその恋人のエマニュエルの会話が実に素敵なんですが、たしかそれはヘミングウェイの影響だということを読んだことがあります。「老人と海」でも、冒頭で、老人と少年の掛け合いがありますが、これも本当に素敵です。

それから、こればっかりは、書くと陳腐になってしまうのですが、自然と人間の関係というものがあらゆる意味ですごくよくわかります。おそらく、この「感じ」を表すためには、読み手も一つ小説を書かなければならない、とすら思いました。

また、今のところ、ですが、この「老人と海」すら辻邦生の「ある生涯の七つの場所」の一つの短編であるかのような気がします。

そうか。

「ある生涯の七つの場所」はスペイン戦争が一つのモチーフですが、あれはヘミングウェイへのオマージュだったということなんだなあ、と。

当たり前すぎて、今まで書くことすらなかったことかもしれないです。あるいは、今初めて気がついたのか。記憶はうつろいゆくものですから、どっちなのかはわかりません。

「仕事」の合間の隙間時間で、iPhoneを開いてKindleで読んでいますが、こういう読書習慣はこの数年のものなんだろうなあ、と思いました。

それでは、みなさまおやすみなさい。グーテナハトです。

Book,Miscellaneous

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)
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昨日取り上げた「双生児」を書いたクリストファー・プリーストを調べていくと「信頼できない語り手」という言葉にたどり着きました。

なんだか、フーコーの議論を思い出して、とても興味深かったのですね。

語られていることが、実は真実ではないということで、一人称小説や、精神疾患を患う語り手などが、一貫性のない非論理的で物語世界においても誤った言説を取る、というものと理解しました。

まあ、「双生児」においても、事故などが原因となって、一人称の語りが大きく揺らぐ場面が多々あるわけですが、これが「信頼できない語り手」ということになるわけでしょう。

私が最近思っている、文学における「ズレ」あるいは「不協和音」のような構造・言説が、この「信頼的ない語り手」ということになるのか、と思いました。

かつては、真実を語るべきテクストが、真実を語ることはない、という、古くて新しい出来事が現れている、ということなんだと思います。

これが、多分旧約聖書で出尽くしたと言われる類型的な物語を昇華する仕組みなんだと思います。

それは、まるで、オペラの演出のようなものに思えてなりません。知られたオペラの筋書きをスコアに基づいて読み替えるという営為は、おそらくはいかにも知られた「よくある筋書き」のようなものに、新たな意味を加えるということです。

まあ、少し話は戻りますが、主観というのは本当に何を思うのかわかりませんから、誰しもが信頼できない語り手とも言えるわけで、真実なんてものはどこにもない、という状況の中で、信頼できる語り手こそが、信頼できない、という状況に陥りそうです。

歴史も文学も、真実ではなく解釈ですから、なんてことを思います。かなり悲観的な見方ですけれど。

本当は、フーコーのことなど書いてみようと思いましたが、それはまたにします。

今日はそろそろ休みます。おやすみなさい。グーテナハトです。

Book

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いや、本当に面白かったです。私はどうも文学というものの最新動向をまったくおさえていないという状況なのですが、ともかく、この本は、物語の面白さとともに物語構造の面白さの双方を兼ね備えていて、ストーリーとストラクチャーの両方で、読者を引き込むというものなのだ、と思いました。昔ながらの論理だったストーリーであれば、その牽引力はストーリー自体が持っているのですが、この「双生児」においては、物語構造それ自体が読者を引き込む力を持っていて、次はどうなるのか、という高揚感を、構造自体が産み出しているように思います。

私は、かつて見た《ラン・ローラ・ラン》という映画や、J・P・ホーガンの「プロテウス・オペレーション」を思い出しながら読みました。

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あまり書くとネタバレになりますので書きませんが、もしこれから読まれる方がいらっしゃるとしたら、以下の点に注意された方が良いかと思います。

一つ目は、短期間で集中的に読まれることをお勧めします。私は、ずいぶん長いことかかって読んでしまいましたので、構造の持つ仕掛けのようなものに気づかないことがあったのです。もし短期間に、可能であれば、集中して一気に読んでいれば、そうした面白さをもっと感じられたのではないか、と思っています。

二つ目は、ぜひ第二次大戦における欧州戦線の歴史的経緯や、ナチスドイツに関する基礎的知識は持っておいたほうがよさそうです。そうすると、実際の歴史と、物語の関係性をより楽しむことができるでしょう。もっとも、歴史とはそれ自体物語です。ドイツ語でいうと歴史も物語も同じ言葉です。そうしたことも何か思い出しながら楽しむことができるでしょう。

三つ目は、解説を読むタイミングです。さすがに解説は素晴らしいのですが、解説もやはりそれは一つの解釈です。私も解説に助けられて、長期間にわたって読んでしまったディスアドバンテージを補うことができました。ただ、ついつい興味本位で安易に解説へのページをめくってしまったというった方がよさそうです。そうではなく、解説の前に自分なりの解釈を文字に落とすなどして、解説との知恵比べをするぐらいの方がよさそうです。

個人的には、本当に示唆に富んだ気づきをもらいました。それも大きな示唆をもらった気がします。

今日も、《トリスタンとイゾルデ》を聴いて過ごしました。酔いますね、これは。

というわけで、今日はこの辺りで。おやすみなさい。グーテナハトです。

Book

本来は、100冊ぐらい「タッチ」するはずだった今年ですが、まあ、そううまくいくわけはありません。「タッチ」と言っているのは、立花隆の教えでして、完読しなくても良い、というものです。曰く、本は必要なところだけ読むのが、たくさん知識を得るコツであり、気に入らなかったすぐに投げ出しても良い、というものだと(勝手に)理解しているからです。

ただ、融通がきかない性格のせいか、ついつい全部読まないと、と思っているので、罪悪感を抱えつつ、という感じです。

で、数えてみると、60冊程度にはタッチしていたみたいで、まあ、割りにしたら少なかったなあ、と思うわけです。

もっとも、雑誌やらウェブは常に読んでいます。昔と違い、読書とはすなわち本を読む、というものでもなくなってきているようにも思います。

で、辻邦生の本以外で、今年印象に残った5冊を。こうして並べてみると、そこに繋がるものが見えてきてしまうのが怖いところです。

ジョージ・オーウェル「1984年」

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ジョージ・オーウェル
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古典&再読ではありますが、強烈でした。

ライフハッカーで紹介されていた、コリイ・ドクトロウの仕事ぶりに興味を持って、読んだ「リトル・ブラザー」が「1984」から影響を受けているということで、「1984」を改めて読み直してみて、背筋を凍る経験をしたというところです。

「1984」はいつ成就するのか? そういうことを考えましたが、実際にはひたひたと水位は上がっているのかも、なんてことを思いました。

この本に書かれる「ダブルスピーク」に感染してしまうと、人の言っていることを字義通り捉えることができなくなります。ゲフェールリッヒな本でした。

コリイ・ドクトロウ「リトル・ブラザー」

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

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コリイ・ドクトロウ
早川書房
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こちらのコリイ・ドクトロウの本はなんとかハッピーエンドなので、元気が出ますし、気分だけでも若返ります。そして無性にプログラミングがしたくなります。ただ、「1984」のような背筋が凍る思いもするでしょう。

重田園枝「ミシェル・フーコー ――近代を裏から読む」

ミシェル・フーコー ――近代を裏から読む (ちくま新書)
筑摩書房 (2014-01-31)
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もっと早く読んでおけばよかったフーコー。食わず嫌い&何かしらの反感があって、ずっとフランス現代思想に背を向けていたのを後悔したのでした。まあ、学生時代サボって楽器ばかり吹いていた、ということなのでしょうけれど。

フーコーは原典で読む勇気と時間がないので、二次文献を何冊か読みました。いずれも面白いのですが、特にこの本は強烈で、これもやはり背筋を凍る思いにとらわれます。つまるところ、全てが知らないところで作られている、ということ。

私が今ここで書くことができないことが、この本には書かれていて、NHKの夜のニュースを見ることすら怖くなります。理由は、ぜひ読んで体感してみてください。

現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義

現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義 (講談社現代新書)
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これも本当に衝撃的な本でした。池内恵さんの本で、普遍価値の脆弱さを思い知らされます。やはり、人間はわかりあうことができない、ということ。その前提に立って話さなければならない、ということを痛感します。世界は広く深く寒い。そういうことが解る本です。

リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください–井上達夫の法哲学入門

これも、時代の中で読んでみてよかった本。池内恵さんオススメの本。デモクラシーの難しさを感じます。本当のリベラルとは何か。それは、きっと「リベラル」ではない、ということ。前述のように、世界は広く深く寒いわけで、そこで生きるためには何ができるのか、ということが、冷静に語られているわけです。

終わりに

先に触れたように、ここに小説がニ冊しか登場しない、ということに驚いています。小説の持つ力は強いものなのですが、私は現代において、そういう小説をあまりうまく見つけられていないようです。

では、みなさまグーテナハトです。

Tsuji Kunio

西行花伝 (新潮文庫)
西行花伝 (新潮文庫)

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辻 邦生
新潮社
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幻の作品「浮舟」については、先日も書いたように、「地の霊土地の霊」という文章においてその構想が語られています。その中で、源実朝が、中国へ向けて船を作るが、頓挫する、というエピソードに触れられていて、この船を作るという行為の捉え方として「存在が持つ形ならぬものへの憧れ、同一化への狂おしいまでの思い」がゆえに、船を作って中国に渡そうとしたのだ、というものでした。

船が何か彼岸へ通じる道のように捉えられていたのだと思います。

先日も取り上げた、辻佐保子さんの「辻邦生のために」においては、「浮舟」の題名の由来が、とある屏風絵にあったという話が載っています。「浮舟」というのは源氏物語の巻の名前ですが、その場面を取り上げた屏風絵だったそうです。これを見て、「浮舟」の構想が固まったのではないかとされています。

また、ここでは、辻文学における船として、「真晝の海への旅」であるとか「夏の砦」で主人王たちはヨットに乗ったまま消息を立つ、といった背景が指摘されていました。

それで、今日読んだ西行花伝の冒頭部分に、この「船」が出てくるのでした。

「好きというのはな、船なのじゃ。無明長夜を越えてゆく荒海の船なのじゃ」

53ページ

これは、西行の祖父にあたる源清経が話す言葉です。清経は風流人として描かれています。宴席で今様に打ち込む心意気を語るその最後に語る言葉です。

まさに、この今様=芸術に打ち込むということが、存在への憧れであり、それはすなわち船に喩えられるような、儚く、もろく、不安定でありながらも、未知への期待をもたらすような営為なのだ、ということなのだ、と思います。

それにしても、「西行花伝」の素晴らしさはもちろんですが、世にでることのなかった「浮舟」を読んでみたかった、と思います。あるいは、「浮舟」という作品自体が世に出なかったということは、源実朝の唐船が完成しなかったことが暗示していた、ということなのだとしたら、それはそれで一つの何か完成した物語を見ているようにも思えます。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

写真 1 - 2015-12-25

辻邦生全集を本棚の最前面の近いところに持ってきました。10年ほど経っていて、前の家の湿度の高い部屋に置いていたということもあり、残念ながら少し痛めてしまったのですが、中身は宝の山です。

まあ、本は読んでなんぼで、飾っておくものではありません。とはいえ、あるだけで意味のある本のようなものもあるとも思います。

辻邦生全集の目録はこちら。

辻邦生全集目録(私家版)

なんだか部屋の雰囲気も変わったような気がします。明るくなったというか、重くなったというか。

今日は「西行花伝」を読みながら会社へ。昔のように、速度を速めて読めなくなってしまいました。まるで哲学書を読むように少しずつ読むような、あるいは考古学者が土を少しずつ削りながら発掘するような、そんな読み方になってしまい、ちっとも前に進みません。

最近、短いエントリーが多いです。「たえず書く人」になるのはとても難しいことだ、ということも頭の中に入れておかないと。

ではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

辻邦生のために (中公文庫)
中央公論新社 (2012-12-19)
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今日も辻邦生の奥様である辻佐保子さんによる「辻邦生のために」を読みました。当初はKindleで読んでいましたが、最後は手元にある紙の本で読んだわけですが、いや、本当に重い本でした。

一番最後、幻の小説「浮舟」についての部分。本当に示唆的でした。2002年刊行された当時に一度読んだことがあるはずですが、どうもそこまで認識することができなかったのでしょう。13年も経ちましたから、私もずいぶん変容している、ということなのだと思います。

この「浮舟」については、辻邦生が1999年に書いた「地の霊 土地の霊」にその構想が書かれているわけですが、この「辻邦生のために」の「『浮舟』の構想をめぐって」の中で、「地の霊 土地の霊」の内容に加えて、辻邦生自身の様々なエピソードから、「浮舟」の構想が紐解かれています。

私の中では、全体直観のようなもの、西田幾多郎の純粋経験のようなもの、個と普遍のようなものが、辻文学の一つのテーマだと思っていますが、「浮舟」では、「人間の実在は、男と女がそうであるように、存在のこちら側にあるのではないということだ」という直観にまで到達していたということのようです。彼岸と現実をつなぐものを考えること。それが世界認識の絶対直観のようなものだったということなのでしょうか。

もっとも、佐保子さんはこう書いて締めくくっていました。

「浮舟」のような実在と非実在の極限を捉えようとする試みは、おそらく生命のある間は実現不可能だったのかもしれない。

187ページ

ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものは語ってはならない」という言葉がありますが、それは単に、科学や哲学の仕事ではないと言っているだけであり、それはまさに文学の仕事である、ということなのだと思いました。

「地の霊 土地の霊」は、辻邦生全集の第17巻に収められています。もちろん、かつて読んだことがあるものではありましたが、もう一度ざっと読んでみたところです。これは後日ここで書かなければならないものです。

辻邦生全集〈第17巻〉エッセー2
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今日の夕食は、一日早いご馳走をいただきました。本当にありがたいことです。

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

Photo

またウィークデーが始まりました。

それにしても、小説を読んでいると、自分の中で、小説の舞台を創り上げていくことになるわけでして、私の場合だと、本当に行ったことはなくとも、サラマンカなんかは、辻邦生の「サラマンカにて」を何度も何度も読みましたので、勝手にサラマンカの風景のようなものが軽背されてしまっています。

それは、どうも脂っこい揚げ物の匂いが立ち込める狭い路地があるような街で、あの、主人公二人が泊まったホテルが、白熱灯に照らされて、静かに佇んでいるような感じ、に思えます。夕食どきなのに人がいない閑散とした街並み。でも、街は、煌々と白熱灯の琥珀色の光に照らされていて、あのホテル<エル・アルコ>のレストランは、アイロンのかかった白いテーブルクロスがかけられたテーブルがいくつも並んでいる。天井にはシーリングファンがゆったりと回っている。そんな感じです。

これはもう、本当のサラマンカでもなく、辻作品の中に出てくるサラマンカでもなく、勝手に私が作り上げた「サラマンカ」であるに過ぎず、そうした「サラマンカ」が、きっと読み手の数だけあるに違いない、と思うわけです。小説は、そこに生じる形あるものはないだけに、読者側の努力のようなものも必要とされます。そういう交感の芸術であるということは、まあ言うまでもありません。多分、これは、音楽と近いものがあるのかもしれませんが、音楽の方がより演奏者からのベクトルは強いので、単純に同じとも言えそうになく…、なんてことを考えるには少し夜遅くなっているようですのでこの辺りでやめます。

で、この実在する町の名前なんだけれども全く違うイメージというのは、これもみなさまにも経験があるかもしれませんが、夢の中では、実在の街が、全く違う街になって現れることが私の場合よくあります。池袋、高田馬場、あるいは、中学生の頃住んでいた高槻などという街が、まったく違う街となって、夢に現れるのですが、それは夢の中では正しく、池袋であり、高田馬場であり、高槻である、という具合です。

私が数年前に見た池袋は、屋外に巨大なエスカレータを要する大きなデパートのような商業施設がある、実に洒落た街になってました。実在の池袋も面白い街ですが、それとは全く違うものでしたから。

それもこれも、こちらの小説から生まれたのかも。このリンク先の新潮文庫は私は持ってないですね。。と思って本棚に行ったら、いやいや、持っていました。1992年の春に大阪駅近くの古本屋で購入したはず。たくさん付箋が付いていましたので、ずいぶん読み込んだようです。これも夢か?

サラマンカの手帖から (新潮文庫)
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ではみなさま、よい夢を。おやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

Photo

虚空にそびえる大木。幹が白く、白樺?と安易に思ってしまいましたが、きっと違うのでしょう。日没間際の太陽の光に照らされて黄金色に輝いていて、ちょっと我を忘れました。

それにしても、紅葉が美しい季節です。ところが、実際にはもう12月に入っていて、冬になってしまっています。冬なんですが、晩秋の風情を楽しめている感じです。仕事場近くの並木も太陽に輝いて、最後の黄葉が街並みを飾っていたりしていて、幸せな気分になります。

今日は、本当にオフな1日でした。仕事場で勤務しているメンバーもいて、少々心苦しさは残りますが、来週に備えて、ということで。

今日もこちらを少しずつ読んでいます。

西行花伝 (新潮文庫)
西行花伝 (新潮文庫)

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辻邦生の書く女性はみんながみんな魅力的ですね。なんというか、ゲーテのファウストで語られる「永遠の女性なるもの」のような、イデーアールなものに昇華された女性像になっているように思います。

「西行花伝」の冒頭に登場する西行の母親であるみゆき御前(と書けばいいのでしょうか)の人物造形も実に魅力的で、「ある生涯の7つの場所」のエマニュエルや、あるいは「嵯峨野明月記」に登場する、本阿弥光悦の妻のような、屈託のない魅力のようなものを感じます。

「西行花伝」はKindleでの発売はまだですので、紙の本を風呂場に持ち込んで、湯船に浸かりながら読むことにしています。なかなかゆっくりと湯船につかる暇がないので、「西行花伝」の方もなかなか進みません。。Kindleでの発売を待ち望みます。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

SF

風邪ひいてしまい、なかなか調子が出ない日。水泳もストップ。仕事で朝から晩まで一人黙々と作りこんで、なんとか形にしたところで終わりました。

今日もこちらを行きの電車で。今日は出張だったので、いつもより読書の時間が少なかった感はあります。

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)
クリストファー・プリースト
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それでもやっと上巻を読み終わり。ネタバレですが、パラレルワールド? みたいなイメージです。ホーガンの「プロテウス・オペレーション」を思い出しました。読んだのはもう30年前ですが。同じ第二次世界大戦ものですし。

この「双生児」では、そうしたパラレルワールドの刻印が、まるで《プルチネッラ》に現れる微細な不協和音のように、ところどころに感じられて、もちろん、それは歴史をある程度知らないとわからないものから、明らかにおかしいものまで色々とあるのですが、そういう刻印に気づく楽しみのようなものもあります。

つうか、巧い作品だなあ、とつくづく思います。

やはり、物語というものは、人の人生を何度でも味わうことができるものです。それだけでも生き方に深みが出てきそう、なんてことを思いました。

今日はこちらを。

ライヒ:管楽、鍵盤と弦楽のための変奏曲
ライヒ
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「双生児」を読んでいたら、なんだかライヒが聴きたくなりました。ライヒの作品も徐々に変化の刻印が出てくるのを見つけるのが楽しいですね。その変化があるときとつぜん質的変化へ変貌するあたりは、まるでエッシャーのだまし絵のようでもあります。

どんどん寒くなります。どうか、風邪など召されないようお気をつけください。おやすみなさい。