Japanese Literature

Photo

今朝の東京地方は曇り空で、あれ、天気予報と違う、と思いましたが、その後お昼に向けて雲が切れて行きました。写真は、ちょうど雲が切れ始めて快晴へと向かう時間帯のもの。
昨夜は、少しばかり飲みすぎまして、まったく懲りないものです。気を使う場だとついつい飲みすぎてしまいまし。正月休みということでお許しを。
この年末年始休暇は自分の時間をとることはなかなかできませんでしたが、家事をしながら、「紅白歌合戦」を含めて、テレビを見ていろいろ情報を得ました。

で、こちら。

BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」

オペラ「沈黙」を新国立劇場で2回見ていて、映画化の情報も聞いておりました。この春にロードショーだそうです。録画を仕掛けていたのですが、家事のあいまで最後まで見てしまいました。

「沈黙」について語ることそうそう簡単なことではありません。ですが、自らの信仰、自らの価値感、自らの美意識を捨てる、と言うことは、キリスト教禁制下におけるキリシタンだけが直面する問題ではない、ということにあらためて思い至りました。

また、遠藤周作は、「沈黙」に登場するような弱き者たちを沈黙の灰から救い出すことこそが文学の仕事だ、ということを言っていた、とされていました。常々思っていることは、文学の仕事というのは、学問的な客観的必然性や普遍的妥当性がなかったとしても、そこに何かしらの真実を求める営為です。それは、ともすればPostTruthの文脈で語られるような安易な感情的な振りかざしになりがち、ありはそう思われることもあるのでしょうが、作家はそこに客観的必然性と普遍的妥当性を当為としてあるように書くことで、政治や歴史にはできない仕事をしているのだと考えています。遠藤周作の言っていたことは文学の使命として、ある種の作家に向けた一つの指針のようにも感じました。

さて、明日で正月休みは終わり。明後日からまた五時起きの毎日が始まります。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

SF

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)
クラーク
光文社
売り上げランキング: 14,072

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」を読みました。光文社から出ている新訳をKindleで。これは、高校か大学の時に読みたかった本。当時はアシモフは読んでいましたが、クラークは今ひとつ読んでなかったかも。いまさら感ありますが、なにか読んだあとにじわりとくるものが。

ネタバレあるかもしれないですが、これは、喜劇なのか悲劇なのか、という問題。「砂の女」を読んだ時も、やはりそう思いました。オーバーマインドと合一した人類は、果たして滅亡したのか、進化したのか。その割り切れなさ。そして、子供が変やつし去って行くと言う設定。死別でもなく、離別でもなく、変容によると分かれ。この哀しみこそが文学なのだ、と強く思います。

そして、これは未来史小説。歴史と物語が同じものであるということを感じさせます。連綿とした未来史のなかで、運命あるいは必然に抗い決然と生きる人間たちの姿は、例えば、辻邦生「春の戴冠」のフィオレンツァの人々や、「天草の雅歌」の長崎の人々のように思いました。必然の歴史の中で、自我と自由を守ろうとし、あるいは取り戻そうとする人たちを書くこともまた文学だとも思います。

それにしても、この名状しがたい読後感。丁度、日経サイエンスで人類の未来についての記事を読んでいただけに、この先1000年、2000年後の人類を思うと、目がくらみます。こうしたことを考えるのも矢張り文学なんだろうなあと思いました。

一週間終わり。来春はまた別の種類の仕事を一週間。不安は多い。今、帰宅中ですが、家でとりあえずワインを飲みたい気分。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

Literature,Tsuji Kunio

確かに本をたくさん読んでいる気はします。そうは言っても、仕事に関する本がいきおい増えてしまいます。ただ、時折、辻邦生やSFなどを読むのですが、そうした時に、仕事に関する本とは違う決定的なものを感じることが多いです。

仕事に関する本は、理詰めで書かれていますので、理解する、というのがゴールになるのでしょう。確かに、整然とした論理を辿れば、何かしらの有用な知識を理解することができて、それを生活に活用することができます。おかげで、たくさんの恩恵を得ることができ、読書のありがたみを感じます。

ところが、辻邦生などの文学や、あるいはSF小説などを読むと、仕事に関する本とは違う理解の感覚を得ることができます。仕事に関する本は頭で理解する、というのであれば、文学は腹で理解する、ということなんだと思います。

私はどうやらこれを20年前の学生時代に飲み会で同級生にそうした話をした記憶があります。哲学的文章で絶対的真理を論証することはできない。だが、同じ体験をさせることを文学はできるのではないか、ということです。その体験ということは、もちろん主観的なものです。ですが、文書において表現された体験を読み手が味わう、ということは、とりもなおさず、そこに何かしらのことを読み手に伝えることができて、それは頭で考えるということに加えて、(仮想的とも言えるかもしれませんが)体験として伝えることができる可能性がある、ということ。体験を伝えられる、というのが文学の強みで、論説のような文章とは違う点だ、ということを、何か感じるのです。

そもそも、古代から、口述される神話のようなものが世界観を作っていたという事実があります。これは辻邦生の「小説への序章」の冒頭部分で書かれていることです。もしかすると、今でもやはり物語が世界を動かしていると言える場面があるのかも、と思います。あるいは、物語は、世界、歴史を変えることのできる力さえ持っていると言えます。真実と異なる物語が作られ、それが歴史的事実となってしまうことさえある、恐ろしいものです。「ペンは剣よりも強し」という使い慣れた言葉がありますが、そうした怖さを思い知らされることすらあります。

世界は物語からできている。

この命題は、おそらくは、文学や小説を形作る一つの根本的な物語あるいは詩への信頼なんだと思います。
先日、少し触れた「言葉の箱」に書かれていたのも、この信頼だったと思います。

ちなみにこちらが私が持っている「小説への序章」。この本ばかりは難儀でしたが、繰り返し読んで少しは分かり始めたのかも、と思います。
IMG_0657.JPG

最近、なかなか書く時間がないのは仕事お時間もさることながら、少しばかりの大仕事があったため。そろそろまた元のペースに戻していこうと思っています。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

img_4551

それは単なる、おぼろげな、誤謬に満ちた一老学徒の記憶を紡ぎ出していった世界に過ぎない。しかしそれが書きとめられ、絶えず描かれた形で呼び戻されるということは、未来永劫に闇の中に沈む存在に較べると、なんと確かな存在感を持つのだろう。私が夜更け何にもかかわらず、思わず回想の中にのめり込んで行き、筆を執らずにいられなかったのは、この回想録こそが、虚無の闇に浮かぶ光の島のように思われたからである。この世の空無感が強くなればなるほど、回想録は、伝説に出てくる花咲く浮島のように、虚無の闇の中にくっきりと漂い始めるのである…。

辻邦生「春の戴冠」新潮社、1996年、761ページ

今日は本当に良い天気でした。1ヶ月ぶりぐらいに感じます。ですが、家で黙々と掃除などをしていました。ふとした拍子に本棚から1996年に出た「春の戴冠」を取り出し、おそらくは10年ほど前に読んだ時につけた付箋に手をかけたら、こちらの文章が出てきました。

春の戴冠

春の戴冠

posted with amazlet at 16.10.02
辻 邦生
新潮社
売り上げランキング: 811,025

これを読んで思い出したのが、私が芸術というものを私なりに初めて理解したと思えたときのことでした。理解したと思えたときのことでした。いつかも書いたかもしれませんが、書いてみます。

Paolo Veronese, The Wedding at Cana

こちらは、イタリアルネサンス後期の画家ヴェロネーゼの「カナの結婚」という作品です。この作品をいつぞや、ルーヴル美術館で見る機会がありました。この巨大な絵画を眼前にして、真実在という言葉が出てきたのでした。おそらく、西田幾多郎の文脈における真実在という言葉だったと思います。

もちろん、それは正しく西田哲学のタームとしての真実在という言葉に当てはまるものであったかどうかはわかりません。ただ、その時の真実在という言葉には、何か肉感的な生々しい、手に触れることのできるような温かみさえ持つような感覚だったと思います。

この「カナの結婚」の中に描かれている数多の人の姿は、当然のことながらヴェロネーゼの手による創作であるわけです。ですが、それは創作という人間の頭の中でなされたものを超えて、本当にこういう風景があった、という真実味を帯びていたと思うのです。本当に、こういう宴が、こういう場所で開かれていて、楽器を弾く人もいれば、ワインを注ぐ人もいれば、品定めをする人もいれば、ということが、ありありとした真実味を帯びて感じられたのです。それまでは、おそらくは、絵画というものは、何か作られたもの、と、いう感覚を持っていたのですが、この時からそれが変わりました。芸術作品にある真実味というものは、現実世界とは全く関係なく、真実としてそこにある、ということが直感的にわかった、ということなのだと思います。

これは、もう、語れば語るほど、書けば書くほど、そうした意味合いから離れていくのだと思います。ですが、書くとしたらそういうことです。

それで、この辻邦生「春の戴冠」に書かれていることも、やはりそういうことなのだ、と思うのです。回想録、つまりこの「春の戴冠」に描かれていることに他ならないのですが、それが現実という虚無の世界からはなれて、「確かな存在感」を持ち「闇に浮かぶ光の島」となるほどの存在になるということです。現実を超え現実と離れて、描かれたことが「真実在」となる、ということ。これは美術作品もそうですが、文学作品もやはり真実在として、そこにありありとした真実味を帯びて現前している、ということなのだと思うわけです。

そこで思い出したのが同じく辻邦生「言葉の箱」。

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)
辻 邦生
中央公論新社
売り上げランキング: 527,216

言葉によって世界を作り、その箱の中にあらゆる世界を積み込めるんだという信念

82ページ

フィクションの架空の出来事、場所、人物は、実際に小説の中以外にありえない、つまり、現実のどうかに探しに行ってもありえない。

77ページ

辻邦生の授業で語られたことを聞いたことがあります。辻邦生が言っていたことは、小説の舞台に読者が行ったが、そこは小説の世界とは違っていて、読者は驚いていた、という趣旨のことだったと記憶してます。それをさも笑い話であるかのように話しておられたのでした。

つまり、小説世界と現実世界の断絶について話をされていたわけです。断絶というよりも、小説世界が現実世界をさらに超えたものとして浮島のように光り輝き現存している、という感覚なのかもしれません。確かに、作品のイメージとして、小説の舞台に行くのはおもしろいことなのかもしれませんが、それは作品とは断絶している、ということを言っていたのだと理解しています。

「春の戴冠」の語り手であるフェデリゴは、ある意味辻邦生の分身であり、フェデリゴが書く回想録というものは「春の戴冠」のテクストそのものであると言ってもいいわけですが、その「春の戴冠」は、実際のフィレンツェやボッティチェルリとも離れた、一つの真実在として、それそのものが大きな価値として光り輝く浮島のようにこの世界の上に存在している、ということで、それがゆえに、フェデリゴ=辻邦生は、メディチ別邸での宴をこと細かく描写し、それはもちろん実際にあったものではないのですが、それでもフェデリゴ=辻邦生が真実在として言葉によって世界を作り出し、それを読者は真実在としてありありと生々しく感じている、ということなのでしょう。

辻邦生「言葉の箱」では、小説に大切なものは、「詩」、「根本概念」、「言葉」である、と書かれています。

小説を書く場合、(中略)世界を超えてしまうか、世界を拒否しているかで、何もない無の世界にいる。そして、言葉によって新しい世界を、新しい人物を作っていくわけです。この感覚がないと、強い作品は生まれません。

162ページ

まさに、先に言葉があって、そこから新しい世界を作るという、素朴な意味での、認識の対象と主体の逆転のような事態が起きています。西田幾多郎の哲学で純粋経験という概念があって、最初に主体も客体もない、経験そのものがあって、そこから世界が立ち現れる、というような趣旨なのですが、それに近いものを感じるという意味では、最初に出てきた西田哲学用語の「真実在」というもあながち間違ったものでもないのでは、と思います。

今日は長々としたものになってしまいました。最近、なかなか書く時間が取れませんでした。ですが、やっと9月末でひとつ山を越えました。次の山も半月後にあって、山ばかりなんですが、どうしたものでしょうか。もう少しタスクは選んだようが良いかも、と思ったりもしております。

それではみなさま、おやすみなさい。

 

Tsuji Kunio

夏の海の色 ある生涯の七つの場所2 (中公文庫)
中央公論新社 (2013-06-24)
売り上げランキング: 142,219

一昨日の秋分の日に、NHKで放送されている「らららクラシック」の再放送を見ました。エリック・サティの回で、ジャズミュージシャンの菊地成孔さんが出てました。成孔さんは、実は大学時代のサークルにゆかりがあって、一度だけお会いする機会があってセッションしたことがあります。成孔さんのサックスが壊れたのだが、レコーディングに使わなければならず、当時私がとある方からお借りしていたカイルスベルスのテナーを使われる、ということで取りにいらした時でした。今はもう遠い方ですけれど。

番組の中で、サティは、モンマルトルで音楽を書いて、みたいな話のつながりで、成孔さんは「自然のなかでは落ち着かない。歌舞伎町のような街中でないとだめ」という趣旨のことをおっしゃっていました。逆に、自然の中でないとだめな方もいるわけで、番組では、「人間の芸術と自然の芸術のふた通りがある」という話になりました。

以前にも聴いたことのあるようなコンセプトだったりしますが、辻邦生はどうだったのだろう、と思ったり。たぶん両方だったのだろう、と。

辻文学は、自然描写も凄まじいですが、人間を見入る力も凄まじいです。

私にとって忘れられない自然描写は、おそらくは、「背教者ユリアヌス」の冒頭、霧の中から城さいが現れるシーンでしょう。それから、人間を見る目、という意味でいうと、「ある生涯の7つの場所」に出てくる女性たちが忘れられず、エマニュエル、朝代、咲耶と言った女性たちは、時代設定は古いですが、何か新しい時代を自由に生きる人間の姿を感じさせ(女性の姿ではなく、人間の姿、です)、忘れることはできないです。それから、雨の都会が好き、というフレーズを何度となく読んだ記憶があります。確か、「言葉の箱」だったかと記憶しています。

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)
辻 邦生
中央公論新社
売り上げランキング: 407,103

ですが、もう1つ。辻邦生の場合、「本の芸術」、というのもあるな、と思いました。以前にも書いた気がしますが、菅野昭正さんが、週刊朝日百科で、辻文学を「本の小説、小説の本」と称していたはずです。
https://museum.projectmnh.com/2016/03/21225416.php

歴史小説とは、歴史という「本」からインスパイアされるものである以上、辻文学は「本の芸術」という側面もあるのではないか、ということだと理解しています。歴史だけではなく、多くの哲学書を読まれていて、それらを活かしたというのも、やはりまた「本の芸術」といえるのではないか、と思います。
こうして、辻文学は、「人の芸術」でもあり「自然の芸術」でもあり、「本の芸術」でもある、なんてことを勝手に思いついてしまったというわけです。

自分のことに翻ってみると、芸術家ではないにしても、個人的にはやはり自然が好きなんだろう、と思います。街の喧騒も嫌いでありませんが、静かな山奥でひっそりと過ごすことにも憧れます。育った場所や、親の記憶、自分の記憶などがそうした志向を形成しているのだと思いました。

あとは、やはり本も。昔読んだ子供向けの西欧小説の記憶も。「若草物語」「家なき子」「パール街の少年たち」「ゆうかんな船長」「ロビンソン・クルーソー」「海底二万海里」「十五少年漂流記」などの記憶は薄れることなく、あのような世界に立ち返りたいという欲求は抑えがたいものがあります。辻邦生の小説、特に西欧を舞台にした小説に共感するのも、こうした記憶があるからではないか、と考えています。

今日、9月24日は辻邦生の誕生日です。1925年生まれということですので、91年目ということになります。

それではみなさま、良い1日を。

Japanese Literature

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)
吉田 健一
講談社
売り上げランキング: 75,302

昨日少し触れましたが、今、吉田健一の「金沢」を読んでいます。

きっかけは、辻邦生のエッセイに登場したから。吉田健一と辻邦生の交流がかかれているのですが、辻邦生が吉田健一論を書きたいと思ったが、そこまで至っていない、という趣旨のことが書いてあり、読んで見ることにしました。辻邦生以外の日本文学については不勉強なわたくしは、名前は存じていましたが、作品を読むのは初めてでした。

で、読み始めると、この息の長い文章のリズムが、本当に素敵で、長い文章のリズム感、あるいは波のようなうねりに身体が乗ると、とても心地が良いのです。ある意味辻邦生の文体にも似ている、と強く思いました。

これを手にとってみて、あ、ゴルトベルク変奏曲を、聞かないとと思ったのも、静謐さを感じたから、ということもあるでしょうし、音楽的なリズムのようなものを感じたというのもあるのかも。

秋雨ということで、雨が続いていますが、こういう雨の風情を感じる余裕がもう少しあれば、と残念です。

それでは。

Tsuji Kunio

そういえば、むかし稚内に行ったことがありました。

本当は海外に行きたかったのですが、同時多発テロの時期で、海外旅行は危険と思われていました。それじゃあ、日本の最北端に行ってみよう、と思ったのでした。

羽田から札幌へはボーイング777で。札幌で一泊し、翌朝、雨降るなかバスで丘珠へと向かい、YS11で稚内へと向かいました。YS11は機材繰りの影響で1時間以上遅れて丘珠を離陸しました。最初で最後のYS11でした。その記憶といえば、窓のすぐそこに回るプロペラと、帽子入れと称される座席の上に設えられた薄い荷物入れでした。
稚内では、ちょうど港近くのホテルに泊まりましたが、どうやら繁華街は南稚内という隣駅だったようで、なにかうら寂しい雰囲気を感じたものです。

高台の公園へと散歩していると、東京から直行してきたボーイング767が低く市街地へと進入してくるのが見え、この最北の街も東京とつながっている街なのか、といくばくかの感慨のようなものを感じたのを覚えています。また、「稚内は日本で一番ヨーロッパに近い街」という看板があり、ロシアがヨーロッパだとすると、たしかにそう言えるとも思うわけですが、そこになにか、日本の最北端のさまざまな難しさを感じたりもしたものです。
わたしの勝手な記憶のなかに、稚内の街を歩き回っているときに、木造の民家が修道会のものだあることを示す古びた木の標識を見つけた、というものがあります。それは、夢なのか、あるいは辻邦生の「北の岬」を読んだ印象が作り出したものなのかはわかりません。ただ、あ、もしかするとこういうところに、「北の岬」のマリー・テレーズが住んでいたのかも、と思った記憶もあって、何が本当なのかはわかりません。検索すればわかる問題かもしれませんが、差し当りは夢かうつつかわからないことにしておきます。
この「北の岬」は、Kindleで読めるようになりましたので、先日買ってしまいました。

北の岬(新潮文庫)
北の岬(新潮文庫)

posted with amazlet at 16.08.20
新潮社 (2016-06-17)
売り上げランキング: 25,623

北の岬は、もう20年近く読んでいませんでした。こうした恋愛小説はもう読めないなあ、と思ったりしたので敬遠していた気がしますが、今回再読してみた次第です。やはり、普通の恋愛小説な訳はなく、形而上学的な光の差し込む品格のある小説だなあ、と改めて思いました。

明日以降のもう少し書いてみようと思います。

取り急ぎおやすみなさい。

Tsuji Kunio

Photo

昨日、何とか予定を立てて、もう一度辻邦生ミニ展示を観に、目白の学習院大学史料館へ。前回は23日の講演会のなかだったのでずいぶん混み合っていたのですが、昨日はゆっくり見ることができました。

今回も「春の戴冠」のメモをずいぶんと眺めいりました。メモを取るのも忘れてしまった感じ。ただ、自己を棄てるということに美がある、といったことが書いてあったような気がします。誤解される表現かもしれませんが、生死を超越したその先にある価値のようなのかも、と思います。

今日も「春の戴冠」の最後の部分を読んでみたのですが、謎は深まるばかりです。

もっともそういう感覚が、最近よくわかるようななってきたので、少しずつ辻文学が理解できるようになりつつあるのかも、と思ったりしています。

文学は人生論ではありませんが、辻文学は語られる哲学であるはずで、おそらくは哲学の主題は人生である以上、辻文学を読んで自らの人生を考えるということも許されるのではないか、と思いました。

今日は取り急ぎ。おやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

西行花伝 (新潮文庫)
西行花伝 (新潮文庫)

posted with amazlet at 16.07.30
辻 邦生
新潮社
売り上げランキング: 42,177
嵯峨野明月記 (中公文庫)
辻 邦生
中央公論社
売り上げランキング: 112,865

昨日、「浮舟」について書きましたので、それに関連したことを。

私は、某大学の国文科を受けました。一次試験は通りまして、面接を受けたのですが、まあそこで落とされましてた。面接に際して、試験官に「大学に入ったら、辻邦生の研究をしたい」といったところ、試験官に「最近は、日本のものを書いているようですね」言われたのです。確かに、当時、ちょうど「西行花伝」が連載中でした。ですが、わたしはまだ「西行花伝」に到達しておらず、「そうですね、『嵯峨野明月記』とか、『江戸切絵図貼交屏風』とかですね」と答えたはずで、それが理由かどうかはしりませんが、二次試験で落とされたというわけでした。

まあ、辻邦生の研究室をしたいのなら、フランス文学か哲学をとったほうが良いと思いますし、実際通った哲学科で触れた西欧的な教養や西田哲学のほうが辻文学の理解の助けになっていると思います。

そういうわけで、国文学には縁がなかった?ので、おそらくは「西行花伝」は難しい部分があるのです。あの幽玄な和歌の世界は、さすがに私のリテラシにはないもので、ほんとうに理解できているのか、と思うことがあります。「西行花伝」に現れる西田哲学的な要素は理解ができるのですが。まあ、確かに、古文は苦手科目でした(文法の暗記ばかりだったのと、先生と馬が合わなかったから?)。だから国文科の試験に落ちたとも言えます。

辻文学のすごいところは、西欧的な要素に加えて、日本的要素が多分にあるところだと思います。「嵯峨野明月記」に現れる豊かな語彙は、おそらくは、「背教者ユリアヌス」や「春の戴冠」とは異なる古文的な語彙群で形成されています。また「風越峠にて」のなかに現れる万葉集の解釈は本当に素晴らしく、古文の教科書を超えた小説家の想像力が花開いたものだ、と高校生ながらに感動したものです。

数ヶ月前から「西行花伝」を、もう一度読もうとしながら、なかなか進むことができないのは、時間が取れないということもありつつ、わたしのリテラシの問題も、あるのかもと思うのですが、私も齢を重ねましたので、そろそろ国文学の機微がわかるようになり始めているかもしれず、あきらめずに読まないと、と思います。

そういえば、辻邦生のエッセイの中に、日本の古文書を読むのに苦労する、といったこととが書いてあった記憶がよみがえりました。活字化されているのは問題ないが、草書の古文書は難しい、といった内容だったでしょうか。

今日もいろいろと書きましたが、やはり、読む方も頑張らないと、と思いを新たにいたしました。

Tsuji Kunio

辻邦生のご命日である7月29日が今年も参りました。

あれから17年ですか。毎年どんどん遠くへ来ているような気がします。

17年前の新聞の切り抜きも、随分と古くなりました。

写真 1 - 2016-07-29

今日は学習院では「遠い園生」の朗読会があったようです。平日ですので、さすがに今日は参れませんでした。

今年の学習院大学史料館の展示で、嵯峨本の「うきふね」が展示されていました。嵯峨本は、もちろん「嵯峨野明月記」に登場しますし、「浮舟(うきふね)」は、もちろん「西行花伝」の次に描かれる予定だった小説で、源実朝が主人公の小説です。

この辺り、詳しくは辻佐保子さんの「辻邦生のために」に経緯が書かれていますし、「微光の道」冒頭の「地の霊 土地の霊」にも記載があります。特に「辻邦生のために」に書かれたドキュメンタリーのような内容は、手に汗を握るものです。先ほど改めて読み直してみて、何か気が遠くなる思いでした。

もし「浮舟」が書かれたら、ということを、先日の展示を見ながら思っていました。

17年も経ちましたが、きっと永遠になっているのだと思います。

それではみなさま、おやすみなさい。