Tsuji Kunio

最近、どうにも齢を重ねたらしく、今まで見えなかったものがずいぶんと見通しよく見渡せるようになりました。
それとともに、辻邦生の作品への理解の質的変化を感じています。昔は、確かに理解していたかもしれません。ですが、今は理解を超えた理解になっている気がする。頭で分かっていたものが、腹の底から分かった、という感じ。
辻邦生の嵯峨野明月記で、本阿弥光悦が加賀の国へと出かけた歳に、海岸に立つシーンがあったと思います。あそこでは、打ち寄せる波の連続が、世の為政者の不断の変遷が、なんらの必然性を伴うことなく繰り返されるという、ある種の諦念の感覚だったのですが、なんだかずっしりとその考え方と一体化した感じです。
それから、俵屋宗達が行った「世の中は背理である。そこにあるのは哄笑だけなのだ」というセリフ。ずいぶんと心の中に残っていますが、今までとは違って腹の底にしっかりと座っている感じです。私も歳食ったんですねえ。
それから、同じく辻邦生「嵯峨野明月記」の以下の部分。

歳月の流れというどうにもならぬものの姿を、重苦しい、痛切な気持で認めることにほかならなかった。しかしだからと言って、そのゆえに行き、悩み、焦慮することが無意味だというのではない。そうではなくて、それは、むしろこの空しい思いを噛みしめることによって、不思議と日々の姿が鮮明になり、親しいものとなって現れてくる、といった様な気持だった。(中略)すべてのものが深い虚空へ音もなく滑り落ちてゆく、どうすることも出来ぬこの空無感と、それゆえに、いっそう息づまるように身近に感じられる雲や風や青葉や光や影などの濃密な存在感とに、自分の身体が奇妙に震撼されるのを感じた。

辻邦生『嵯峨野明月記』中公文庫、1990、210頁
なんだか、いろいろ分かってきた感じです。

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また、辻邦生を読んでいます。今度は「天草の雅歌」です。三回目です。
一回目はなんだか話しの面白さにぐいぐいと引っ張られて、最後まであっという間に読んだ記憶があります。15年ほど前でしょうか。その後もう一度読んでいるはず。10年以内だと思われます。少なくとも2006年以前だと思います。
この小説は、辻邦生初の三人称小説です。それまでは、すべて一人称小説だったわけですが、ここが一つの転機になったとのこと。私は辻邦生的な一人称小説が大好きですので、この「天草の雅歌」を読んでいて、パースペクティブが変わるようなところでドキドキしてしまいます。やはり少し勝手が違うところがあるかもしれません。
とはいえ、物語としても大変素晴らしい作品。江戸時代初期、まだ鎖国体制が確立していなかった頃の長崎を舞台にした、外国貿易を取り巻く血なまぐさい政争と、それに巻き込まれていく混血の美少女のコルネリアと長崎奉行所通辞の上田与志の物語。こう書いているだけで胸がときめきます。当時の政治経済の情勢が手に取るように分かる歴史小説でして、この物語がフィクションであることを知りながらも、それでもなお、物語世界が実在として迫ってくる力強さがあります。
当時の日本は、鎖国が成立していませんので、外国貿易を推し進めようとする勢力と、それに抗う勢力の争いは絶え間ないものでした。それにくわえて、キリシタンの問題がありましたので、ますます事態は複雑化しているわけです。そうした問題は、おそらくは天草島原の乱が最大の分水嶺となって、鎖国への道を駆け下りることになるわけですが、そこに至るまで、思いのほか饒舌な歴史が眠っているということがよく分かります。
もちろんこの物語はフィクションですし、歴史小説とは、史実と付かず離れずで成立しているものですので、そのまま史実とは言えますまい。ですが、辻邦生の他の作品と同じく、フィクションとはいえ、極めてリアルな真実在とも言えるような、なにか手を触れることの出来る実体のようなものを伴ったものですので、きっと長崎に行けば、上田与志やコルネリアの姿が見えることでしょう。
先日読んでいた「嵯峨野明月記」でもそうでしたが、細部に至る細かい描写が手に取るように感じられて、通勤電車の中にいながらも、気分はすでに当時の長崎に居るかのような思いを感じます。個々の描写は実にビジュアル的で、映画を見ているようにも思います。辻邦生師は、映画もお好きだったのですが、小説のシーンを、映画のワンシーンのように切り取ってビジュアル化するところは実に巧みだと思います。
今年の旅行はどこにしようかと思っていたのですが、長崎が候補に挙がっています。というのも、全集で「嵯峨野明月記」を読み終わって、解題を読んでいたときに、辻邦生が「天草の海の色は素晴らしい」と書いていることを知ったからです。残念ながら、長崎には行ったことがありませんので、本当に興味深いのです。また、長崎の教会に行けば、少しは西欧に近づけるかもしれない、という思いもあります。本当に行けるといいのですが。

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今日も無事に仕事を終えました。なんだか細々と忙しいですが、回っているコマは倒れませんので、しばらく回り続けることにします。
以前にも書きましたが、辻邦生の「嵯峨野明月記」を読んでいます。四年振りに読んでいるのですが、これまでは中公文庫版で三回ほど読みましたが、最後に読んだ四年前に、付箋を山嵐のように付けてしまいましたので、今回は重いのを承知であえて全集版で読むことにしました。
「嵯峨野明月記」は、全集の第三巻に「天草の雅歌」とともに所収されています。
しかし、俵屋宗達のモノローグを読んで感じるのは、よくもこれだけ画家に憑依して語ることができるなあ、ということ。画家の素養がなければ恐らくはここまで書けないのでは。もちろん、その後ろには、哲学的ないしは美学的な裏打ちがきちんとなされているわけです。恐らくは西田幾多郎の影響が色濃く感じられますし、ハイデガーの芸術論や最晩年の芸術論集である「薔薇の沈黙」で語られるセザンヌ論などが影響しているのだろうとは思います。辻文学は奥深い。哲学や美学の素養も必要ですから。私には哲学の素養も美学の素養もなさそうですが。
「春の戴冠」も、「嵯峨野明月記」と同じく画家が主人公ですが、あの本もやはり哲学的色彩が極めて濃かったです。ルネサンス期の新プラトン主義とキリスト教哲学の融合が通奏低音のように響いていましたから。
あとは、今回「嵯峨野明月記」を読んで感じているのは、文章の中に潜んでいる音の数々が実際に耳元でなっている様に思えていること。例えば、月に照らされた海岸の波の音と松籟の音の描写に、心底感嘆しています。それからちょっとした人間の動作が、その人間の性格を言い当てているようなところは、「小説の序章」で語られるディケンズ論との関連が感じられます。この方法もやっぱり「春の戴冠」でも数多く登場しました。
今日、この文章を書く中で、「嵯峨野明月記」と「春の戴冠」の類似性に思い当たりました。二つの小説の舞台は、一方は安土桃山時代、一方はイタリアルネサンス。時代は100年ほどしか離れていません。場所は地球の裏側ぐらい離れていますけれど。この二つの作品の中に立ち現れる芸術論の比較とか、「橄欖の小枝」や「薔薇の沈黙」などの芸術論との比較分析とか。私がもう15歳若ければ、取り組めたのですが。実に興味深いテーマです。今からでも遅くはないかもしれません。

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今日は辻先生の命日


今日は辻邦生氏の命日です。今から11年前の1999年7月29日午後零時四十分、軽井沢病院にてご逝去されました。当時、カミさんからの電話で、辻先生が亡くなった、ときいて、しばらくは言葉を継ぐことができないほどのショックでした。1925年9月24日のお生まれですので、当時まだ73歳。お若かったのに残念です。大変お忙しかったそうですし、自動車事故にあわれるなど、大変なこともあって、最晩年は大変お辛い状況だったようです。それでも仕事にまい進されて、最後まで原稿を離さなかったとか。
当時、私は追悼の意味をこめて一ヶ月間服喪し、アルコールを一滴も飲みませんでした。会社のビールパーティで、先輩に強要されましたが最後まで断りとおしました。
一度だけ少し言葉を交わしたことがありますが、ぜひ一度ちゃんとお会いしてお話をしたかったのですが、その願いもかなわぬまま。でも、そのほうがよかったのかもしれないなどと。

このところの辻体験、西田幾多郎との兼ね合い

このところ、急に「円形劇場から」とか「ある告別」を読んでなんだか展望が開けてきた矢先に訪れたご命日で、なんだかやっぱり僕はいつまで経っても辻先生の手のひらの中にいるんだなあ、ということを感じました。もちろん辻先生は私のことなどご存じないと思いますけれど。
今朝も、行きの電車で「春の風 駆けて」を読んでいました。以前読んだことがありますので、折り目、付箋、傍線から当時読んだときの感覚がよみがえってきています。おそらく2007年ごろに読んだのではないかと思います。
それで、その折り目の中に、辻先生が西田幾多郎の哲学について語るところが出てきます。私は常々西田哲学と辻文学の親和性に着目していましたが、その動かぬ証拠を再発見した感じで、なんとも名状しがたい気分でした。24ページです。特に「西行花伝」を読むと、その類似性には驚かされますので。
西田は、すべては純粋経験から始まり、純粋経験の中にある統一力が秩序となって、世界を形成する、といった感じの議論だったと思いますが(これであっていますでしょうか? I橋先生?)、辻邦生の場合、その統一力というものが美であるという捉えかたをしている、と最近は読んでいます。
辻先生も書いていますが、西田も辻も、論理明晰に哲学を語っていない。それは到底言語化し得ない原初的な体験なのであって、語れば語るほど離れていくもの。けれども、語らずにはいられない。そのため、西田の言説は迂遠であり、難解なものとなっている、ということ。これは辻先生の小説を読み込むときにも感じることです。一言で片付けられるわけはないのです。ましてやブログに、すべてを書くことなんてできやしない。でも書かねばならぬ、という衝動です。

小説を書くときのデモーニッシュなもの

それからもうひとつ。小説を書くときにデモーニッシュなもの、ミューズのようなものが降りてくる瞬間があって、ある種の憑依状態になって筆を進めるのがよい状態なのだそうです。たとえば山本周五郎が小説を書いていたときマーラーやシベリウスを聞いていたのだ、という話が出てくる。こうして音楽を聴くことが魔神性を呼び起こす最良の手段なのだとありました(188ページ)。これには私も同意します。
貼り付けた写真は当時のご逝去を知らせる新聞記事。これは、私のシステム手帳のポケットに11年間入っているものです。

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辻邦生の思想の「激しさ」

それにしても、辻邦生の思想は激しいです。劇場が世の中を支えている。すなわち、これは、辻邦生自身によって、美が世界を支える、という直観に読み替えられますので。この直感は辻邦生がパルテノン神殿をアテネでみた体験がゆっくりと醸成されて形成されて行ったものだと考えています。その証拠に、「パリの手記」と題された日記集では、ここまでラディカルには書いていなかったですし、先日紹介した「ある告別」でも少し脇役に回っていた感がありますので。
私はまだここまでの直感を実際に体験したことはありません。美の存在は直観しましたが、それが世界を支えている、あるいは我々の生活を支えている、とまでは、まだ行きません。修行が必要。ですが、ここをどうしても超えなければならない。これは、パルジファルの試練ぐらい難しい気がします。もっと辻邦生の本を読ままいと。
まあ、言う人に言わせれば、辻邦生の美学は50年前の古びた美学と言うことになるのかもしれません。現に、それと似たようなことを言われたことがあります。
確かに、こんな時代を辻邦生が想定していたのか? パフォーマンス臭が強く実効性に疑問があるにせよ、かの事業仕訳で科学文化予算が切捨てられて、それでもなお財源が足らないなんて言う状況にあって、劇場に、世の中を支える美があるのだ、と能天気に言えるのか? 辻邦生がこの直観を得たギリシアの国家財政が破綻したと言う皮肉な事態も。パルテノンの美も財政危機を支えることは出来なかったと言うことではないのか。
その答えを求めているのが、現在ということ。いまいまはオフシーズンのオペラ。いろいろ映像を見たり聴いたりしたい欲求。本も読みたいところ。「円形劇場から」では、夏休みの時間が一つのモティーフとして使われていますが、私には夏休みはありません。よくて秋休みかな。。
頑張る。
辻邦生の本一覧は以下のリンク先を
“https://museum.projectmnh.com/webs/tsuji/tsuji-worklist.php":https://museum.projectmnh.com/webs/tsuji/tsuji-worklist.php

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ちょっと遡行更新
うーん、また感動している。
辻邦生「ある告別」を「辻邦生全短篇2」にて読みました。2回読んだかな。
それで、過去記事を検索してみると、2年半ほど前に「ある告別」を読んで、同じようなことを考えているようです。ちょっと違う。この2年で私も変容したということでしょうか。
“https://museum.projectmnh.com/2008/02/11181405.php":https://museum.projectmnh.com/2008/02/11181405.php
あのときは、「若さ」と「美」を大括りしているようですが、いまはそうは思えない。全く別の原理だという直観。あのとき以上に「若さ」との訣別を意識しているのかもしれない。
2年半前の記事から引用。全体の分け方は適切のように思えます。
# パリからブリンディジ港まで:エジプト人と出会いと死の領域についての考察
# ギリシアの青い海:コルフ島のこと、若い女の子達との出会い、若さを見るときに感じる甘い苦痛、憧れ、羨望
# 現代ギリシアと、パルテノン体験
# デルフォイ、円形劇場での朗読、二人のギリシア人娘との出会い:ギリシアの美少女達の映像。
# デルフォイからミケーナイへ:光の被膜、アガメムノン、甘美な眠り
# アテネへもどり、リュカベットスから早暁のパルテノンを望む
# アクロポリスの日没
今回は、2番目のユニットと7番目のユニットを取り出して考えてみます。

若さの喪失直観

2番目のユニット「ギリシアの青い海」で語られること。
船上で、若い女の子二人と出会った瞬間に、若さの喪失を直観するわけです。
私が、最寄り駅に帰り着いたとき、近所の大学生の群団とよくすれ違うのですが、そのときの気分に似ています。まだ辛酸を知らず、屈託のない笑顔を浮かべる彼らの姿は、間違いなく以前の私の姿なのですが、決定的な断絶があると思わざるを得ません。

私は、実をいうと、少なからず狼狽した。それは、見てはならぬものを見た瞬間の気持ちに似ていた。なぜなら、それはまさしく自分がすでに若さから見棄てられたという実感から生まれていたからだった。こんな思いに襲われたことは一度だってなかったのである。(中略)もう自分は若くないのだという感じよりは、この孤独に取り残された感じの方が強く私にきた。それはいかにも若さから転落したみじめな没落を思わせた。

辻邦生全短篇2巻:78ページ
以前にも書いたかもしれませんが、私が若さを喪ったのはワイマールでドイツの若者に出会ったときです。決定的な瞬間でした。リヒャルト・シュトラウスが指揮者を務めたワイマールの劇場前広場で、ちょっとした若者達との苦い邂逅をしたのでした。
とはいえ、いまでは、齢を重ねるということは、悪いことばかりではないと思います。歳をとったから分かることもたくさんあります。おそらく歳をとらなければ「ばらの騎士」も「影のない女」も「カプリッチョ」も理解できなかったはず。

アクロポリスでの日没

最後のユニット。
主人公の語り手は、アクロポリスから日没を眺めるのですが、そこにやはり若者の一団がいて、夕焼けを眺めていて、バラ色に輝いているのです。ですが、いつしか太陽は沈むと、あたりは徐々に闇へと近づいていくのですが、若者たちの一団は放心したようにじっと動かないまま。その瞬間、若者たちが若さを失うということを直観するのです。

その瞬間、私が感じた感情を憐憫と名づけることにいくらか私は躊躇する。にもかかわらずそれはきわめて憐憫の情に似かよった感情だった。(中略)その瞬間、彼らが夕闇に沈んで、昼の役をおえたのみも気づかぬのと同じく、自分たちの「若さ」の役をいずれ終わらなければならないのに気づかずにいるのが、私には痛ましくてはならなかったのだ。(中略)どうして人はかくもみずみずしく健康で美しいものから離れなければならないのか。

辻邦生全短篇2巻92ページ
ですが、若さからの訣別こそ重要であると言うことが語られます。それは、主人公の語り手が、年老いた女が厚化粧をして、若々しい服装をしているのを見て、若さのイミテーションというおぞましさを覚えたことを思い出したからです。そして、次の直観。

おそらく大切なことは、もっとも見事な充実をもって、その<<時>>を通り過ぎることだ。<<若さ>>から決定的に、しかも決意を持って、離れることだ。熟した果実がそうであるように、新しい<<時>>に見たされるために、<<若さ>からきっぱりと遠ざかることだ。ただこのように若さをみたし、<<若さ>>から決定的にはなれることができた人だけが、はじめて<<若さ>>を永遠の形象として──すべての人々がそこに来り、そこをすぎてゆく<<若さ>>のイデアとして──造形することができるにちがいない。

辻邦生全短篇2巻93ページ

そして、この<<ただ一回の生>>であることに目覚めた人だけが<<生>>について何かを語る権利を持つ。<生>>がたとえどのように悲惨なものであろうとも、いや、かえってそのゆえに、<<生>>を<<生>>にふさわしいものにすべく、彼らは、努めることができるにちがいない」

辻邦生全短篇2巻94ページ
人生の一回性の重要性とか、生きていると言うことの奇跡的偶然性、あるいは、祝祭性。このかけがえのなさは、生きる喜びの源となるはず。
これは、辻文学をかたどる一つの重要な要素なのですが、改めて思うところは大きい。何やってるんだろう、わたくしは……、みたいな、焦燥。やりたいこと山ほどあるのに、完全に守りに入っている。もっと、攻めないとなあ。
やっぱり、辻邦生氏が、人生の師匠であるという事実。これは20年前から同じ。でも、まだ全部読めていない。入手可能な小説はすべて読んだけれど、論文集などでまだ読めていないものがあるんですよね。
がんばろう。
そして、もうすこし、ちゃんと読み書きできるようにならねば。それが読書ということらしい。

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どうしてこうも、不思議なことが起こるのでしょうか。
*「辻作品を読むたびに、今の自分にとって大事なことと出会う」*
ということは、これまでも書いてきたかもしれませんが、今回も驚きました。
先日、「詩と永遠」という、エッセイや講演録を収めた本を読んでいたのです。

私は、京都へ行くとお土産に落ち葉を持って帰る。柿などはすごく赤くなって綺麗です。パリでも蔦の葉を押し葉にして持ってくる。そういうものを持って行って喜んでくれる人と何かつまらなそうな顔をする人がいる。(中略)でも本当はそういうものが素敵だという考え方が幸福の土台を作っている。

207ページ
私がまだ独身でお金に余裕のあった時代、モレスキンを買いました。2004年に、学習院大学で「辻邦生展」が開かれました。秋でしたね。それで、展示を見終わって建物の外にでると、黄色い銀杏の落ち葉がたくさん落ちていたので、何の気のなしに一枚拾ってモレスキンに挟んでいたんですね。
それが、5年あまり経った先日、「詩と永遠」を読みながら、モレスキンにメモを書き付けている時に、急に飛び出してきたんです。5年あまり前の銀杏の葉っぱが。


葉っぱ一枚ですが、本当に驚きました。理性的に考えると、まあ、ほんの偶然に過ぎないんですが、辻邦生作品を読むと、こういうことが本当にたくさん起きます。先日も書いたように、僕にとって見れば聖書みたいなものなのだと思います。
また読み始めたいなあ。
再開したと言えば、さっきEWIを吹きました。いやあ、本当に腕が落ちている。アンブシェアなんてボロボロでございます。リトナーやダイアナ・クラールとコラボしました(笑)

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写真は、辻邦生師がかつて勤めておられた学習院大学文学部の建物です。いまの仏文の教授には夏目房之助や中条省平さんなどもいらっしゃいます。
久々に辻邦生師の本を手に取りました。
辻邦生師の本を開くと、常にその時々に応じた言葉が目に入ってくるのが不思議です。今回も同じ。

「生」というものが決して一すじ縄ではゆかぬ、生成する多様な複雑なもので、それに対してつねに、ある距離を取らなければならず、それに呑み込まれたら、どんな強靱な精神でも、ひとたまりもなく破壊するというゲーテの現実を洞察した深い知恵

74page
まあ、日常については、なんとも消化しきれない思いはあるんですが、まあ、そうした事実とは距離を置いて、本当の自分と向き合う時間も必要だなあ、と。
まあ、毎週やっているんですけれどね。
以前も書きましたが、辻邦生の本は、私にとっては聖書みたいなものです。あるとき、ふと手にとって、ページを開くと、、その時々の自分にぴったりな言葉が現れるという不思議さを感じることが多いです。
今回も同じでした。
最近、カプリッチョ聴いて涙を流すことが少なくなりました。「影のない女」でオペラトークで皇后の歌を聴いたら泣いたんですけれど。
ちと疲れて感情センサーが鈍くなっているのかも。だが、トラブル発生のため、今日も忙しそうだなあ。
やっぱり、辻邦生師とは一生離れることは出来ないでしょう。

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今日は辻邦生さんの命日です。没後10年ということになりましょうか。手帳には、10年前の訃報を伝える新聞の切抜きが入っております。あれから10年がたったのか、というほとんど信じられない思いが湧き上がりました。
10年で世の中はすっかり変わりました。ITバブルがあり、9.11があり、アフガニスタンがあり、イラクがあり、リーマンショックがあり……。景気の波も2サイクル回りましたし、私も変わったのだと思います。良い方向に変わっていれば良いのですが。
10年前の秋の「お別れの会」のことも懐かしいです。雨降る高輪プリンスホテルに駆け込んで、会に参列して、辻さんの執筆姿を捉えた白黒写真をいただきましたが、その写真も時間に抗えず変色しています。
歳をとればとるほど時間の流れは累乗的に速くなりますので、次の10年はもっと速そうです。

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「霧の聖マリ」読了です。2ヶ月ぶりに辻作品の芳香に触れて感慨深いものがありました。

先にも触れましたとおり、ある生涯の七つの場所は、色の系列(7色)と数の系列(14篇)を掛け合わせて(98篇)プロローグとエピローグを加えたものですが、霧の聖マリでは、黄と赤におのおの7編を掛け合わせた14篇からなります。

黄の系列である「黄いろい場所からの挿話」は私Bが主人公の挿話群で時代は1970年代初頭のヨーロッパが舞台。「赤い場所からの挿話」は私Aが主人公の挿話群で1920から30年代にかけての日本が舞台です。

(私A、私Bはこちらを参照ください)

改めてプロローグを読み直してみると、スペイン内戦についての示唆が多く含まれていて、あとから登場するはずの人物達の名前も記されてあり、懐かしい思いです。

「黄いろい場所からの挿話」群では、おそらくはスペイン内戦に参戦した男達の影をいくつもいくつも通り抜けていきながら、私Bとエマニュエルのある意味独特な愛情関係をモティーフに、人間らしさとか、自由といった根本概念の考察が加えられていきます。

私Bとエマニュエルの関係はこの作品群に通底する大きなライトモティーフで、今後のことを知っているだけに、複雑な気分。あまり書くとネタバレですが、ともかく、この二人のある意味純化された美的な関係は実に甘美です。

「赤い場所からの挿話」群では、私A(私Bの父親なのですが)の幼少時代からの記憶をたどる物語。戦前の日本を舞台に、なかば哀切とした人間模様が語られていきます。逆境に耐え忍びながら、あるいは運命に抗おうと生きる男達や女達の物語を、幼少の私Aの視点から回想的に語られるわけで、胸を打たれるばかり。

今回も、読んでいくうちに今の自分にぴったりのことが書いてあって、空恐ろしさを感じた次第です。こういう経験は辻作品を読むたびに味わうので、最近では当たり前のように思っていますが、良く考えればとても不思議な出来事だと思います。