Opera,Richard Wagner

私が通っていた中学校の校歌に「弛まず倦まず」という歌詞がありましたが、あれは実に重要な一言でありました。続けた者にしか栄誉は訪れないでしょう。私も弛まず倦まずがんばろう。
というわけで、倦むことなくまたまた、シュナイダー、テオリン、スミスの「トリスタンとイゾルデ」。
この演奏のことばかり書いている気がしますが、本当に飽くことも倦むこともなく、まったく素晴らしい演奏。何が素晴らしいのか? 
やっぱりシュナイダーの指揮。オケのサウンドは複雑なレース編みのようにも思えるほどです。縦糸が音のダイナミクスだとすれば、横糸はしなやかなテンポコントロール。オケサウンドは絶妙な柔らかさとしなやかさを持ちながら、ひたひたと溢れるような淡い銀色の液体のように、聴く者を虜にし、聴く者の感涙を誘う。
素晴らしい!
それにしても、テオリン姐さんの歌はすさまじいです。ドイツ語の口蓋音までも聞こえてしまうというパワーです。あともう少しで実演に触れられるとは! 楽しみです。

Opera,Richard Wagner

通勤時間はサラリーマンに残された最後のリゾートである、という絶妙な文章をどこかの雑誌で読みましたが、どうやらそこにもスマートフォンが侵入し、仕事をやる人が増えてきたらしいです。
幸いなことに、当社は大変革新的な会社ですので、仕事をモバイルでやる、なんていう考えはどこにもございませんゆえ、私のリゾートはまだ守られています。個人的には、飛行機で欧州に行くときの12時間ほど、自由な時間は、この世には存在しない、と思っていますが、通勤時間も往復でたっぷり3時間もありますので、一週間通えば、欧州航路片道分に相当します。通勤時間が長いことは悪いことだけではないようです。
もっとも私の素晴らしい会社は関東地方の端にありますので、電車もバスもなんとか座れるわけで、だからこそこういうことがいえるのだとは思います。今年は異動ないしは会社移転のために私のリゾートも失われる運命にありますがけれど。それだけは残念。
今日のリゾートは、バーンスタインが振る「トリスタンとイゾルデ」です。バーンスタインの指揮はご存知のようにたゆたうテンポで、ゆったりとしています。まるでねっとりとした蜂蜜の中を泳いでいるかのよう。溺れてしまいそう。いっそ、そのまま。
この恍惚感はバーンスタインならでは。もう30年ほど前に、NHKFMで吉田秀和さんが、バーンスタインが振る「田園」を「恍惚とした感じ」と解説していたのを思い出しました。
バーンスタイン、ドイツ統一の時、第九の歌詞を変えた(歓喜freudeを自由freiheitに変えたんですねえ)のには、すこし引きましたが、この数年、いろいろ聞くようになって、いっそう好きになった気がします。もっと聴かないとなあ。

Opera,Richard Wagner

1月10日、新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」は千秋楽ですがなんとか無事に劇場へ行くことができそうです。イゾルデにイレーネ・テオリン、ブランゲーネがエレナ・ツィトコーワという垂涎のキャスティングでして、想像するだけでワクワクします。ネット上の「トリスタンとイゾルデ」関連の記事については、申し訳ないのですがブラインドを落として、目に触れないようにしております。どんな舞台なんでしょうか。

 

こちらの写真は2009年のバイロイト音楽祭で、イゾルデを歌ったテオリン様。指揮者ペーター・シュナイダーで、クルヴェナールはユッカ・ラジライネン。ユッカは、新国の「トリスタン」でもクルヴェナールを歌っています。

テオリン様

 

明日は、バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」を聴く予定。こちらは、トリスタンがペーター・ホフマン、イゾルデはヒルデガルト・ベーレンスです。

J.S.Bach

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

今年は、聴いて、読んで、書いて、考える一年にしようと思っています。まあ、インプットしないとアウトプットできないし、アウトプットしないと思考もままならないと言うことで。

今年も懲りずに目標を。

  • 読書はまた100冊を目指しますが、今年は内容にもこだわっていきたいところ。
  • 映画も20本ぐらいは見たいです。少ないですが少しずつ感覚を戻していかないと。
  • 音楽も、何か指標を付くってがんばりたいのだが……。
  • ブログをはじめとして、今年は書くことを自分に課していきたい。弛まず倦まず。
  • プロジェクトT、がんばろう。

今年は、総じて昨年より良い年になりそうな予感。いや、良い年にする。受け身ではいかんぜよ。

 

この年始休暇はNHK-FMを聴いておりました。今朝はリヒターの特集を諸石幸生さんの解説で。リヒターの指揮によるブランデンブルク協奏曲は、あまりにフィットしちゃって、なんだかもう全く違和感がない。この録音は、わたくしのiPodに数年前から入っていて、折に触れて聴いておりましたので、もうまったくデフォルト化してしまっています。安心感。だが、おそらくは、芸術のもう一つの方向として、驚愕とか苦痛というものもあるはず。そこを咀嚼するのが難しい。矛盾と区別こそが物事の意味を生成するのであるから。

Ludwig van Beethoven,Symphony

いやあ、久々にチェリビダッケで感動。
最近、つとめて第九を聞くようにしているのですが、久々にチェリビダッケらしい演奏で感動しました。10年ぐらい前に発売されたチェリビダッケボックスから第九をば。
テンポの緩やかさは相変わらずですが、それが巧い具合にフィットしていて、たゆたう感じがすごく良いのです。特に第三楽章は本当に素晴らしい。白磁か青磁を思わせる端正で静謐な世界です。会社帰りに聞いていたんですが、結構癒されました。
この感じで田園をふるとどうなるんだろう。早速聴いてみたいと思います。
いよいよ年の瀬ですが、なんだか仕事はやまほどある。公私にわたって。だが、やることが多いと言うことは幸せでもある。くじけずこつこつがんばろう、

Richard Strauss

ツァラトゥストラはかく語りき、ばかり聞いた一日でした。午後の都心への外出を利用して、ブーレーズ、ブロムシュテット、ハイティンク、カラヤン、ケンペを立て続けに。
ハイティンクの重量感のある演奏、意外に重々しいブーレーズ、煌めくブロムシュテット、耽美的カラヤン、ケンペの構築美。
録音の良さでいえば、ブロムシュテット、ハイティンク、カラヤンかなあ。ケンペの録音は少し古いが、十分にドレスデンサウンドです。
さて、外出すると、太陽の光を浴びられるのが嬉しい。空気は透き通り、少し冷え冷えとしているところが、なんだかヨーロッパの空気に似ていてこれもまた嬉しい。清々しいです。
ヨーロッパで思い出した。
ヨーロッパはギリシアにしてもアイルランドにしても大変です。その点、ドイツ人は、無駄遣いしないし、質素な生活をしているんだそうです。もっとも、10年以上前の話ですので、いまは変わっているかもしれませんけれど。
それで、カミさん曰く、日本もこれからかつてのドイツのように質素になって行くんじゃないか、とのこと。成熟した社会はおのずとそうなるんじゃない、とのこと。同感だなあ。
このデフレスパイラルは普通じゃない。誰かが儲けているんだろうけれど、誰なのか見当もつかない。多分国外にいるんだろうなあ、儲けている人達は。
日本の戦後はバブルだったんだろう。確かに何かがおかしい。大人買い、とか普通じゃないし。まあ、考え方を変えないといけないはず。既得権益なんて幻である。
だが、実のところそう思わされているのかもしれなくて、この諦観を見てほくそ笑んでいる人がいないとは言えないだろう。
でも、資本主義における最大の原理は、まずは欲望。次に競争そして恐怖であるはず。諦観や質素は資本主義の敵なんだが。景気を底上げしたければ欲望の刺激が一番なんだがなあ。こうも社会が縮こまるのはほくそ笑んでいる人達には損なはず。まあ国外でほくそ笑む人にとっては好都合なんだろうけれど。
しかし、質素は意外に清々しいものである。心が洗われる気がする。案外、こういうところに幸福が隠れているのやもしれないなあ、など。

Symphony,Wolfgang Amadeus Mozart

東京も寒い。でも台風が来ている。なにかおかしい。
体重が急激に減ったんですが、なんのことはない。おそらくは筋肉がおちたのだと思います。この一ヶ月ほど、土日も消耗していたので、ジムに行けなかったのが敗因。あんなに鍛えたのに残念。レグプレス120キロ、再びできるようになるのはいつかなあ。
相変わらずカラヤンのモーツァルトが面白くて、今日もずっと聴いていました。飽きもせず繰り返し繰り返し。
私は、EMIからでているテイトのモーツァルト交響曲ボックスを持っていて、こちらのハフナー、リンツも大好きです、ハフナーはカラヤンよりも端正でおとなしい。テンポも少し抑えめですが、音量のダイナミズムはテイトのほうが際だっています。さすがに編成が少ないだけあって、カラヤンの音源より音圧は少ないけれど、その分聞きやすいです。
この音源も思い出深いです。辛いときに引きずり出してくれたいろいろな「もの」の一つなのです。ありがとう。
カラヤンの「ドン・ジョヴァンニ」のライナーを見ると、チェンバロは若き日のテイトだったりして、テイトがカラヤンにも使われていたのだ、と認識を新たにしたのを覚えています。テイトは、ブーレーズともリングのプロジェクトで一緒に働いたことがあるはず。
カミさんは夕方にバレエを見に出かけましたが、駅と会場が離れているので、雨合羽を着込んでいきました。私はこれから英語を話しに行って、やっと週末のオフに入ります。今晩もたっぷり眠れますように。

Symphony,Wolfgang Amadeus Mozart

今日もカラヤンのモーツァルト。35番と36番を繰り返し。ヴァイオリンのテヌートが際立っていて、優雅さが引き立っています。録音良好。リヴァーヴ感もすばらしい。ベルリン・イエス・キリスト教会にて1970年の録音。
考えてみれば、カラヤン&ベルリンフィル&ベルリン・イエス・キリスト教会の組み合わせは、私の音楽体験の原点です。小さいころ、グラモフォンのカセットテープを飽きるほど聴いておりましたから。だから、この音質に安心してしまうのでしょう。でも、テヌート感は今週初めて感じた気がしていました。
でも? と思い、私のブログを見てみると、同じことを三年半前に感じているらしい。変わらないわたくし。
“https://museum.projectmnh.com/2007/05/22205042.php":https://museum.projectmnh.com/2007/05/22205042.php
でも、三年も経って、同じことを感じていると言うことは、勘違いでもなさそう。
ラヴ、カラヤン。
36番は、ずいぶんと速いぞ。アスリート的。でも、美しい。体操選手の床競技みたいな。

Symphony,Wolfgang Amadeus Mozart

久々にモーツァルトの交響曲を。
38番「プラハ」と39番。
なんだか心が洗われた感じ。ここ数ヶ月味わったことのない静かで確かな心の動きを感じました。私の音楽が聴いている音楽の量は極めて少ないので、焦燥感とともになるべくオペラを聴こう、と管弦楽曲をなるべく聴かないようにしていましたが、今日はたまたまです。
言わずもがなですが、モーツァルトは偉大です。演奏はカラヤン。なんだか弦のフレージングがテヌート気味なのに気づいて、すごく新鮮です。音の切れ目を感じさせず、十分に音価を引き伸ばしている。録音場所のリヴァーヴ感とあいまって、天から落ちてきたかのよう。もちろん、ベルリン・イエス・キリスト教会で、1970年9月の録音。
ヨーロッパの建築でよくあるドーム型天井に描かれたフレスコ画の微細ながらも柔らかいタッチを思い出します。抜けるような淡い水色の空と綿のような雲、それから踊る天使達の姿。
欧州に飛んでいきたいですが、残念ながらかなわぬ夢。欧州文化の偉大さなんだが、後ろに控えている尊大さや残酷さをしばし忘れさせてくれる。美しいものは、あらゆるものを踏みにじって表出しているという過酷な現実を、ほんの少しだけ忘れることができました。

Opera,Richard Strauss

私はこの数年間リヒャルト・シュトラウスに惚れ込んでいますが、まだまだ皆様のようにすべてを把握出来ているわけではありません。
まずはオペラ作品だけでもすべて聴いておきたいのですが、まだまだ聴けておりませぬ。
というわけで、先日から「エジプトのヘレナ」を聴いていますが、それはそれは、もうなんともかんとも、すさまじい音楽で、サロメとエレクトラをさらに突き進めたような強烈・強靱な音楽にたじたじです。すごいっすねえ。
今日は、あいにくい帰宅の電車が人身事故騒動に巻き込まれ、いつもより余計に電車に乗っていたのですが、幸いにも座れていましたので、一人の時間でゆっくりと「エジプトのヘレナ」漬けでした。でもカイルベルト盤は録音品質に問題はありますが。
数年前に、二期会が「エジプトのヘレナ」を上演しましたね。見逃したのが悔やまれます。2004年に若杉さん指揮でやったんですねえ。行きたかったです。
シュトラウス合宿と銘打ってしばらくがんばります。ああ、グントラムをiPodにいれんとなあ。