マーク・アントワンの「Cruisi’n」を聞いて思ったこと。

Cruisin'
Cruisin’

  • アーチスト: Marc Antoine
  • 発売元: Grp Records
  • レーベル: Grp Records
  • スタジオ: Grp Records
  • メーカー: Grp Records
  • 価格: ¥ 2,585
  • 発売日: 2001/06/19
  • 売上ランキング: 193886
  • おすすめ度 5.0

先だって取り上げたマーク・アントワンのアルバム「Cruisi’n」を聞いて思ったこと。特に4曲目のSierre Bellaを聴いて思ったことです。

たとえば、この曲のバックでコードを押さえている空間系シンセ音とか、ストリングスの対旋律とか、ハモンドが一瞬コードおさえていたりとか、正確無比なスネアとか、フロントギターの細かいリフとか、冒頭に一瞬登場する水が流れる音とか、コンガかボンゴの音とか、それ自体では端数的な意味合いしか持たないものが融合すると、ひとつの世界となってたち現れてくることの不思議さ。量的意味が質的意味に変換したというか、エラン・ヴィタールというか……。 そうした要素要素を直感的に配置する感覚も筆舌に尽くしがたい。こういう清涼感とか、空間的な広がりをユニット全体で表現することの難しさといったら途方もないな、という感じです。

フュージョンとか、スムーズジャズ(あるいはポップスとか……ひとくくりにすると商業音楽? 非古典的音楽?……でも同じだと思いますが※1)は、音韻情報だけではなく、こうしたハーモニーと音色が織り成す全体が重要だし、それを味わえるかどうか、がその是非を決定しますね。それは、作り手側によるところはもちろんのこと、聞き手側にも責任の半分はあると思います。これって、味わえない人がいたとしたらその人を責めているわけではなく、その人が生来持っている感覚に合致しないというだけのことです。僕が残念なことにロックを聞いてもそのよさを味わうことができないのと同じように、です。ビートルズの時代や、モダン以前のジャズではここまで全体の音色などが重要視されることはなかったと思います。

昔、サックス奏者の坂田明氏が「音楽作りは、絵を描くのに似ている。まず背景を何色にして、そこにどういう要素を加えていくのか、という点において……」ということを15年ほど前にテレビで語っていたのを思い出したのですが、現代の商業音楽、フュージョンとか、スムーズジャズだけではなく、ポップスなんかの音の作り方はまさにそういう作りなんでしょうね。おそらくは、「絵を描くように」、サウンドを重ねたり、付け加えたり、効果をかけたり、という過程が、演奏局面と同等かそれ以上に重要なんだと思います。だから、プロデューサの役割というのが大きいのだと思います。

そういう意味では、こういう音楽の作り手さんって、本当にすごいと思います。 ちなみに、こういう音を素人が演奏すると聞いていられない音になってしまうことが多いです。第一に技巧的な面で。リズムがそろわないのが致命的。第二に編集作業を入れにくいから(もっとも今はDAWソフトが進化しているから、玄人はだしの素人さんはたくさんいるんだと思うけれど……)。

それでも果敢に挑戦したことがありましたが、私が足を引っ張ってしまっていたのでした。とほほ。 音楽は難しいです、本当に。才能のある人にとっては、これほど自分を表現するのに有効な手段はないと思うのですが、そうでない私にとっては、もどかしさと歯がゆさが常につきまといますね。

 ※1 こういう音韻情報以外に全体の音色感、響和感が顕著になってきたのは70年代後半以降のシンセサイザーの導入以降でしょうか。あるいは、マイルスがエフェクターかけ始めた頃、とか、そう言う感じ。

明日は4年ぶりぐらいにやるバンドのリハーサルです。けっこう緊張しますね。ちゃんとテーマを吹けるのか、ソロをとれるのか、少し不安です。

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