岡本かの子「ドーヴィル物語」
- 岡本かの子全集〈2〉
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- 発売元: 筑摩書房
- 発売日: 1994/02
- 売上ランキング: 997025
フランスの海辺の保養地での日本人小田島と、スペインの国際スパイ、イベットの物語。西欧人のしたたかさ、老獪さとが、辻邦生文学とは違う観点で描かれていて面白い。
フランスは、恋愛の国と言う先入観が強いけれど、やはりここで描かれるのも、フランス人における恋愛感情の重要度と、そこに内在する打算的な部分とでもいえる現実主義、リアリズムなのである。そこに異質な人間としての日本人小田島が場に投げ込まれることで、波紋が広がる。小田島の目線を通して、そうしたフランス人の恋愛感情(あえてイデアリズムに分類しよう)と現実主義(リアリズム)のせめぎあいが客観的に描かれるている。
イベットは、 「欧州人というものは理解なしには何事にも肩を入れて呉れない性質の人種よ」
「ドーヴィル物語」『岡本かの子全集第2巻」、ちくま文庫、35ページと小田島に語る。小田島は東洋人であるがゆえにそうした性質を持たず、理解なしに自分を受け容れてくれるので、好きになったのだ、と告白するのだった。
イベットに惚れた(かのように振舞う)ドーヴィルの市長は、イベットを連れてカジノに出かけるような男。ほかにもたくさんの男がイベットの虜になっている。イベットはスペインのスパイで、カジノの売り上げを探ることで、フランスの国家財政の状況を推量したところで、スペインへ強制送還となる。これ以上イベットに国家の大事を嗅ぎまわられてはかなわない、と言う判断なのだった。さしもにイベットと遊興にふけっていると思った男たちは、イベットの役割を理解した上で、 遊んでいると言うのだから、恐れ入る。
ドーヴィルの風情は、プルーストにおけるバルベックと似ている。この小説で描かれる爛熟した遊興族は、戦間期のフランスにもまだ残っていたことを物語っている。欧州にとって最後の古きよき時代。だが時代はめぐるのだ。それを知っているわれわれは、そこに寂寥感や無常観をも感じるのである。
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