Giuseppe Verdi,Opera

はじめに


先日参った東京二期会公演の「マクベス」。私はコンヴィチュニーの演出に参ってしまいました。「鬼才」と冠せられることはあります。
あえて文献や情報に当たらず、意見をまとめてみました。

演出について

狂言回しとしての魔女あるいは女性たち

一貫しているのは、魔女達が狂言回しとして、全体をプロデュースしているという設定です。登場する女性たちは、(一箇所を除き)みんな鼻が長い魔女になっています。
舞台の時代設定は現代です。魔女たちがいるのは、薄汚れたキッチンです。なにやら怪しいホームパーティーで、魔女たちは派手な身なりをした若い女達で、肩にフクロウや黒猫を載せていました。
そもそもの原作においても、魔女の予言が契機となって物語が進行しますし、第三幕でマクベスは魔女の予言を聞きに来ますので、魔女が物語のトリガーとなっているのですが、演出においてはさらにそれが押し進められており、例えばマクベス夫人に手紙を渡すのも、マクベスにダンカンを殺すためのナイフを渡すのも魔女ですし、4幕で反マクベス軍に物資(ここでは木ですが)を渡すのも魔女たちです。
そして、その最たるものは、すべての演奏は、魔女たちが囲み耳を傾けるラジオの中の出来事でしかなかった、という解釈です。
最終部分の音はオケの音が徐々に小さくなり、ラジオからしか聞こえないという具合になっています。最後のオケの盛り上がりは全くありません。肩透かしを食らった気分です。
ここは、どのように音を出しているのか、今のところよくわかりません。音の感じはオケがフォルテで鳴らしているようにしか聞こえないのですが音はラジオから聞こえるように小さくなり音圧も圧縮されているように聞こえました。
これは演出が音楽を完全に包含してしまったという事態なのです。
音楽的な解釈として最後ピアニシモで終わるということはありえないのです。当然ですが、スコアも最後はフォルティシモで終わっています。
全ては演出家の掌の中で行われたことだったというメタ・フィクションです。
これまでの2時間半にわたって、胸踊らせ心をときめかせて聞いていた生音のオーケストラが、実は誰でも聞くことのできるラジオ番組に矮小化されてしまったことへの当惑なのでしょう。私も呆気にとられてしまいすぐには拍手ができませんでした。
カーテンコールでコンヴィチュニー本人が登場した途端にブーイングが多数でました。そうした腹立たしさの現れなのでしょう。
ただ、このブーイングはおそらくは想定どおりなはずで、コンヴィチュニーとしては、してやったり、と思っているんじゃないかな、と想像しています。おそらくは観客の反応を引き出すのが目論見ですから。単なる拍手で終わるよりも嬉しいはずです。
魔女たちが舞台をプロデュースしているという事態は、女性が世界を動かしていることのメタファーになるのでしょう。マクベス夫人がマクベス物語の中でマクベスを動かすように、マクベス物語を魔女達が動かしているという構造になるわけで、二重の意味で世界を女性が動かしているということになるでしょう。

作曲家から演出家へ

今回のこの演出ですが、大げさに言うと、演出の音楽への再度の宣戦布告なのではないかと思ってしまったのです。
確かに戦後のオペラは、バイロイトのヴィーラント・ワーグナーの新バイロイト様式演出以降、演出が積極的にオペラを時代にそって解釈し、意味を創造するようになりました。
それでもなお、オペラの上演に際しては、まず始めに作曲家の名前が冠されるのが一般的でした。
しかしここでは、最後に主役であったと思っていたヴェルディがいなくなり、コンヴィチュニーが主人公になったように感じたのです。
少なくとも、オペラはまだ音楽の一ジャンルであると勝手に信じていましたが、実のところ、既に演劇や映画へと連れ去られていたのではないか、などと感じてしまったのです。これも少し大げさな言い方ではありますが。
私がオペラを聴き始めた頃のことを思い出しました。当初はオペラ自体が珍しく思えましたので、まずはオーソドクスな演出で当初想定された自然主義的な演出を期待していました。
ところが、そのうちに、オーソドックスな演出を打ち破って、そこに新たな意味を付加することの面白さに気づいていったのでした。
新国立劇場の一連の「ニーベルングの指環」を観て、演出からそこに付加された意味をいろいろ考えたり、あるいは、自分なりに意味を付け加えていくことの面白さでした。新国立劇場での「オペラ・トーク」で演出家から直に聴くオペラ演出の意図も刺激的でした。演出の重要性は十分理解しているつもりでした。
しかし、ここまで音楽を脇役に追いやってしまうとは。これは、オペラ・システムという音楽と舞台のコラボレーションの意味合いを変えてしまう、画期的あるいは破壊的なアイディアだと思ったのです。
パンフレットには「鬼才ペーター・コンビチュニー」とありましたが、これが「鬼才」たる所以なのでしょう。

演奏について

演奏についても触れておかなければなりません。
マクベス夫人を歌った石上朋美さん。当初不安定な部分もありましたが、徐々に調子が乗り始め、第四幕最後のマクベス夫人絶命の場所は素晴らしかったです。あそこは、素晴らしく安定していて、声も厚みのある豊かなものでした。
指揮者のヴェルディニコフの指揮も良かったです。かなり重みをつけた指揮で、ガッチリとした緊密な響きを現出させていました。奇をてらったり観客におもねったりするようなことは全くありませんでした。
がゆえに、コンヴィチュニーが最後のクライマックスをラジオからの音源としてしまったのが残念だったのです。最後の最後のカタルシスを奪われてしまった歯がゆさでした。

東京文化会館

そうそう。東京文化会館ですが、2月から今月にかけて3回参りました。ホールの音響として随分いいなあ、というのが印象的でした。
いまのところ私がもっともいいなあ、とおもうのはみなとみらいホールです。あそこの残響は素晴らしいのですが、東京文化会館は底までではありまえせんけれど、硬質ながらリッチな音響だと思います。
新国立劇場オペラパレスは、ちょっとデッドですので、いつもなにか欲求不満なところがあるのです。オペラパレスは材質が木ですが、東京文化会館はコンクリートですので、そもそも音響へのポリシーが違うのでしょう。

最後に

それにしても、本当に凄い舞台でした。しばらくはもう色々ぐるぐると思いが駆け巡っていましたから。。
演奏が始まったのが18時半で終わったのが21時15分。私はその後22時半から翌日の13時まで会社で働き続けました。毎年恒例のゴールデンウィーク特別対応のため。家に帰ってからはヘロヘロです。

Opera

今晩は徹夜仕事。これから明日のお昼まで。よく考えると、16時間勤務になるかもしれない。寿命が縮まります。まったく。

で、その前に、二期会のマクベスを観に行きましたが…

これはめちゃくちゃ強烈でした。

オペラ・システムの破壊ですね。

最後のクライマックスがラジオから聞こえる設定になっていました。スピーカーからオケの音が出ていたと思います。少なくとも私にはそう思えました。

実際にどのようなテクノロジで実現していたかは今のところわかりません。

ですから、クライマックスは生オケではない、ということになります。

さすがに、これはパラダイムシフトですよ。

生オケ前提の劇場で録音を聞かされたかのような感覚ですから。

演出したペーター・コンヴィチュニーもカーテンコールで現れましたが、ブーイングがかなり出ましたね。

みなさんどのような感想をお持ちになったのか、とても気になります。

取り急ぎ。

では、仕事にいってきます。

Opera

ビバ・リベルタ という本を読んでいます。オペラと政治の関わりについて論じた時間を忘れる本です。

ネットでは厳しい評価はあるようですが、そこまでひどいとは思えません。確かにどこかで聞いたことのあるような内容もありますが、むしろ復習・総まとめとしてはよくまとまっていると思います。

モーツァルトやベートーヴェンのオペラがフランス革命近辺に作られたということもあって、そこに階級闘争の要素が多く含まれるということを再認識しました。これも、解説書やパンフレットに書いてあることかもしれません。今、日本で思う以上の当時の空気感が理解できたと思っています。

以下の解釈は、当たり前とはいえ興味深さ満載。ベートーヴェンの「フィデリオ」の項で以下のような記載をみつました。

彼らは(フロレスタンとレオノーレ)、気は優しいが屈従的な看守長ロッコに代表される順応主義的権力加担的状況の中で孤立している。彼(ロッコ)は、気は進まないが、それでも従順な抑圧の執行者である。あらゆる体制が依存している順応的な補助的下役、とくに残忍で不当な連中のタイプである。

87ページ

これ、私ら中間なんとかと同じだなあ。そこまでひどくはないにしても。昔の軍曹ってこんなかんじだったんだろうな、などと。

ただ違うのは、階級の壁が容易でないにしても乗り越えられるかそうでないか、それが18世紀と現代の違い、と、思いたいところ。

「フィガロの結婚」を会社で翻案したら面白いという妄想。。セクハラ部長アルマヴィーヴァが、フィガロと社内恋愛中のらOLスザンナに言い寄る話、みたいな。そんなプロダクションは誰かが考えずみてあると思いますが。

Classical,Ludwig van Beethoven

いまさら感もありますが、ちょっと感動したのでエントリーします。

アバドがベルリン・フィルと作ったベートーヴェン交響曲全集のなかから「英雄」を聴いてみたのですが、あれ、こんなにカッコ良かったでしたっけ? みたいな驚き。

これ、ポルシェかフェラーリかわかりませんが、スポーツカーのように強靭でしなやかでスタイリッシュな演奏です。無駄な装飾を廃し、必要最低限のダイナミズムで、磨かれたボディのつややかさを感じます。

これ、アバドの凄さとベルリン・フィルの凄さの相乗効果です。ここまで機能的に動けるのはベルリン・フィルだからこそでしょう。

ネット上には、つまらん演奏だ、とありますけれど、カラヤン的新即物主義的でありながら、そこに幾ばくかの控えめな装飾を載せるような洒脱さがあって、私は気に入っています。

IMG 2608

なんだか休んだ気がしない連休ですが、「休め、整えよ」、という感じで過ごしています。

Computer

Dead On Arrival!

うーん、やはり復旧しませんでした。

先日からクラッシュした私の自作PCのデータドライブ3TBが飛びました。いろいろなバックアップディスクをかき集めて、昨年の11月時点まで復旧させましたが、ここで手詰まりです。

TESTDISKというCUIツールを使って復旧を試みましたが、どうもうまくいきません。これ以上時間をとることはできませんので、ここでストップです。

本来、ミラーリングで安全だったはずなのですが、RAIDが巧く働かなかったようです。おそらく私の設定が悪かったのか、あるいは3TBという大容量ディスクを2009年からバージョンアップしていないBIOSで無理やりミラーリングしたのが悪かったのでしょうか。あるいは全く別の不運な事故だったのか。

ともかくロールバックできませんので、ロールフォワードです。前向きに行きましょう。

幸い文書系はDROPBOXで無傷ですし、音楽ライブラリも3月末日にNASにバックアップしてありましたので、ほとんど影響なしです。やられたのは写真と某MS社のFS系ファイルですね。まあ、なんとかなるでしょう。

今回の教訓は以下のとおりです。

  • 同じ筐体での冗長化は避けよう。PC、NAS、クラウドといった別筐体別環境で冗長化しよう。
  • 特にクラウド。Googleドライブなどの有料プランを検討しよう。

皆様もお気をつけください。

Miscellaneous

今日は残業代縮減のため残業を自粛しました。この機会に、繁忙時間帯の速度を測定しました。

20時26分

photo

21時40分

photo

22時17分

photo

23時44分

photo

※路線長は1110m、伝送損失は19dbです。

光回線でマンションの場合、繁忙時間帯で10mbpsまで落ち込むこともあると言いますから、まあまあなのではないでしょうか。

えーっと、今、モーツァルトの「悔悟するダヴィデ」を聞いています。デジタル・コンサートホールにて。そうか、この曲知っていると思ったら、ハ短調ミサ曲だったのですね。

あと2日。急げヤマト!

Miscellaneous

いまさらADSL、気になる夜間帯の速さはいかほどでしょうか。

平均13Mbps出ていますね。WiMAX時代より速くなりました。嬉しい限り。

もう少し追い込めば、もっと出てくれるかも、という期待。現時点では、まあ満足です。

二年間お世話になったWiMAXはいったん卒業します。次のWiMAX規格に期待します。お疲れ様でした。

Miscellaneous

我が家のネット環境ですが、今朝からソフトバンクBBになりました。

ホワイトBBとは?

ホワイトBBは、ソフトバンク携帯の加入者に提供されるサービスで、月額2064円と比較的低廉な価格でネット接続が可能になります。

http://www.softbank.jp/mobile/price_plan/3g/white_bb/

※1980円とウェブでは歌われていますが、実際には84円はの「事務手数料」が必要です。こういうところは誇大広告気味で大変残念です。

プロバイダーではないので、メールアドレスは付与されない、など少し不便な面もありますし、いまさら感のあるADSLですが、コスト重視で選びました。

導入の経緯

本来なら光接続を選ぶべきなのです。当初はそのつもりで手続きを進めました。ですが、我が家はマンションです。回線はマンション全体で共用しますので、繁忙時間帯は速度が遅くなる懸念がありました。そうなるとコストに見あった速度が出るのか確信が持てなかったのです。

幸い、我が家の路線長は1.1キロですので、比較的速度が出るのではないか、という期待もありました。

通勤前に速度を測ってみたところ、10Mbps程度は出ています。またベルリンフィル・デジタルコンサートホールを見てみると、上から二番目の2Mbpsで視聴できました。今朝の時点ではまあまあ、というところでしょう。ただ、繁忙時間帯はどうなるか、今夜検証することにします。

ホワイトBBでスマホが安くなる

一つの利点が、ソフトバンクBBを導入するとスマホからの割引があるということです。スマホBB割と呼ばれるものです。

http://www.softbank.jp/mobile/campaign/sp_bb_set_discount/?adid=spbbCPp13011634#iphone

二年間は月額1480円、それ以降は980円割り引かれます。これはソフトバンクとしては、自宅では3GやLTEを使わせたくない、という深謀遠慮のあらわれでしょう。

その後の調査でわかりました。この1,480円割引も誇大広告です。スマホBB割にした時のみ原価が500円上がります。実質1,000円程度の割引にしか成りません。ご注意!(2013/04/29追記)

私は、なかなかiPhone導入に踏み切れずにいましたが、そろそろ真剣に考えようかと思っている次第です。

WiMAXから卒業

これまではWiMAXを使ってネット接続していました。二年ほど使いましたが、この半年で繁忙時間帯の速度が著しく低下するようになったのです。通常8〜10Mbpsでていましたが、夜間帯は1Mbps程度まで落ち込むのです。これで3880円はいただけません。

またWiMAXのモバイル接続にも不便が感じられることが多くなりました。ご存知のようにWiMAXの電波は建物の中では受信できないできない場合が多いのです。地下鉄の駅で使えないのもネックでした。

終わりに

今回いろいろ調べましたが、マンションのしがらみや、通信業者のあの手この手の販売促進戦略などがわかり大変勉強になりました。

また、夜間帯の速度を測定して評価したいと思います。

Miscellaneous

最近つとに読書欲増強中。佐藤優氏の本を読んだからかなあ。


この本は、おそらく10年以上前に発売された「知の技法」のパロディなんだろうな。ターゲットはビジメスパーソンのようです。
まあ偏った読書を戒めているように読めて、だとすると、私の読書歴は偏っていると猛省。

数年前にやった一年百冊読むプロジェクトをまたやろうか、と思います。

というわけで十年ぶりに池袋のジュンク堂にいったのですが、これはどういうことですかね。

激混みです。

レジは長蛇の列で、私は誰か有名人のサイン会をやっているからかと勘違いしたぐらいです。

向かい側のリブロも混んでいるし…。

出版不況なんて嘘みたいですね。

まあ、いつもそうなんですが、本屋や図書館はあまりの本の物量にいつも圧倒されて辛いところ。

二冊ほど買って帰ってきました。

明日からまた戦いです。GWまでが勝負!

Japanese Literature,Tsuji Kunio

 

<楽しさ>のないまま、ただ時間を効果的に使うというのは、いかにも多くを生きたように見えながら、生きることから切りはなされ、無縁な仕事を集積させるにすぎない。いかにすべてを<楽しみ>のなかに取り戻すか──それが<今>に生きる鍵であるに違いない。

辻邦生の言葉です。「風塵の街から」から。

効率は大事ですが、それは楽しみのためにあるべきことなのですね。

ここでいう楽しみとは、おそらくは生きる悦び、と言った意味で、単なる娯楽とは違う意味合いと思います。

効率的に楽しみのために仕事をするのはOKだと思います。仕事でもこうあるべき。実現できるように頑張ります。

 

写真は辻邦生ゆかりの学習院大学の風景です。

明日は雨の中試験を受ける予定。