Japanese Literature,Tsuji Kunio

今日は辻先生の命日


今日は辻邦生氏の命日です。今から11年前の1999年7月29日午後零時四十分、軽井沢病院にてご逝去されました。当時、カミさんからの電話で、辻先生が亡くなった、ときいて、しばらくは言葉を継ぐことができないほどのショックでした。1925年9月24日のお生まれですので、当時まだ73歳。お若かったのに残念です。大変お忙しかったそうですし、自動車事故にあわれるなど、大変なこともあって、最晩年は大変お辛い状況だったようです。それでも仕事にまい進されて、最後まで原稿を離さなかったとか。
当時、私は追悼の意味をこめて一ヶ月間服喪し、アルコールを一滴も飲みませんでした。会社のビールパーティで、先輩に強要されましたが最後まで断りとおしました。
一度だけ少し言葉を交わしたことがありますが、ぜひ一度ちゃんとお会いしてお話をしたかったのですが、その願いもかなわぬまま。でも、そのほうがよかったのかもしれないなどと。

このところの辻体験、西田幾多郎との兼ね合い

このところ、急に「円形劇場から」とか「ある告別」を読んでなんだか展望が開けてきた矢先に訪れたご命日で、なんだかやっぱり僕はいつまで経っても辻先生の手のひらの中にいるんだなあ、ということを感じました。もちろん辻先生は私のことなどご存じないと思いますけれど。
今朝も、行きの電車で「春の風 駆けて」を読んでいました。以前読んだことがありますので、折り目、付箋、傍線から当時読んだときの感覚がよみがえってきています。おそらく2007年ごろに読んだのではないかと思います。
それで、その折り目の中に、辻先生が西田幾多郎の哲学について語るところが出てきます。私は常々西田哲学と辻文学の親和性に着目していましたが、その動かぬ証拠を再発見した感じで、なんとも名状しがたい気分でした。24ページです。特に「西行花伝」を読むと、その類似性には驚かされますので。
西田は、すべては純粋経験から始まり、純粋経験の中にある統一力が秩序となって、世界を形成する、といった感じの議論だったと思いますが(これであっていますでしょうか? I橋先生?)、辻邦生の場合、その統一力というものが美であるという捉えかたをしている、と最近は読んでいます。
辻先生も書いていますが、西田も辻も、論理明晰に哲学を語っていない。それは到底言語化し得ない原初的な体験なのであって、語れば語るほど離れていくもの。けれども、語らずにはいられない。そのため、西田の言説は迂遠であり、難解なものとなっている、ということ。これは辻先生の小説を読み込むときにも感じることです。一言で片付けられるわけはないのです。ましてやブログに、すべてを書くことなんてできやしない。でも書かねばならぬ、という衝動です。

小説を書くときのデモーニッシュなもの

それからもうひとつ。小説を書くときにデモーニッシュなもの、ミューズのようなものが降りてくる瞬間があって、ある種の憑依状態になって筆を進めるのがよい状態なのだそうです。たとえば山本周五郎が小説を書いていたときマーラーやシベリウスを聞いていたのだ、という話が出てくる。こうして音楽を聴くことが魔神性を呼び起こす最良の手段なのだとありました(188ページ)。これには私も同意します。
貼り付けた写真は当時のご逝去を知らせる新聞記事。これは、私のシステム手帳のポケットに11年間入っているものです。

Concerto,Symphony

忙殺とbotherって似てるなあ。なんて。

今日もシベリウスな一日。朝は後期交響曲を聴いて、昼休みはヴァイオリン協奏曲を聴いています。ヴァイオリン協奏曲は、1904年にいったん発表されましたが、批判を浴びてしまいます。その後、シベリウスがブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いて、そのシンフォニックなサウンドに触発されて改訂版を出しました。この改訂版の初演が1905年。なんと指揮者はリヒャルト・シュトラウスらしい。僕は、このシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、交響曲群より欧州中央部の旋律との親和性が高いと思っています。甘く美しくちょっとコケティッシュな感じ。するりするりと手のひらから逃れ出ようとする小鳥のよう。
それにしても、美しさは絶品。夜半前の10時ごろ、きっとまだスカンジナヴィア半島は輝く太陽の内にあって、湖は金色に輝いているに違いない。そんな風景。私は北欧に一度いったことがありますが、それはすばらしい旅でした。純粋に楽しんだ旅行はあれだけかも。ほかの旅行は勉強だったか、今一つだった気がするので。
シベリウス自身は、初期はヴァーグナーやチャイコフスキーの影響下にあったようですが、その後は独自の展開を見せていったようです。ヴァイオリン協奏曲は1903年ごろに作曲でしょうか。ですので、交響曲第2番と3番にはさまれています。
それにしても、第二番も凄いですね。ちょっと忘れないうちに書いておきますが、最終楽章のマイナーフレーズが怒濤のように繰り返され、最後にメジャー和声で華々しく終わるところ、あれ、ショスタコーヴィチの「レニングラード」と同じぐらい偏執的だ、と。

Symphony

最近の暑さは大変なものです。とはいえ、私は一日中ビルの中に閉じ込められていますので、真昼の暑さを経験するのは自ずと週末になってしまいますが。けれども、そんなのんきなことも言っていられなくなってきました。朝も暑いですよ。。だいたい6時15分過ぎに家を出るのですが、それでもう暑い。なので、納涼音楽を聴かねば。
で、「夏だけのTUBE」と嘉門達夫が歌っていたのが懐かしいですが、私が発見したのはシベリウスの交響曲群です。シベリウスの交響曲は、数年前まで全く受け付けることが出来ませんでした。明らかに独墺系音楽と一線を画しています。フレージングが全く理解できなかったのです。で、これって、ヤナチェクのフレージングを理解するのが難しいのと同じだと思うのです。いきっと言語学的な背景があるに違いない。
北欧といって、ひとくくりには出来ないことは周知の通り。北欧の覇権はフィンランドを除いては、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの順番に覇権が確立したわけですが、フィンランドはそうは簡単にはいかなかった。ロシアの支配下にあって、20世紀初頭に国民意識が高まり、ロシア革命に乗じて独立するも、その後も白軍と赤軍の内線や、第二次大戦での微妙な立ち位置、つまり、反ロシアの立場から枢軸国に味方してしまうというなんとも危険な賭けで、もちろん賭けに敗れてしまうわけです。とはいえ、第二次大戦後はノルディックバランスと呼ばれる、微妙な舵取りで、資本主義を守りつつ、ロシアともうまくやりつつ、という、極めて困難な時代を乗り切ったわけです。
フィンランドの首都はヘルシンキですが、冷戦下にあっては、ヘルシンキの地下には大防空壕が建設されていたとか30年以上前に、NHKスペシャルで観たのを覚えています。
そのフィンランドの国民意識を高めた国民楽派作曲家がシベリウスというわけです。イタリアにヴェルディがいたように、フィンランドにはシベリウスがいたというわけです。
私は、どうにもシベリウスが分からない時代を20年ほど経験して、この数年間でやっと分かるようになってきました。要は、旋律に親和性を覚えるかどうか、が重要なのではないか、と。私の音楽体験と言えば、どうしても独墺系に偏りがちでした。たまに英仏露にも親しみましたが。だから、どうしても分からないのです。
しかし、今日、交響曲を一つ一つ聴き始めると、体に旋律が染み渡ってくるのですねえ。これには本当に驚きましたし、何よりうれしかった。浮かぶ風景は、冬景色ではなく夏景色ばかりなのが面白い。まあ、冬の北欧に行ったことがないから当たり前なのですが。夏の長い太陽の下で、豊かな森と湖と。ああ、夢のようだ。今すぐに渇望北欧。
シベリウスについてもっと書けるようにがんばろう。やっぱりいろいろな音楽を聴かないとなあ。
さて、今日もいろいろあった一日。ローエングリンは録音できずちょっと落ち込んだけれど。苦しいけれど平気。あはは。

Jazz




昨日も朝から動き回りました。
いったん都心にでて、用事を済ませて、地元にとって返してカフェで一仕事して、イギリス人と話しをしてから、再び都心へ先輩や後輩たちが出演するライヴを聴きに夫婦そろって錦糸町に行ってきました。
カミさんも、ハードスケジュールで、等々力で用事を済ませて、夕方に錦糸町で合流。夕食を食べて、カフェでコーヒーを飲んで、ライヴ会場の開店時間きっかりに到着。今日は静かな雰囲気。すでに先輩たちは来ていると思ったのですが、なかなかいらっしゃらなくて、スケジュール間違えたのかしら? と少し不安に。でも、ちゃんといらっしゃいましたよ。
前回のように、今回もスタンダードナンバーを楽しみました。I hear Rhapsodyを聴けたのはよかったです。私も学生の時吹いたことがありました。あの頃はそんなに難しい曲ではないと錯覚していたようですが、昨日聴いたら、かなり難しいことが分かりました。でも、先輩、ちゃんと吹いていたからなあ。凄い。
カミさんと一緒に来たのは初めてだったのですが、思いの外エンジョイしてくれたみたいで、特にサックスに感動していました。実はカミさんもサックス吹きだったのですよ。。それもテナー。ちなみに、私は学生時代はソプラノ、アルト、テナー、バリトンと節操がありませんでしたが、最終期はアルトだけでした。
それで、今日の午前中に地元で用事がありましたので、1ステージが終わったところで失礼してしまいました。もう少し聴きたかったんですが、家が遠いので。。都心に引っ越したいなあ。初台で暮らすのが夢です。大それた夢ですが。
で、今日の午前中に用事を済ませて、午後から仕事をまた始めたんですが、これがもう捗らないと言ったら、ありません。いろいろ試したんですが。クーラーかけたり、音楽聴いたり。シノポリの「トスカ」や、チェリのブル3,チェリのロ短調ミサ、フレミングのシュトラウス……。で、シャカタクに変えたら、ちょっと元気になってきた。なんでやねん。もう18時やんけ。
皆さん、今日の22時55分から2010年バイロイトの開幕ですよ!
“http://www.operacast.com/bayreuth_2010.htm":http://www.operacast.com/bayreuth_2010.htm
私はとりあえず、録音のセッティングを終えました。明日の朝にはちゃんと取れているはず。今日はローエングリンです。

Japanese Literature,Tsuji Kunio

辻邦生の思想の「激しさ」

それにしても、辻邦生の思想は激しいです。劇場が世の中を支えている。すなわち、これは、辻邦生自身によって、美が世界を支える、という直観に読み替えられますので。この直感は辻邦生がパルテノン神殿をアテネでみた体験がゆっくりと醸成されて形成されて行ったものだと考えています。その証拠に、「パリの手記」と題された日記集では、ここまでラディカルには書いていなかったですし、先日紹介した「ある告別」でも少し脇役に回っていた感がありますので。
私はまだここまでの直感を実際に体験したことはありません。美の存在は直観しましたが、それが世界を支えている、あるいは我々の生活を支えている、とまでは、まだ行きません。修行が必要。ですが、ここをどうしても超えなければならない。これは、パルジファルの試練ぐらい難しい気がします。もっと辻邦生の本を読ままいと。
まあ、言う人に言わせれば、辻邦生の美学は50年前の古びた美学と言うことになるのかもしれません。現に、それと似たようなことを言われたことがあります。
確かに、こんな時代を辻邦生が想定していたのか? パフォーマンス臭が強く実効性に疑問があるにせよ、かの事業仕訳で科学文化予算が切捨てられて、それでもなお財源が足らないなんて言う状況にあって、劇場に、世の中を支える美があるのだ、と能天気に言えるのか? 辻邦生がこの直観を得たギリシアの国家財政が破綻したと言う皮肉な事態も。パルテノンの美も財政危機を支えることは出来なかったと言うことではないのか。
その答えを求めているのが、現在ということ。いまいまはオフシーズンのオペラ。いろいろ映像を見たり聴いたりしたい欲求。本も読みたいところ。「円形劇場から」では、夏休みの時間が一つのモティーフとして使われていますが、私には夏休みはありません。よくて秋休みかな。。
頑張る。
辻邦生の本一覧は以下のリンク先を
“https://museum.projectmnh.com/webs/tsuji/tsuji-worklist.php":https://museum.projectmnh.com/webs/tsuji/tsuji-worklist.php

Opera

辻邦生「円形劇場から」と劇場の美


辻邦生に「円形劇場から」と言う中篇小説があります。このなかで、劇場における美的価値こそが、現実の世界を支えている、という直観が語られますが、私もそれと似たような直観を得た記憶があります。
あれはミュンヘンでの出来ごと。何度も書いたかもしれませんが、州立国民劇場でバレエ「眠りの森の美女」を観たのですね。で、あのとき激しく感動に打ち震えたのです。欧州人が数百年も守ってきたバレエ世界と言う虚構の世界を命がけで作っているという現実に。
どうしてそう思ったのか?
かなり年配のいい年恰好の男性ダンサーが老貴族の格好をして踊っていました。それも激しいくらい真剣に。普通のサラリーマンで行ったら部長ぐらいは務めているであろう男性が、虚構に真剣み取り組んでいるという激しい驚き。
そのあと、なんと子役のダンサー達が登場するんですが、年配の男性と子供達の年齢差にかかわらず、お互い虚構の美を目指しているという事実。美というものがこの世に存在することを初めて認識したのはあのときだったと思います。
帰国後、音楽の先輩にその話をしたのですが、笑われて一蹴されましたが。

「影のない女」のダメージ

で、その逆の体験がどうやら「影のない女」だったみたいなんです。美を目指したとしても、必ずしもそれが美である訳ではない。何かを求めるプロセスが大事なんである、なんていう青みがかったことは全く成り立たない。
あるのは、受容者にとって、それが美であったか否か、だけ。その冷厳さは、頭では理解していたつもりでしたが、体験したのは初めてでした。それが、僕が受けたダメージ。どれぐらいで回復するかは分かりません。
最近の精神状況の変化は仕事の質が変わったのも原因の一つでしょうから。
けれども、あの幸福な時間を取り戻したいという激しい衝動的な欲求はあります。ですので、一生懸命音楽を聴いてはいるのですけれど。

Movie,Opera,Richard Wagner

はじめに

iPodのホイールを回すのですが、何だか忙しくて音楽に没頭することも逃避することも能わない感じです。でも、こうして帰宅の電車に乗っているときは何とか聴かないと、と思い、ホイールを回し続けます。で、きょう拾ったのが、チェリビダッケのワーグナー曲集。このアルバム、この半年以内に聴いているはず。それも多分四月上旬だったはず。あの時は、ウルフ・シルマーの「パルジファル」の予習で手当たり次第に「パルジファル」を聴いていましたので。
チェリの前奏曲だけでは物足りなくて、カラヤン盤「パルジファル」を聞いて、激しく感動。あの、東京文化会館での思い出がよみがえってきました。グルネマンツのために生まれてきたのではないか、と思うぐらい適役であるクルト・モルには脱帽し敬礼したい。藍色を帯びた夜明け前の空の荘厳さを思わせるカラヤンの音作りはすばらしい。ここまで追求されると、やはり美的価値は存在するのだ、と思います。

「パルジファル」と「影のない女」の思い出

それにしても、4月の復活祭の日の東京文化会館。ウルフ・シルマー&N響コンビによる演奏会形式のパルジファルはすごかった。あの日は本当に泣まくりでしたよ。まだ、そんなに心がささくれ立っていなかったから、音楽が心に染み入る感じがしたんですね。でも、最近は、職場では軍隊的な規律によって統制されていますから、なんだか、音楽と仕事のバランス位置を見出せていないのです。なんだか下手な演奏を聞くと白々しささえ覚えてしまう。ちなみに、いま、私の会社での渾名は少佐です。
で、色々思い悩んでいたんですが、私にとってはあの「影のない女」でのショックが大きかった気がする。音楽的には素晴らしかった。それは認めますが、やはり、あの演出はイデアールなもの、彼岸の美しさを表現することが出来なかった。あれから、僕の劇場に対する信奉は少なからずダメージを受けてしまったかのように思えるのです。
つづく

近況

気を取り直して近況。故あって忙しいのだが、まあ、回っている独楽は倒れないと、いいますから、このまま回り続けましょう。
BSハイビジョンのスター・ウォーズは、早いもので、エピソード5に。エピソード1から順序よく観ていくと、いままで見えてこなかったものがよく分かります。ヨーダが、ルークに暗黒面への警告を出すあたり、アナキンがダース・ベイダーになったプロセスを知っているからこそ、よく理解が出来たり。あしたも、後半を少し観られるかしら、という感じ。カミさんが思いのほか喜んでみていてくれるので、私もうれしい。曰く、やっぱりエピソード4以降のほうが良いらしい。ハン・ソロのハリソン・フォードのなすところが大きいようです。

Classical,Movie

BSハイビジョンで放映中!

BSハイビジョンで、スターウォーズ6部作が放映されています。昨日まででエピソード1からエピソード3までの3話分が終了しました。エピソード1は飽きるほど見たので、とりあえずエピソード2とエピソード3を見ました。
エピソード3はダース・ベイダーの誕生が衝撃的ですが、やはりあまりに悲しすぎるのが、味方だと思っていたクローン大隊に裏切られ死に行くジェダイたちの哀れさ。私はエピソード1を見た段階では、まだパルパテイーンが皇帝になるとは思いませんでしたが、これほどの仕掛けを敵味方両面に張り巡らして皇帝という絶対権力を手にしたパルパティーンは尊敬に値する。つまり、このストーリーを作り上げたルーカスを激しく尊敬します、ということです。

音楽に着目

今回も、着目したのは音楽。よく言われていますんで、いまさらではありますが、スペースオペラにふさわしいライトモティーフがちりばめられた音楽で、リングの現代版ともいえますね。美しいのはパドメが苦悩する場面に出てくる少し翳りを帯びた甘い旋律。あれを聞くと、本当に唸ってしまう。で、パドメが双子の兄妹であるルークとレイアを生んだ瞬間、ルークとレイアのモティーフが現れてひとしきり感動。

サントラ入手

エピソード4も、飽きるほど見ましたし、エピソード6も飽きるほど見ました。でも、サントラの音源はカセットテープでしかもっていませんでした。音源を強烈に求めているわたくし。それで、なんとかエピソード5のサントラをCDで入手しました。やった!
いやあ、激しく感動。特に良いのが、ヨーダのテーマ、チェロの中低音域の伸びやかな感じで、内省的できわめて劇的で美しい。チェリストだったら垂涎なフレーズなんだろうなあ。エピソード4のサントラだと、レイアのテーマやルークのテーマが美しいんですけれど。早く聴きたい。
そういやあ、ドラえもんの19巻でしたっけ? アカンベーダってのが出てきたなあ。
今週末も音源を求めて行脚する予定。がんばろう。

Gustav Mahler,Symphony


今年も来年もマーラーイヤー。
1960年が生誕百年で、にわかに予言通りマーラーの時代が来たわけで、再評価が進んだのですが、今年は生誕150年で、来年が没後100年。早いものです。1960年は私は生まれておりませぬ。。
2010年といえば、「2010年宇宙の旅」ですが、こっちの予言は全く外れています。まだソ連も続いていることになっていましたので。
私の幼き頃は2010年まで世界が続くとは思っていなかったですねえ。核戦争でも起こるんじゃないか、と日々不安でした。ですので、友達と庭に穴を掘って核シェルターを作ろうとしていたぐらいですから。そうしたら、ガスの配管やらが出てきて、親に怒られました。早く埋め戻せってね。
というわけで、プロムス2010のオープニングは「一千人の交響曲」。7月16日夜、ロイヤルアルバートホールにて。こちらのURLでオンデマンドでしばらくは聴けるようです。あと4日。お急ぎを。ちなみに、映像はUK外では見られないみたい。
“http://www.bbc.co.uk/proms/2010/whatson/1607.shtml#prom1":http://www.bbc.co.uk/proms/2010/whatson/1607.shtml#prom1
私が中学生の頃一番好きだった曲こそが、マーラーの交響曲第八番。通称「一千人の交響曲」ですが、この曲にはひとかたならぬ思い入れがあります。なんせ、初めて買ったCDがショルティ盤の「一千人の交響曲」だったぐらいですから。この曲、どなたかは忘れましたが、マーラーの作った唯一のオペラである、というとらえ方があるようです。確かに、劇的な部分は多分にあります。昔からオペラ好きの素地があったと言うことなのかしら。
私が大好きなのは第二部の以下のところ
* マリア崇拝の博士が歌うところ
* 栄光の聖母が「Komm! Komm!」と歌うところ[1]
* 続いてマリア崇拝の博士が、Bricket auf! と歌って、神秘の合唱の旋律を先導するところ。
* 神秘の合唱(言わずもがな)
ライヴならではの疵はあるけれど、改めて聴くと感動するなあ。
ちなみに、この曲、マーラーの交響曲の中で一番人気がないらしい。CLASSICAさんのマーラーの交響曲投票で最下位でした。
“http://www.classicajapan.com/vote/qv.html":http://www.classicajapan.com/vote/qv.html
でも私はこの曲が一番好きだなあ。
今から聞き直してみると、調性が希薄な部分とか激しい転調に気がついて面白い。
演奏終わったあとの熱狂が凄い。こればっかりは、録音だけじゃ分からない。実演は凄いんだろうなあ。
演奏者の方々。大拍手。
* Mardi Byers soprano
* Twyla Robinson soprano
* Malin Christensson soprano
* Stephanie Blythe mezzo-soprano
* Kelley O’Connor mezzo-soprano
* Stefan Vinke tenor
* Hanno Müller-Brachmann bass-baritone
* Tomasz Konieczny bass
* Choristers of St Paul’s Cathedral
* Choristers of Westminster Abbey
* Choristers of Westminster Cathedral
* BBC Symphony Chorus
* Crouch End Festival Chorus
* Sydney Philharmonia Choirs
* BBC Symphony Orchestra
* Jiří Bělohlávek conductor
しかし、この演奏会の一番高いチケットが44ポンドとは、安くないですか? 日本円で6000円弱。ロイヤルアルバートホールはでかいので、それで元が取れると言うことなのか。
今日は、激しく暑い一日。ですが、クーラーつけずにがんばりました。シェスタが大事なのもよく分かった感じ。仕事は捗らない。。。いつも仕事に出かけるカフェは月曜日が定休日なので。
明日から、さらに忙しくなる予定。薄氷を踏む思い。
fn1. ここ、昔、森麻季さんが歌うのを聴いて感動したことがある。あれはあまりに美しすぎて鳥肌がたった。

Anton Bruckner,Symphony

ブルックナーの交響曲を好きな順番に並べてみると。。
5=7>9>8>6>4>3
という感じでしょうか。五番には本当に愛着があります。でも、録音でいうと、あまり印象に残っていない。あえて言うならチェリビダッケ&ミュンヘンフィルの録音でしょうか。
そういえば、2007年にはティーレマン&ミュンヘンフィルを聴きに行きましたし。あのときの緊張感も忘れられない。ティーレマンはかなりの年輩になっていて、渋みすら感じさせていました。若々しさのような甘っちょろいものは全くない感じでした。
“https://museum.projectmnh.com/2007/11/04195214.php":https://museum.projectmnh.com/2007/11/04195214.php
好きなブルックナー振りは、チェリビダッケとジュリーニですねえ。実はどちらもラテン系。チェリビダッケはルーマニア系です。ルーマニア人はラテン系といわれています。ルーマニア語はロマンス語系だそうですので。まあ、いわゆるローマ時代にダキアとしてローマの植民地ですからね。
それで、私は思ったもんです。私はドイツ人がドイツ音楽を振る音源より、ラテン系の指揮者がドイツ音楽を振るのが好きなんじゃないか、と。
ブルックナーの交響曲第五番を久方ぶりにチェリビダッケ指揮で聴いてますが、いいですねえ。この指揮っぷり。テンポが遅いのはまあ常識的ですが、遅いだけじゃなくて緊張含みの熱い演奏です。辛うじてピアノ線で舞台上につるされている感じ。このこのまま止まってしまうんじゃないかとも思える速度で、いやいや、止まらないでちゃんと緊張感とか統制感を保ちながら演奏しますよ、という感じ。だからといって、遅いばかりじゃない。第三楽章の冒頭なんてかなり速度揚げて迫力とダイナミズムを巧く表現している。さすが。
しかし、ミュンヘンフィルは相当しごかれたはず。チェリの可愛がりは怖いです。でも、理想のためには仕方ないですね。最初から二番になろうとしていたら一番にはなれない。「二番じゃいけないんですか?」 ダメです。じゃあ「何でも一番!」これもダメ。人生も歴史も選択の連続です。
でも、最近、私は、全部やらないと行けない、とまたまた思い始めました。
ミュンヘンフィルもかわいそうでした。チェリがレコーディングしたくないから、経済的にもきつかっただろうなあ。で、チェリの次はレヴァインで、その次がティーレマン。でも、CD不況で新録音はすくないでしょうから。
そう言う意味で言うと、ベルリンフィルはチェリじゃなくてカラヤンでよかったかも。ベルリンフィルのいないグラモフォンなんて想像つかない。
五番は印象的なコントラバスのベースラインから始まり、木管が印象的な美しい旋律を奏でます。私はここはジャズに転用できると思っていますが、まあ素人考えでしょうね。弦楽器のピッチカートが支配する場面が多いのでわりとインテンポでも聴けそうなんですよね。
今朝は悪夢で目が覚めて、しばらく動悸が止まらなかった。稼働システムが障害を起こしている夢。名寄せとか銀行引き去りとか、そんな感じのことがうまくいかなくて、夜中に修復している夢。
というのも、最近、稼働させるシステムが、稼働ごとにインシデントを出しまくっているからでしょうねえ。
まあ、僕も悪いんですが、僕だけが悪いわけでもない。ソフトウェア、ハードウェア、環境、周りの人間、全部がそろわないと、きちんとしたものは出来ません。SHELLモデルと言うんだそうです。