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辻邦生「円形劇場から」と劇場の美

辻邦生に「円形劇場から」と言う中篇小説があります。このなかで、劇場における美的価値こそが、現実の世界を支えている、という直観が語られますが、私もそれと似たような直観を得た記憶があります。

あれはミュンヘンでの出来ごと。何度も書いたかもしれませんが、州立国民劇場でバレエ「眠りの森の美女」を観たのですね。で、あのとき激しく感動に打ち震えたのです。欧州人が数百年も守ってきたバレエ世界と言う虚構の世界を命がけで作っているという現実に。

どうしてそう思ったのか?

かなり年配のいい年恰好の男性ダンサーが老貴族の格好をして踊っていました。それも激しいくらい真剣に。普通のサラリーマンで行ったら部長ぐらいは務めているであろう男性が、虚構に真剣み取り組んでいるという激しい驚き。

そのあと、なんと子役のダンサー達が登場するんですが、年配の男性と子供達の年齢差にかかわらず、お互い虚構の美を目指しているという事実。美というものがこの世に存在することを初めて認識したのはあのときだったと思います。

帰国後、音楽の先輩にその話をしたのですが、笑われて一蹴されましたが。

「影のない女」のダメージ

で、その逆の体験がどうやら「影のない女」だったみたいなんです。美を目指したとしても、必ずしもそれが美である訳ではない。何かを求めるプロセスが大事なんである、なんていう青みがかったことは全く成り立たない。

あるのは、受容者にとって、それが美であったか否か、だけ。その冷厳さは、頭では理解していたつもりでしたが、体験したのは初めてでした。それが、僕が受けたダメージ。どれぐらいで回復するかは分かりません。

最近の精神状況の変化は仕事の質が変わったのも原因の一つでしょうから。

けれども、あの幸福な時間を取り戻したいという激しい衝動的な欲求はあります。ですので、一生懸命音楽を聴いてはいるのですけれど。

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