Richard Strauss

今日は四半世紀に渡る友人と日本酒を東京駅構内の日本酒バーにて。

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たまには、こういう機会を作らないと怒られます。夜遅くまで働かないと結果が出せない、と思われるのは問題なのです。

日本酒といえば、学生時代においては「ヤバイ酒」でした。

日本酒の熱燗となれば、徹夜を覚悟したものです。 ですが、その友人によれば、それは粗悪な日本酒だからということで、昨今はそんな日本酒ではない日本酒が多いとのこと。昨今といっても、この10年ぐらいなのでしょうか。完全に時間感覚が合いません。

日本酒の素養は全くありませんが、甘口、辛口、熱燗を味わいました。最後に熱燗が出たのは、翌日に向けて体調を整えるためとのこと。暖かいお酒はアルコールの分解をたすけ、翌日に備えるためなのだとか。(天邪鬼なわたしは、酒飲みにとっての福音と思いました)
なんだか人生の楽しみを覚えてしまったような。

さて、 今日は、週末に向けてショルティの《ばらの騎士》を。第一幕を聴いています。最後のマルシャリンのモノローグの部分?意外にも濃くて甘い味わいです。ショルティらしい。もっとすっきりした辛口の味わいと思いました。

R.シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」
ショルティ(サー・ゲオルク) ユングヴィルト(マンフレート) クレスパン(レジーヌ) ミントン(イヴォンヌ) パヴァロッティ(ルチアーノ) ヴィーナー(オットー) ドナート(ヘレン) ディッキー(マレー) デルモータ(アントン) ラクナー(ヘルベルト)
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そうか。齢を重ねるというのは、ねっとりとした甘い味わいにも似たものなのか、などと思います。酸いも辛いも越えた甘さのようなもの。飲み干せば、その先には甘い酩酊と倦怠という魅惑と倦怠が待っている。が故に、さらにそれを越えなければならないということ。

マルシャリンのモノローグは、そうした、時間と齢の超越がありますので、これでいいのかなあ、などと。 新国立劇場の第一幕の最終部分、降りしきる雨が窓をつたい、そこで元帥夫人がタバコを吸うという、シーンが有ります。あの身を切られるような倦怠と諦念こそが、人生の行き着くところではないかともおもいますが、そこまで行くのはまだまだ先なのかなあ、とも。まだまだそこにいくには小童すぎます。

先日、ラジオを聴いていたら林真理子さんがゲストでして、「咲いてこそ花!」という言葉をおっしゃってましたが、花が咲いて甘い匂いをだして、その先の倦怠、というのが人生なのかも。 なにはともあれ、明日には現実に戻らないと。

ではみなさま、ゆっくりお休みください。グーテナハトです。