昨夜は、会社帰りで少し疲れていたのですが、日曜日に行った近所の文化センターでまたサックスの練習をしました。前回はコード進行をPC上のDAWソフトで動かして練習していましたが、PCが重くて仕方がない(いわゆる重さが重いのです)ので、MIDIファイルをAACに変換して、iPodに載せて持って行きました。iTuneは、MIDIをAACに変換することができるのですね。感動です。
それにしてもスタンダードナンバーの難しさといったら、という感じです。サックスを初めてもう15年で、そのうち5年ほどは吹いていませんので、実質10年ぐらいのキャリアだったりするのですが。まあ、プロになるわけでもないので、致し方ありません。余り自分を責めるのは疲れるのでやめました。ゆっくりつきあっていくことにしようと思います。
サックスの練習で思うこと
よかったよ、EWI!
EWIが壊れた……。
ところが、ちょっとした練習をしていたところ、急にオクターヴのコントロールが出来なくなりました。あれあれ、と思って、接続ケーブルを抜いたり差したりしたら、ますますおかしなことに。音がまともに出なくなってしまいました。ネットでの情報では、コントローラと音源をつなぐケーブルが断線することが多いとのこと。どうやら、僕のEWIもご多分にも漏れず断線したのではないか、と考えています。代わりのケーブルを買わないといけないのですが、15750円もするらしい。とりあえず、明日楽器屋に電話してみます。
マッコイ・タイナー「インフィニティ」
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Infinity McCoy Tyner Trio (1995/08/29) Impulse! |
夕方から雨が降り始めた。会社からの帰り道、いつものバスがやってこない。五分ほどバス停に立ちつくしていたのだが、ようやくバスが坂道を登ってくる。傘を畳んで水を払ってからバスに乗り込む。この分だといつもの電車に乗ることは能うまい。疲れているというのに、ベンチのない駅で雨に打たれながら電車を待つというのか。疲れは人をしてとかく悲観的な領域へと誘い込むものなのだが、今日も油断をすると、悲観領域に足をすくわれるところだったのだ。
だが、心を強く持とう、と思って、昔からよく聴いた曲をiPodのホイールを回して探してみる。
あった、マッコイの1995年のアルバム、インフィニティ。フロントにマイケル・ブレッカーを迎えたマッコイのアルバムだった。まだ学生だった頃、CDウォークマンにこのCDを入れて学校に通ったものだった。「インプレッションズ」は、コルトレーンのモードの曲だが、雄々しいマイケル・ブレッカーのテナーの咆吼と、それに続くメカニカルなインプロヴァイズに卒倒したものだ。
そして、今日もやはり卒倒しそうになる。このインプロヴァイズの冒頭部分だけコピーして吹いたことがあるけれど、さすがに全部コピーは出来なかったなあ。それもまた自分の限界と言うことなのだろうか、などとすこししんみりしてしまうのは、いつ聴いても同じなのだ。こうして悲観領域に片足が入るか入らないか、といった状態で10分あまりの演奏を目をつぶって聴きづけた。雨脚の強まる中、電車がホームに進入してきて、やっと座席に着いた頃には、何とか気持を元に戻すことが出来たというわけだった。ありがとうマイケル・ブレッカー。
しかし、そんな元気だったマイケル・ブレッカーも、今は帰らぬ人となってしまったというわけだ。苛烈
でもあり残酷でもある時間と運命。残されたものは、これからもずっと時間と運命と闘わなければならないと言うことなのだ。
楽器の練習場所

楽器、というか、サクソフォーンですが、家で練習できる代物ではありません。音が大きすぎて、近所迷惑も甚だしいのです。
そこで練習場所をいろいろと考えることになります。
大学時代は、大学の音楽室で吹いていましたが、卒業後はどうしたかというと…
- 個人練習はEWIで、リハでしかサックスを吹かない → 相当腕落ちました。
- 山に入って吹く → 季候が良いと良いのですが、夏になると蚊が寄ってくるのでNGです。ちなみに、サックスの音は蚊をおびき寄せるらしい(坂田明氏が実験したという噂を聞いた)。
- カラオケボックスで吹く → これはやられている方が多いみたいですが、やったことありません。近くにカラオケボックスがないので、というのが理由です。
- スタジオを個人で借りる → これは、数年前によくやっていました。一時間700円、隣の駅のスタジオで練習しました。ですが、疲労のため、ダウンしました。
- 家で吹いちゃう → 冬布団をかぶって、押し入れの中に入り、吹いています。多分近所にはきこえていないと思います。ただ、息苦しくなるのが難点。
それで、最近は余り吹いていなかったのですが、練習しなくてはならない自体に。おろおろしている僕に家人が「駅前の公民館借りてみたら?」
そこで調べてみると、17時30分から21時まで、400円で借りられるらしい。休日の午前中だと3時間で300円。安い! 早速、二日ほど予約してみました。あるいて10分ぐらいのところなので、便利もいいですし。そう言うわけで練習しようっと。
イリアーヌ・イリアス「海風とジョビンの午後」
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Sings Jobim Eliane Elias (1998/07/28) Parlophone Jazz |
先だって、先輩、後輩が出演するライブを観に行きました。ジャズライブに出かけるのはとても久しぶり。インストナンバーやヴォーカルナンバーを楽しみました。とくに「The Shadow of Your Smile(邦題:いそしぎ)」が印象的。ライブの様子については、また明日に書いてみたいと思います。
それで、ライブは北東京のとあるブラジルレストランであったのですが、ブラジルの国旗が這ってあったり、フィルムケースで作ったシェーカーがおいてあったり、ラテン音楽のビデオが流れていたりと言う感じで、雰囲気も良い感じ。ケールという野菜の炒め物がとてもおいしい。
それで、ライブが始まるまで、ビデオを眺めていたのですが、それにいたく感動したのですよ。
おそらくは大御所の、白いスーツに黒いシャツを決めた男性歌手が自分の子供か孫かを抱いてステージ脇に登場し、付け人かマネージャに子供を託す。そして、彼はステージに昇る。満場の客席から激しい拍手。ステージ上の小さなテーブルには、ブランデーがグラスに入っておいてあって、吸い差しのタバコが細い煙を上げている。おもむろに、数十人規模のビックバンドがイントロを奏し、彼が歌い始める……。結構明るい感じの曲。
でも、ブラジルと言えば、生活も苦しいだろうし、こんな明るい音楽に浸れるのが信じられなかったのですよ、今までは。でも、このビデオを見て思ったのは、生活が辛苦に満ちているからこそ、戦闘的に明るい音楽にのめりこんで行っているのではないか、ということ。辻邦生師がおっしゃる「戦闘的オプティミズム」というものなのじゃないか、ということ。
辛苦を嘗めて、暗いところに蹲るのではなく、あえて明るいところに自分を晒していく、ということがよく分かったのです。だからこそ、カーニバルの陶酔と熱狂がある。あれは、生きていくための手段なのだ、ということも。本当にいまさらですが。
あ、もちろん、ラテン音楽すべてが明るい曲というわけではないですよ。そうじゃないのもたくさんありますから。
それで、積極的に手持ちのラテン音楽をきいてみているわけです。根が単純なもので……。よく言えば素直と言うことですが……。
とりあえずきいているのは、イリアーヌ・イリアスのSings Jobim(邦題:海風とジョビンの午後)。ジョビン有名な曲をイリアーヌの婀娜っぽい声で。そして、サックスはマイケル・ブレッカーですからね。良くないわけがない。それにしても、なんとも艶かしいジャケットだこと。
Select LIVE SAXOPHONE WORKSHOP
1989年のライブ・アンダー・ザ・スカイでのパフォーマンス。大学の時代に聴き続けたCDの中の一枚。この5,6年、行方不明になっていたのだが、先だって図書館で見つけて借りてみました。書架には出ていなかったのですが、書庫の中から出して貰いました。感想をいくつか。
- このアルバムを聴いて、アーニー・ワッツの偉大さを知った。二曲目「The Four Sleepers / Pools」のソロは格別。好き嫌いはあるかもしれないが、流れる早いパッセージと、フラジオ音域を多用した感動的なインプロヴァイズ。
- もちろんマイケル・ブレッカーも頑張っていて、「スウィングしなけりゃ意味がない」のソロが白眉。豊かな倍音を吹くんだ太いテナーの音が素晴らしい。「ラヴァー・マン」で旋律とるところも良い。サークルの合宿で、こんな感じで「ラヴァー・マン」をやろうと思ったのだが、あえなく敗退した。おそらく、ドン・グロルニックのアレンジが良いんだと思う。
- 僕のかつてのサックス演奏はこのアルバムに依るところが大きかったなあ、ということをあらためて確認。
- 最近ジャズにはご無沙汰している家人も、感心するところしきりだったから、良いアルバムであることには間違いない。
- 残念ながらAmazonでは取り扱っていない模様。音だけでも手に入って良かった。
演奏者は以下の通り。
- マイケル・ブレッカー(TS)
- ビル・エヴァンス(SS,TS)
- スタンリー・タレンタイン(TS)
- アーニー・ワッツ(AS,TS)
- ドン・グロルニック(P)
- 鈴木良雄(B)
- アダム・ナスバウム(DR)
深町純/On the move

図書館の検索PCで物憂げな感じで「ブレッカー」と入力してみる。画面には、ランディ・ブレッカー、マイケル・ブレッカー、マイク・ブレッカーと表示される。マイケル・ブレッカーは、古い盤ではマイク・ブレッカーと表記されたこともあったのだ。
何はともあれ、我が町の図書館の保有するブレッカー参加アルバムが予想以上に多いことが分かる。心のなかだけでほくそ笑んで、書架に向かう。あった、あった。この70年代風なジャケットを見て、またほくそ笑む。今度は心のなかだけに押しとどめることが出来ず、笑みが顔面に溢れる。やった、あったよ……。
家に帰って早速聴いてみる。
ああ、この感じ。懐かしいなあ……。
You’re Sorryでは、マイケル・ブレッカーがテーマをとる。いいですな。メロウな感じ。このころのブレッカー・フレーズは、晩年期に比べてそれとわかりやすい。マイク・マイニエリも参加。ガッドのスネアが小気味よく刻まれている。ほとんどステップスのノリ。
Letter To New Yorkの冒頭のブレッカー兄弟、エフェクター使いまくっていてブレッカーブラザーズのアルバムかとみまがうほど。ここでもマイケル・ブレッカーがフューチャーされていて、長いソロを取っている。
When I Got Your Wave “Pathetique"は、ベートーベンの悲愴ソナタをモチーフにした曲。あの有名な旋律が使われている。マイケル・ブレッカーは、エフェクター掛けて、ブレッカー以外の奏者が吹くと恥ずかしいぐらい(自戒を込めて)、定番なブレッカーフレーズを、メトロノームよりも正確なリズムで吹きまくっている。マイク・マイニエリのビブラフォンソロも熱い。
Depature in the Dark-Againは、バリ・フィナティーがフレーズをとる。スティーブ・ガッド様のバスドラム連打が激しい。真夜中、街路灯越しに見える、暗闇に浮かぶ高層ビルを眺めている感じ。
それにしても、メンツが豪華。
・スティーブ・ガッド様
・バリー・フィナティー氏
・ブレッカー兄弟
・デイビッド・サンボーン氏
・ロニー・キューバ氏
・バリー・ロジャース氏
・アンソニー・ジャクソン氏
うーん、垂涎ものとは、このことをいうのだ。
マイケル・ブレッカー
michael+brecker
ファット・ファンクションとイエロージャケッツ
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ユー・アンド・ミー ファット・ファンクション (2007/02/28) アップフロントワークス(ゼティマ) |
さらに刺激を求めて、ファット・ファンクションを聞いてみました。このバンド、本当に恰好良いんですよ。ホーンセクションの分厚さとか、ラップとか。むしゃくしゃしているときに聞くとちょうど良い感じに気分をいなしてくれます。
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Like a River The Yellowjackets (1993/01/19) GRP |
少し古いですが、イエロージャケッツ。このアルバム、はじめて買ったイエロージャケッツなんですが、最初は全く意味不明、と言う感じ。ところが、数年後に聴き直してみると、いいじゃん、これ、みたいなノリで気に入ってしまいました。ボブ・ミュンツァーは、マイケル・ブレッカーと違う意味で本当に器用です。バス・クラリネットも巧いですしね。
パット・メセニー「シークレット・ストーリー」
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シークレット・ストーリー パット・メセニー (1992/07/22) ユニバーサルインターナショナル |
仕事に疲れたので、食事もほどほどに、ゆったりしたいと思った。iTuneでJazzをランダム再生してみる。最初に流れてきたDavid Sanbornは今の気分にそぐわない。Sanbornはもっと元気のある時に聴くものだった。
次の曲がヘッドホンから聞こえてきた途端、記憶がパチンと弾けて、20年前のあの日のことを想い出したのだった。
言語哲学を専攻するN先輩の部屋に、先輩達に連れられて夜中にお邪魔したことがあった。年も押し迫った冬の日のことだった。大学近くの安居酒屋でN先輩とJ先輩と三人で呑んでいた。酔っぱらって、三人とも気が大きくなっていた。その場の雰囲気で、N先輩の部屋に行こうと言うことになったのだった。
N先輩の部屋は、池尻大橋の細い街路を通って行った先の、木造モルタルの建物の二階だった。6畳の部屋には小さな台所が設えてあった。日本酒を鍋で湯煎をして熱燗を作るのだとN先輩は言った。本棚には世界の名著や青帯の岩波文庫がぎっしり並んでいた。悲劇の誕生、論理哲学論考、純粋理性批判、存在と時間、弁明、メノン……。部屋の片隅には新聞紙がうずたかく積み上げられていた。なんと夕刊の思想欄が保存されているのだった。
「***、ほんまに、N君のこと見習わんといかんで」
J先輩が私を諭すようにそう言ったのだった。まだ一年生だった私は、本棚や新聞に眩惑されているだけだった。私はやらねばならぬのだ、という気持を抱いた。たとえN先輩のようになれずとも、近づくことは出来るだろうと思った。
N先輩もJ先輩も私と同じように音楽が好きだった。N先輩は帰り際に、私にCDを貸してくれた。Pat MethenyのSecret Storyだった。
「また来てくれよな」
帰り際、N先輩は笑いながらそう言ってくれたのだった。だが、二度とN先輩の部屋に行くことはなかった。
私が就職することを決意したころ、先輩達から盛んに大学院に進むように勧められていた。N先輩にもやはり勧められた。だが、私は大学院に進むことはなかった。
こうして、大学院へ優秀な成績で進学していったN先輩と再び会うことはなくなった。
だが、今日のように、こうしてPat MethenyのSecret Storyを聴くたびに、N先輩のことを思い出すのだった。Pat Methenyの、郷愁をさそう愁いをおびた旋律がきこえるたびに、N先輩に、近づけもせず、応えることもできなかったのだ、という重い事実が立ちはだかっていることを思い出すのだった。そこにあるのは悔恨でも苦みでもない。苛烈で厳然とした運命の力だった。誰をも逃さない運命の網は無情なまでに我々を絡め取り、何処へとも分からぬ方向へと引き摺るのだった。そうして私という者が今あるというわけなのだった。







