Miscellaneous

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なんだか、今年度からデイタイムの仕事の質が変わりまして、いろいろと好きにやらせてもらっているということなのかも、などと。やること多くて、帰りは遅いですし、組織的にはメインストリームから外れた感もあるのですが、学ぶことたくさんだし、新たな可能性のようなものを見出したり。

まあ、人には得意不得意といろいろありますが、得意なことを遅くまでやるというのはいいことなのかもね、と。

ただ、その得意なこと、というのも、よくよく考えると、別に自分独りで得たものじゃないわけです。別に、努力して得意なわけではないので。

あるいは、努力したとしても、努力できる分野とそうでない分野があるはずで、努力できる分野で努力できたというのも、結局は自分だけでやったわけではないわけです。

そうすると、結局のところ、自分の業績のようなものは全く無いわけですね。あるとすれば、なにか意味はわからないけれど、自分ができる部分があるということ。

これ、3年前に、バークリー音楽院出身のギタリストと話した時のことを思い出します。

彼は、音楽の才能というのは、前世からの積み重ねに過ぎない。モーツァルトも、前世からその才能を引き継いだに過ぎない。人生というのは、一つ一つの人生がビーズが連なる首飾りのようなものに過ぎないのだから、ということを言っていた記憶があります。

(まあ、英語で話したので、私の曲解もあるかもしれないですが)

それを踏まえて、先日、ジャズを吹いた時のことをまた思い出したりして。なんだか、1年ぶりぐらいに吹いたのに、それっぽく吹けたりしたんですが、あれって、自分の努力とかではなく、与えられたもののように感じてしまったわけです。

いや、それは確かに外から見れば私が吹いているわけですが、私にして見れば、誰かに吹かせてもらっている、というような感覚を得たのでした。

まあ、よく言われる「生かさせてもらっている」みたいな言い方がありますが、私はそこまで得心しているわけではないにせよ、私の存在すら、誰かからの借りものであるかのような、感覚を覚えてしまったりして。

私の存在すら借りものだとすれば、私の所有物さえ、結局はだれかからの借りものだったりするような気もしてくる感じで、なんだか変な方向に考えが向いてますね。

逆に言うと、借りたものは、大切に扱わないといけないので、ということも言えます。だから、いまのここで全力をつくすのか、みたいな。

まあ、絶望の深淵のようなものから生還すると、こんなこと感じてしまうのかも。何が起きても、静謐に諦観できる感じがしたりも。短期的な思い込みかもしれないですが。

なんだかこういう文学的(?)な予感めいたものを、電車に乗りながら思いついたりしていました。

哲学やって、辻文学を読んだりと、完全にアウトサイダーなので、仕方ないです。

さしあたりはまた明日。おやすみなさい。

Miscellaneous

今日はアバドとブレンデル

機能は、ドゥダメルとバレンボイムでしたが、今日は、アバドとブレンデルのブラームスのピアノ協奏曲第2番。

Brahms: Piano Concerto No.2
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峻厳という言葉がふと思い浮かびました。私のなかのブレンデルのイメージは、リストを静謐に透徹に弾くという感じで、それもこれも、巡礼の年第2年を30年ほど前に聴いたからに他ならないわけです。村上春樹で有名になってしまった音源ですけれど。

で、やっぱり最初聴いた時から、和音のタッチがリストに聴こえてしまいました。ブレンデルが弾いている、という先入観からなのか、本当にそうなのかはわかりません。

なんだか、上品なんだよなあ、と。それで澄み切った感じ。

で、勝手にこんな風景を思い出していました。

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ベルリンのジーゲスゾイレからみた東ベルリン方面。今から見るとくぐもってますが、当時は珍しくさわやかな秋晴れでした。

それにしても、ピアノの聴き比べというのもなかなかおもしろいです。音色の違いというのもありますが、タッチの雰囲気とか微細なテンポどりとか、そういう細かいニュアンスが全体の雰囲気というものを形成しているわけです。

ジャズの場合だと演奏の違いのブレというのは非情に大きいわけですが、クラシックの場合はもっと微細で絶妙な世界で勝負していることになります。昨日も述べたようにこういう相違が、Apple MusicやiTunesで簡単にそしてよく分かるようになりました。

これは、底なしの楽しみかもしれない。そう思います。

おわりに

さて、時間配分を変えてみたこの数週間ですが、まあ確かに家に関する雑務はスピーディーになってきました。家族とメッセージでやりとしながら、通勤電車の中で家事を済ませてしまう、というスタイル。

しかし、スピーディーすぎても良くないこともある。難しいですねえ。

「思いついたらすぐ実行」

これ、私の幼稚園の頃の口癖だったようですが、良く言えばスピード感、悪く言えばあわてんぼうですね。

でも、スピードこそが価値の時代となりました。失敗してもスピードで取り返せばよい、みたいな。

ただ、スピード出すにも燃料が必要です。食事も燃料ですが、睡眠も燃料ですね。

ということで、今日は寝ることにします。

おやすみなさい。グーテナハトです。

Jazz,Miscellaneous

はじめに

10月も半ばにさしかかろうとしています。そういえば、近所のプールで泳ぎ始めてから一年が経ちました。

これも何度か書いていますが、また書いてしまいます。

近所のプールは夜中までやっていますので、仕事場を21時半ごろに出たとしても、少しは泳いで帰れる感じで、仕事がそれ以上に遅くなったり、飲みに付き合っていたりする場合以外は極力泳ぐようにしています。

一年前は、一年経ったら、もっと痩せて、身体も疲れにくくなって、いい感じになっているはず、と思いましたが、ちょっと違う結果が出ています。

まず、前より頭が回るような気がしています。これ、自分だけが思っているだけですが、なんだか昔より判断が早くなったような錯覚を覚えています。それと同時に、スピード感も増したような錯覚も覚えています。主観的なものなので、周りからみたらどう見えるかはわかりません。

もう一つ、安静時心拍数がかなり下がりました。健康診断で「徐脈」と診断されて、「あれ、スポーツ心臓だわ」なんて、軽く思っていました。確かにApple Watchつけて寝ると、夜中は心拍数が35とかになっていました。2秒に一回しか鼓動していないという、なんだか冷凍冬眠(?)みたいな状態。

ですが、先日両親に「それは不整脈の一種で、ヤバイかもしれないから病院に行け!」と脅されて、恐る恐る病院に行って、安くないお金を払ってホルター心電図を16時間付けました。

結果は、平均心拍数65で正常。ただし、最小心拍数は38で、やっぱり徐脈です。ですが、不整脈なんかも全くなく、別途やっていた血液検査も全く正常らしく「治療のアイディアはありません」というコメントがついて結果が帰ってきました。

ちなみに、ホルター心電図の結果は、東大医学部に送られたらしくそこで検査するんですが、お医者は「東大の判断だ」ということを強調していました。まったく。東大と某医療機器メーカーのビジネスモデルにすぎないんですが。

結論。スポーツ心臓になってしまった、と思うことになりました。確かに最近は20メートルぐらい息継ぎ無しで泳げるようになってます。だからといっていいことが何かあるのかはわかりません。

いまでも、疲れはとれず、週末はダウンしてますし、今日も小一時間散歩して、もっと歩かないとね、と反省したり。

とはいえ、毎日運動をするというのは、スポーツ心臓になるとか、なにかしらのことはあるので、続けないとねと思いました。

今日の一枚

今日はこちら。

マッド・ハッター
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1996年ごろに、UNIXマシンのプロファイルに「最近のお勧めはMadhatter」と書いたら先輩に「何言っとるんじゃい! こんな古いアルバム!」と言われました。オリジナルのリリースは1978年。言われたのは18年後の1996年。いまはその19年後の2015年。これは、いわば、1948年に、「ああ、37年前に《ばらの騎士》の初演を観にドレスデンに特別列車に乗って行ったんだが、あれはいい思い出だ」と言っているのと同じです。今となってはクラシックです。

この半年以内にNHK-FMの「世界の快適音楽セレクション」で、このアルバムが紹介されました。この番組は、とあるお題についての音楽を紹介するという趣向の番組で、もう16年ぐらい続いているようですが、あの時のお題は「帽子の音楽」で、ファリャの三角帽子と並んで、このアルバムのなかからThe Madhatter Rhapsodyが紹介されていました。ジャケットのチックが帽子をかぶっているから、というのが選定理由でしたが、きっと選定された人がこのアルバムが好きだったから無理やり入れたに違いない、などと思ったりしました。

この最終曲The Madhatter Rhapsodyは、不思議な事にフロントであるジョー・ファレルがあまり登場しないので、ソロはキーボードのみ。で、ここではチック・コリアとハービー・ハンコックの二人がキーボードでソロを撮っているという寸法。ふたりとも、それぞれの持ち味をだしたソロでバトルしています。まあ、ぶっ飛んでるのはチック・コリアのほうです。

ちなみに、残念ながらこのアルバムはApple MusicにもiTunesストアにも収録されていないです。良いアルバムなんですが。

それではまた。お休みなさい。

Miscellaneous

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はじめに

最近、写真をとってないなあ、などと。iPhoneでその気になればバチッと撮れるんですが、どうも仕事場と家での往復に終止している感あり、です。これは、たしか先日の中秋の名月です。でも、なんかのCDがジャケットのようです。

いかんいかん。こんなことでは。

喋りが快感

と言いながらも、日々勤労しております。今日は、仕事場で喋りまくって少々バテ気味でした。別に喋りは巧くありませんが、どうも最近人前で喋るのが快感で、困った限りです。

感覚としては、サックス吹いてアドリブしている感じ。もっとも、喋りの内容もアドリブです。

もっとも、人前で喋るのが快感だからといって、外向的かというとそういうわけでもないらしいです。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/01/10-physical-behavior-of-introverts_n_8224686.html

私、文学部でドイツ哲学とか読んでましたので(挫折気味でしたが)、絶対に内向的です。

こちらの記事を読んで更に納得しました。結構合致します。

http://www.huffingtonpost.jp/2013/08/23/introverts-signs-am-i-introverted_n_3802643.html?

まあ、人それぞれなんで、なんでもいいのです。

しかし、こういうことわかったうえで戦略を立てるのは大事なことかも。

今日の一枚

さて、今日はこちら。っていうか、昨日と同じです。仕事場の最寄り駅について、このアルバム聴きました。めちゃモチベーションが上がりました。

とりとめもないツイートですが、今日はこの辺りで。おやすみなさい。

Miscellaneous,Wolfgang Amadeus Mozart

どうも厳しいスケジュールを抱えてしまっていて、大変な状況になっています。

そういう時に限って、なにか別のやるべきことが現れてしまうわけです。

それにしても昨年末からいろいろと状況が変わりながら、無理を重ねてきましたが、まあ、無理を重ねてという表現をすると今一つですが、なんとか乗り切っているというのが正しい表現だと思いたいところです。

ただ、そろそろ忙しさとのつきあい方も少しずつ変えたい時期だったりもしますので、今後はもう少しセーブしていきたいものです。

物事を変えるためには、時間配分を変える、付き合う人を変える、住む場所を変える、三つのうちどれかを選ばなければならないそうですが、まずは時間配分を変えるところから始めていきましょう。

明日は辻邦生先生の誕生日ですが、もしかすると、特集的な記事は来週28日以降から順次ということになりそうです。明日から週末が勝負です。

今日はこちら。

正当的と思われるモーツァルト。この中から35番「ハフナー」を聴きました。この曲、本当に大好きでして、冒頭のオクターブの跳躍のダイナミズムが本当に現代感覚にマッチするのだと思います。ベームの指揮は、さらりと流すだけではなく、あれ、という引っ掛かりがあります。テンポを急激に落とすのですね。これがベームらしさです。

それではグーテナハトです。

Miscellaneous

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Apple Music を使う日々が続いているのですが、学生時代、ジャズの音源を探して、夜な夜な中古レコード店でCDを買い漁っていた頃の思い出に浸っている感じです。あるいはレンタルCD屋の巨大な棚の前に立っている感覚かもしれません。

ジャズでいうと、例えば、ハービー・ハンコックやパット・メセニー、チック・コリア、リー・リトナーといった、一流のなかなの一流ミュージシャンがいます。彼らの音楽は当然素晴らしいです。

そうしたアルバムで素晴らしいプレイを披露してくれるミュージシャンもいます。そうした方のリーダー・アルバムを聴くと、当然それも素晴らしいのです。

ですが、何かそこには、さらになにかが必要な気がするのです。例えば、華と、狂いと、緊密といった言葉であらわされるでしょう。

それは、感覚的なもので、説明できないのです。それは、モーツァルトにあって、他にはないものとも言えます。クラシックの楽曲にもそうした違いのようなものを感じることはままありますね。あれ、そこでこのフレーズ、みたいな。。

今、まさにNHK=FMでかかっている「君の瞳に恋している」も古い曲ですが、サビに続くホーン・セクションのメロディなんて、よく考えると、あれ、そこでこのフレーズ使う? と思います。これもなんとなく、「狂い」のなかに入るのだと思います。がゆえに、30年たっても時に使われるということなんでしょう。

最近、週次更新になっている気がしますが、いや、本当にいろいろなものが変わっていって、そこに合わせに行くのが大変なのです。合わせに行きつつも、変わらないものもあるはずですが、本当にそうなのか。

それでは。

Miscellaneous

最近、自分の子供の時の写真を親が持ってきてくれました。

生まれた時から3歳ぐらいまでの写真です。当時は、フィルムカメラの時代ですので、写真の枚数は少ないわけです。

歴史というものは記録されたもののみが存在するのだなあ、ということをあらためて思いました。

おそらくは写真に写らない出来事というものが無限にあったはずですが、そうした記録に残らない出来事は、少しずつ消えていくことになるのでしょう。

ちなみに、私の最古の記憶が写っている写真もありました。弟が生まれたばかりの弟の沐浴のシーンで、それはちょうど2歳半ごろのことのようです。

おそらくは、社会にでる前の乳幼児期が最も人間らしい時間なのかも、なんてことを思いました。

今日はこちら。

Look of Love
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当時、クラウス・オガーマンのアレンジということと、ジャケ買いで買いましたが、これはいいアルバムでした。ジャケ買いは、得てして妥当な選択基準になります。

今週は少々厳しい一週間になる見込み。目的があれば頑張れます。

それではみなさま、おやすみなさい。

Miscellaneous

すべての写真-2434

自宅のテレビにMacをつないでみました。なかなか新鮮です。うちのテレビにはVGAしかついてませんので、こちらをつかってみました。

画面が大きいので、家族と相談しながら何かを決める時、便利そうです。

ただ、慣れない大きさ、慣れない解像度なので、眼が疲れました。姿勢に気をつけて使わないと。

今回は目的があって導入しましたので、その目的がはたせるよう頑張ろうと思います。

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今日はずいぶん涼しくなりました。いよいよ秋ですね。というか、今年の夏は短かった? まだまだ残暑もありそうですが、気が抜けない日が続きそうです。

それでは今日は早めにおやすみなさい。

Miscellaneous

電車の中。大声で語り合う男二人。

対照的に、スマホにイヤホンさして、静かに電話する男。

電車の中での携帯の通話はご遠慮ください、と言うけれど、いったいどちらがよいのだろう、と。

私は、どうも静かな携帯の会話に違和感を感じてしまいました。よく考えると、大声で語り合う男たちの会話の方が音量は大きいのですが。

おそらく、だが、リアル会話はどんなにうるさくてもよいのだが、通例秘匿されるべき電話の会話は、たとえそれが静かな声であっても、周りにしてみれば聞きたくないものであり、が故に、マナーとして問題、とされるのでしょう。

ずっと前にドイツに行った時、電車の中でイヤホンつけて携帯をつかう人を結構見かけました。会話の種類にはこだわりがなさそうでした。

自分が日本人であり、その色眼鏡をかけてものごとをみているということをあらためて思いました。

それにしても、暑い毎日ですね。こんな時はモーツァルトです!

(??)

今日は、テイトの指揮でモーツァルトの交響曲。ならびにムーティの指揮でコジを聴きました。清澄な気分で、しばし暑さを忘れました。それにしてもオペラは侮れません。13年聴いてますが、まだまだわからないことだらけです。


ではおやすみなさい。グーテナハトです。

Miscellaneous

夏やわー。

しかし、暑い日々が続いています。

昨今は、どうにも時事ニュースばかりが気になる日々で、なかなか読書まで到達できません。活字は常に読んでいるのですが、読書に到達する前に終わってしまうのですね、これが。

そういえば、「超整理法」で有名な野口悠紀雄さんだったと思いますが、「新聞を読まない」という時間創出アイディアを提唱しておられたのを思い出しました。

また、二週間ほど前のNHK-FM「トーキング ウィズ松尾堂」に出演していた谷川俊太郎も、「情報を制限したい」とおっしゃっていて、本当にその通りだなあ、と思います。

Facebookなどには、友人の記事だけではなくフォローしているベルリン・フィルやバイエルン国立歌劇場とか、あるいはプラシド・ドミンゴの記事なども出ていたりします。また、経済情勢や国際情勢の専門家が直接書く記事なども読めるわけです。

すでにFacebookが情報ハブのようになってしまい、様々な事情に配慮する通常のマスコミには出ないようなかなり有用な情報も得られたりするので、チェックしないわけには行かなくなります。

本当に、断捨離しないと、と思うこの頃です。

それにしても、夏こそは、夏休みと思っていましたが、先日、十分休めないまま終わってしまいましたし。グチャグチャになっている頭のなかを整理したいです。

そうこうしているうちに、バイロイト。キリル・ペトレンコの「ヴァルキューレ」は今晩です! ティーレマンの「トリスタン」は聴きたかったですが、後の祭り。再放送があればいいのに。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。