ここのところ、塩野七生さんや犬飼道子さんの本を読んでばかりで、辻先生の本をあまり読めていません。それでも、先日は「モンマルトル日記」を散漫に読んで、自分を鼓舞してみたりしていましたが。 そこで、何冊か辻先生の本を紹介してみようかな、と思い立ちました。初めて辻先生の本をお読みになろうか、という方々をターゲットにして、何冊か紹介してみようと思います。
まずは、「ランデルスにて」という短篇から。この短篇は、私が読んだ二つ目の辻作品です。一つ目は「樂興の時 桃」でしたが、学校の図書館にあった短編集の中からランデルスにて、を読んだのがはじまり。これを読んでから、すっかり辻文學の虜になってしまい、今に至るわけです。
美しい北欧の女性と知り合う主人公。女性の気の毒な身の上話を聞かされ、同じホテルの隣同士に止まるのだが、そこに現れたのは……。
まず始まりがすばらしい。列車が北欧の駅を通過していく様子が、駅名の羅列で表される。これがもうなんとも異国情緒を書き立てるだけではなく、重苦しい北欧の冬の空気が本から流れ出してくるのですね。そうして一気に物語世界に飛び込んでいくわけです。 そして最後に突きつけられる宿屋の主人の言葉。この言葉にぐさりと来たのは、主人公だけではない。読み手の我々も匕首を突きつけられたような気分になります。そして終幕部もやはり、北欧の駅名の羅列……。くぐもった声で発音される北欧語が陰鬱な空気を醸成します。
この話、読み終わってからもズシンと何かが来るのですよ。人間とは、人の間でしか生きられないというのに、とかく自分のことだけを考えるもの。それも都合の良い解釈で。
- 初出 1975年「風景」
- 辻邦生全集第二巻
- 辻邦生全短篇(2)