Opera,Richard Wagner

リヒャルト・ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」序夜「ラインの黄金」[2CDs]
ミヒャエル・ヴォッレ クリスティアン・ファン・ホーン ベンジャミン・ブルンス ブルクハルト・ウルリッヒ エリザベート・クルマン バイエルン放送交響楽団 サイモン・ラトル
BR KLASSIK (2015-10-28)
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現在、新国立劇場では《ラインの黄金》が上演中ですが、理由あり、行けるかどうかわからない状況です。

ですが、そう言っても予習はしておかないと、と思い、Apple Musicで調べたら、あれあれ、こんな音源が。

というか、これって、CDの発売は10月28日ですが、もうApple Musicでは聴けているという。

こちらがハイティンク盤。私の持っている盤とはジャケットが違いますけれど。

Das Rheingold
Das Rheingold

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R. Wagner
Warner Classics (2012-10-01)
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バイエルン放送交響楽団のリングといえば、私の大好きなハイティンク盤があります。本当はこれを聞きたくてApple Musicで探したんですが、ラトル盤が出てきてしまったのです。

こちらです。 → https://itun.es/jp/PhJi-

2015年4月24日から25日に録音。録音場所はヘラクレスザールです。ハイティンク盤と同じ。当然。で、やっぱり音はハイティンク盤ととても似ています。本当にクリアでくっきりとした音響です。これは良い音源です! 明日も聴かないと。

フライアを歌うアンネッテ・ダッシュとか、ファーゾルトのペーター・ローズとか、新国立劇場に登場された方も参加されていて、なんだか新国も世界とつながっているなあ、と思ったり。

でも、ああ、やっぱりワーグナー聴くと落ち着くなあ、と思いました。5年前の東京リングであんなに聴き倒した指環ですので、ほとんど身に染み渡っているような感覚を覚えました。

オペラは実演で聴くのが一番。でも、一度実演を観ておくと、いろいろな音源を聴いても、なんとなく場面が想像できて、音源だけでもかなり楽しめます。

さてさて、今年度も折り返していますが、なんだかやらないといけないこと、やりたいことができずじまいな毎日です。少し前にも書いた気がしますが、何かを変えるためには「時間配分を変える、家を変える、付き合う人を変える」しかないそうです。

で、できることといえば、「時間配分を変える」しかないなあ、と思ったり。ふむふむ。前と同じことを書いている。それで一応実践中ですけれど、どうなることやら。もっと変えたりして。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

Music

まったく、本当にスゴイバンドなんですね。Earth Wind & Fire、ってのは。

伝説のライヴ・イン・ヴェルファーレ(CCCD)
アース・ウィンド&ファイアー
カッティング・エッジ (2003-06-25)
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Apple Musicで、EWFのライブ盤「ライブ・イン・ヴェルファーレ」を聴いたんですが、本当にのけぞりまくってます。

いちいちカッコイイホーン・セクション。

いちいちカッコイイアレンジ。

いちいちカッコイイリズム隊

なんだか、スタイリッシュではないカッコよさなんですよねえ。けっしてフュージョンのバンドのようなテクニカルなものではないのです。なにか、一つ間違えると、やり過ぎじゃね、と思わせるような畳み掛けるようなアレンジなのです。

やはり、ムンムンする熱気が漂ってくる、尋常ではない音源です。その場にいたら、絶叫して血が出るほど拍手するに違いないです。

例えば、Apple Musicを聴ける方はこちら。

Boggie Wonderland.

https://itun.es/jp/XjCfA?i=437633947

いやあー、ティンバレスと思われるパーカッションのグルーヴ感がたまりません。中間部は、ストリングスとピアノのソロの掛け合い。その後のシンセベースの懐かしい雰囲気のライン。ホーン・セクションとドラムのユニゾン。

たまらないです。

Amazonのレビュー観ていて、あらためて思いましたが、EWFってIncognitoのルーツとして位置づけられるそうです。私はこのあたりのことちゃんと評価するほど知らないですし、この辺りの批評は一家言あるかたがたくさんいると思いますので、あまり多くは語りません。

ただ、ですね、ほんとこれ、仕事場行く時に元気づけられます。これ聴いて、きっとニヤニヤ笑って歩いているに違いなく、変人あつかいですよ。もっとも、すでに変人で通ってるはずです。

っつうか、オペラブログのはずなんだが。。

というわけで、また明日です。おやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

Photo

今日も余韻に浸りながらこちらを聴いていました。パンフレットには、《ダナエの愛》は「秘曲」と書いてありましたが、たしかにそうかも。こんなにいい曲が舞台形式では日本初演とは。もったいないです。

今日で東京二期会の公演が終わりましたのでネタバレでも良いですかね。。そして、観た方にしか分からない内容だったりしますが、仕方ないです。

深作健太さんの演出、本当にいろいろな仕掛けがあって面白かったです。

ゼメレ、オイローパ、レダ、アルクメーネの四人ともミダス王のが金に変えたという装飾を持っているのですが、白鳥とか雲とか牛の形をした金色のオブジェを持っているわけです。これは、御存知の通り彼女たちを誘惑した時にユピテルが変身した姿なのですね。

オイローパは牡牛に姿を変えたユピテルに誘惑され、レダは白鳥、アルクメーネは自分に球根していたアムピトリュオーン。ただ、ゼメレは探しましたがよくわかりません。《ダナエの愛》の中では雲だったでしょうか? ですが、雲に姿をかえたのはイオーの時だったという情報もあり。

ともかく、そうしたギリシア神話が取り込まれつつ、昨日も触れたように、この4人はクリムトの文様の服を着て、コミカルな演技をしていました。イケメンモテモテのユピテルは神話の世界よりも楽しそうでしたね。

それにしても、第三幕はいろいろと刺激的な演出でした。えーっと、これは大丈夫? と思うほど。アフタートークでは、「幸い止められなかった」とご本人も言っておられましたが。まあ、こういう心配してしまうというのもなかなか難しい問題ということなんでしょうけれど。

でも、そうした世界のなかにあって、ユピテルとダナエの対話の後に、ダナエが渡した黄金の薔薇が、ユピテルの手で薔薇の花に変わったり、あるいは、ダナエが植えた植木に花が咲いたり、と荒廃した世の中にあって希望が残されているという演出でした。観ていた方の多くが、あの「風の谷のナウシカ」の最終場面で腐海の下で人知れず芽吹いた植物を思い出したのではないでしょうか。

それにしても、面白かったのは一幕で登場し、三幕で本物の薔薇に変わる、あの金の薔薇です。あれは、《ばらの騎士》のパロディのはずで、小さい男の子がでてくるんですが、あれは《ばらの騎士》の小姓なんだろうなあ、と。《ばらの騎士》では銀の薔薇なんですが、《ダナエの愛》は、黄金がモティーフですから、黄金なのです。小さい子が出てくるだけで、会場がドッとわくのはいつものことです。可愛らしい子でした。お母さんにとってもいい思い出になったと思います。

あのユピテル、演出のなかではさすらい人ヴォータンの姿をしていました、私、あれはほとんど権力の権化としか思えず、おそらくは当時の文脈においてはヒトラーなんだろうなあ、と思いました。これは、演出の読み替えで感じたものなのか、あるいはシュトラウスのスコアからそう感じたのかはわかりません。ですが、権力、経済などをダナエが選ばず、というのは、なにか戦時中にあってシュトラウスが考えたことに合致するのでは、とも思ったのです。

ですが、権力と経済を選ばない、というストーリーを考えたのは、シュトラウスやグレゴールなんですが、当然ふたりとも男ですよ。男が考えた女性の選択です。これ、本当かなあ、と。女性は、まずは子どもの安全を考えるのではないか、と。普通なら、権力と経済を選んで、生まれ来る子どもの安全を確保しようとするはずなんですが、どうでしょうか。数ある芸術は、その多くが男性が作ったものですので、そういう視点を汲み取りにくいのではないか、とも思ったり。

というわけで、今日もなにか思いつきをダラダラと書いてしまいましたが、誰かと話している気分で。もっとも、こんなことをダラダラ話すのは、イマイチです。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

すべての写真-2658

上の変な写真になってしまいましたが、行ってきました東京二期会公演の《ダナエの愛》。東京二期会は、意欲的な演目をやりますが、今回は本当に運良く行かせていただいた感じです。

いや、本当に面白かったです。演出も最高だったし、なによりオケが素晴らしかった。歌手の方々も。10年以上前にもやはり同じ団体の別のオペラを東京文化会館で観たことがあったんですが、そのときよりも全体に底上げされている!、と本当に思いました。

今日は短信にとどめますが、深作さんの演出は、シュトラウスが指環へのオマージュとして《ダナエの愛》を書いた、と思わせる演出になっています。神々から人間へ世界が渡される、というテーマを色濃く描く演出で、これはもうほとんど指環の世界観でした。第三幕のユピテルは、全くもってさすらい人ヴォータンでした。シュトラウスのパロディ精神をすくい取っているなあ、と感動です。

演出の深作健太さんのアフタートークも聴きましたが、いや、本当にオペラが好きで演出をやりたくて夢を掴んだ、ということだったようです。

というか本当に面白い演出でした。

<ここからさき、ネタバレ&ご覧になった方しかわからないはずです。すいません>

ざっと、思いついたことを書きなぐってみます。ブログじゃないな、これは。本当なら、誰かと話したいところですが、そういう知り合いがいない。。

演出の深作健太さんが登壇したアフタートークでは、深作さんがコンヴィチュニーに影響を受けているというコメントがあり、それを受けて、今回の公演についても聴衆の質問の中からもコンヴィチュニー的な演出だ、というようなコメントが有りました。たしかに、コンヴィチュニーの《ばらの騎士》など、未来の暗い世界が舞台になっているということもありますし。

最初は、第三幕が急激に現代劇になってしまい、あまりの唐突感に驚いたのですが、劇が進むに連れて、第一幕から第二幕がダナエの夢で、第三幕が現実なのだ、という解釈なのか、というところで、なるほど、と思いました。

クリムトはダナエを題材とした絵を描いています。ミダス王は触れたものを黄金に変えるということで、このオペラのなかに通底する黄金のイメージ。ここから、クリムトの「ダナエ」につながり、クリムトが好んでつかった金のイメージに繋がり、ということで、クリムトのデザインが衣装に採用されていました。これも少しやり過ぎもあったんですが、その衣装を着ているのが4人王女で、彼女らは《トゥーランドット》のピン、ポン、パンのような位置づけですので、そうしたパロディ精神も面白いなあ、と思いました。

で、この四人の王女は、実際には三重唱なんだそうです。四人いるのに。私なりの持論はあるのですが、今回は一旦は伏せておきます。

また、第三幕最後において、ダナエが懐胎しているという読み替えなんですが、この衣装とメイクは完全にボッティチェリの「春」をモチーフにしています。これ、辻邦生の「春の戴冠」においては、懐胎しているシモネッタをモデルに描かれたもの、とされていますので、ここもとてもおもしろかったです。

短信になっていませんが、半分メモ的なエントリー。

で、指揮・オケ最高でした。シュトラウスは本当に素晴らしい。明日ももう少し書くかも。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。

Opera,Richard Strauss

Richard Strauss: Die Liebe der Danae
CPO (2004-02-01)
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うーん、いいオペラだなあ、《ダナエの愛》。シュトラウスらしい、濃厚な音楽世界で、時間を忘れますね。折り重なる転調の織り目とか、あるいは華々しい金管の方向とか、深く味わい深いうねるような弦とか、本当にシュトラウスらしい音楽です。

今日、明日、明後日と東京二期会の公演が上野であります。そちらに幸運にも行くことができそうです。私は明日の会です。指揮は準メルクル。楽しみですね。

これが戦争中に作られたということ。1940年6月28日がその完成の日だそうです。そうした意味を考えながら、明日は観に行ってみようと思います。

それにしても、体調を整えていかないと、オペラは理解できませんので、そのあたりも気をつけないと。

それではまた明日。グーテナハトです。

Apple Music

頭の痛い問題です。

アルバムアーティストというのをご存知でしょうか。

iTunesにおいては、楽曲にアーティストとアルバムアーティストという二つの情報があります。

アーティストというのは、楽曲にユニークに紐付くアーティスト。アルバムアーティストというのは、該当アルバム全体を統括するアーティストにあたります。

ですので、一つのアルバムに複数のアーティストがいる場合であっても、アルバムアーティストでまとめれば、アルバムに対してユニークのアーティスト名を登録することができるのです。

私の記憶では、2002年頃のiTunesにはアルバムアーティストという概念がなかったような記憶があります。あるいは、あったのかもしれませんが知りませんでした。

そんな中で、クラシックのアルバムの場合、演奏者を設定する場合もあれば、作曲家を設定する場合もあり、CDDBからダウンロードしてきた場合、そうした基準がまちまちで、楽曲の整理がうまくできませんでした。

そこで、2002年頃にiTunesを使い始めた時から、楽曲のアーティストには作曲家名を設定し、演奏者はアルバム・タイトルに設定する、という運用スタイルをとっていました。

こんな感じです。

スクリーンショット 2015-10-01 23.35.57

ところが、アルバム・アーティストがいつの時かiTunesに現れまして、いまさら感満載でした。アーティスト中心の運用が起動に乗っていたのです。また、私の記憶ではiPodにはアルバムアーティストは扱えませんでした。あるいは扱えたとしても、使いませんでした。そこで、アルバムアーティストに演奏者の情報など、楽曲にユニークなアーティスト情報を設定しまうという行為に及んでしまったのです。本来とは逆の使い方です。

このような感じ。

スクリーンショット 2015 10 01 23 38 22

そういうわけで、iPodもiTunesでもアルバムアーティストを使わずに楽曲を整理管理していたのですが、悪夢は、徐々に始まりした。iTunesがいつの頃からかアーティストとアルバム・アーティストを同列に使うようになったのです。

今までは影に隠れていたはずのアルバムアーティストが、急に登場して、iTunesはめちゃめちゃに。

ですが、iTunesでは、アルバムアーティストを使わないという設定があるのです。これを使えば、これまでどおりアーティストだけで整理することができます。以下の画像にあるアルバムアーティストのチェックを外せば、アルバムアーティストは消えて、アーティストのみで整理できます。

スクリーンショット 2015 10 01 23 40 23

チェックを外すとこうなります。

BEFORE

スクリーンショット 2015 10 01 23 40 33

AFTER
(ちょっと変なのも混ざってますが、数が減っているのがおわかりかと思います)

スクリーンショット 2015 10 01 23 43 45

iTunesでは、このようにアルバムアーティストを使う使わないの選択をいまでもすることができます。

問題は、iOSのミュージックアプリです。私の見たところ、Apple Musicが始まったiOS8.4から、このアルバムアーティストを無効にするオプションが見当たらなくなりました。
(どなたか、どこにあるかご存知でしたら教えて下さい。ウェブで調べましたがまだ見つけられないのです)

ですので、iOSでは、整理されていないアルバムアーティストが選択肢に現れてきてしまうという状況で大変困っています。

当初からアルバムアーティストを使えていればよかったのですが、iPod Classicではアルバムアーティストを使うことができなかったので、整理するチャンスを失ったというわけです。

というわけで、私の32000曲の楽曲については、アルバムアーティストが未整理です。アクションプランとしては、全ての楽曲のアーティストをアルバムアーティストに設定してしまうとか、双方を交換する、といった方法が考えられます。

前者はフリーソフトのバッチ処理でなんとかできそうですが、後者はどうでしょうか? おそらくスクリプトを組めばできるはずですが、そこまでできていない状況です。

取り急ぎ、つぶやきだか愚痴だかのようなエントリーになってしまいましたが、一旦は共有します。アーティストとアルバムアーティストの使いわけについて是非お気をつけ下さい。今後対処しましたらまた書く予定です。

それではグーテナハトです。

Apple Music

Apple Musicの勉強を進めています。

これまでは、新しい曲ばかり聴いていたのですが、最近はiCloudミュージックライブラリの使い方の模索をしています。とりあえずの使い方のようなものがわかってきました。

2万5千曲とか10万曲とか、そういう話をしていました。iTunesライブラリ全体を自動的に同期しようとするとこの制限にかかります。

ですが、任意の曲だけを同期させることは、iTuneライブラリの曲数にかかわらず可能なようです。

例えば、Apple MusicにはChick Coreaの音源のうち、Time Warpが収録されていません。

Time Warp
Time Warp

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Chick Corea Quartet
Stretch
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そこで、該当のアルバムの曲を選んでiCloudミュージックライブラリに追加を選びます。すると、楽曲をアップロードするようです。

スクリーンショット 2015 09 30 22 24 00

そうすると、以下のように、iPhoneのマイミュージックにTime Warpが現れます。もちろん同期はしていません。iCloudミュージックライブラリにアップロードしたものをiPhoneが認識している状態です。

image

このように楽曲を選んで、手動でiCloudミュージックライブラリへアップロードして、端末間で楽曲を共有する事ができることがわかりました。

しかしまだまだわからないところだらけのApple MusicとiCloudミュージックライブラリです。

まだ不可思議な挙動などがあり、安心できません。使用は自己責任でやらざるを得ません。みなさまもお気をつけてお使いください。

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

Book

賛否両論あるにせよ、なんとなくAppleの製品は使いたくなる説明できない魅力があります。え、そこまでやってくれるの?という驚きです。しかも、それが押し付けがましくなく、洗練されたやり方でサジェストしてくれるのが驚きなのです。

たとえば、iPod時代からのギミックですが、イヤホン端子からコードを抜き取ると音楽が止まる、という仕掛けは、初めて体験した時に本当に驚きました。もしかしたら、どこか別のところで採用されたアイデイアなのかもしれませんが、私はiPodで初体験でした。

で、こちら。

スティーブ・ジョブズ
スティーブ・ジョブズ

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東洋経済新報社 (2013-05-02)
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10年前の本で本当に今さらですが、安く入手しました。しかも紙の本で。ですので風呂に入りながら読めるという贅沢。

まあ、普通のエリートではなく、アウトローの天才がどうやってAppleを作ったのか、がよくわかりました。

私のようなたかだか2年程度のMacintoshユーザにとっては、基本文献的な位置づけにも思えます。

これ読んだら、もっとハチャメチャなことをやりたくなりました。

実際、これも一つの解釈した歴史にほかなりません。真実が書いてあるかどうかはよくわかりません。何度も書いているあのヴェルディ問題がありますから。歴史なんてどうとでも改ざんされます。改ざんした側が「歴史を改ざんするな」といえば、それで歴史は固定されてしまうぐらいの危険性を帯びたものです。大切なのは真実ではなく、正しい解釈可能性ですが、それすらイデオロギーや偏見によってどうとでもなりますから。

それでは今日はこのあたりで。おやすみなさい。

Opera,Richard Strauss

Photo

こちらを引き続き。さすがに手強い。だが美しい音楽。本当に終わることのない甘美な音楽の連続ですが、全体をつかむにはまだまだ時間がかかりそうです。感想を書くのはもう少し先かも。

《ダナエの愛》ですが、初演は1952年とされていて、シュトラウス存命中の公演はかなわなかったようですが、実際には、1944年にゲネプロだけは行われていたのですね。ハンス・ホッターがユピテルを歌い、指揮はクレメンス・クラウスだったようです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Die_Liebe_der_Danae

ザルツブルク音楽祭での公演の予定だったようですが、ヒトラー暗殺未遂、戦局の悪化やシュトラウスがナチスに不興を買っていたなどが原因のようです。

ヒトラー暗殺計画は、7000人が逮捕、200人処刑、ロンメル元帥に自殺を強いる、という過酷な結果に終わったようです。

そんな時代に《ダナエの愛》が演奏されようとしていたとは。なんとも皮肉というかなんというか。もちろんオペラなので政治的な意味も隠されているはずですが。

こちらにいくらか当時の事情が書かれていました。ただそれが真実かどうかは知る良しもありません。

大作曲家 R.シュトラウス

Photo

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

Music

やっとひとつ〆切を終えました。それにしても、書く速度があまり衰えていなくてよかったです。

今日もこちらの本。

オペラの学校
オペラの学校

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ミヒャエル・ハンペ
水曜社
売り上げランキング: 65,096

著者のミヒャエル・ハンペは「上拍が大事!」といいます。上拍というのはAuftaktで、つまり弱拍であり、裏拍であり、四拍子でいうと、2拍目と4拍目です。

なぜ、上拍が大事かというと、そこで次の音楽への転回を表現するから、なのだそうです。私は、これを読んで、こういうことだと思いました。

上拍というのは、下拍の前で、指揮者が指揮棒を振り上げるあの瞬間のことです。

オペラ劇場の最前列指揮者の真後ろに座って指揮を観る機会が何度かありましたが、上拍のタイミングで、あえて大きく息を吸い込む指揮者が多く、粗い鼻息のような大きな音をさせます。あるいは、タクトは上拍の場面でより大きなものとなります。

指揮者も歌手も、最も大切な表拍の前で、意思表示をすることで音楽を推進しているわけですので、アンサンブルを推進するのに大切のは上拍=弱拍=裏拍ということになるわけですね。

これを読んで、もう一つ思い出したことがあります。

かつて入っていたプログレバンドのスパルタ(?)練習がありました。ひたすらメトロノームを鳴らして練習するのですが、そのメトロノームのクリックを裏拍としてとるわけです。裏拍でとると、リズムの乱れが如実に現れます。表拍だといい加減でもばれないのですが、裏拍でとるとシビアにズレがわかるのですね。

裏を感じることは、音楽を推進する一つのキーポイントなのだ、と思いました。

で、もう一つ。

仕事場の人とカラオケに行かないといけない時があったのですが、最近の人の歌う歌が全く分からず、正直音楽的にはつらい状況でした。そんな時に、ひたすら裏拍で拍手するというパワハラまがいのことをやって、顰蹙をかいました。「私は拍手も裏拍、組織人生も裏街道」みたいな。。もう二度とやらないですけれど。

それではみなさま、おやすみなさい。