Tsuji Kunio

最近、どうにも齢を重ねたらしく、今まで見えなかったものがずいぶんと見通しよく見渡せるようになりました。
それとともに、辻邦生の作品への理解の質的変化を感じています。昔は、確かに理解していたかもしれません。ですが、今は理解を超えた理解になっている気がする。頭で分かっていたものが、腹の底から分かった、という感じ。
辻邦生の嵯峨野明月記で、本阿弥光悦が加賀の国へと出かけた歳に、海岸に立つシーンがあったと思います。あそこでは、打ち寄せる波の連続が、世の為政者の不断の変遷が、なんらの必然性を伴うことなく繰り返されるという、ある種の諦念の感覚だったのですが、なんだかずっしりとその考え方と一体化した感じです。
それから、俵屋宗達が行った「世の中は背理である。そこにあるのは哄笑だけなのだ」というセリフ。ずいぶんと心の中に残っていますが、今までとは違って腹の底にしっかりと座っている感じです。私も歳食ったんですねえ。
それから、同じく辻邦生「嵯峨野明月記」の以下の部分。

歳月の流れというどうにもならぬものの姿を、重苦しい、痛切な気持で認めることにほかならなかった。しかしだからと言って、そのゆえに行き、悩み、焦慮することが無意味だというのではない。そうではなくて、それは、むしろこの空しい思いを噛みしめることによって、不思議と日々の姿が鮮明になり、親しいものとなって現れてくる、といった様な気持だった。(中略)すべてのものが深い虚空へ音もなく滑り落ちてゆく、どうすることも出来ぬこの空無感と、それゆえに、いっそう息づまるように身近に感じられる雲や風や青葉や光や影などの濃密な存在感とに、自分の身体が奇妙に震撼されるのを感じた。

辻邦生『嵯峨野明月記』中公文庫、1990、210頁
なんだか、いろいろ分かってきた感じです。

European Literature

いやあ、ヤバイですねえ、この本は。
会社の後輩が読んでいたので、借りて読んでいるのですが、激しく破滅的なストーリーが素晴らしいです。
緻密細緻な研究に裏打ちされた科学的見解と堅牢に組み立てられた物語世界は揺るぎないもの。近い将来、この小説に描かれた世界の破滅が、現実のものになるかもしれないなあ、などと。
ちょっとした現代批判も織り交ぜてあって、ありがちな指摘だけど、さもありなむ、とも思います。
しかし、膨大な研究と取材をされているはず。こういう仕事にあこがれる。
wikiでは、記述に誤りがあるとか、盗作疑惑、冗長すぎる、なんて言うのもあるけれど、えてして成功者は批判されるものです。気にしちゃイカン。それに冗長だとは全然思いません。文学に埋め草は必要だし、そうした埋め草こそ楽しまないと。
2011年に映画化なんだそうです。見てみたい。
とりあえず、海の近くに行くのが怖くなります。日本は津波の被害が大きいところですから、なおさらリアリティがあります。
上中下の三巻組でして、中巻をもう少しで読み終わろうとしているところ。あと2冊で、年間100冊達成。今年は行けそうだなあ。

Japanese Literature

永井路子「炎環」を読み終わりました。梶原景時、全成禅師、北条義時、北条時政たちが主人公。短編がいくつか集まって、源平合戦から鎌倉幕府草創期の混乱を描いた作品でした。小さいころは、やはり源平合戦にしか目が向きませんでしたが、実はそうした有名な史実を埋めるさまざまな人間の動きこそが面白いと感じるようになりました。
あとは、源実朝の出自が興味深い。父親は頼朝で、母親は北条政子。ですが、育ての親は頼朝の弟である全成禅師だということ。全成禅師は、都で仏門に入っており、教養深い人物でもあったようです。全成禅師の影響下にそだった実朝は、風雅な人物として描かれています。
実は、辻邦生の幻の作品に「浮船」というものがありました。構想だけに終わったようですが、「西行花伝」の続編的位置づけとして、実元を主人公として考えられていた作品だったとか。武家でありながら、芸術に打ち込むという人物が辻邦生の関心を引いたのはすごく首肯できます。きっと、西行やロレンツォ・メディチと重ね合わせていたのだと思います。そして、美に打ち込みながらも悲劇的な最期を遂げる実朝は、いわゆる「美と滅びの感覚」と称される辻文学の主人公としてあまりにふさわしいと思うのでした。

Book

11月は、旅行に行ったのもあって、更新日が少なすぎる。だが、本は何とか読みました。軽い読書が主ですが。しかし、永井路子を読んだのは大正解でした。やはり大好きです。今月もひたすらいろいろ読みます。

期間 : 2010年11月
読了数 : 9 冊
乱紋〈上〉 (文春文庫)
永井 路子 / 文藝春秋 (2010-08-04)
読了日:2010年11月30日
山霧―毛利元就の妻〈下〉 (文春文庫)
永井 路子 / 文藝春秋 (1995-11)
読了日:2010年11月30日
節約の王道 (日経プレミアシリーズ 57)
林 望 / 日本経済新聞出版社 (2009-10-09)
読了日:2010年11月26日
ボーイング787はいかにつくられたか 初代モデル1から最新787まで、世界の航空史を彩る歴代名機に迫る!!
青木 謙知 / ソフトバンククリエイティブ (2009-10-19)
★★☆☆☆ 読了日:2010年11月23日
山霧―毛利元就の妻〈上〉 (文春文庫)
永井 路子 / 文藝春秋 (1995-11)
読了日:2010年11月20日
ジャンボ旅客機99の謎―ベテラン整備士が明かす意外な事実 (二見文庫)
エラワン・ウイパー / 二見書房 (2004-12)
読了日:2010年11月19日
旅客機雑学ノート―フライ・ハイ 空の旅がもっと楽しくなる本
中村 浩美 / ダイヤモンド社 (1995-11)
読了日:2010年11月18日
旅客機雑学のススメ―航空事情の今がよくわかる (AIR BOOKS)
谷川 一巳 / 山海堂 (2000-02)
読了日:2010年11月16日
図解・旅客機運航のメカニズム (ブルーバックス 1689)
三澤 慶洋 / 講談社 (2010-06-22)
★★★★☆ 読了日:2010年11月15日

Japanese Literature

永井路子「乱紋」完了。永井作品はやっぱりすばらしかった。
主人公は浅井三姉妹の末っ子であるおごう。おごうは、徳川秀忠の正室となり、徳川家光の生母となるけれど、そこにいたるまでの波乱とも言える半生を描いた作品。織豊政権から江戸幕府へいたる過渡期の様子は、小さいころから何度となく読んでいましたが、おごうの傍から見る視点というのはとても新鮮でした。
来年のNHK大河ドラマは、このおごうが主人公ですので、タイミング的にもよかったです。
それにしても、永井路子って素晴らしいなあ。この方の小説は、いわゆる客観的語り手がかなり全面に出てくるんですが、全然うざくないのです。自然に史的解説が述べられれて、ストーリーを阻害することがありません。解説付きでオペラを見ている気分です。
あとは、視点が独特。女性ならではというのもあるはず。多くの歴史は男性的視点で述べられますので。

Book

9月に読んだ本一覧ですが、16冊にもなってしまった。こんなに娯楽本ばかり読んでいて良いのか? 現実逃避ではないのか? まあ、でも、ゲームにのめり込んだり、賭事や、アルコールに費やさないだけ許してくだされ。
まあ、大事なのは冊数ではないんですけれどね。
「メデューサの嵐」はすごかったですよ。最後の瞬間、荒唐無稽だけど、冷静に考えればあり得る解決法。度肝を抜かれました。
来月もたくさん読めると良いのですが、仕事がエラく忙しくなりますので、ちょっと不安。

期間 : 2010年09月
読了数 : 16 冊
メデューサの嵐〈下〉 (新潮文庫)
ジョン・J・ ナンス / 新潮社 (2000-01)
読了日:2010年9月30日
メデューサの嵐〈上〉 (新潮文庫)
ジョン・J・ ナンス / 新潮社 (2000-01)
読了日:2010年9月29日
炎立つ (伍) 光彩楽土 (講談社文庫)
高橋 克彦 / 講談社 (1995-10-04)
読了日:2010年9月25日
本・雑誌
ウイリアム ホッファー , マリリン・モナ ホッファー / 新潮社 (1990-12)
読了日:2010年9月27日
炎立つ(四)冥き稲妻  (講談社文庫)
高橋 克彦 / 講談社 (1995-10-04)
読了日:2010年9月24日
炎立つ(参)空への炎 (講談社文庫)
高橋 克彦 / 講談社 (1995-09-06)
読了日:2010年9月22日
四十九日のレシピ
伊吹有喜 / ポプラ社 (2010-02-16)
★★★★☆ 読了日:2010年9月21日
炎立つ (弐)燃える北天  (講談社文庫)
高橋 克彦 / 講談社 (1995-09-06)
読了日:2010年9月18日
炎立つ (壱) 北の埋み火 (講談社文庫)< /td>

高橋 克彦 / 講談社 (1995-09-06)
読了日:2010年9月16日
ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)
グレアム グリーン / 早川書房 (2006-10)
★★★★☆ 読了日:2010年9月14日
寒雷ノ坂―居眠り磐音江戸双紙 02
佐伯 泰英 / 双葉社 (2002-07)
★★★★☆ 読了日:2010年9月11日
花芒ノ海―居眠り磐音江戸双紙 03
佐伯 泰英 / 双葉社 (2002-10)
★★★★☆ 読了日:2010年9月11日
JAL崩壊 ある客室乗務員の告白
日本航空・グループ2010 / 文藝春秋 (2010-03-17)
読了日:2010年9月11日
陽炎ノ辻―居眠り磐音 江戸双紙 01
佐伯 泰英 / 双葉社 (2002-04)
★★★★☆ 読了日:2010年9月9日
偽りの書 上・下
ブラッド・メルツァー / 角川グループパブリッシング (2009-03-26)
★★★☆☆ 読了日:2010年9月4日
偽りの書 下
ブラッド・メルツァー / 角川グループパブリッシング (2009-03-26)
★★★☆☆ 読了日:2010年9月4日

American Literature,Book

いやあ、恐ろしい。来月早々、飛行機に乗る予定ですが、恐ろしくなってきました。
「高度41,000フィート 燃料ゼロ! 」という本の中のエピソードです。ヤード・ポンド法からメートル法へ切り替わってまもないカナダにおける、信じられないミス。当時最新鋭だったボーイング767の燃料計の破損が幾重ものエラーチェーンを生み出し、なんと、目的地半ばにして燃料切れを起こすというストーリー。都内への出張時間を利用して、一日で読み干しました。すごかったですよ。。。
一番の白眉が、この着陸シーン。度肝を抜かれます。ドキュメンタリー番組がYou tubeにあがっていて、二週間ほど前、遮二無二&刮目して見ました。これ、操縦するものにとっては、信じがたいぐらいの神業なんですよねえ。

繰り返しになりますが、まあ色々原因があります。燃料計の故障からはじまり、ヤード・ポンド法からメートル法への切り替えにきちんと対応できていなかったことや、ボーイング767から、従来の三人乗務機から二人乗務機となり、責任所在が不明確になってしまったこと、その他様々な偶然……。
この本は、そうした、事故の背景から、事故機に乗り合わせた多くの方々への丁寧な取材が巧くまとめ上げられた秀逸なノンフィクションです。上述のYoutubeの動画の最後のあたりににわかには信じがたい驚異の映像があります。飛行機ってこんなに動けるんだ、みたいな。
最終的には、全員が奇跡的に助かるというハッピー・ストーリーではあるのですが、これを読んでしまうと、恐ろしさが先に立ちます。
それにしてもキャプテンのピアソン氏はすごいですよ。偉大すぎる。
ところで、昨今の航空事故事情ですが、百万フライトで、数件しか全損事故は起きてはいません。また、旧東側や発展途上国の航空会社で事故が多いというデータもありますので、航空会社を選べば、事故に遭う確率をさらに下げることが出来ましょう。
また日本の航空会社の死亡事故はこの十数年間は起きていません。
一番最近の死亡事故は、(wikiによると)日本航空MD-11型機が1997年に乱気流に巻き込まれ客室乗務員一名が亡くなったという事故以来のはず。これは、乱気流という原因もありますが、MD-11という飛行機の特性もあるようです。この飛行機は操縦するのが難しいのです。戦闘機的な設計思想で作られているそうです。ですから、旅客型MD-11はほとんど姿を消しました。また、昨年、成田空港でMD-11が着陸に失敗し、成田空港初の全損事故となったのも記憶に新しいところ(MD-11は危険です)。
また、私がよくお世話になっていた全日空でいうと、最後の死亡事故は1971年の雫石上空における自衛隊機との空中衝突事故以来ありません。
ちなみに、来月搭乗する機種は、ボーイング777とボーイング747-400。
ですので、来月のフライトはきっと安全で楽しいものとなりましょう。楽しみです(って、すこし不安だけど)

Japanese Literature

高橋克彦「炎立つ」の第三巻読了。この作品は、1993年の大河ドラマの原作となったものです。高橋克彦氏は、私が中学生のころから敬愛してやまない作家のお一人。中学生当時、NHKの歴史ドキュメンタリー番組に出ていらして、謎の仏像の出自を明らかにする氏のお姿がめっぽう格好良くて、こういう仕事に就ければいいなあ、と漠然と思っていたりしました。
それで、当時手に取った「竜の柩」は、歴史は歴史だけれど、オカルト的な歴史物語でして、そこで繰り広げられる古代史推理にも舌を巻いてしまったのでした。古代日本からメソポタミアにまで広がる古代史の謎。多感な中学生には相当な刺激でした。嘘と知りながらも、日本にキリストの墓があると言うことを信じたくなる本でした。いまでも10%ぐらい信じているかも(冗談です)。
かたや、この「炎立つ」では、そうしたオカルト的な部分は鳴りを潜め、正当な歴史小説として楽しむことができます。これまでの通常の史観だと、源氏は正義の味方で、東北を支配する安部氏が悪者である、というような偏ったものであるわけですが、「炎立つ」ではまったく逆の史観で、実に新鮮なのです。これを読むと、源頼義や源義家のほうが分が悪く読めてしまう。
前九年の役とか後三年の役で、源義家が並々ならぬ働きを見せたのが、後世に伝わって、義家こそ武士の誉れ高い英雄として大きな影響を残すことになるのですが、具体的な事績を小説上でなぞるのは実に興味深いです。
第三巻までは前九年の役が取り上げられ、安部氏では滅亡となりますが、第四巻では、安部と藤原経清の血を引く藤原清衡が奥州藤原氏として復権します。これが後三年の役。第五巻では源頼朝に撃ち滅ぼされるというこれまた悲劇。
大河ドラマでは、少ししか見られませんでした。でも、私の中では藤原経清は渡辺謙以外にあり得ません。安部頼時は絶対に里見浩太朗です。そして、どうしても源義家は佐藤浩市になってしまう。源頼義は絶対に佐藤慶。安部宗任は川野太郎で、安部貞任は絶対に村田雄浩で、そのほかは考えられない。映像の持つ力は恐ろしい。というか、絶妙なキャスティングだったのでしょうね。原作とは違うところが多いようですが、もう一度観てみたいものです。

European Literature,Literature

ふう。3日で読了。
これも、実に読み応えがありました。
「第三の男」を書いた手練れのグレアム・グリーンのスパイ小説は、単なるスパイ小説ではない。
だいたい、主人公のモーリスの妻が、南アフリカで知り合った元工作員の黒人女性であるということが、完全に定石を外した独創性。関係のないエピソードと思ったものが、最後に一カ所に集まって、ぱっと弾け散る様は実に見事でした。
これぐらい骨のある小説だと本当に唸ってしまいます。
スリリングな場面などないのですが、この方がよっぽどリアリティがあります。グリーンは、第二次大戦中に実際に情報機関に所属していたとのこと。官僚的、組織的、スノッブ……。そういうイギリス情報機関の雰囲気が濃厚に漂っていました。
次は高橋克彦氏。私はこの方も大好きなんですねえ。
最近は、アラベラ漬けです。あ、来週、新国のオペラトーク「アラベッラ」を聴いてきます。