2012/2013シーズン,NNTT:新国立劇場,Opera,Richard Wagner

昨日、2月2日に新国立劇場で「タンホイザー」を見て来ました。

今日は夜遅くなってしまいましたので、これからすこしずつ深堀りしますが、いままでの「タンホイザー観」が変わってしまいました。

全体的にはそんなにドラスティックに変わったわけではないのですが、演出一つで物語が大きく変質することに改めて驚きました。

まあ、ヴェーヌスにおける、リンダ・ワトソンとエレナ・ツィトコーワの違いなんですけどね。

画像は、私の参考CDであるハイティンク盤。こればかり聴き過ぎたのかもしれません。ルチア・ポップがエリーザベトを歌うのですが、巧すぎて巧すぎて、かえってエリーザベトっぽくなく思えるようになりました。

==

昨夜は、大学生時代の音楽サークルの先輩後輩と久々に。とある方とは15年ぶりに飲んだのですが、全く変わっていなくて、タイムスリップした観があります。若返りの飲み会。

過剰な追憶モードは慎みたいものですが、たまには過去を振り返って自分の今の立ち位置を確認するのもいいものだと思いました。

そういう意味では、ブレブレな人生だなあ。

 

そうそう。今日もあのバークレー出身のギタリストと会話を。

こっちもとても面白かったです。

 

ではまた明日。

Richard Strauss

もっとも家庭的でないと思われるが、じっくり聞くと実はえらく家庭的すぎて思わず恥ずかしくなるぐらいな、リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲」。

今週末のらららクラシックで放送ですね!

http://www.nhk.or.jp/lalala/next.html

 

ゲストは広瀬大介さん。

私、フォローしてるんですが、いつも勉強になります。

どんなお話をされるんだろう。

 

家庭交響曲について、クラシック雑誌の紹介記事風に書いてみた記事はこちら。

https://museum.projectmnh.com/2012/03/05231721.php

 

プレヴィンがN響を振った家庭交響曲の模様はこちら。

https://museum.projectmnh.com/2009/10/21050407.php

※つうか、昔のブログ、字が多すぎだ。。

 

今週末はシュトラウスな天皇誕生日になりそうです。

Giacomo Puccini,Opera

プッチーニの最初のオペラ「妖精ヴィッリ」は、ソンツォーニョオペラ作曲コンテストに出品され、落選したものだった。

このコンクールは出版印刷会社経営するエドゥアルト・ソンツォーニョが企画したものだった。ソンツォーニョ社はもともと、文学作品の廉価版を出版したり、共和党の月刊誌にも関わっていた。

エドゥアルトはそれにも飽きたらず、音楽情報誌「イル・テアトロ・イルストラート」を作った。そこでオペラ作曲コンクールを催したのだった。

第一回目の優勝者は、ルイージ・ボレッリ「アンナとグァルベルト」、グリエルモ・セッリの「北の妖精」であった。プッチーニの妖精ヴィッリは落選したのだが、これには背景がありそうだ。というのは、プッチーニは遅筆で、締切間際に提出し、しかも乱筆であったから、というのだ。人間はまずは体裁から入るから、中身が良くても体裁が悪すぎては氷化されないと言うことになる。

ソンツォーニョ社はプッチーニを見いだすことが出来なかった。

だが、第二回目のコンクールにおいて、ソンツーニョ社は金の卵をてに入れたのだ。

マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」である。

これが「ヴェリズモオペラ」のブームのはじまりはここにあった。そして、そのブームがプッチーニに「トスカ」を作曲させる要因の一つになったのだ。

一方、落選した「妖精ヴィッリ」を目にとめたジュリオ・リコルディがプッチーニを見いだしたのだ。ソンツツォーニョ社はライヴァルのリコルディに塩を送ったことになる。

また、第一回目の入選者はどうなったのだろう。人生の哀楽をみる一つのエピソードがある。

次回へ

Giacomo Puccini,Opera

今日も郷土のために頑張りました。

トスカに関連して、周辺事情をいろいろと調査しています。

ソンツォーニョ社について調べています。19世紀のイタリアの出版社で、ソンツォーニョオペラコンテストを主催していました。プッチーニはここに「妖精」を出品しましたが、残念ながら落選します。そのあとが面白いのです。

今日は遅いので取り急ぎ。明日に続きます。

 

2012/2013シーズン,Giacomo Puccini,NNTT:新国立劇場,Opera,トスカを聴こう!

先日から連載しているトスカの件ですが、その後も引き続き調査を続けています。その中でわかったことをお伝えします。

トスカ成立の話の中でフランケッティという作曲家が登場しました。もともとトスカの作曲権を持っていたのですが、ジュリオ・リコルディにしてやられて、プッチーニに作曲権を渡してしまうという話でした。

その際に、フランケッティはプッチーニの学友だったという話を書いたと思います。このエピソードは、プッチーニの伝記として有名なモスコ・カーナーの著作に登場します。私はそこから引用しました。

ところが、南條年章氏の「プッチーニ」(音楽之友社)おいては、それが誤解ではないか、という説が紹介されていました。

曰く、フランケッティは、プッチーニと同じマージという先生に習っただけなのだそうです。いわば兄弟弟子です。ですが、一緒に学んだことはなかったとのこと。プッチーニはルッカで、フランケッティはヴェネツィアで、マージに師事したということになります。

歴史の中に埋れた真実はその手がかりをつかむのは難しいです。

(イタリア語がわかれば良いんですけどね。あと10年すれば、翻訳エンジンの性能が上がるでしょうから、文献程度なら辞書がなくてもわかる日がくるでしょう)

このシリーズ、来年元旦には、形にまとめてご披露できるよう頑張ります。

 

2012/2013シーズン,Giacomo Puccini,NNTT:新国立劇場,Opera

トスカ、まだまだ続きます。

そろそろ「理髪師」の予習もしないと行けないのですが。

今日はデイヴィス盤を紹介します。

デイヴィスの指揮はずいぶん好きなんです。「ピーター・グライムス」や「魔笛」に親しんでいました。

デイヴィスの指揮もきりっと引き締まっていて、緊張感が素晴らしいです。テンポコントロールがきまっています。

スカルピアのイングヴァール・ヴィクセルがエラクカッコイイですよ。スウェーデン生まれのバリトンで、昨年亡くなられたようです。鋭利で冷たい刃物のようなスカルピアです。

カレーラスも雄々しく雄叫びをあげます。第二幕でナポレオン軍の勝利に歓喜して絶叫するところは、さすがカレーラス!、と思います。

トスカを歌うモンセラート・カバリエがも豊潤でドラマティックです。

1976年にコヴェントガーデンで録音。

(もう36年も前ですか。。)

  • 指揮:コリン・ディヴィス
  • トスカ:モンセラート・カバリエ
  • カヴァラドッシ:ホセ・カレーラス
  • スカルピア:イングヴァール・ヴィクセル

最近夜更かし気味です。今日もそろそろ眠ります。

では。

Alban Berg,Opera

美貌のソプラノ、モイツァ・エルトマンの「ルル」、今晩のプレミアムシアターで放送です。

http://www.nhk.or.jp/bs/premium/

image

以下予告編です。

 

 

ルルって、ほんと、怖いオペラだ。。

image

image

image

でも、惹かれてしまう。。

この、ドイツ的センスが素敵すぎる。

観る時間あるかな。。

2012/2013シーズン,Giacomo Puccini,NNTT:新国立劇場,Opera

初台にてトスカを見てきました。

今回も前列方面でしたので、いつもになく十分に堪能しました。ありがたいことです。

3年前の「トスカ」をみた後には「このパフォーマンスが東京で、なんて恵まれている。」という記事や、「音楽か、言葉か、演出か?」なんていう記事を書いています。

今回も、このパフォーマンスを東京でみられる幸運に感謝です。

 

ノルマ・ファンティーニ!

トスカを歌ったノルマ・ファンティーニ、今回も聞かせてくれました。

というか、迫真過ぎて、見ているのがつら過ぎするぐらい。

なんだか、もう、トスカの危機的状況が手に取るように分かって、あらすじは理解しているんですが、ハラハラしました。

表情も硬軟織り交ぜているのよく分かりました。巧いです。

第一幕、カヴァラドッシが浮気をしているのではないかと疑うシーン、笑ったり怒ったり織り交ぜてカヴァラドッシを責めるあたりは、本当に役者だなあ、と思います。

パワーもものすごいです。座席が前の方だったので直接声が響いてきました。いままで味わえなかった感動です。

舞台の歴史背景

ステージの豪華絢爛さは何度見ても素晴らしいです。座席的にも舞台がよく見える場所でしたので、聖アンドレア・デラ・ヴァッレ教会に本当に足を踏み入れた気がします。

ちょっとイタリアに来た気分で、幸福な気分です。

今回は、歴史的経緯もちゃんと確認していきましたので、その点でも楽しめました。

第一幕最後のテ・デウムのシーンに登場した若い王妃が、ナポリ王国女王のマリア、カロリーナですね。ずいぶん若いですけれど。

どうやら教皇も登場していたようです。きっとピウス七世です。

スイス人衛兵もカッコよかったです。

雑感

しかしなあ、これから死ぬ運命にある幸福な恋人達の会話を聞くと胸が痛みます。

カヴァラドッッシも、いつ逮捕されても分からない状況にあったのに、トスカと一緒に居たいが為にローマに滞在していたわけですから。

政治を甘く見てはいけないです。お節介ですけれど、

第三幕、トスカとカヴァラドッシが感極まって、歌と絵で芸術を極めよう!みたいなことを言うんですが、これって音楽と演出のことを言っているんだろうなあ、と思ってみたり。

トスカとカヴァラドッシが巧く逃げたら、きっとカヴァラドッシが演出家になって、トスカが出演のオペラプロダクションを作ったりして。。

結局、うまくいかなさそうな二人です。

スカルピアがもし生きていたら、ナポレオンが再びローマを攻略したときに失脚するんでしょうが、巧いことやって、フランスに取り入ったりするんでしょうね。

 

今回も本当に楽しめました。ありがとうございます。

それではまた。フォースとともにあらんことを。

 

※ヌーヴォー飲んで酔いながら書いてます。。

2012/2013シーズン,Giacomo Puccini,NNTT:新国立劇場,Opera,トスカを聴こう!

本日、トスカの初日ですね。

どんな感じでしたでしょうか。

私は情報シャットダウンしてこの一週間を乗り切る予定です。

新国立劇場の来シーズのラインナップも一部発表されましたね。

「リゴレット」と「死の都」です。楽しみであります。

 

さて、第13回はスカルピアの簡単な前歴。そうか、シチリア男だったんですね。

これで、だいたい「トスカ」の周辺知識を整理できました。

次回からはディスコグラフィーに行く予定です。

====

スカルピアはシチリア出身で、名をヴィッテリオと言う。

スカルピアがローマへやってきたのは、「トスカ」が舞台とする1800年6月17日の一週間ほど前であった。革命思想に共鳴する政治犯を取り締まるために警視総監として着任したのだ。

これは、ローマを占領していたのがナポリ王国であったからだ。

ナポリとシチリアは同君連合だった。当時の国王のフェルディナントは、ナポリ王としてはフェルディナント四世であり、シチリア王としてはフェルディナント三世と呼ばれていた。

ちなみに、両王国はナポレオン戦争後、両シチリア王国として合併するに至る。

image

シチリアはマフィアの勢力が強いことで有名であるが、当時も山賊の本場として有名だった。スカルピアのイメージ形成の一つの要因となるだろう。

「トスカ」の幕が開けた段階で、実はスカルピアは窮地に陥っているのだ。

これは、警視総監としてローマに赴任してすぐにアンジェロッティの脱獄を許してしまったからだ。

ナポリ王妃マリア・カルローネはスカルピアを強く叱責していたのだ。

アンジェロッティを捕まえることが出来なければ、お前の首が危ういぞ、と。

スカルピアは意地でもアンジェロッティを逮捕する必要があったというわけだ。

 

新国立劇場「トスカ」は11月11日~23日です。

チケットぴあ

2007/2008シーズン,2012/2013シーズン,Giacomo Puccini,NNTT:新国立劇場,Opera,トスカを聴こう!

しかしずいぶん寒くなりました。
明日は赤坂に出撃予定です。仕事が無事に終わればですが。
第12回はカヴァラドッシの前歴です。そうか、ダヴィッドに習ったのですね。さすが。
===
マリオ・カヴァラドッシは、画家なのだが、単なる画家ではない。ローマ貴族の末裔で自由主義と革命思想に親しんだ画家だ。
父親はパリでディドロやはりダランベールの結社に出入りしており、ヴォルテールとも親交を結んでいた自由主義者であった。
カヴァラドッシは、革命時代のパリで育ち、絵はダヴィッドのもとで学んだという設定になっている。
ダヴィッドはフランス革命期の大画家である。革命期にはジャコバン党員として政治にも関わり、国民公会の議長を務めていたことがある人で、その後はナポレオンの御用画家として大活躍する。
以下はダヴィッドの手になる「アルプスを超えるナポレオン」。
image.jpeg
カヴァラドッシがダヴィッドの弟子であるのならば、自ずと自由主義者になるだろう。
だから聖アンドレア・デラ・ヴァッレ聖堂の壁画を書いて、信心深いところを見せているのだ。そうして当局の目を欺こうという魂胆なのである。
なぜそんな面倒なことをしているのか?
原因はトスカにある、
カヴァラドッシがトスカと知り合ったのはローマのアルジェンティーナ劇場でのトスカの歌を聴いたからだ。
それ以来ローマを離れることができないでいる。そうでなければ王党派の勢力下にあるローマに滞在する訳がない。
結局、恋に身を滅ぼす、という言葉を当てはめることができるだろう。