Miscellaneous

うーむ、久々に仕事場。何か口が回らない感覚。仕事では、口を高速で回しているのですが、夏休み中は、そんな早く口を回すことはないので、まだ慣れていない感覚があるありました。口が回らなくて、驚きました。これも、環境次第。

それでも、なんとか、プレゼン的な会合を無事に終えて、夜は懇親会。痛飲しましたが、全て生ビールだったので、ダメージは少ない感じ。

それにしても、いろいろな方と話をするのは勉強になります。今日も若い人と話せて面白ったなあ、と。仕事場にいるが故の特典なのだ、と思います。

今日もなかなか時間取れず。ただ、ムターのヴァイオリンを聞いて、心を和ませました。

Back to the Future
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それでは。

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一週間の夏休みが終了。溜まっていた家事は随分とはけましたが、いつもと違う筋肉といつもと違う神経を使いますので、随分疲弊しました。あすから仕事場へ戻ります。

まあ、夏休み期間中は、いろいろと面白いこともありましたが、家事を進めて自宅の環境を整えるというのはとても気分が良いものです。

で、片付けをしていると、小学校やら中学校の通信簿が出てきて、いろいろ見ていて、それもまた興味深いです。小学校の頃はひどい児童だったみたいです。つうか、今から思えば、担任の先生と仲が悪かったのだ、ということみたいです。低学年の頃はあまり良い記憶はありません。つうか、小学校一年で、いきなり6月ごろにクラス替えがあったという異常な状況でもありました。あのクラス替えがなければ、馬の合う先生と一緒で人生変わっていたのかも。

中学校になると、まあ、いろいろ面白くて、学級新聞を作ったりいろいろと好き勝手やってました。当時住んでいた大分県の中学校が、昔の気風を残した良い学校だったということもあり、先生から興味深いコメントを頂いていたりして、懐かしい気分になりました。あの頃も今もやっていることはあんまり変わらないのかもなあ、と思ったりします。あのまま大分県の中学校に通っていたら、もう少し芯の通った判断を若い頃に出来ていたかも、と思ったり。その後引っ越した関西の中学校は、いまいちな環境でしたので。

自宅の環境も、幼い頃の環境もとても大事だな、と思いました。

今日も1日イリアーヌ・イリアス。そういえば、昔、とあるジャズ喫茶でイリアーヌ・イリアスをリクエストしたら断られました。あれ、マイケル・ブレッカーとか入っているのでジャズだと思っていたのですが、違うみたいです。受け入れる環境によっては、ジャズだったり、ポピュラーだったり、みたいな感じでしょうか。

I Thought About You
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それではみなさま、おやすみなさい。

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昨日の玉前神社参拝の後、今回は特別に近辺に宿泊しました。本当に久しぶりに太平洋から昇る太陽を眺めました。ちゃんとしたカメラを持って行きませんでしたので(重いので)、スマホで撮りました。スマホで撮るのならスマホで撮る用の写し方というものがあると思いますが、うまくいっているのかどうか。これはインスタグラムで、少しばかり加工してみたりしました。

45億年にわたって、海から日が昇っているわけですが(山から昇ることもありますが)、幸い、そればかりは不変の事実になっています。ただ、想像もつかない遠い遠い未来を考えるとめまいがします。考えないほうがよさそうです。

明日はいつもと違う働き方をする予定。それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

 

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今日は、1年ぶりに玉前神社へ。昨年から今年にかけて山あり谷ありでしたが、総じて無事に乗り切れたということで、感謝の意味を込めて。

すると、昨年に引き続きおみくじは大吉でした。頑張ります。

それでは、みなさまおやすみなさい。

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やはり夏といえば、ひまわり。梅雨明けしていないはずですが、夏本番です。

7月7日、一昨日は、本当に暑い1日でした。二日遅れになりますが、今から思えば大変な1日だったなあ、と。

まず、久しぶりに外出だったので、朝の9時ごろ、有楽町から川崎へ向かう京浜東北線に乗りまして、これが車内が本当に暑かったのです。川崎を降りて、仕事先まで歩いて10分。ここも本当に暑い。社外だったので、上着を着て行ったのがさらに大変でした。用事が済んだのが12時。炎天下の中、川崎駅まで10分歩き、京浜東北線でまた有楽町まで戻ったのですが、駅までの10分はもちろん、京浜東北線の中も、冷房がかかっているはずなのに、かかっている気がしませんでした。

で、仕事場に戻ったのが13時。そのまま、会議。水を飲む暇もあまりなかったので、会議中にミネラルウォーターを飲み干したのですが、15時頃から頭痛と軽い吐き気、ということで、典型的な熱中症でした。まあ、そのまま22時まで仕事して帰りましたが、昨日今日と特に大きく体調を崩すこともなく、過ごしています。

みなさまも、熱中症にはお気をつけください。

今日は、先ほどまでNHK-FMで放送していた「クラシックの迷宮」を聞きました。バルトークの《管弦楽のための協奏曲》に現れる、ショスタコーヴィチ交響曲第7番《レニングラード》の旋律に関する考察。

結論としては、

  • バルトークは、《管弦楽のための協奏曲》の第4楽章で、ショスタコーヴィチの《レニングラード》を揶揄しているのではない。(確かに、《レニングラード》の旋律の後に、オケが高らかに哄笑するのです)。
  • 「レニングラード」の旋律の元となったレハール《メリー・ウィドウ》の《マキシムの歌》が象徴するヒトラーへの揶揄を、ショスタコーヴィチと違う方法で(繰り返さずに、端的な方法で)揶揄したにすぎない。

というものでした。

様々な音楽録音を駆使した説明は、なかなか面白かったです。

こちらの本にも、それに関するエピソードがあったはず。バルトークが批判していたのは、旋律の繰り返ししだったなあ、と思い出しました。

父・バルトーク 〜息子による大作曲家の思い出
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明日は早起きの予定。みなさま、おやすみなさい。

Miscellaneous


昨日、いろんな方々と会って、日常から離れたものに接したので、少し刺激的でした。今日は、少し泳いで、自転車を1時間ばかり漕いでリフレッシュしました。
明日は仕事関連の集まり。明後日は仕事場の新規配属の方への講習の講師をやります。準備はイマイチ。オーバーワーク気味。だだ、オーバーワークかどうかは、人それぞれ。客観的数値化できないの難しいところ。まあ、また明日から頑張ります。

みなさま、おやすみなさい。

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なんだかほんとうにつれづれなエントリー。

今日、仕事場を出ると、潮の匂いが漂っていました。

たしかに、この時期な東京は、山手線の中の区域まで潮の匂いが入りこんでくることがありました。大学のころにもやはりそうした経験をしたことがあります。東京が海浜の街だということを感じさせます。

東京に来てからそろそろ四半世紀経ちます。そのうち5年ほどは神奈川西部に住んでいたこともありますが、それ以外は東京住まい。最初の頃は都心に近いところに住んでいましたが、それ以外は郊外暮らし。そのほうが気が休まるようになってきました。

東京に来る前は、大阪にいたこともあれば、九州にいたこともあります。東京の郊外になんねんかすんだこともありました。そんななかで、やはり、いちばん肌に合うのは、両親の故郷の感覚であるとか、両親の子供の頃の風景のようなものなのかも、と思います。結局原風景というのは、両親の子供時代の思い出話においてあるものだからではないか、と思うのです。もちろん、私にとっては、という限定付きではあります。

長い間親しんだものは、それだけで価値があります。昔からの友人や、昔から聞いていた音楽というものもやはりそうです。

それがこちら。

Brahms: Symphony no. 1; Song of the Fates
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ブラームスって、本当に純粋なひとだったのではないか、と思います。ロマンはの良き時代、というところでしょうか。。

こうした音楽も昔から聞いているもの。新しいものも取り込みながら、旧きよき友人のような音楽も大事にしていきたいです。

きょうはとりいそぎ。おやすみなさい。

Miscellaneous

今日は、早めに帰宅。あえて。

仕事場でやることはたくさんあるのですが、やむなく。のこって働いたほうが気持ち的には落ち着くのですが。

それでも、定時より後で、仕事場主催の懇親会に参加する場合の帰宅時間より遅い時間なので、たまにはいいかな、と。

でも、罪悪感を感じてしまうのがよくわからないのです。契約された時間以降に帰宅しているので、なんら問題はないわけです。

ただ、仕事は溢れていて、どんなにスピードアップしても契約された時間内で終わらない(当たり前。仕事量は常に労働者の能力を上回るものだから)。裁量で明日以降の〆切にあわせて動けばよい。ただ、タイトなので、長い経験のなかで思うに、少しリスクが高まっている状況。もっとスピードアップして片付けないといけない(そのためには、個人的にスピードアップするか、仕事を減らすかしかない)。

まあ、ある程度裁量で動けるので、比較的ありがたい環境なのかも、と(めちゃ気を使いますが)。ここまで来るのも大変で、運もあったのかも。ただ、先はない。ありがたいと思うから、罪悪感を感じるのか、などとも思います。

あるいは、それは罪悪感などではなく単に不安感だけなのか、とも思います。早く帰ることで、リスクを負っている不安感を罪悪感と捉えているという感じ。

なかなかに難しい問題です。ともかく明日は長めに働かないとタスクがはけなさそうです。

仕事の話は難しいので、この辺りで。

今日は久々にドビュッシー。AppleMusicのプレイリストで楽しみました。

https://itunes.apple.com/jp/playlist/dobyusshito-jianru-meng/idpl.a4e4987e6d564342bfbf5b7b5834ca3d

それではみなさま、おやすみなさい。

Miscellaneous

PCを手に入れてから今年で21年。文章を書くツールについては、遍歴を重ねてきましたが、また一つ大きな宝物を手に入れる時期が来たようです。

Macの文書作成ツールとして有名なScrivenerにiOS版が登場しそうなのです。来月手に入れることができるかもしれません。

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Scrivener for iOS: It’s Time to Talk

私は、Scrivenerを使いたいがためにMacに乗り換えたと言っても過言ではありません(Omnifocusを使いたかったのももう一つの理由です)。

Scrivenerは普通の物書きをするにはオーバースペックともいうべき多彩な機能を持っていて、アメリカでは多くの小説家に愛されているようです。アウトラインプロセッサのように、階層構造で文章の構成を考えられたり、目標文字数をグラフで表すことができたり、前述のとおりオーバースペック気味でありながらも、このツールのおかげで、個人的には幾つもの難関をくぐり抜けることができました。例えば、仕事場で書く必要があった論文の骨子をこのツールで作ったことで、構成や文字数配分を整理することができまして、行き詰まりを脱した、ということがありました。

このツール、もちろんMacで使うしかないのですが(Windows版もありますが、Macの方がデザイン的に優れていたような記憶があります)、仕事時間が長くて、なかなか家で時間が取れない身にとっては、使う機会が減ってしまっていたのです。

iOS版が出ることで、おそらくはそうした問題が幾らか解決するのではないか、と思っています。Dropboxを使ったSyncを前提にしているようですが、iOSで外出先で書いて、時間のあるときにMacで整える、というような使い方ができるようになるはずです。

これで、今まで以上に物書きが楽になるのでは、と願っています。

最近、外出中に自分のやるべきことを済まさなければならない機会が多く、プログラミングなどもiOSでPythonの開発ができるPythonistaというツールを使ったりしています。一層、場所に縛られずに仕事を進めることができそうです。

反面、かつてのように、電車の中では、本を読むぐらいしかやることがなかったがゆえに、読書がはかどった、という事実もあります。どちらが良かったのか。贅沢な話ではあります。

 

ちと体がサインを出している模様。気をつけないと。。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

 

Miscellaneous,Richard Strauss

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最近、近所を自転車で走っている話は何度か書きました。

今年の冬から、春となり、夏来る、という感じで、同じ場所でも、風景は本当に変わります。

冬枯れの草原が、春になって花が咲き乱れ(本当に咲き乱れるのです)、桜が舞い散り、若葉に満ちるわけですが、最近は、その若葉も色濃くなり、青年の雄々しさを持つようになりました。

それどころか、早咲きのひまわりが、先週はその顔を空へ向けていたのが、今週になると、まるで老年のようにこうべを垂れて、勢いをうしない、人生の晩秋を感じさせたりもします。

あるいは、草原にも立ち枯れた草がすでに目立ち始めました。一方で蝉の鳴き声を聞いたりすると、また新たなサイクルが始まったということも思います。

ともあれ、同じ風景の中に、こうした違いを見出すということは、まるで、同曲異演を楽しむかのような感覚があります。

昨日も書いたように、シュトラウスの最後の四つの歌を、かつては、アンネ・トモワ=シントウで聴いて感激していたのが、昨日はジェシー・ノーマンの声で違う感動を感じる、といったような、そういう楽しみです。

それは、まるで縦糸と横糸を組み合わせるようなものでしょう。

機織りで長く張られた縦糸に横糸を通すと、絢爛な布地が出来上がるかのような。曲をたくさん聴くのが縦糸なら、様々な演奏を楽しむのが横糸。あるいは色々な場所に旅するのが縦糸だとすれば、同じところにとどまって季節の移り変わりを楽しむのが横糸です。

仕事も同じらしく、本来業務と言われる、収益を上げる仕事ばかりやっていてもうまくいかず、周辺事項や視点を変えた仕事も織り込まないといけないようです。

縦糸だけ伸ばしても本質は掴めなさそうです。質料と形相の関係に似ているような気もします。

ただですね、それでもやはり縦糸を伸ばすことに憧れます。理論上は無限に伸びる縦糸ですので。新しい楽曲を聴きたいし、新しい土地にも行きたいですね。それがなくなった時、初めて大人になるということなのかも、と思いました。

今日はこちら。やはりジェシー・ノーマンの(ナクソス島のアリアドネ》。

クルト・マズアの指揮はゆったりとしたもので、ジェシー・ノーマンの深みを十分に引き出しているように思えます。80年代の演奏ですが、冷戦のさなかにアメリカ人のノーマンがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と共演するというのは興味深いです。しかし、こう言う演奏の違いがわかるようになって少し嬉しい反面、寂しさも感じることもあります。もっと新しい音楽、つまり縦糸を伸ばすことをやってみたいなあ、と思います。

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