ローマ紀行2008 その5 サンピエトロ広場

ヴァチカン市国は世界でもっとも小さい国家。面積は0.44km2。人口は821人。(ウィキペディアより)

ヴァチカンという名の由来は、古代ローマ時代にこの近辺がヴァチカーヌスの丘と呼ばれていたことに由来します。ローマ皇帝カリグラがこの地に運ばせたオベリスクが今でもサン・ピエトロ広場に立てられていて、ここが聖ペテロ殉教の地とされています。聖ペテロはパレスチナで漁師をしていたときにイエスの弟子となり、神の代理人となります。教皇はこの聖ペテロの後継者であるがゆえに、漁夫の指輪をしています。

送信者 Roma2008

というわけで、大聖堂に向かって右手奥に観光客が並んでいる列の最後尾につきました。どうやら、まだ並んでいる人は少ない模様で、広場の相当距離の半径を行列を誘導する柵が並べられているのですが、柵の間をすいすいと歩いていく感じ。セキュリティチェックを受けて、大聖堂に近づくと、スイス衛兵が微動だにせず槍を構えています。この入り口から続く階段はベルニーニが作った階段で、奥に行けば行くほど階段や床が小さくしつらえてありますので、実際よりも奥行きがあるように見えます。舞台装置と同じです。

送信者 Roma2008
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いよいよ大聖堂に乗り込みます。振り返るとサン・ピエトロ広場が広がっています。広場を囲む回廊の屋根には何体もの天使像が並んでいますが、この広場を作ったのもやはりベルニーニ。天才的。ベルニーニの父親はトスカナで生まれたのですが、ナポリに移り住んで、そこでベルニーニが生まれます。程なくしてベルニーニ一家はローマへ移り住みます。ベルニーニの天才性を見抜いたのがシピオーネ枢機卿です。このあたりの話は、NHKで放映されていた「世界美術館紀行」でも取り上げられていました。ベルニーニをミケランジェロの再来であるとして、後ろ盾となってくれるわけです。ベルニーニはその才能を如何なく発揮して、彫刻に限らず、建築においても、天才性の刻印を現代にまで遺しているというわけです。

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