辻邦生はサッカー部員だったのか?──「群像1998年9月号」に収められた「小さな散歩道」から──

2021-08-10


昨日、家の整理をしていたら、古い新聞切り抜きコピーが出てきました。平成10年(1998年)9月3日の毎日新聞のコラム「余録」の切り抜きでした。そこには、サッカー部員だった辻邦生が、西欧のサッカーチームと日本の作家チームのゴール布陣の相違を「小さな散歩道から」という文章で述べていたと言うものでした。

辻邦生がサッカー部員だったという記憶が残念ながら私はなく、本当にこういった文章があったのか、これは原典に当たるという観点から、この「小さな散歩道から」というエッセイを実際に読みたいと思い、全集目録をあたりましたが、残念ながら全集には収録されていませんでした。
この「小さな散歩道から」とうエッセイは、「群像」の1998年10月号に掲載されたという情報があり、これはどこかの専門の図書館に行かなければならないか、と思っておりました。

で、本当に偶然ですが、昨日所要で母校の図書館に手続きに行くことになっておりまして、手続終了後OPACで「群像」がないか調べてみようか、と思ったところ、あったんですね、「群像」が。それも、戦前の刊行分から書庫にある、というわけです。

OPACに表示された地図を頼りに、書庫に向かうと、「群像」が製本されてずらりと並べられており、くだんの1998年10月号もいとも簡単に探し出して原典に当たることができたというわけです。図書館は本当にありがたいです。

確かに「私が高校生のころサッカー部員としてグラウンドに立ったとき」という記載があり、これは旧制松本高校においてサッカー部に辻邦生が属していたということにあたるのかな、と考えた次第です

この「小さな散歩道から」というエッセイでは、明治期に日本を訪れたケーベルが、東京には散歩道がないことを嘆いた、と言う話から、日本においてはハイデルベルクの哲学の道のような、形而上学的な思索を深める散歩道がそもそもできるのが難しいのではないか、という指摘とともに、散歩といっても単に気楽に日常生活の外に出るという話ではなく、「有名なカントの散歩のように、規則正しさが日常生活の活性化に通じ、そこから比較にならない自由が生まれていることを思うと、自由なり遊びなりの置かれた土台が、そもそも試行や判断の構造とは異なる」と、日本人の自由気ままな散歩では思考は意志的、構成的にはならないだろう、と述べていて、その文脈の中で西欧と日本のサッカーにおける陣立ての違いを例に出していると言うものでした。

私も、最近毎日15分走ることを日課にしていますが、こうした日課を、走る距離やコースだけではなく、決められた時刻に走るという規則性をしっかり守ることで、なにか産まれることがあるのでは、と思っています。

写真は、松本行きのあずさ33号ですが、LEDの周波数とカメラが合わず「松本」という文字はよくわかりません。すいません。新宿駅で東京方面へ向かう中央線を待つ間に撮影しました。おそらくは80年ほど前と同じ鉄路を通って辻邦生と同じく松本に向かうのではと思いつつ、そうか、辻邦生が松本高校に向かったのは、おそらくは新宿駅からだったのでは、と思い、なんだか、シンクロニシティな一日でした。
というわけで、みなさまおやすみなさい。グーテナハトです。

Tsuji Kunio

Posted by Shushi