Opera

Apple iPod 80GB ホワイト MA448J/A Apple iPod 80GB ホワイト MA448J/A
(2006/09/13)
アップルコンピュータ
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最近iPodの音が大きく感じるようになりました。おかしいです。原因として考えられるのは、

  • iPodのファームウェアアップデートが自動的に行われて、音量レベルが大きくなった?
  • iTuneのアップデートで、音量レベルが大きくなった?
  • iPodを落とした(!)拍子に、音量レベルが大きくなった?
  • BOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンが壊れて音量レベルが大きくなった?
  • 僕の耳が良くなった?

と言ったところでしょうか。というわけで全く持って訳が分からないままです。

いずれの原因にせよ、いままで音量MAXで聴いていたちょうど良かったのに、今では音量MAXだと大きすぎるし、音漏れもしているみたいです。昨日いつものように音量MAXで機嫌良く「トリスタンとイゾルデ」を聴いていたら、隣に座ったおばさんに睨まれてしまいましたし。あわてて音量下げましたが。まあ、自分で音量を調整できる幅が拡がったようなので、勘違いだとしても良いことだな、とは思います。

それで、今日もクライバー師の「トリスタンとイゾルデ」を聴いておりますが、どうしても第一幕しか聴けないです。第一幕、好きなんですよね。特に媚薬を二人で飲んで覚醒する場面、月並みですが、涙なしには聴けないですね。二人で思いがけない結果に喜びとまどっているときに船が港に着いてしまう。クルヴェナールが喜びに溢れた歌を歌うのだが、イゾルデはとまどっている。なんということでしょうか。こういうことは実際にありますからね。ワーグナー自身も同じような状況にあったですし。

ワイドショー的に言えば不倫の愛であるわけですが、そういう卑近な雰囲気におとしめることが出来ないどうしようもない運命性にまで昇華されていることが普遍的に受容されている要因の一つなのでしょう。つまり、おそらくは「死」の導入ですね。愛と死なわけです。武者小路のようですが……。普遍的ですね。そしてこういう言い方が許されるとしたら、魅力的なテーマなのだと思います。

ちなみに、20年ぐらい前に武者小路実篤の「愛と死」を読んで、なんで愛する女に死なれた主人公が自殺しないのかなあ、と不思議に思た、という思い出があります。イゾルデはやはり死へ至りましたので、若い頃の僕にとってもぴったりと来る収束と言うことになるでしょう。今は少し歳を重ねましたので違う思いを持っていますが。

愛と死 (新潮文庫) 愛と死 (新潮文庫)
武者小路 実篤 (1952/09)
新潮社

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今日はいつものように6時半に起床。食事をして少し本を読んでから近所の眼科へ。7月14日に眼鏡の処方箋を作ってもらったのですが、できあがった眼鏡がバランスが悪くてかけられなかったので、改めて処方箋を作り直してもらいました。眼の見え方というのは、客観的にはかることができないですね、「あ、ちょっとぼやけました」、「ぶれて見えます」、「これだと度が強すぎて違和感を感じます」、「これは左右のバランスが悪くて、頭の左側が痛くなります」、などと、主観的、直感的な表現でしか結果を計ることができない。僕も大変でしたが、病院の方もやりにくそうでした。

今の眼鏡だと、左が1.5見えているのに対して右が0.8しか見えていなくて、バランスが悪いので直さなければならないと言うことは分っているということもありますし、バランスの悪さが、眼の疲労や肩の痛みの原因になるのはよく分っていますので、ここは何とかわがままを言ってなんとか良い形に調整して貰いました。ただ、眼科での見え方と実際に眼鏡が出来てからの見え方は変わってくることもありそうなので、今回の処方が上手くいくかどうか少しドキドキしています。

その後、いつもの言っているカフェにて仕事を開始。いつもは9時前にはカフェに行っているのですが、今日は11時過ぎにカフェに入りました。今日は暑いと言うこともあるのか、いつもよりお客さんが多いです。このカフェは、フランチャイズなどではなく、ご夫婦二人で切り盛りされているカフェですが、20席のお店であるにもかかわらずとてもお忙しそうなのです。

ドトールでこの規模なら、もっと簡単に回せるのでしょうけれど、このお店は、注文があってから初めて豆を挽いて一つずつドリップしているので手間がかかるのですね。さらに、供される珈琲の種類も多い。僕はあまり詳しくないのですが、いろいろな産地の珈琲を飲むことができるというわけで、ドトールのように単品だけ出しているのではないのです。だからその分商品管理にも気を遣っているだろうし、種類が多い分だけ注文の手間も半端ではない。それでも頑張って切り盛りされておられるのがよく分かりますので、毎週通ってしまうのですね。

休みの日でも午前中はお客さんも限られていますので、仕事がはかどることが多いです。ただ、お昼にかかるに連れて徐々にお客さんも増えてきますので、昼を回ったら遠慮して店を出ることにしています。朝からお昼まで珈琲一杯で占拠するのも悪いですからね。それで家で昼食をとって、たまに午睡をして、また本を読んで、みたいなパターンになることが多いですね。

明日も充実した一日でありますように。

読んでくださいましてありがとうございました。22

Opera

今日、聞いたのがこの曲。リスタンとイゾルデの恋愛譚ですね、ワーグナーの手によって他の追随を許さぬオペラとなって今も人の心を打ち続けているわけです。クライバーの指揮で聴いております。

ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲 ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
コロ(ルネ)、ライプツィヒ放送合唱団 他 (2000/03/01)
ユニバーサルクラシック

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ともかく、今日は第一幕を聞きました。クライバーの指揮は、テンポの変化や音量の変化を自在変幻に行って、ダイナミックなハーモニーを産み出しています。ほとんど軍隊的に統御された弦楽部は、全く乱れを見せていません。コントラバスからビオラまでが一斉に早いパッセージを弾くところがあるのですが、この統率のとれた演奏に感歎したと同時に、クライバーが「運命」の第三楽章のコントラバスから始まるフーガを思い出したのでした。クライバーのようなカリスマ的指揮者の魔法にかかるとオーケストラも素晴らしい力を発揮するようです。

イゾルデはマーガレット・プライスさんなのですが、ものすごく巧い。ピッチの崩れなど全くない。それでいて美しさの中に力強さを包含している。イゾルデの悲愴でありながらもりりしく矜持を持って行動しているのが分かるのです。

トリスタンのルネ・コロさんの声の美しさは言うまでもなし。クルヴェナールのフィッシャー・ディスカウさんの歌はいつ聴いてもその人と分かる。実は、彼は微妙にピッチをシャープ気味に歌っているのではないか、と最近思い始めました。それはピッチが狂っているという風ではなく、意図的に狂わせていると言う風に聞こえるのです。そう言えば昔こんな記事を読んだことがあります。ランディーとマイケルのブレッカー兄弟は、トランペットとテナーサクソフォンでテーマをとるのですが、ピッチの微妙な違いが音楽的に良い方向に傾くことがあるのだ、というような記事だったと思います。テンポをずらして歌唱をより浮き上がらせる方法というのもあると思いますが、あえてピッチを変えて歌唱を浮き上がらせる方法もあるのではないか、と思ったのでした。

このCDでは大好きなクルト・モル氏がマルケ王を歌っていますが、登場は第二楽章から。明日以降聞いてみたいと思います。

それから、本当に遅刻してしまいましたが、「勝手にワーグナーの日」にも参加させて頂きます。


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Photo

Sunset Sunset

昨日の夕方の夕陽は言葉に表せないほどの夕陽でしたね。一時帰宅した時に慌てて撮りましたが、なんとか良い写真が撮れたかも。心が洗われます。夕陽好きの僕は秋生まれですね。8月とはいえもうそろそろ立秋です。季節が回るのは早いものです。

Miscellaneous

いやあ、今日はさんざんでした。iPodを家に忘れてしまったのですね。それで、やむなく本を読むだけの通勤でした。

春の戴冠 春の戴冠
辻 邦生 (1996/02)
新潮社

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辻邦生師の「春の戴冠」の上巻やっと読了。物事というのは予定通りに進むことは少ないのですが、やはり少し手間取りました。原因は、今回は「スロー・リーディング」で読んでみたと言うことです。以下の本を参考にしました。確かに読む冊数とかスピードとかが受容なのではないよなあ、と。でも頭のいい人なら早くきちんと理解できるんだろうなあ、とか……。まあ、妙に焦るようなことはなくなりましたので、良かったとは思います。

本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書) 本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)
平野 啓一郎 (2006/08/17)
PHP研究所

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それから、塩野七海さんの「ルネサンスとは何であったのか」と「わが友マキアヴェッリ」を間に挟んで読んだこと。

ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集) ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 (2001/04)
新潮社

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わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集) わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 (2001/10)
新潮社

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これは「春の戴冠」の背景知識を知る上で本当に役立ちました。特に「ルネサンスとは何であったのか」は、ルネサンスを巨視的にとらえるには最適な本だと思います。対談形式でわかりやすいですし。「わが友マキアヴェッリ」もおもしろいですね。舞台は「春の戴冠」の後半に始まり、「春の戴冠」のその後を知る上ではとても役立っています。

でも、本を読めば読むほど、読みたい本が出てきて困りますね。そうやって読みたい本リストを作っていっても良いのですが、あまりに厖大で手に負えないリストができあがってしまい、読めないこと、読めていないことに悩むようになるので、リストはあえて作らない方が良いかな、などと考えたりして、でも気づけばリスト作ってたりして……。みたいな感じです。

明日からは「春の戴冠」の下巻に入ります。上巻では、ボッティチェッリの「春(ヴィーナスの統治)」ができあがり、シモネッタが息を引き取る場面で終わりました。「春」の解釈を語り手フェデリゴが行うのですが、とても興味深いです。左端のヘルメスはジュリアーノ・メディチがモデルだったり、登場人物が9人なのは三位一体×3なのである、などなど。絵を見る上での前提知識を得られて大満足でした。もちろん、この本の価値はそれだけでは決してないのですが。

 Spring

というわけで、「春の戴冠」については、明日に続きます。

Miscellaneous

Capriccio Capriccio
Richard Strauss、 他 (2005/09/13)
Deutsche Grammophon

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なんだか疲れているみたいで、家に帰るとすぐに寝入ってしまう感じです。とはいえ、通勤復路には久しぶり(といっても一ヶ月前には聴いているのですが)にカプリッチョを聴いて心を休めました。ヤノヴィッツさんの"Morgen mittag um elf !!"が良いなあ、なんてぼんやりしながら聴いていました。

読書の方はというと、塩野七生さんの「わが友マキアヴェッリ」と辻邦生師の「春の戴冠」を交互に読みながら通勤中。ああ、「窖」のこと、かけていませんね。今週はかけるといいのですが、少しずつ読み直しながらノートを取らないとかけそうにはないようです。

しばし苦しい時期が続きそうですが、こういうときこそ音楽を聴いて気持ちを奮い立たせなければ!

Miscellaneous

今日もあまり音楽聴けませんでした。シュトラウス先生の「カプリッチョ」の終幕の場をベーム盤で聴いて少し心を休めたぐらいです。あとは、図書館で借りてきたデル・モナコの歌う「マノン・レスコー」などなど。「マノン・レスコー」は録音時代が古いので少し古めかしい雰囲気が出ているように思います。

先だって、「葉っぱに埃がついたので水をかけて払ってやったでちブログ」さんのコメントに「色眼鏡を書けないように、耳にフィルターをかけないように音楽を聴きたい」と書かせて頂いたのですが、頂いた返答に「人間は色眼鏡をしているものだから、そうであることを忘れてはならない」という旨、書いてありました。そうなのです。その通りなのでした。色眼鏡は皆が皆かけていて、外すことは出来ないのです。かつてそう習ったことがありました。その通りです。しまった、と思いました。

ですが、それでも色眼鏡がない、という状況を求めようとする何かあるような気がしてならないのです。

それで二つを分けて考えると、

  1. 色眼鏡をかけていることを認識した上で、認識する
  2. 色眼鏡をかけないように認識しようと意志する

という風に表せるのかな、などと、事務室で仕事をしながら考えてしまいました。

おそらく前者が認識論的方法で後者が形而上学的方法なのかなあ、などと分類してみたりして。どちらがよいとも言えないのですが、1番は近代的で、2番が古典的、と言った感じでしょうか。

いずれにせよ、普通は色眼鏡をかけて認識していますので、そのことを念頭に置くと言うことがスタート地点になると言うことは言えると思います。

もう少し考えてみたいと思います。

Gustav Mahler

マーラー : 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」 マーラー : 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」
シカゴ交響楽団 (1994/04/22)
ユニバーサルクラシック

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この一ヶ月ほどで、最も好きな曲達の仲間入りを果たしているマーラーの交響曲第6番ですが、今日はショルティ盤を聞いてみました。のっけから切れ味のある鋭い演奏。スネアドラムのキレがとても良いです。雄々しさをも感じます。だから、美しいアルマのテーマもどこか力強さを感じさせます。アルマ・マーラーの奥底まで見透かしたような演奏。シカゴ交響楽団は本当に巧いですね。もちろん、シカゴの管が巧いという先入観があるから、というのもあるのでしょうけれど、ホルンのフレージングとかいともたやすく吹いているように聞こえるのですが、本当はとても難しいのだろうなあ、と思います。いろいろと意見はあるみたいなのですが、僕個人としてはショルティのマーラーはそんなに嫌いではないな、とおもいました。今日も気づけばマーラーを聞いていました、という感じです。


今朝は5時半に起きました。この一ヶ月のなかでは一番早起きかも知れません。少し疲れていましたが、少々仕事を。途中で脱線しましたが、8時に朝食をとるまではなんとか続けられました。朝食はシリアルにレーズンを入れてミルクを注いだもの。こういう朝食はとても大好きです。

食べながらNHKの「小さな旅」を見たのですが、祐天寺界隈が取り上げられていました。その中でも感銘を受けたのが、祐天寺で戦後からパン屋を経営しているおじいさんの話。昔ながらの形をした、あのグローブのような形のクリームパンを丁寧に丁寧にラップに包んでいるのです。その真摯で優しい姿をみて感涙。途中から見たので文脈が分らないのですが、パン屋はなぜか午前1時に開店するのですが、その時点でパン屋の前には長蛇の列。しかも若者が多い。シャッターを開けるおじいさん。若者達はおそらくは深夜まで仕事をしたり遊んだりして祐天寺に帰ってきたのでしょうが、その彼らが、夜食や翌日の食事にとパンをどんどん買っていく。やはりおじいさんの人柄に惹かれて買っているということもあるでしょうし、パンももちろんおいしいのでしょう。祐天寺近くに住んでいたら絶対に買いに行きたいなあ、と強く思ったのでした。

日本もいろいろ世知辛くなっていますが、こういうあたたかい話もまだ残っているんだ、と思うと、幸せな気分になりました。きっと、あのパンを食べている人も、いろいろ大変な世の中なかで、必死に生きているのだとおもうのですが、パンを食べてひとときの幸せを感じて、おじいさんからもパンからも生きる力をもらっているのでしょうね。久々にいい話を観て良かったです。最近、ニュースを見たり聞いたりすると憂鬱になるので、あまりニュースを見ないようにしてますし、新聞も読まない感じなのですが、こういうテレビ番組でしたら何度でも観たいな、と思いました。

今日は何とか日内に更新できました。先週はいろいろあって一日遅れで何とか書きつないでいるという感じでしたが、週末休めたおかげで何とか書けた感じです。明日からの一週間も仕事的にいろいろありそうですが、更新して行ければいいな、と思っています。


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Book

わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡〈1〉 (新潮文庫)
塩野 七生
新潮社
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ますますフィレンツェ付いているわけですが、今日はちょっと都内に出掛けたもので、軽い文庫版の「わが友マキアヴェッリ」を持って行きました。「春の戴冠」は今日はお休み。

所有しているのは、上の写真の「ルネサンス著作集」ではなく、中公文庫版でして、購入したのはおそらく10年ぐらい前。ですが、二度ほど手には取ったものの、どうにもこうにも入っていけず、書棚にしまわれたままでした。それで、最近また「春の戴冠」を読み始めたと言うこともありましたし、先日取り上げた塩野七生さんの「ルネサンスとは何であったのか」を読んだと言うこともありまして、また取り出してみたというわけです。

「春の戴冠」を一度読み通していますので、コシモ・メディチからロレンツォ・メディチへ至る大体の歴史は押さえてあったということもありますし、「ルネサンスとは何であったのか」で通史的な知識も得ているので、今回はちゃんと入っていけました。今日は、最初のマキアヴェッリの人となりについての考察を読んで、その後に続く、ロレンツォ・デ・メディチの卓越した外交手腕と、素人裸足の芸術家気質の両面性をフィレンツェの歴史に寄り添いながら考察している部分までを。相変わらずの冷静な筆にまたうなりました。今日は二時間ほど読んだ感じですね。


今日は午前中に虎ノ門でちょっとした用事、その後神保町のカフェで一仕事。午後は、神保町の鍼灸院で鍼をうってもらい、灸をすえて貰いました。身体が軽くなった感じです。それからまた神保町のカフェで仕事。夕立が来るという天気予報でしたので、曇り始めてきたのを見計らって帰宅しました。

今日は隅田川花火大会だそうですね。僕の住んでいるあたりでも、花火の鳴る音が聞こえましたので、外に出てみると、遠くで花火が上がっているのが見えました。それも別々の場所三箇所で、です。いろいろなところで花火大会をやっているのですね。最後に花火を見たのは五年前。それ以来見てないですね。花火を見ながらビールを飲むと気持ちいいのでしょうけれど。

明日こそは「窖」について書けるでしょうか? 仕事のはかどりかたからいって、少々厳しめかもしれませんね。


ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
ポリーニ(マウリツィオ) (2002/09/25)
ユニバーサルクラシック

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今日聴いたのは、ラヴェルの弦楽四重奏とフォーレのヴァイオリンソナタ。帰宅してからはブラームスのピアノ協奏曲第二番をポリーニとアバドの演奏で。ポリーニのブラームスは、10年ほど前に発売されたものですが、当時タワーレコードで聴いて偉く感動した記憶があります。溶けるように美しい序奏に感動した覚えがあります。イタリア人の演奏するドイツもの、は良いなあ、と改めて思いました。

Tsuji Kunio

美しい夏の行方―イタリア、シチリアの旅 (中公文庫)
辻 邦生
中央公論新社
売り上げランキング: 201,797

フィレンツェずいている今日この頃ですが、新潮文庫から出ている、題名も装丁も写真も、そしてもちろん文章もとても美しいこの本を読みました。アリタリア航空南回りで東京からローマに着いた時の祝祭的な気分、ローマの暑い一日を愉しみ、アッシジで聖フランチェスコの聖蹟に親しむ。途中で天使のような女の子に出会ったり。そしてフィレンツェ。ですが、そこで辻先生を待っていたものは……。

1989年に大判本で出版されましたが、もとは「マリー・クレール」という雑誌のために書かれた紀行文です。そして、この新潮文庫版が出版されたのは1999年7月3日。おなじ7月29日に辻先生は軽井沢で倒れられ息を引き取られましたので、おそらくは生前に出版された最後の本なのではないかと思います。

さしあたっては、前半のローマからフィレンツェの部分を読みまして、後半のシチリア紀行は今回は読まずに、「春の戴冠」に戻りました。こちらでは、ジュリアーノ・メディチが騎馬槍試合で、メディチ家のライバルであるパッティ家のロドルフォを打ち倒しますが、シモネッタの病も進行して……。サンドロ・ボッティチェルリは、いよいよ「春」の構想を練り上げてゆきます。上巻の喜びと悲しみのクライマックスが徐々に迫ってきています。

Miscellaneous

今日はフォーレの弦楽四重奏曲を聴ききながら辻邦生師の「春の戴冠」を読んでいました。今日は騎馬試合の模様で、ジュリアーノがパッツィ家のロドルフォと闘うシーン。騎馬試合の祝祭的な雰囲気を豊に響く言葉が色彩豊かに織り成すさまは圧巻です。もう騎馬試合のシーンを読んだだけで満腹です。素晴らしい。「窖」についての考察は週末にやれればやりたいと思っています