Opera,Richard Wagner


新国中庭の水庭の一コマ。新国建築ラヴ。

ついでに、「オペラパレス」前景。未だに「オペラパレス」というのは気が引ける。
さて、バックステージツアーに当選しまして、公演がはけたあとの舞台裏にお邪魔しました。

6時間にもわたる長丁場が夢のあとのような静けさでした。当然ですが、舞台裏のほうが客席の面積よりも大きいですし、舞台の高さは言わずもがな、いわゆる「奈落の底」はかなり深いとのこと。舞台から客席を見ると、夢の残滓がかすかに残るような気がしました。
バックステージツアーで見せていただいたものの中で興味深かったものがいくつかありましたが、そのうちのひとつが、舞台担当の方が「ホワイトボックス」と読んでおられたセットです。真っ白い箱型のセットで、遠近感をつけるために奥に行くほどサイズが小さくなっているもの。だから、ボックスを構成する面はすべて台形で、ボックスの最奥が台形の短辺にあたります。左右には扉が5つずつの全部で10扉あります。お話によれば8番扉の調子が悪いそうで。
この「ホワイトボックス」ですが、「ラインの黄金」でヴァルハラの広間として使われていまして、最終部分で上から風船が落ちてきて、イエス、仏陀、イザナギみたいな「神々」が入場してくる場面でしたね。扉には番号が書かれていて、私にはあれが空港のホーディングブリッジ(ジェットウェイ)にしか見えませんでした。以下のリンク先に写真が出ています。
“http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000082_frecord.html":http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000082_frecord.html
続く「ヴァルキューレ」第三幕冒頭では、あの有名な「ヴァルキューレの騎行」を歌いながら、ヴァルキューレたちが、戦いに敗れ傷ついた勇士たちをストレッチャーに乗せて何人も何人も運び入れたり、運び出したりを繰り返す大変印象深い場面でも「ホワイトボックス」が使われていました。あの時の扉はICU(集中治療室)の入り口に感じられ、ヴァルキューレたちはさしずめ看護師か女医か、という感じ。[1] ともかく、あの時点では「ホワイトボックス」はヴァルハラに属していたのです。
“http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000084_frecord.html":http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000084_frecord.html
ところが、今回の「神々の黄昏」ではどうだったか? 「ホワイトボックス」はギービヒ家の広間となっていたのです。舞台担当の女性の方がポロリとおっしゃったのが次の言葉。
「(キース・)ウォーナーが言うには、ヴァルハラの広間をギービヒ家が買い取ったという設定なんだそうです」
マジですか! これ、私の仮説[2]をさらに補強する。あのカズオ・イシグロの「日の名残り」では、イギリス貴族の家はアメリカ人の実業家に買い取られてしまう。貴族世界から資本主義世界への移行。まさにそれと同じ構造ではありませんか。
さらにいまさらのように気づいた驚きの事実が。なぜ、ギービヒ家当主のグンターはブリュンヒルデを娶らねばならなかったのでしょうか?グンターの言葉をリブレットから引用します。
「まだ妻を求めたこともない、普通の女では 私はなかなか満足しないのだ! 心に決めている女性があるが、彼女を得る方法がない」
なるほど。普通の女ではない女とは? このエピソードからひらめいたのは、あの新興貴族ファニナルのことです。彼はもちろんシュトラウスのオペラ「ばらの騎士」の登場人物。財を成し、貴族の称号を得たとはいえ、まだまだ家名に箔がない。だから、娘のゾフィーの夫には真性の貴族をあてがいたいと持っている。。。
ギービヒ家の領土は指環世界を大きく覆っていることが暗示されています。それは、第三幕冒頭に登場した巨大な地図に示されていました。巨大な字で Gibichsland(だったと思う)と書いてあり(つまり地図上のすべてがギービヒ家領地であるという暗示)、その中に赤い点がポツリポツリ。それぞれに説明がついていて、ひとつは Hundingshütte、つまりあのフンディングの家であり、ブリュンヒルデの眠っていた山であったり、ミーメの家であったり、と書いてある。つまり指環のエピソードはギービヒ家の領土の中で起こったこと。つまり、ギービヒ家は世の中のほとんどすべてを得ているのです。
だが足りないものがある。おそらくそれが、神々の箔だったのではないか、と。もちろん指環もあるけれど。グンターがブリュンヒルデと結婚することで、またはジークフリートとグートルーネが結婚することで神々が親族となる。つまり、置き換えると、新興貴族が真性の貴族の親族となるということ。うーむ、勝手に得心してしまいます。ギービヒ家がどういう出自なのか、調査が必要。おそらくは「ニーベルンゲンの歌」あたりを渉猟しなければならない予感。
やばい、指環、面白すぎる。ヘビーにインタレスティング。リング・ラヴ。
まだ続きますよ。次はバックステージツアーについて書きます。
fn1. そうか、「神々の黄昏」でも、ギービヒ家の家来たちはオペ前の医者の格好をしていた!そして、ハーゲンは、グンターに注射器をさして殺害する。注射器は第二幕冒頭で自らの左手から採った血なのですが。
fn2. 神々は貴族を象徴し、指環や黄金は資本主義をあらわし、ニーベルング族は労働者階級を暗示する、というもの。