書物への甘く危険な誘惑──「『知』のソフトウェア」

 
最近、読書が面白いのです。
色々理由がありますが、一番大きな変化は本を買い始めたことかも。
この数年間は、所蔵場所に困るということで、本はなるべく図書館で読んでいたのですが、故あって買ってみることにしました。図書館の本は当然線を引いたり書き込んだりすることは能わないわけです。持っている本であっても、いつか売るかも、と思うと、線を引いたりマークするのも躊躇します。
ですが、考えを変えました。
個人差があるんでしょうが、私の場合は、線を引いて、書き込まないとどうにも読んだ気分になれません。
というわけで、本を買って、線を引いて書き込みをする読書を始めたところ、これが本当に本当に楽しいわけです。
この快感は、幼き頃、早く寝ろ、と親にどやしつけられて、泣く泣く布団に入りながらも、「真っ暗にすると怖いから」とでっち上げてつけてもらった豆電球の光でリンドクレーンを読み続けた時の快感に匹敵するかも。
先人もみんな同じ考えのようで、立花隆氏も同じことを書いておられます。
(もっとも、職業作家の方々は、書籍の売上を伸ばさなければならないので、いきおいそうしたことを書くのでは、とも思いますが)
立花隆氏の「『知』のソフトウェア」における、書籍の読み方のポイントは以下のとおり。

  • 本は現物を手にとって見なければ価値評価を下すことが絶対にできない。
  • (読んでいない本は)目の前に積み上げておいて、これだけ読まねばならぬのだと、自分に心理的圧迫感を与えよ。
  • 精神集中の役に立つのはきわめつきに難解な文章の意味をいくら時間がかかっても良いから徹底的に考え抜きながら読むことである。なぜ自分にはこの意味がわかならいのかと、自分の頭の悪さに絶望しつつ、それでも決して本を投げ出したりはせず、なかば自虐的にとことんしつこく考えて考え抜くのである。
  • 読むに値しないくだらない本であると分かるものがあったら、その本はただちに読むのをやめて捨てる。
  • 一般に本を読んでいてわからないことに出会ったら、すぐに自分の頭の悪さに責を帰さないで、著者の頭が悪いか、著者の説明の仕方が悪いのではないかと疑ってみることが大事。
  • 速読を求めてはならない。速読は結果である。

というわけで、日々電車の中で読書中です。私もかつては哲学科の末席を汚していましたので、もう少し本が読めるようになりたいものです、などと思ったり。
読書が面白い理由は他にもあります。それはまた今度。
※※※
昨日からの勤務。
7月2日は、19時に出社して翌日5時まで勤務
本日は、帰宅後仮眠して、14時半から21時まで勤務
日にち感覚がめちゃくちゃです。

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Posted by Shushi