やはり、ピーカンの払暁よりも、波打つ雲が輝く払暁のほうがいいなあ。
人間には何といろいろな啓示が用意されているのだろう。地上では雲も語り、樹々も語る。大地は、人間に語りかける大きな書物なのだ。…… 辻邦生
1月のプレミアムシアターの予定を。オペラはありません。
http://www.nhk.or.jp/bs/premium/
マリス・ヤンソンス&バイエルン放送交響楽団日本公演
ベートーヴェン全曲演奏会 第1弾
マリス・ヤンソンス&バイエルン放送交響楽団日本公演
ベートーヴェン全曲演奏会 第2弾
ドレスデン国立管弦楽団っていうのは、シュターツカペレドレスデンのことだと思います。この「国立」という表記がいつも気になります。いまは州立なはずなんですが。ウィキペディアでは、現在もドイツの州の自治が強く国的要素が強いので、州立であっても国立と表記するのである、とありますけれど。細かいことですね。すいません。
さすがに、ここまで聞いていると、自分史的にも重要になってきたので、書くことにしましょう。
私の敬愛するマイケル・ブレッカーのCDを集めていた頃のこと。
古内東子のアルバムStrengthにマイケルが参加しているということで、入手しましたが、あまり活躍していなくてがっかりしたのが、10年前のこと。
で、昨年の今頃、引っ越荷物の片付けで出てきたこのCDを何気なく聴いて見たんですが…。
めちゃ良いんです!!
このアルバムは、マイケル・ブレッカーだけでなく、ランディ・ブレッカーや、デイヴィッド・サーンボーン、ウィル・リー、オマー・ハキム、チャック・ローブ、ボブ・ジェームスなんていう。ジャズ系ミュージシャンの紅白歌合戦状態なわけです。
サウンドも最高ですが、旋律、メロディもカッコ良くて、バップフレーズによく出てくる進行が現れて、唸ったりすることがしばしば。
歌の方は、私は門外漢なので良くわかりませんが、このアルバムはいいのかもしれません。別のアルバムでは、別の評価になるかも。
やっぱり、こうしたサウンドを作り出す古内東子の審美眼とか趣味が素敵だ、と思います。
私は歌を聞く時には歌詞を聞くことができません。どうもサウンド全体か、ベースラインを聞いていることがおおいです。なので、古内東子が恋愛の教祖などと讃えられているようですが、私の場合、歌詞よりもサウンドのほうが重要なようで、どうもそちらの方はあまり気になりません。
まあ、古内東子を聞いて勉強するのはありだと思います。
続くかもしれません。。
以前から撮りためていた新国立劇場の写真から。劇場前の池と階段です。
浅い池に水を張って、海や湖、川などをを想起させる手法は、最近良く見かけます。私にとっては新国立劇場で見たのが初めてでした。
オペラの演出でも舞台に水を張ることがあります。新国立劇場だと、オテロ、ヴォツェックがそうでした。
水面を見るだけで、その下に無限の空間が広がっているような気分になります。底なしの無限の空間は、劇の背後広がる無限の解釈多様性を象徴しているように思えます。
森さんは日本人が文化の上澄みをすくい取って、それで文化摂取が出来たと思い込む態度に絶望感を抱いていた。文化は、結果ではなく、結果に至る前経験が大事なのだ。
辻邦生「薔薇の沈黙」 7ページ
巨大な経験の堆積であるヨーロッパ文明というものが、こういう人間経験の無限の循環過程、その複雑な発酵過程だと言うことに思い至ったとき、僕はなんともいいようのない絶望感に襲われる。歴史とか、伝統とか、古典とかいう言葉の意味が、もう僕にはどうしようもない、内的な重みをもってあらわれてくる。
森有正「バビロンの流れのほとりにて」 152ページ
西欧文明を理解するなんていうのは、まったく、途方もない話です。
すでに不可能なことは分かっています。試みようとすれば、ろうそくに近づく虫のように焼き尽くされて命を失うことは分かっています。ですので、適度に距離を保って、周りを旋回するしかないわけです。っつうか、危うく焼き殺されるところだったことも。危ない危ない。
辻邦生も森有正も西欧を徹底的に考えた方で、こういう文章の重みは、支えきれないほど。
因果なことに、なんで、西洋音楽を聴いているのかなあ、などと。
先日も、イギリス人に「日本料理は他国のまねだ!」と言われて、非常に腹が立ちまして、イギリス料理批判をしようとしましたが、そこは思いとどまり、「そもそも「独自性」とはなんだ!」と居直って、フランス料理がカトリーヌ・ド・メディシスによってフィレンツェからもたらされことを指摘して、世界に名だたるフランス料理ももともとはイミテーションであると規定し、溜飲を下げました。写真がそのお方。ロレンツォ・メディチの孫娘で政略結婚でフランス王家に嫁いだお方。
音楽も、日本において受容され、そこで引き続き「発酵」を続けているわけで、その「発酵」の過程を見ているのだ、という解釈が、先鋭的ではない解釈なんでしょうね。
明日は、久々の完全オフ。大掃除と年賀状にいそしむ予定。
真に生きるとは、たえず不安、危懼、懸念に心がゆさぶられ、日々を神仏に祈りたい気持ちで過ごすことでなければならぬ。不動心を得たいというのは、誰しもが念願することではあるけれど、高齢になって世の名利の外に立ち、常住平静の心境に立ちいたってみると、若い迷妄の時こそが、生きるという、この生臭い、形の定まらなぬものの実体であったと思い知るのである。
嵯峨野明月記 から。
確かになあ。
いろいろあった頃のほうがきっと充実していたのでしょう。いまもいろいろあるのだけれど。
明日でいったん戦線離脱。昨年のクリスマスは仕事でしたが今年は自宅謹慎の予定。
年末は特別番組が目白押しです。
スカラ座公演が4日連続放送です。これは確保しないと。
http://www.nhk.or.jp/classic-blog/
12月25日 23時45分から 「シモン・ボッカネグラ」
バレンボイム、ドミンゴ、ハルテロスですね。
12月27日(26日深夜) 0時40分から 「ピーター・グライムス」
ティッツィアッティ、ホール
12月28日(27日深夜) 0時から 「カルメン」
ヨナス・カウフマン、バレンボイム
12月29日(28日深夜) 0時15分から 「ジークフリート」
これもバレンボイム。
っつうか、いつみられるかな? 年末年始?
もっとも家庭的でないと思われるが、じっくり聞くと実はえらく家庭的すぎて思わず恥ずかしくなるぐらいな、リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲」。
今週末のらららクラシックで放送ですね!
http://www.nhk.or.jp/lalala/next.html
ゲストは広瀬大介さん。
私、フォローしてるんですが、いつも勉強になります。
どんなお話をされるんだろう。
家庭交響曲について、クラシック雑誌の紹介記事風に書いてみた記事はこちら。
https://museum.projectmnh.com/2012/03/05231721.php
プレヴィンがN響を振った家庭交響曲の模様はこちら。
https://museum.projectmnh.com/2009/10/21050407.php
※つうか、昔のブログ、字が多すぎだ。。
今週末はシュトラウスな天皇誕生日になりそうです。