今週末のNHKBS2のクラシックロイヤルシートは、ベルリンフィルのヴァルトビューネですね。指揮はサイモン・ラトル。曲目は「ラプソディ」がテーマの曲たちです。くわしくはこちら。
一度で良いから、ヴァルトビューネに行ってみたいのですが、そうそう行けるものではありません。テレビで愉しむのが関の山、です。
人間には何といろいろな啓示が用意されているのだろう。地上では雲も語り、樹々も語る。大地は、人間に語りかける大きな書物なのだ。…… 辻邦生
今週末のNHKBS2のクラシックロイヤルシートは、ベルリンフィルのヴァルトビューネですね。指揮はサイモン・ラトル。曲目は「ラプソディ」がテーマの曲たちです。くわしくはこちら。
一度で良いから、ヴァルトビューネに行ってみたいのですが、そうそう行けるものではありません。テレビで愉しむのが関の山、です。
今日は雨が降ると言われていた関東地方でしたが、少し路面が濡れていたので雨は降ったようですが、帰り道は傘を差すこともなく帰宅できました。明日は雨が酷いようですが。
会社への道すがら、山を見るのですが、冬には茶色い空虚な枯れ枝に覆われていた山々も、若葉が吹き出しはじめると途端に彩りが鮮やかになりますね。これを「山が笑う」というのだ、と中学生の頃に習いましたが、まさにそんな感じ。
仕事はと言えば、朝から夕方まで会議づくしで大変でした。前にも書きましたが、会議は出ているだけで仕事をしている気になってしまうわけで、できれば出たくはないのですが、それが会社勤めというものなんでしょうね。せめて有意義な会議になるように誘導していくのも仕事のうちなのかもしれません。
と言うわけで、少々気疲れもあって、帰宅時の選曲はヴォーン・ウィリアムズの交響曲第五番です。以前にも取上げたことがあると思いますが、実に心休まる音楽なのです。第一楽章の終盤に現れるコラール風の旋律とか、第三楽章の弦楽器が優美な旋律に慰められます。ヴォーン・ウィリアムズは映画音楽も手がけているのですが、第五番はまさに色彩的、映像的な楽曲で、いろいろな情景が目に浮かびますね。そうですねえ、断崖に立てられた小屋が霧に巻かれていて、中から長靴を履いた老人が現れて、小屋の脇に積み上げてある薪を抱えて、また小屋の中に入っていく、みたいな情景。ステレオタイプですが。
ボールトの指揮はそういう情景を押しつけがましくなく伝えてくれます。ともかく、言い音楽を書きますね、ヴォーン・ウィリアムズという方は。この一年間で大好きになった作曲家の一人です。
非常に心地の良い暖かい一日でした。午後は曇ったものの、風の匂いにはもう五月のそれが混ざっていました。月日が経つのが早いことは重々承知しているのですが、ついこの間まで、清少納言よろしく朝の冷気に感じ入っていたのになあ、と思います。
そんなわけでもう四月も終った気分になっていますが、訳あってローマ史の本を読み始めました。藤沢道郎さんが訳された「ローマの歴史」です。裏表紙には辻邦生先生の賛嘆の辞が書いてあって、驚くのですが。ローマ帝国ものと言えば、古くはローマ帝国衰亡史とか、最近では塩野七生さんのローマ人の物語などが有名ですが、まずはコンパクトな文庫一冊ものから、という具合です。ローマ史は世界史で習っただけで、その知識も既に失われつつありますので、なかなか新鮮な感じで読んでいます。すすみが遅いのが難点ですが。
と言うわけで、ローマつながりということで、レスピーギのローマ三部作をデュトワの指揮で。快活に演奏するのかな、とおもったら、意外とタメのある重量感のある演奏で想定外でした。結構テンポを抑えめで、オケに乱れが生じるところもあるのですが、それはご愛敬ですね。個人的には「ローマの祭り」の第一曲目「チェルチェンセス」が好きです。描かれているのは、迫害されるキリスト教徒が猛獣に悔い殺される場面。緊迫感をあおるオーケストレーションが大好きです。
また一週間が始まりましたね。仕事のほうはと言えば、何とか進んでいるという具合。良くないのは会議ですね。会議に出ただけで仕事が進んだ気になる向きがありますが、それは間違っています、と自戒の念。
昨日からパヴァロッティの歌う「リゴレット」を聴いているのですが、すごいですね、若いパヴァロッティのパワーたるや。フェラーリ的(?)です。ライナーをなくしてしまって、演奏者が分からず困っているのですが、そんなこと関係ないぐらいに面白いです。いままでヴェルディのオペラを何本か見たり聴いたりしましたが、実のところ上手く受容できていませんでしたが、この演奏はなにか入りやすい気がします。もうすこし聞き込んでみようと思います。
ロンドンレーベルから出ている古いバージョンの録音ですが、あいにくAmazonでは扱っておらず、タワーではハイライトのみ、HMVでは取り扱っています。
リゴレット。陰惨な話です。端的に言えば、恨んだ相手を殺そうと画策したのに、結局殺されるのは愛娘だった、という筋。今もこういう話在ってもおかしくない。少し身震い。詳しくはウィキにまとまっているけれど、一旦、今の理解で人物相関図を例によって作ってみました。暫定版を載せます。さすがに複雑になってくる。これもまだ一端に過ぎない。
世界が壮絶なのは今も昔も変わらないです。
リゴレット人物相関図 posted by (C)shushi
ウェルカム・フラワー posted by (C)shushi
行って参りました、新国立劇場「魔弾の射手」。まあ楽しめた公演でした。
アガーテ役のエディット・ハッラーさんは豊かな声の持ち主で、ある種迫力のある歌でした。アガーテ的にも良かったですが、ブリュンヒルデを歌って欲しい感じの方です。マックスのエーベルツさん、声は良かったですが、ピッチに苦労されていたのではないでしょうか。エンヒェンのユリア・バウアーさん、良かったです。歌的にも無難でしたが、小気味よい演技が魅力的。
エッティンガーさんの演奏ですが、テンポを動かすことでダイナミズムを生み出していた感じですが、オケの操縦には少々苦労していたご様子。序曲の弦楽器の重奏があまりに重々しくて、ドイツの深い森の空気を巧く出しておられたと思います。しかし、序曲の最初のホルンがかなり厳しくて、あからさまに音が外れていたのはとても残念。それ以降もなんだかホルンの厳しさが前にでて来る感じで、喉に刺さったとげのように気になってしまいました。まあ、ライヴですからそう言うこともあるのでしょうけれど……。残念でした。
演出はオーソドックスな解釈を現代的な装置で上手く表現していたと思います。ドイツ的な森の雰囲気が良く出ていました。それから、狼谷のシーンはスペクタクル的で面白かったです。大きなクモやムカデが登場したり、火の車が空を舞ったりしていて、狼谷の雰囲気を巧く出していました。
次は、ツィンマーマンの「軍人たち(兵士たち)」です。ツィンマーマンは学校の授業で聴いたことがあるっきりです。予習用にと、この「軍人たち」のCDを予約しているのですが、当初の発売予定日からずれにずれて、今月末発売とのことで予習が間に合うかやきもきしています。
いよいよ週末が訪れました。この一週間は忙しくて息をつく暇もなかったです(言い過ぎですが……)。おかげで時間が経つのがとても早く感じます。あっという間に「魔弾の射手」まで残り一日となりました。今晩はゆっくり休んで明日に備えようと思います。
とはいえ、今日もいつものカフェで仕事をしようと思ってきているのですが、気圧が下がっているせいか(?)り、ちと、はかどりが悪い。こんな時は音楽を聴いてやる気を高めたいものです。
普通なら、ショスタコーヴィチの「祝典序曲」などを聴いて自らを鼓舞するところですが、昨日何の気もなく選んでしまったシノポリ先生のマーラーを聴いています。交響曲第9番です。
シノポリのマーラー全集を買ったのは、亡くなった直後ぐらいで、私もまだ自由にお金が使える頃だったこともあって大人買いをしたのでした。何曲か聴いたのですが、あとでも触れますが、すこしリズムに難ありだな、という印象を持ってしまってあまり聴いていませんでした。
シノポリの演奏、まず録音がわりと良いんですよ。ダイナミックレンジもしっかり確保されているし、一音一音が良く聞こえます。もちろんシノポリ先生の棒に因るところが大きいとも言えますが。リズムの粒状感もしっかりしていて、あまり乱れを感じるようなこともないです。昔聴いたときは、リズムが甘いなあ、と思ったこともあったのですが、今のところそういう感想を持つことはないです。
第二楽章の三拍子なんて、本当にメカニカルに刻んでいますね。僕はこういう演奏が好きな方ではあるのですが、ここは評価が分かれるところでしょうか。それにしても譜面が頭に浮かんでくる(これも言い過ぎ)ような演奏で、シノポリ先生がここで表現している美意識は建築的なものではないか、と思えます。もちろん、オケの方々の技量も並々ならぬものがあると思います。聴いて損はない演奏です。
大好きな第四楽章に至ると、今度は厚みのある弦楽器群が出迎えてくれます。良いですね。この感じ。哀切で慎み深い色調に覆われています。
僕もこのタイミングで聴くことができて本当にラッキーです。「名盤はCDラックの奥に眠っている」という格言(?)は本当です。
シノポリ先生には、プッチーニ作品(マノン・レスコー)、シュトラウス作品(影のない女、エレクトラ)などでお世話になっていますが、マーラーでもお世話になりそうです。
本当は「魔弾の射手」を聴くべきですが、図書館から借りてきたテイト盤の「ホフマン物語」をついつい聴いてしまいました。「ホフマン物語」は、かつてウィーンと東京で実演に接したことがあるのですが、ウィーンの「ホフマン」は強烈に素晴しかったです。まだオペラを聴き始めて一年ぐらいしか経っていない頃で、右も左も分からない状態でしたが(いまでもそうですけれど)、そんな私でもあまりの素晴らしさに我を忘れたぐらいです。
ホフマン物語は、ご存じの通り、詩人のE.T.Aホフマンをモデルにしたオッフェンバッハのオペラで、ホフマンの痛みのある女性遍歴を共に回想し、最後にはミューズによってそうした遍歴が詩作へと昇華される、というお話し。自動人形のオランピア、瀕死の歌姫アントニア、ヴェネツィアの高級娼婦ジュリエッタ、と言う具合に、三人の女性が回想されるのですが、三人とも強力なソプラノでなければならないという、極めてゴージャスなオペラです。
未完で終ったと言うこともあっていくつか版があるのですが、このCDマイケル・ケイ校訂のグランド・オペラ版の世界初録音だそうです。この版は最終幕の盛り上がりが素晴しいのです。
昨日聴いたのは第三幕アントニアです。アントニアの幕で、歌を禁じられているアントニアが悪魔の誘惑に負けて歌を歌い始める最終部が好きでして、テイト盤でもこの部分を愉しみました。第二幕のオランピアのコロラトゥーラも有名ですが、アントニア幕も素晴しいですよ。
こちらもやはりドレスデンサウンド。やっぱりルカ教会は良いですね。
まえまえから読みたいと思っていた木村泰司さんの「名画の言い分」、三分の二ほど読み終わりましたが、もし、西洋美術に少しでも興味があるとしたら、すぐさま読まなければならない本です。個人的にはもう少し早く読んでいたら良かったのに、と悔やみながら読んでいます。まあ、どんなに遅くても読まないよりは読んだ方がましではありますが。
この本で木村泰司さんは「美術は見るものではなく読むものである」というテーゼにそって、西洋の美術を、ギリシア彫刻時代からどんどん解きほぐしていくのですが、ギリシア神話、聖書、西洋政治史、美術史、宗教史を念頭に置いて滑らかな語り口調でこうもわかりやすく説明されると、時が経つのを忘れて読み耽ってしまいます。
あらゆる絵画には意図、メッセージが含まれていて、それはギリシア神話や聖書を念頭においていることや、経験的に分かっていたのですが、改めてこうして平易な言葉で一枚一枚の絵を解説されると、ほとんど痛快なぐらいです。
たとえば、たとえば花束を描いた静物がには春夏秋冬の花が含まれていたり、枯れかかった花が描かれたりすることで、「人生は儚いもの」という意図が隠されていると説明されています。静物画は苦手で苦手で仕方がなくて、いつもきちんと見ることがなかったのですが、そう言うこともなくなりそうです。
しかし、思うのは、ここまで該博な「教養」を持っていなければ西洋美術を愉しむことは能わないのか、となると、もっともっと勉強しなければならないなあ、ということ。これまで手は打ってきましたが、それじゃあ足りない。うかうかしていられないですね。せめて、ギリシア神話と聖書はこれまで以上に勉強せねばなりませんね。いろいろやるべきことは多いですが、諦めずに頑張りましょう。
今日はすこし寝坊をしてしまいました。
仕事の方は、思ったよりすすみが良くて驚いています。と言っても、それは僕によるものではなく、他の方の尽力によるのですが。ともかく僕も頑張らないと行けませんね。
今週末新国立劇場で観る予定の「魔弾の射手」を執拗に聴いています。ドイツで言うとワーグナー以前の音楽とワーグナー以降の音楽は質的に違うと言えるのではないでしょうか。ウェーバーの作風は決して嫌いではないのですが、それでもやはり古めかしさを感じてしまう場面があります。この一年間、ワーグナーやシュトラウスばかり聴いていて本当に愉しんでいましたので、知らず知らずのうちに比べてしまっています。ウェーバーにはウェーバーの良さがあると思いますし、ワーグナーも大きな影響を受けていますので、聴かないといけない曲なのだとは思います。最近やっと慣れてきたという感じでしょうか。まだ語るにたるほど聴いているわけではないのですが……。
昨日はクライバー盤で予習。やはりドレスデンサウンドは素晴しい。ルカ教会の音響にも改めて感銘を受けます。この音響で演奏できるのは幸せなことでしょうね。クーベリック盤を聴いてから、またクライバー盤に戻ってきたのですが、クライバーの演奏には、リズムがきちんとそろっているのに驚いたり、濁りのない響きに驚いたりと、何度聞いても新鮮な気持を持つことが出来ます。
昨日から再び仕事が始まりました。仕事というのは、おそらくはアグレッシブに関わるぐらいの方が気持的に楽ですね。
さて、仕事のあいだ中、「魔弾の射手」が頭の中に鳴り響いていて、少々疲れてしまいました。ここは一つ気分を変えてフォーレを聴いてみたいと思ったのです。昨日は「魔弾の射手を聴き倒す」と言っていましたが、やはり副業(?)とはいえ、音楽は心に深く結びついていますから、予定通りに行かなかったり、どうしても逆らえないことがあるものです。
Amazon、タワーレコード、HMVでは、私の持っている国内盤がなくて、どうやら新しいパッケージに変わったようです。ついでに、二枚組CDの順番も変わっていて、私の持っている二枚組CDの一枚目が、今売っているバージョンでは二枚目になっているようです。
ともかく、「ペレアスとメリザンド」や「マスクとベルガマスク」の透徹とした響きの中に吸い込まれまして、しばらくはそこから離れることが出来ないのです。海峡に面した霧の濃いの海辺の静かな街にいるような気分になれます。ついつい帰りの電車の中で白昼夢的な夢想が拡がってしまいました。
以前にも取上げたと思うのですが、「マスクとベルガマスク」の8曲目(13トラック)が大好きで、昔この曲ばかり何度も何度も執拗に聞き続けたのを覚えています。フォーレはどうしてこんな曲が書けるんだろう?室内楽だと少しばかり晦渋な感じはぬぐえないのですが、管弦楽は素晴しい。もちろん劇付随音楽と言うことにも理由があると思うのですが。この曲があれば、何もかも捨て去って、彷徨って、どこかで行き倒れても悔いはないなあ、と思わせられます。それほどの曲なのだと、思えるのでした。
※HMVでは二枚組のCDも扱っているようです。こちらの方がお得ですね。