こちら、Kindleではなく、リアルの「夏の海の色」です。1992年4月に出された文庫版です。23年前。さすがにくたびれています。
で、相変わらず、この「夏の海の色」を読み続けています。というか、季節外れですね。冬なのに。
今日はその中に収められた短篇「彩られた雲」が気に入りました。
舞台は戦前の東京
足の悪い美しい少女に恋心を抱く主人公。で、その少女もやはり主人公と少しばかり親しくなる。その家は金持ちなのだ。
だが、向かいに住むとある兄妹は、その少女を冷たい子で、人を憎み、嫉み、妬いていて、冷たい仕打ちをするのだという。
妹はこういう。
「冷たくなかったら金持ちにはなれません」
「あの人の家は高利貸だからです。あの人の家は冷酷じゃなければお金が入らないようになっているのです」
その後、この美しい少女一家は、主人公が夏休みで帰省している間に引っ越してしまう。人づてに聴くと実に親切そうな両親で、「冷酷」というふうではなかった、と聴く。主人公は、妹の言葉を少し信じてしまったことを後悔する。
といった、あらすじ。
ここまでいくと、まあよくある話なんですが、面白いのがこの主人公が、まだ中学生で、思考に浅薄な部分があって、寄宿していた叔父の所得を考えられていないという設定があったり、その美しい少女に舞い上がっている場面がいくつも書かれているわけです。
なので、きっとこの後悔も、まちがった後悔なんでしょうね。
また兄妹の父親が、共産主義者で国外亡命しているという背景も描かれています。そうしたことも考えると一層面白いものが感じられます。
にしても思うことは、理性的なものとか正しいものというのは、現実世界においては、ほとんどの場合役に立たないのではないか。そうしたことをなにか感じさせる挿話でもあります。
というわけで、グーテナハトです。